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【マッチ&ニッチ商売論】ギター+好きなこと=「町の文化人」が集まるギター教室

その手があったか! 脱サラ起業家たちの

【マッチ&ニッチ商売論】ギター+好きなこと=「町の文化人」が集まるギター教室

会社を辞めて独立する。やるだけならば簡単だ。しかし、戦略も展望もないまま独立すると、仕事が全くなかったり、
安い請負作業で使い捨てられかねない。独立するならば、ニッチでも確かな収入と自由があるビジネスを創り出したい。
ポイントは「組み合わせる」こと。異なる二つの切り口をうまく合わせれば、唯一無二の存在になれる。
サラリーマン経験も活かし、組み合わせで成功した起業家たちの物語を追う。

 脱サラ起業家は2種類に分かれる。組織の一員としても活躍していて独立した後も成功を収める「万能型」と、サラリーマンとしてはポンコツだったけど独立すると伸び伸びと力を発揮し始める「マイペース型」だ。
蒲郡駅から徒歩2分。静かすぎる駅前でサブカルの輝きを放つ「喫茶スロース」。2階が清水さんのギター・ウクレレ教室だ

蒲郡駅から徒歩2分。静かすぎる駅前でサブカルの輝きを放つ「喫茶スロース」。2階が清水さんのギター・ウクレレ教室だ

 12年前、愛知県蒲郡(がまごおり)市の実家でギター教室を始めた清水邦浩さん(37歳)は明らかに後者のマイペース型である。学生時代から本格的にギターを始めた清水さんは、アメリカ留学費用を貯めるために地元の医療関連企業に営業職として就職した。3年間はきっちり勤める予定だったという。
「1年しか心身がもちませんでした。ストレスで胃が痛くなって通院したほどです。直属の上司に背中を押されて予定より早く退職しました。貯まった留学資金は400万円だけ。アメリカでの生活は大変でしたよ。街路樹に実っている果物を食べてしのいだこともあります(笑)」
 現在は、蒲郡駅前の小さなビルを借り、2階ではギター教室を開き、1階は豆にこだわったコーヒーショップにして奥さんに経営を任せている清水さん。岡崎市の自宅でもギターを教えている。常に笑顔でエネルギッシュだ。「毎日死にたいと思っていた」という会社員時代は想像しにくい。
「先輩の営業マンたちがみんな優秀でした。他人の感情を先読みして、いろんな人の利害関係を調整することで商品の医療機器を売りまくるのです。僕はまったくできませんでした」
 先輩にしごかれながら、朝7時から夜11時まで働く生活を続けていた清水さん。仕事がこなせずに90日間も連続で出勤したこともあった。自分が主導権を握って取り組める唯一の仕事は、新人の役割である営業所のトイレ掃除。週替わりで芳香剤を替えたり、自作の写真を飾ったりするなどの工夫を凝らした。いじらしいが、ちょっと見当違いの努力である。
 清水さんのことを笑えない。筆者も新卒入社の会社をわずか1年で辞めてしまった経験があるからだ。軍隊式の小売店舗での勤務に適応できなかったのだが、決してやる気がなかったわけではない。気持ちの上では誰よりも真面目だった。しかし、その気合は常に空回りをした。がんばっているのに成果が上がらない自分を責め続けた。
(左)コーヒーショップ「喫茶スロース」。清水さんが集めたレコードの曲が流れる店内で、自家焙煎の香り高いコーヒーを楽しめる (右)妻の美智乃さんがコーヒーショップを一手に取り仕切っている。「清水は新しいことをどんどん始めちゃうので追いつくのが大変です」とこぼすが、夫婦仲は良好だ

(左)コーヒーショップ「喫茶スロース」。清水さんが集めたレコードの曲が流れる店内で、自家焙煎の香り高いコーヒーを楽しめる
(右)妻の美智乃さんがコーヒーショップを一手に取り仕切っている。「清水は新しいことをどんどん始めちゃうので追いつくのが大変です」とこぼすが、夫婦仲は良好だ

 組織で長く働くためには、「経験のある先輩が優秀なのは当たり前だ。オレも3年ぐらい在籍していれば自然と仕事をこなせるようになる」ぐらいのゆったりとした心構えが必要となる。がんばりすぎは禁物なのだ。清水さんや筆者のようなマイペース型の真面目人間は、他人が運営する組織に入ると過剰適応をして自滅する傾向がある。ならば、自営業を選んだほうが世のため自分のためだ。
「僕は会社に入って良かったと思います。あの1年がなかったら、今の僕はありません。ポワ~ンとした学生気分のままだったでしょう。精神的にものすごく辛かった会社員時代に比べたら、今の仕事なんてほとんど遊びです(笑)。長時間労働のときもありますけど、すべて自分が興味があって、自分のためにもなることですからね。ずーっとゲームをやっていて目が疲れちゃった、ぐらいの感覚ですよ」
 清水さんは「遊び」と称するが、自営業はすべてが自己責任である。お客がなければ数カ月後の生活も立ち行かなくなる。いま仕上げている成果物から今夜の人付き合いに至るまでの全部が明日の生計に直結しているのだ。謙虚さと気概を同時に持っていなければ務まらない。世の中の厳しさと自分の限界を肌身で知るためにも、一度は企業に正社員として所属するべきなのかもしれない。
ギター教室にて。「1日に6人ぐらいの生徒さんを教えるのがいいペースです」と清水さん。1レッスン40分なので毎日4時間労働が理想である

ギター教室にて。「1日に6人ぐらいの生徒さんを教えるのがいいペースです」と清水さん。1レッスン40分なので毎日4時間労働が理想である

 念願のアメリカ留学から帰って来てからの清水さんは、夢中で遊ぶ子どものように生き生きと働き始めた。会社員時代の同期にギターを教えたことをきっかけにしてギター教室を開いたのだ。蒲郡という小さな地方都市では競合はいなかった。
「暇だったので、生徒さんにも手伝ってもらって蒲郡の全戸に教室の広告チラシをポスティングしました。これが当たりましたね。数人だった生徒さんが一気に40人以上に増えましたから」
 本場アメリカ仕込みのギターレッスンの質には自信がある。とはいえ、自分は有名なギタリストではないし、教え方が上手い人は自分の他にもたくさんいる。どのように差別化すればいいのか。
 清水さんは文化情報に飢えていた子どもの頃を思い出した。都会とは違い、マニアックな音楽について語り合える友だちはいないし、教え導いてくれる大人もいなかった。今でも状況はあまり変わらないのではないか。文化的な場を求めている人は老若男女を問わずに必ずいるはずだ――。
 清水さんはレッスンの空き時間を縫って様々なイベントを開催している。コーヒーや英会話、写真などの教室に加え、読書会や恋愛相談と内容は多彩。ギター教室の生徒が特技を生かして講師になるものもある。最近は、アメリカの友人に協力を仰ぎカリフォルニアワインの輸入卸も検討中だ。
「僕がギターとウクレレの他にもいろんなことをやっているのが、生徒さんには面白がられています。レッスン中でも僕との雑談のほうが目的の生徒さんもいますからね。生徒さんに飽きられないためにも、常に自分の新しい面を出していかなくちゃならないという意識もあります」
 そのためにはいつもウロウロして、何でも試してみなければならない。「続かなかったら恥ずかしい」などという気持ちは清水さんにはない。すると、ワインのように興味が長続きするものと出会う。より深めるためには商売にしたほうが早道だと清水さんは断言する。
「どんな分野でもプロはよく知っていますからね。僕は自分が好きなことでしか労働意欲がわかないので、その分野では利益を最大化したいと思っています」
 1年ほど前には、ギター・ウクレレ教室も初めての大幅値上げに踏み切った。月2回の1時間レッスンで6000円だった授業料を、月2回40分レッスンで1万円に引き上げたのだ。
EVERNOTE(個人用の情報保管システム)に10年分のレッスンの蓄積がある。「初心者でも3カ月もあればビートルズの簡単な曲を弾けるように教えますよ」

EVERNOTE(個人用の情報保管システム)に10年分のレッスンの蓄積がある。「初心者でも3カ月もあればビートルズの簡単な曲を弾けるように教えますよ」

「10年以上の経験があるので、教えるスキルが向上したことが前提です。集中力は1時間ももたないので、40分間でみっちり学んだほうが効果的です。もちろん、値上げをきっかけに教室をやめた生徒さんもいます。でも、本気でギターをやりたい人やこの教室を気に入ってくれている人が残り、新たに来てくれる生徒さんもいました」
 結果は売上20%アップ。レッスン時間は短くなったため、自主練習のコツなどを紹介した「教室だより」を小まめに発行することなどに時間を使えるようになり、レッスンの全体的な質を上げることができた。
 現在、清水さんの生徒は約100人。保育園児から80代女性までがギターとウクレレに向かい合っている。一人で教えるにはほど良い生徒数だと清水さんは感じている。思い切った値上げにより、無理に生徒数を増やす必要がなくなったのだ。
 昨年末には3週間の休暇を取り、アメリカを再訪することができた。このゆとりと遊び心が清水さんの「面白さ」の糧になっている。
「台湾にも興味があるので、何か商売ができないかトライしてみようかと思っています。5年前までは、とりあえず現地に行ってみる時間もお金もありませんでした。いまでも潤沢ではありませんが、少しは余裕が持てたことが幸せです」
 いろいろやることはブランド戦略的には失敗なんですけどねと自嘲する清水さん。しかし、職人肌のメーカー社員が多数派である愛知県の小さな町においては、清水さんのような商売人気質の男性は異彩を放つ。人目を気にせずに好きなことをいろいろやってきた結果、唯一無二のギター講師になり得たのだ。


9 (2)清水邦浩(しみず・くにひろ)

1978年愛知県蒲郡市生まれ。南山大学卒業後、医療関連企業に就職。1年後に退職して単身渡米。LA Music Academy(現Los Angeles College of Music)にてギターや作曲を学ぶ。帰国後、「清水邦浩ギター・ウクレレ教室」をスタート。現在は、蒲郡市と岡崎市で教室を開校中。2010年には「喫茶スロース」を蒲郡教室に併設オープンした。

独立後データ(独立前を100とする)
◎収入………200
◎支出………200
◎睡眠時間…120
◎通勤時間…50
◎自由時間…100

文|大宮冬洋

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