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中国美容を変える日本人美容師

アイデアの力で自分をプロデュース

ASAKURA首席代表 朝倉禅氏

 朝倉氏は香川県の美容室に生まれ、「父に喜んでもらいたいために(笑)」6歳から父にカットの指導を受けていたという。しかし家業を継ぐことは、自分の一生が決まってしまうようでためらいがあった。
 16歳で渡英。ディオールのガリアーノらデザイン界のトップを数多く輩出するセント・マーチン・カレッジへ留学し、デザイン全般について学んだ。「楽しくデザインを学べればいいなという気持ちでした。しかし周囲には桁違いの天才がたくさんいて、まずいと思いました」。自分が生き残るために、技術で勝てないならアイデアで勝負しようと決断したという。「いかに面白いと思ってもらえるかに注力していました。当時イギリス発の現代アートが注目を浴び始め、今思えば悪ふざけとしか思えないような事ばかりしていましたね」。次第にアイデアを評価されるようになり、朝倉氏は留学を通じて「いかにアイデアの力で自分をプロデュースするか」を学んだという。

限りない可能性がある場所、北京

2007年アジア最優秀外国サロン賞の授賞式

 帰国後、朝倉氏は東京で仕事を始めたが、自身の美容室を日本で展開することは考えなかった。不況下でも美容室数は増えており、朝倉氏は日本での美容室の市場が飽和状態だと感じていたのだ。「この状況ではせいぜい3~4店舗を展開するのが限界。自分はサロン展開だけに仕事のすべてを懸けたくないと思いました」。
「自分の人生を懸けた夢、可能性が限りなく広がる場所はどこだ」と模索しながら、朝倉氏はアジアを視察して回った。そして中国の活気に強く惹かれたという。アジア人の中で髪質や顔の形が日本人に最も近いこと、2003年当時でパーマ、カラーなどをしている女性はほとんど見当たらず、おしゃれに程遠い状況だったことが魅力だった。
 中国進出を決めた朝倉氏が選んだ地は北京。日本企業の進出が多く、日本人顧客が見込める上海ではなかった。「上海はファッションに関心のある若者も多く、日本との結び付きも強いけれど、中国の一都市に過ぎない。中国の主要メディアが集積する北京から発信して、真の『中国ブランド』になりたいと思いました」。

中国のASAKURAブランドへ

中国で人気のモデルと一緒に。朝倉氏もモデルとしてファッションページに登場した

 北京での開業当初「その人らしさ」を活かしたスタイルを提案する点に大変苦労したという。「日本では、多くの人が素敵だと思うスタイルがあり、同じようなスタイルにしたいと思う人が多くいます。中国ではファッションセンスが千差万別で、それぞれの人のファッション感覚や生活環境、スタイリングの習慣を理解して、その人独自のスタイルを完成させなくてはなりません」。
 また、中国人顧客は結果に関して非常にシビアで、納得のいかないスタイルには1円も払わない。カウンセリングを通じて顧客を理解することが重要となる。スタイリストの技術力、カウンセリング力が大きく試される現場なのだ。
 顧客に対する提案の積み重ねにより、ASAKURAは、中国人女性のための「ASAKURAオリジナルスタイル」を発信する美容室となった。その実績が評価され、ASAKURAは2007年にアジア最優秀国際サロン賞を受賞した。2008年には、中国版ViViとのコラボレーションにより、中国出版界初の中国人モデルのみのヘアスタイル誌「ASAKURA&ViViヘアスタイルブック」を発行した。
 今年7月には「北京ベストヘアスタイリスト」「北京で最も影響力のあるサロン」「北京で最も消費者から支持されているサロン」「北京最優秀美容学校」という4つの賞を受賞するなど破竹の勢いだ。朝倉氏は今「中国で自分たちが新しいものを作っている。中国美容のスタンダードを作ることができる」という手応えを感じている。

中国での美容師の地位向上を図る

女優としてだけでなく監督業でも活躍する多彩なシュウ・ジンレイ

 中国では美容師の地位は高くない。美容師たちの仕事に対する意識も同様だ。ASAKURAでは中国人美容師を育てる試みを続けている。美容スクールを開講し、中国人美容師の技術向上と意識変革を促している。海外のスタイルをまねるのでなく、中国人女性に合わせた「中国最新スタイル」を学べるようにすることで、中国美容業界全体のレベルアップにも貢献している。
 この秋には1100平米の北京最大級のサロンをオープンする予定だ。「ここから中国美容業界を先導していくカルチャーを次々と発信していきます」。
 朝倉氏は言う。「本当に目指すものがあるならば、現在の瞬間の行動と考え方がコンパスとなり、この先の人生の行路を決定するはずです。ASAKURAのメンバーは、異国の地で様々な壁にぶつかりながら、夢に向かってベストを尽くして、一緒に少しずつ開拓してきました。その積み重ねで皆さんの支持を得て、現在につながったのだと思います。重要なのは過去、未来ではなく現在。自分は、現在、何をすべきか?」


仲 智行(なか・ともゆき)
東京大学経済学部卒業後、ソロモンブラザーズアジア証券(現日興シティグループ証券)入社。事業法人70社余りにB/S、P/Lの改善のためのコンサルティング営業に従事。そこで不良債権処理、証券化、デリバティブを用いたリスクヘッジ案件に数多く携わる。その後、中国留学を経て、中国不動産投資ファンド会社にて、本部長として北京オフィス証券化ファンド、PEファンドを手がける。現在、日中双方向での投資・ビジネスコンサルティングを行うZENパートナーズ(株)代表取締役社長

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