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八ツ橋に息づく京都の美学

八ツ橋に息づく京都の美学

八ツ橋に息づく京都の美学

京都土産の定番といえば、八ツ橋。約96%の観光客が京都でお土産として菓子類を買い、そのうちの約4割が八ツ橋を選ぶという。(平成20年京都市観光調査年報より)八ツ橋を販売する企業の中でも、老舗中の老舗と言われるのが、元禄2年(1689年)の創業から、昨年320年目を迎えた聖護院八ツ橋総本店。老舗の菓子店から見える京都の美学とは?
文:加藤紀子(編集部)

京都銘菓「八ツ橋」

京都銘菓「八ツ橋」

 京都を代表する銘菓「八ツ橋」は、近世筝曲の開祖と呼ばれる八橋検校(けんぎょう)に由来する。検校は数多くの門弟を育て、その亡き後も、京都・黒谷に葬られた彼の墓へお参りに来る者が絶えなかったという。そこで、参道にあった一軒の茶店が墓参者のために考案した、琴の形に見立てた干菓子が、京銘菓「八ツ橋」の始まりと言われている。現在の聖護院八ツ橋総本店は、この茶店の跡地に建てられている。
 八ツ橋というと、生八ツ橋に粒餡が包まれたものというイメージが強いが、この「聖」という商品は昭和35年から売り出され、創業時からの干菓子に比べると実はかなり新しい商品である。祇園祭の宵山に、京都を代表するお茶屋「一力亭」にて開催される表千家の茶会で出されたお菓子が、この「聖」誕生のきっかけとなった。

株式会社聖護院八ツ橋総本店 取締役経営企画室長 鈴鹿可奈子氏

株式会社聖護院八ツ橋総本店 取締役経営企画室長 鈴鹿可奈子氏

継続と挑戦の境界

「変わらないこと、続けていくことが大事」という鈴鹿且久社長の下、長い歴史と伝統の味を受け継ぎながらも、新しい時代に立ち向かうのは取締役経営企画室長の鈴鹿可奈子氏。経営者である父のそばで、幼少の頃からいつも製造現場の間近にいた。社内には、自身を小学生時代から知るベテラン社員も少なくない。自分よりうんと経験値の高い先輩たちに日々教えられながら、今の時代に即した企業体への変革にも挑む。古き良きものの継続と新しいものへの挑戦、その境界が一番の苦悩だと語る。
「確かに320年というのは歴史の重みを非常に感じます。ただ、今の時代、単に伝統を引き継いでいくだけでは生き残れません。昔は『美味しい』ということを堅実に続けていけばやっていけましたが、最近はそうはいきません。例えば餡にも、季節折々の餡やいちご餡など、お客様からも、商品を置いてくださる得意先からも、多様な商品を要望されます。昔ながらの伝統を崩さずに、かつ、何かインパクトのある、今の世代の方々に受け入れられるものを作らなければなりません。

八ツ橋に息づく京都の美学

 一方で、守らなければいけないものもあります。特に製法は大事だと思っています。すべてを機械化すればより大量生産ができ、売上も上がるでしょう。けれども、機械では出せない風味というものがあります。効率を考えるとやめてしまった方がいいのかもしれないですが、残しておかなければならない昔ながらの技術は、若い職人に伝授し、習得させています」。
 一昨年の秋、「聖」は30年ぶりにパッケージを刷新した。「変わらないことが大事」という社長の理念に対し、「他社と比べた我が社のカラーを前面に打ち出したい」と願い出た。色を伝統的なブルーからニッキ味を連想させる茶系、抹茶入りのものは緑に変え、「聖」というロゴを親しみやすい篆書体にした。 「篆書体というのは、古代文字に分類される書体の中では最も息が長いと言われています。その長い歴史と、私たちの会社の歴史とを重ね合わせてみました」。

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「企業一人勝ちでは続かない」

 また、「続けていくことが大事」という重要な使命として、可奈子氏は「地域とのつながり」を挙げた。
「近隣の小学校で運動会があると言われたらお菓子を提供し、近所の幼稚園で餅つきをすると言われたら餡子を提供する。いかにして地域が発展するかを考えてこそ、会社の発展があると思います。企業だけが一人勝ちすればよいというのでは、続かないのではないでしょうか」。
 ずっと愛される味を守っていくことと同じくらい、地域のことを大切にしていきたい–可奈子氏は、近くにある養護学校の運営委員会にも所属している。
 八橋検校は、目が不自由であった。検校がそのハンディキャップを克服し、筝曲界で活躍したように、障害のある人たちもいきいきと暮らせる地域にしたいと、同社は養護学校からも積極的に正社員を採用している。現在、京都市で定められた障害者雇用の法定義務は1.8%であるのに対し、同社では8%を超えている。
「中には40年近く働いてくれている方もいます。業務上有効な戦力であるばかりではなく、社員全体の精神的な大きな支えにもなっているのです」。

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力まず気負わず継続すること

 聖護院八ツ橋は、肩肘張らず、日常的に行っている地味な活動にこそ視点を向けてきた。障害のある人々を含め、地域に優しい眼差しを決して忘れないこと。そしてむしろその人たちのおかげで現在の自分たちがあるのだという経営哲学。美しい、ホンモノの心が、ホンモノの味を守り、新しい歴史を紡いでいく。これが320年も続き、そして今の世代にも脈々と受け継がれている。
「京都では、創業100年くらいだとまだ『新しい会社』だと言われるんですよ」と、着物姿の可奈子氏ににっこり微笑まれた。継続は力なり。でも継続することに決して力まず、気負わず。これも京都の美学なのか。京都は本当にすごいところだなぁと改めて思う。


鈴鹿可奈子(すずか・かなこ)
株式会社聖護院八ツ橋総本店 取締役経営企画室長。1982年生まれ。京都大学経済学部卒業後、信用調査会社勤務を経て、2006年聖護院八ツ橋総本店入社

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