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「ええもん」を後世に残す左官のカリスマ 久住有生インタビュー

左官という仕事

左官とは、鏝(こて)を使って壁を作る仕事である。日本家屋の壁は、柱と柱の間に竹を編んだ下地を作り、その両面に土などを混ぜ合わせたものを塗る。素材の選び方、水の混ぜ方、塗り重ねる方法や回数などにより、壁の強度にも表情にも、左官の技術が出る。今、日本で左官が行う仕事の99%は、メーカーが作った材料に水を入れ、練って塗るだけである。タイルやクロスを貼るため、あるいはペンキを塗るための下地であり、左官の仕事は内側に隠れてしまう。表に出る場合があっても、本当に薄いものでしかない。
昔の家屋は塗り重ねの工程を踏んで仕上げられていた。塗りは、水分が蒸発することによって初めて仕上がるため、壁を分厚くするほど塗り重ねる回数が増 え、乾燥期間が必要となる。工期の短縮を求められる今の建築では、昔ながらの工法は難しく、左官の本来の仕事がなくなってきているのである。
「塗る厚みによって明らかに質感が違うね。薄いものは薄くしか見えないし、軽いものは軽くしか見えない。傷まないように何でも硬くなっている。崩れないほど硬いものって表情がないよね。だからすべてが表層的で、質感とか、中から溢れ出すものがほとんどない。昔の仕事と比べて全く別物ですね」。

サーフィンが趣味という久住氏。伝統の技を究め、現代に生かす提案力を持っている

自分でイメージが浮かばない時は…

左官の技は、明治以降入ってきた洋風建築にも生かされる。石に見えるが、内装の漆喰、天井の彫刻、装飾なども左 官による仕事である。久住氏はそうした100年以上前の建物の修復も行う。「もともと左官はデザインもできたんです。昔、職人はお抱えで雇われていたか ら、よりきれいに長持ちすることだけを考えていればよかった。だからどんどん仕事が良くなっていくし、美意識に長けた職人もたくさんいました」。しかし今では、請負仕事で単価の決まった仕事が多く、損をしないように、工務店の指示通りにやるだけの仕事になってしまっているという。

取材協力: 銀座桜ショップ www.sakurashop.co.jp

ケーキ屋とガウディと沖縄と

久住氏は3歳の頃から、やはりカリスマと呼ばれた父により鏝を持たされた。「鏝の練習をしないとご飯を食べさせてもらえませんでした」。ケーキ屋になりたかった久住氏は、高校3年生の時、父親に製菓の専門学校に行きたいと直訴した。父は反対し「その代わり20万円やるから一人でヨーロッパを周ってこい」と言ったという。旅先のスペインでケーキ屋の写真ばかり撮っていた久住氏は、バルセロナでアントニ・ガウディの建築と出合う。「魂を揺るがされました。100年前の建物が今でも造り続けられている。自分でもそういう建築をやりたいと思いました。どうせやるなら日本一になりたいと。今思えば父の策略です(笑)」。

花の色を写し取ったかのような鮮やかな、そして心落ち着く色合いの額。自然の土の色から取り出したものだという

20代の頃は、腕を磨くために文化財、伝統建築、茶室ばかりを手掛けていた久住氏は、仕事にも弟子にも大変厳しく、ぴりぴりしていたという。26歳の時、転機が訪れた。「ある建築家に沖縄でのワークショップに遊びに来いと誘われました。教授と20人位の建築科の学生がいて、左官の仕事でも教えるのかなと気軽に参加しましたが、4日間何もやらないんです。周辺をぐるぐる散歩し、家を作る100年前から防風林を植えて徐々に集落ができたとか、水をどう引いて町ができたかとか、景観はどう作られるかとか、そんな話を聞いて、ようやく作業が始まったんです。僕らは壁に集中しすぎていたと気付きましたね。壁は建築の一部にすぎなくて、景観や気候や、何よりそこで生活する人の営みがあって初めて美しく見えるものだと。勉強になりました」。

INAX 土・どろんこ館(愛知県常滑市)。久住氏が計画・企画段階から参加し、デザインなどの提案も含め左官の技で表現した。内部外部ともに地元の土を使い、外部は突き固めた版築で土の質量を表現し、内部は細かくふるった土で繊細な技術を駆使している

自然から借りて、また自然に帰っていく

久住氏は建築にさらに興味を持ち、その一部としての壁はどうあるべきかを考えるようになった。海外に出て、ワー クショップで教え、自然を見て、徐々に考え方も仕事も変わっていったという。「何かしないと職人の世界や建築の業界がよくならないと考えました。最近の日 本の建築で、写真を見て美しいと思うものはあるけれど、実物に感動して『職人になりたい』と思うほど感銘を受けるものはないですよね。古いものではたくさんありますが」。
世界に出た久住氏は様々な物を見て歩いた。「荒い壁を作ろうと思った時、ふと思い立ってアメリカのグランドキャニオンに行ったんです。2週間、毎日ナショナルパークを車で飛ばして渓谷を見続けて、ネイティブアメリカンの生活を見て。僕らは100年200年持続させる仕事をしていて、それが長いスパンだと思っていたけれど、渓谷は1センチの地層ができるのに100年掛かるわけでしょ。その豊かな表情は雨や風が作る造形であって、人間を超越したもの。僕らは土を採って作り上げていると驕っていたけれど、自然から一瞬借りて、また土に帰っていくものだよね。もちろん自然そのままではなくて、そこに人間の知恵を足すのが僕らの仕事だけど。作っては壊すだけの表面的なものじゃなくて、感動するものを作りたいと強く思いましたね」。

左官のこだわり、職人たちの美意識

左官の仕事には様々なこだわりがある。壁を塗る上でも、波を消す、艶を揃える、など多様な作業がある。そのために材料で調節し、道具を材料に合わせて作り、逆に材料を道具に合わせて作り、数百種類もある鏝で作業をする。「鏝で撫でること一つとっても、速いとぺたんこになる、遅いと荒くなりすぎるとか、いい仕上げになるほど違いが出てきます。1回撫でるのと2回撫でるのではまるで色が違う」。

日建設計ブース(埼玉県立近代美術館内)。「つなぐ―都市をつくる軌跡」をテーマに作られた空間

茶室の建築は木造建築の中でも特殊である。繊細に見せるためにすべての部材が細い。普通の住宅の柱は4寸(約12cm)の角柱だが、茶室は2寸8分の丸柱。壁も1寸2分と薄い。それで数百年もつのである。「今の建築よりずっともちますね。壁を何度も塗り重ねたり、柱と柱の間に横に渡す貫(ぬき)という板 きれに非常に上質な木材を使ったり。悪い木を使うと湿気を吸って暴れたり縒れたりするからね。見えないところにきちんとお金を掛ける。それがいい建物です」。歪な円い柱の間にそのまままっすぐ壁を塗ると、柱も壁も歪んで見える。職人の目と手の感覚で「まっすぐ見える」壁を作るのだ。まっすぐに見えるもの ほど三次元の曲線になっているという。定規で測ったものではないまっすぐなきれいな壁、それが左官職人の技であり、美意識だった。

美意識に長けた昔の職人はお互いの分野を生かす技も持っていたという。「一つの仕事には左官とか大工とか、たくさんの人が入ってそれぞれが最善の仕事を していました。毎日コツコツ、コツコツ技術を高めて同じことを繰り返して。でも誰もが主張するわけじゃなくて、いい引き際を知っている。それぞれが、みんなが一番きれいに見えるようにうまく引いてものを作る、という美意識が当たり前にありましたね」。
今はそういう仕事自体がないから職人にもそれがわからず、依頼する客がまずわかっていない。「僕らがぎりぎりそういう仕事を見て、やってきています。でも今は作る方も頼む方もわからないまま年月が経っている。日本の伝統とか言っているけれど、そういった仕事が伝わっていかないと、表面的なものになっていくよね」。

「今の人たちに良い仕事がわからないというのは、提案力が足りない職人の責任でもあると思う」と語る久住氏

「ええもん」を作りたい

「ただただまじめにきれいにモノを作るということ、それが『ええもん』だと思いますね。今一番欠けている気がするね。伝統とかは関係なく」。いい仕事を残し、その良さを発信するために久住氏は努力している。「今の建物に伝統の技術そのままをのせても合わないからね。 自分なりに、場所や物に合わせ提案していかなきゃいけないよね。もともと職人というのはすごく良い仕事をするけど、提案するのが苦手。今の人たちに良い仕事がわからないというのは、提案力が足りない職人の責任でもあると思う」。良いものは良いもの。時間を掛けるものは時間を掛けるもの。その良さをどうやっ てわかってもらうかが大事だと久住氏は語る。

銀座桜ギャラリーで行われた個展の一部。自然を一瞬借りたという久住氏の土の作品が並んでいる

仕事やワークショップで海外に呼ばれることも多い。上質な仕上げに久住氏が必要とされるのだ。世界中で良い左官職人は減っている。ヨーロッパでは国がマイスターを保護してきたためまだ残ってはいるが、職人が新しい仕事を提案できるほどの状況ではないという。
国内外でワークショップの指導をするが、学生の反応は異なる。「例えばフランスの学生はきれい、そうじゃないをきっちり判断しますね。普通に住みながら 古いものや本物に囲まれているから美について考える機会が多い。日本だと観光に行く時に見る程度でしょ。壁にしても家具にしても、本物や良いものを理解するには時間が掛かる。同じ使うなら安い方が良いとか、高いから良いものらしいとか言っていると、そういう美意識は育たないよね」。

今年、本願寺の修復工事があった。久住氏は東本願寺の図面を見る機会があったという。「ふっといデコボコの松の木の梁が、ボンボン絡みあっている。棟梁の書いた図面はどんな大ざっぱなものかと思っていたけど、めちゃくちゃ馬鹿でかい図面に、筆で細かく、線とか文字とか全部間違わずに書いてあった。今なら消しゴムで消したり、コンピュータでざっと書いたりするよね。僕らの使ういちばん細かい寸法が3厘(約1mm)。でもあのでかい木組は1毛(約 0.03mm)の単位で書かれていた。どうやってイメージしたらこんなんになるんやろうって思ったね。昔の日本はこんなにすごかったんだって。古いものを見ると、僕らは高々数十年しか生きてないやないかって思うよね。本願寺の改修工事だって、100年後にどう改修するかを考えながらやっている。すごいよね」。
建具屋、大工など多様な伝統工芸のすごい職人の仕事を知ってもらいたいと久住氏は言う。4月の個展も新しく興味を持ってもらうための活動であった。「ええもん」を残して知ってもらうために、そして自らも「ええもん」を残すために、カリスマと呼ばれる久住氏は今日もただコツコツと仕事を続けている。


左官株式会社
[東京事務所]
住所: 東京都新宿区揚場町2-12-610
TEL: 03-3513-6691
[淡路アトリエ]
住所: 兵庫県淡路市東浦町釜口2404
撮影協力: 銀座桜ショップ www.sakurashop.co.jp

撮影:t.SAKUMA 文:羽田祥子(編集部)

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