ホーム / Lifestyle / 伝統 / 日本の色を古の技で現代に甦らせる 染司よしおか

日本の色を古の技で現代に甦らせる 染司よしおか

成田空港第2ターミナルに展示されたアートワーク。 ©Forward Stroke Inc.

成田空港第2ターミナル。サテライト到着コンコースに、職人の技を集結したアートワークが展示されている。100m四方の広大な空間に、漆、瓦、金箔、 漆喰など、12のテーマで展開される日本の本物の伝統の技は、来日する外国人の日本への期待感を高め、帰国する日本人に自国の誇れる伝統や文化を改めて感 じさせる。2008年のグッドデザイン賞を受賞したこの作品は、自らも「茜(あかね)」「藍(あい)」2点の光屏風の染色を手掛けた、吉岡幸雄氏のアート ディレクションによるものである。

吉岡幸雄(よしおか・さちお)氏。「ただの染屋ですから」と飾り気のない吉岡氏

謙虚に、古の職人に学ぶ

吉岡氏は、江戸時代から続く京都の染屋「染司よしおか」の五代目当主である。染司よしおかは、東大寺のお水取りや薬師寺の花会式に献じられる造り花、法要の折に演じられる伎楽の装束一切の制作などを手掛け、正倉院宝物などを復元しながら、天平の色と技法を現代に甦らせてきた。
この家に生まれ育った吉岡氏は、染屋を継ぐつもりは全くなかったという。家業から逃げるように早稲田大学に進学し、ジャーナリストを目指したが、卒業後希望の企業に就職できず、京都の美術関係の出版社に入社した。紆余曲折を経て家業を継いだ吉岡氏は、染の原点に立ち戻っている。「二代目までは江戸時代の普通の染屋でしたが、明治になって化学染料が入ってきて、世の中がどんどん変わっていきましたね。四代目の父が学者肌で古いものを研究し始めて、私の代になってからは初代よりもっと昔に戻っていますね」。

茜を煮出して色素を取り出す様は、小豆を煮ているかのよう。万葉集に「あかねさす 紫野行き標野行き 野守は見ずや 君が袖振る」(額田王の歌)と詠まれた茜色の原料である。茜は最も古くから使われていた赤糸の染料だという

染料は植物から採取する。紅花の花弁、紫草の根、木の皮、茜、藍など、自然の恵みが日本の伝統色を生み出す。色の取り出し方も染め方も古来の方法に倣っ ている。煮出し、石臼で叩き、手間を掛けて色素を汲み出す。「日本には文献がたくさん残っていますから勉強すれば分かるんですよ。古の無名の職人たちの方が偉いですから。昔の通りにできたら大したもんです」。
時の流れとともに技にも進歩があるのだろうか。「昔の職人の仕事は100回やって99回成功したものを積み重ねている。我々が成功することも失敗するこ とも、みんな昔の人が経験ずみやからね。どうやったら昔の通りにやれるかを考える。昔の通りにできたら進化があるといった方がいい。技を継承するというのは、やり方を継承するということやね。背中を見て、謙虚になって、心を無にして、すべてから教えていただく姿勢が大事やね」。

材料はざるに広げ、乾燥させて保管する。自然から色素を取り出し、鮮やかな天平の色を甦らせ、染め上げる。すべてが古から伝わる日本の技術である

自然への感謝、自然との共存

工房では毎朝庭先の竃に火を入れ、木や藁を燃やして灰を作る。竈の脇のポンプで地下100mから地下水を汲み上 げる。染色の工程に欠かせない材料だ。染料によって酸性の方がよく出る場合とアルカリ性の方が出る場合があり、アルカリ性の溶液を作る時に灰を使う。「化学的な知識も絶対必要。昔の人は自然のものを扱っているけど全部わかってたんやね。経験を重ねると一つ答えが出て、それを集めると結果的に今でいう化学ということになる。経験から生まれた化学。今は頭脳で考えて分析した化学でしょ」。

作業場には心落ち着く香りが漂う。鼻をつくようなきつい臭いとは無縁だ。「ほとんどが漢方薬の原料でもあるから ね。自然の恵みだよ」。こうして取り出された染めの液は、絹や麻など天然素材のみに染み込んでいく。不思議なことに化学繊維には色が入っていかないのだ。 「それが自然の作った仕組みなんだよ。大地から恵まれたことをきちんと享受することが大切やね。まずこの日本の地理の在りように感謝せなあかん。自然との共存ということをもっと考えなあかんのと違うかな。エコだの環境だの急に言い出したって駄目。古のことを敬謙に見て従う、歴史をきちんと学ぶ、故(ふる) きを温(たず)ねて新しきを知る、それがわかるようになってできるようになるのに時間が掛かるんやね」。

太古より人が美しい色を求め続けるのは、目に映る自然の美しさを身近に引き寄せ、纏いたいと願うからではないか と吉岡氏は言う。朝の太陽、山の緑、季節の花、空を映す海や川、そうした自然の瞬間の色に惹かれ、それぞれの色にゆかしい名を付け、再現する方法を編み出 してきたのではないかと。地理的・気候的条件に恵まれた、四季のある日本だからこそ生まれた、卓越した染色の技術なのだ。

海外からも講演の依頼が多い。昔は世界各地に植物染めの技法があった。しかし、今はドイツのミュンヘンなどに作家としての活動が残るだけで、生産活動を行っているのはほぼ日本だけになってしまったという。「日本では50軒くらい細々と残っているけど、応用範囲は狭いからね。着る物も化学繊維ばかりでしょ。みんな大変な苦労してるよ」。それぞれが信念を持って仕事をしている。

「本物」の価値を発信したい

1997年、吉岡氏は東京メトロ南北線・溜池山王駅の、装飾デザインウォールのアートディレクションを手掛けた。それが成田空港関係者の目にとまり、冒頭で紹介した空港プロジェクトにつながったのだ。「日本人の住まいに根差した土とか木とか瓦とか、そういったリアリティを表現したかったんだよね。本物の技はきれいな風景写真よりずっと心に響くからね。だから長いことちゃんとした仕事をしてきた、志を同じくしている職人だけを集めたんだよ」。多くの日本人にそれが受け入れられ、高く評価されたということは、日本人の奥底に伝統への美意識が残っているのかもしれない。 しかし、技も継承する人も時代とともに減っている。本物の良さを発信するべく職人が結集する機会は、これからますます貴重かつ希少なものとなっていく。

藍、黄蘗、紫根などによる染色の和紙。取れたての葉から色素を取り出してその日のうちに染め上げる、という生葉染めの手法によるものもある

直線美に和のモチーフを織り込んだジャパニーズモダンは最近の流行でもある。特にインテリアの世界では主流となりつつあるテイストだ。しかし、日本の本物の伝統の技をきちんと理解している日本人はどれだけいるだろうか。「建物一つとってもオーナーが理解してくれないと難しいよね。まず畳一枚の価値さえ分かっていないでしょ。本当にいいものは手間が掛かって時間が掛かる。値段も高い。その価値を分かって原点に戻っていかないと」。表層的な流行りとしての和は本物の伝統技術とは非なるものだ。
「草木や虫の命をも大事にしないと、人類の滅亡の流れは見えているよね。地球全体が良くならなかったら駄目。大地に感謝して神に感謝する心が大事だよね」。神仏混淆。自然とは神であり、それを生かすのが和の心であった。そういう気持ちでものを作っていけば大きな失敗はない。明治初期に来日した外国人は日本人の生活の慎ましやかさ、山河の美しさを礼賛している。失われてしまったそれらを、資本を使ってでも強い精神性で守っていく大切さを発信したいと吉岡氏は語った。

マガジン[ブアイソー]5月号で紹介した京都の料亭「和久傳」の「桑兪」特装本。やまもも染、本藍染などずっと眺めていたくなる美しさだ。素晴らしい仕事をする人を紹介したいという和久傳・桑村社長のこだわりの小冊子

成田空港のプロジェクトで結集したように、志を同じくする人は、互いを理解し、刺激を与え合い、確かな繋がりを持っている。先月号で紹介した和久傳の小冊子の特装本は吉岡氏の染めによるものであり、和久傳店舗にも吉岡氏の作品が並ぶ。今号登場の左官、久住有生氏も吉岡氏をよく知っていた。本物の技を学ぼうと、吉岡氏に弟子入りする若者は以前より増えたという。
吉岡氏をはじめ、多くの職人が志を貫く京都は、数多くの歴史的建造物を有し、世界の多くの人を魅了する。しかし、各所で行われる再開発を巡り、時に論争が起きる。吉岡氏が再び職人を結集し、京都の街のアートディレクションをすれば、空港の一ターミナルとは比較にならない価値を生み、世界に向けて日本の素晴らしさを発信できるのではないか。そんな気がした。

座布団やかばん、ストールや財布など色鮮やかな作品が商品として並ぶ「染司よしおか」の一角。東京にも店舗がある


染司よしおか
京都府京都市東山区新門前通大和大路(縄手通り)東入ル
TEL: 075-525-2580
吉岡幸雄の色彩界「紫のゆかり」
www.sachio-yoshioka.com

文:羽田祥子(編集部)

Scroll To Top