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阿部寛インタビュー 天国からのエール

阿部寛インタビュー 天国からのエール

陽さんが生きた沖縄での撮影
だからこそ表現できたもの

「あじさい音楽村」に密着したドキュメンタリー番組をきっかけに、映画『天国からのエール』が動き出したのは09年7月。仲宗根さんが亡くなる4カ月ほど前だった。仲宗根さんの面影が残った撮影現場を振り返り阿部は言う。
「陽さんはあじさい村の若者にとって大切な人で、ニイニイと呼ばれて慕われていましたから、素顔を知らない僕が突然陽さんの役をやると言っても簡単に受け入れられるわけがありません。まだ熱が冷めていないというか、若者は陽さんが亡くなったことを乗り越えていませんでした。陽さんと過ごした場所に僕がいることに彼らは戸惑いを感じていたと思います。毎日、『陽さんはどういう風に考え、どう存在していたんだろう』と探りながら演じていました。
 陽さんは撮影の1年前までご存命でしたし、僕が陽さんの役を演じることもご存じでした。身近な方に『俺の役を阿部寛がやるんだぞ』とうれしそうに何度も何度も話されていたと伺い、『しっかり演じなければと』と、プレッシャーを感じていましたね。
 奥様とお母様が、『陽をよろしくお願いします』と、凛とした態度で言ってくださり、最初から最後まで常に現場にいてくださったことは、僕の力、支えになりました」。
 役作りにあたり、仲宗根さんとの共通項を見出そうと自問自答を繰り返したという。
「陽さんは真っすぐストレートに若者たちと向き合い、常にうそのない生き方を実行した人。大人はついつい何かの擁護のためにうそをつきますが、彼は一切そいうことはしなかった。だから周りにいる奥様やお母様は、実は大変だったはずです。でも若者たちはそういううそのない陽さんを心から慕っていた。
『あじさい弁当』は本部高校の真裏にあって、10mも離れていない。学校との間に急な坂道があるんですが、夕方になると野球部や陸上部がトレーニングで坂道ダッシュしている。その光景を毎日見ていて陽さんは、何か若者を手助けできないかと自然に思ったんでしょうね。バンドの子たちも練習する場所を追われ、それを見て陽さんは『うち使っていいよ』と声を掛けたんだろう、そこから始まったんだろう、と想像できました。陽さんがいた、あの場所で撮影しなければきっと分からなかったことです」。
 また病魔にむしばまれていく仲宗根さんを表現するために、過酷なダイエットにも挑んだ。
「はじめはこれほど痩せようとは考えてはいませんでした。スケジュール的にも順番通りに撮影することは無理ということでしたし。しかし、何度もドキュメンタリー映像で陽さんを見るうちに、できる限りのことはしようと思いました。1日7kg落とした日もあります。24時間何も食べず、2時間熱い風呂に入って汗を出し、さらに10km走りました。そんな長距離を走ったことがなかったので足が上がらなくなりましたが、その疲労感で、病床の陽さんを表現しようと思いました」。
 映画では若者との絆と共に、家族との絆も描かれている。
「奥様もお母様も素晴らしい方で、陽さんと同志のような考え方なんですよ。家族顧みずに見える陽さんの行動を理解し、自分も参加する。陽さんが立っている土俵というか舞台から降りずに、裏方として大きな器で包んでいく。大変だったと思います。しかしお二人の力は陽さんの力でしたし、女性たちがいなければ陽さんのされていたことは成し遂げられなかったと思います」。

本気は伝わる。『ホント』は心に響く

 若者と対等に向き合った仲宗根さん。阿部自身の学生時代にも本気で叱ってくれた先生がいたという。
「老年の男の先生でしたが、涙を流しながら本気で叱ってくれた。子どもというのは大人がどれだけ本気かということをよく観察している。逆に言えば、いい加減な大人はすぐ見下される。その先生は自身がボロボロになっても叱ってくれた。いい先生でした。どれだけその人が本気なのかというのは伝わりますよね」。
 自身の経験や仲宗根さんの生き方から、現代の若者に残したいメッセージはとの問いに「自分はだめとか無理とか簡単に決めつけるな」と答える。
「大人が『向いてないよ』とか『できないでしょ』と言っても信じない方がいいですね。逆に言われたことをバネにすればいい。バネにして頑張り続ければ越えられることもありますから。可能性は無限にあるのだし。自分を信じられなくなったら、ジャンルを問わずいろいろな人に接して、自分と同じ悩みに面した時にどうやって克服していったのか、その人の生き方を研究してみればいいと思います。悩みを乗り越えてきた人は越えるための何かを必ず持っていて、そばにいるだけでも力をもらえるから。とにかく外に出てお手本を探すことが大事だと思います」。

原動力は「コンプレックス」

 今年で役者生活25周年を迎える阿部。四半世紀もの間、役者を続けてきた原動力は意外にも『コンプレックス』なのだという。
「せっかくモデルから役者になったのに、背が高いがために役にパターンがありませんでした。大きすぎて相手役の役者さんが困るんですね。3、4年は思うように仕事ができなかったというか、思うこともできませんでした」。しかし、役者を続けたいと思った時、阿部はコンプレックスをバネにした。
「モデル出身とか、背が高いとかいろんなコンプレックスを克服していかないと次がありません。自分から『こんな役もできます』と示して、役の幅を広げていきましたね」。
 改めて、映画『天国からのエール』をどんなふうに見てもらいたいかと聞くと「一人の男が人々を支え、最後までやりきった、自分の信念を貫き通した、そこに感動してもらえると思います。今現在も遺されたスタジオで若者たちが意思をもって頑張っている。それだけ影響を与えた人の生きざまを感じ取って、この映画からいろんな感動を見つけてほしい。人を成長させるのは、実は小さな感動の積み重ねだと思うから。今これからの時代をどう生きるのかヒントみたいなものを見つけてほしいです」と返ってきた。
 日本は「誰かのためにできること」「人を支え、支えられていること」を今まで以上に個人個人が考えていかねばならない状況を迎えている。『天国からのエール』で描かれている人々は、見た人に考えるヒントと力を与えてくれる。まさに「エール」を送ってくれている映画だ。


『天国からのエール』
阿部寛、ミムラ、桜庭ななみ、矢野聖人、森崎ウィン、野村周平 ほか
監督:熊澤誓人脚本:尾崎将也、うえのきみこ
原案:『僕らの歌は 弁当屋でうまれた・YELL』
主題歌:『ありがとう』ステレオポニー
10月1日(土)全国ロードショー
yell-movie.com

撮影:ホンゴユウジ スタイリング:土屋詩童 ヘア・メイク:小泉尚子(MARVEE) 文:川口奈津子(編集部)

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