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「粋」「雅」 日本人の感性ここにあり

永楽屋 細辻伊兵衛商店

「粋」「雅」 日本人の感性ここにあり

明治から昭和初期にかけて作られた日本手ぬぐいに、
永楽屋十四世・細辻伊兵衛氏は社運を賭けた。
なぜなら、手で描かれた、季節や風俗、時代背景を語る
情緒豊かなデザインに高い価値を感じたからだ。

老舗だからこその財産

細辻伊兵衛

 暖簾に仕立てられた手ぬぐいの復刻版の前に立つ、十四世・細辻伊兵衛氏。着用しているジャケットも手ぬぐいから仕立てたもの。暖簾に描かれている、足元に猿とキジを配し、隈取りを施した桃太郎を背中に乗せた犬の柄はロゴマークとして採用している。「昭和7年のものです。かっこいいですよね。今の時代では描けません」

 ひと昔前の生活用品として古風なイメージだった手ぬぐいが、現代の暮らしの中でも使い心地が見直され、20代から40代の女性を中心に人気が広まっている。
 きめ細かな木綿の手ぬぐいは吸湿性に優れているので濡れても乾きやすい。使い込むほどに風合いが増してくるのも良い。また、額に入れて飾ったり、スカーフのように巻いたりと、インテリアやファッションのアクセントとしても楽しまれるようになり、手ぬぐいを使った美容法も話題になっているという。
 永楽屋は、そんな手ぬぐいブームを巻き起こした草分け的存在であり、江戸初期の創業から400年を迎えた京都の老舗である。
 永楽屋の歴史は、織田信長の御用商人として絹織物を納めていたことから始まる。その後、町衆文化の時代を読み、いち早く木綿に着目し、太物商(木綿や麻など、普段着用の着物を扱う商売)となり、代々営んでいた。
「追い風もあれば向い風も吹きます。長い歴史の中で、何度も稼業消滅の危機がありましたが、さまざまな環境変化を乗り越え、今日まで家業を継続してまいりました」
 現当主、十四世・細辻伊兵衛氏が受け継いだ時も、永楽屋は倒産寸前だった。戦後の洋装化で綿着物の需要が減り、業態をタオル卸売業に転換していたが、ライセンスブランドを持たなかったことが不利となり、進物需要の業界に歯が立たず業績は悪化。このままでは会社存続が厳しいと考えた細辻氏は自社に残されていた手ぬぐいに経営再建の糸口を見出す。
「大正ロマンといわれる文化の華やいだ時代は、衣食住すべてにおいて素晴らしいものが生み出されていました。この頃の着物は色使いや絵柄が艶やかで美しいものが多く、京町屋においても贅が尽くされた造りに、丈夫さも格が違うといわれています。手ぬぐいもそうです」
 当時の永楽屋は、百いろ会という事業部から、毎年百種類の手ぬぐいを発表していた。百いろ会は十数年続き、それ以前の時代に作られたものを合わせて数千のデザインが存在しているという。
「情緒豊かなデザインが非常に多く残されていました。季節や風俗、当時の時代背景を物語る絵柄は、その時代に生きていないと描けないものです。それを目にした時から、事業として何かできないかと考えていました」
 老舗であるがゆえに得られた財産。復刻を試みたのは15年前のことだった。


永楽屋 細辻伊兵衛商店

京都府京都市中京区室町通三条上ル役行者町368
TEL 075-256-7881
www.eirakuya.jp

文|竹井雅美(編集部) 撮影|Aito kodama

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