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紙のメリット、電子のメリット

photo: ロイター/アフロ

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 絶版本対策のため、凸版印刷と取次のトーハンが出資して設立した株式会社デジタルパブリッシングサービス(以下、DPSと省略)のラインナップを眺めると、人文系の専門書と自然科学系の教科書がほとんどを占めている。数は少なくても読みたい人のいる本が、オンデマンド出版されるということだ。このように読み手が限定されているならば、取次を経てあちらこちらの書店で販売するより、製本所から直接ユーザーに送ったほうが効率が良いのではないか。そうすれば、取次マージン、書店マージンといった流通コストもかからず、一石二鳥だと思えるが……。
「弊社は基本的に印刷製本会社なのですが、インターネット上で『万能書店』というサイトを運営しています。そのサイト経由でユーザーから注文が入ってくるごとに印刷、製本し、取次や書店を通さずに直接ユーザーの手元にお届けしています。弊社で代金回収までして、出版社の利益分を出版社にお返しする、というビジネスモデルです。  ただ、こういう直販的なビジネスに踏み切る出版社はまだ少ないです。一つには、会計上の処理が難しいこと、さらに例えば法律系の出版社ですと、法律改正前の民法解説書や会社法解説書もラインナップにあります。一般の人が間違って買っては困る、という配慮もあるのです」(DPS代表取締役副社長・古谷宜男氏)
 なかなか直接販売のハードルは高いようだ。製造費が割高なうえ、流通コストも簡単には削減できないとすれば、オンデマンド出版の本が通常の本より高めでも致し方ないのかもしれない。

コスト構造の比較

 いよいよ電子書籍と紙の本の比較に入っていこう。まずは価格の内訳を考えてみる。電子書籍の場合は当たり前だが、紙代、印刷代、製本代がかからない。さらに、流通コストはどうか。紙の本では、一般的に取次マージンは定価の8%、書店マージンは22%。あわせて30%だ。電子書籍だとプラットフォームの取る手数料がかかる。アマゾンのキンドルの場合65%だったが、6月30日から米国内から適用開始となる新プランでは、一定の条件を満たした場合に30%にディスカウントされる。奇しくも、紙の本の流通のコストと、キンドルの新プランでアマゾンが取る手数料が同額だ。ただ、電子書籍では自前のプラットフォームという選択肢があるので、流通コストの大幅削減は可能だ。
 電子書籍でも、著作権使用料と出版社の利益は勘定に入れておかなければならない。ただ、著作権者が直接販売するのであれば、出版社の利益分は不要となる。もし紙の本を裁断してスキャンするのであれば、画像データ作成料も必要だ。これが意外と馬鹿にならない。
「古い本ですと、紙にゴミがついていたりします。基本的には、データを拡大して1つ1つ拾っていく手作業ですので、日本史資料の全集50巻をオンデマンド化した時は、2人がかりで数カ月の作業となりました。なにしろ1冊あたり500ページ強の本が50冊あるわけですから(笑)」(古谷氏)
 そうは言っても、今や文章や写真はもちろんレイアウトまで、すべてデジタルで制作する書籍がほとんど。スキャニングやその後の処理が必要になる書籍は、全体から見たらごく一部だろう。

電子書籍の“アキレス腱”は?

 このように、製造費が不要で、流通コストや出版社の利益、データ作成料の節約が可能な電子書籍の価格が、紙の本に比べて安くなるのは必然だと言っていいだろう。書店の棚に並ぶことなく、出版社の営業マンの力も借りずに、一体どうやって宣伝するのか、という難問は残るものの、ローコストは明らかに電子書籍最大のメリットだ。安さの前に紙の本はひれ伏すしかないのだろうか。電子書籍の“アキレス腱”はないのだろうか。
「自分が著作権者だと仮定すると、電子書籍は怖いですね。データなんていくらでもクローンは作れますし、どこでどういう風に使われるかわかりません。これから電子書籍産業で一儲けしようという企業が雨後のタケノコみたいにどんどん出てくるでしょうが、そういうところにデータを渡して、印税がきちんと支払われるとは限りません」(古谷氏)
 データの改ざん、違法アップロード、違法コピーの問題もある。しかし、いずれも技術と時間がある程度は解決してくれるだろう。
 それから視認性、読みやすさの問題も大きい。
「電子系はとにかく目が疲れますね。僕も校正はモニターではなく、必ず紙でします」(本誌編集者・O氏)
 新聞や雑誌を読み流す、軽い小説を読む、大量の資料にザーッと目を通す、という読み方ならともかく、真剣に1文字1文字を見つめる時、あるいは、長時間にわたって難しい本を読む時は、やはり紙の本ではないか。しかし、技術の進歩はすごい。
「EInk社の電子ペーパー技術を採用しているキンドルは、インターフェースとして優れていると感じています」(古谷氏)
 さらに、普及済みの電子書籍とも言える電子辞書に目を向けると、最近、教育の現場は紙の辞書に戻ってきているという。
「紙の辞書だと、1つ言葉を調べた時に自然にその前後も視野に入って、関連付随する知識が入ってくる。電子辞書に頼ってばかりいると、目的の単語を調べておしまい、となりがちです」(DPS代表取締役社長・鵜澤吉記氏)
「容量の問題から、1単語あたりの説明を圧縮しているのが原因の1つです。将来的にメモリが安くなって電子辞書の容量が大きくなれば、解消する問題かもしれません」(古谷氏)
 とまあ、あれこれ電子書籍にケチをつけてみたが、どの問題も技術の力で解決できそうだ。となると、いつの日か電子書籍が普及した暁には、紙の本はこの世から消えてしまうのだろうか。紙の手触り、インクの匂い、ページをめくる時のワクワク感、パラパラとめくってざっと見ることのできる手軽さ、さらには、書店をうろついて面白そうな本に出合った時の喜び、地方の商店街で必死に“文化”を支えている小さな本屋さん。そうしたもろもろの“紙の本への愛着”は単なる感傷に過ぎないのか。
「日本語はデータ制作するのが難しい言語です。26しかないアルファベットなら簡単にOCR(光学式文字読取装置)で制作ができますけれど、日本の文字はひらがな、カタカナ、漢字があるうえ、漢字には旧字体もあります。古典国文学の専門書では、旧仮名遣いの間に万葉仮名がところどころ入ってきます。欧文と日本文が混じり合ったり、ルビがついたり、2行にわたって割注が入って、さらにそこにルビが入って……ともなると、OCRをかけたら、とんでもないことになります(笑)」(古谷氏)
 あった! 電子書籍の弱点が、ここにありました。
「PDFファイルに対応している現在のキンドルとはいくらか親和性がありますが、単に日本語を表示するだけでなく、検索をかけたり、カット&ペーストしたり、といった話になると、なかなかハードルが高いです。少なくとも、研究者が専門書を買うような場合には、電子書籍よりも紙の方がお勧めです」(鵜澤氏)
 これを技術で克服できる日は、来ないとは言わないが、相当先だろう。

紙の生き残る道

 新聞や雑誌のような“賞味期限”のある物、文芸書やビジネス書、実用書、コミックのようなライバルの多い分野については、遅かれ早かれ電子化されていく運命にあるのかもしれない。だがそれ以外、例えば専門書や受験参考書、子ども向けの絵本といった領域では、紙の本が残るのではないか。紙の本という洗練されたパッケージが、そう簡単に消えるわけがない。紙の本とデジタルの本、この2つの共存共栄が許される豊かな未来が来ればいいと思う。


渡辺麻実

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