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【経営学エッセンシャル】 そこで思考停止せずにもう一歩!

【経営学エッセンシャル】 そこで思考停止せずにもう一歩!

 アメリカの口語に、Monday Morning Quarterback(以下MMQ)というのがあります。その前の週末にあったカレッジやプロのアメリカンフットボールの試合について、週明けの月曜の朝に、あの場面ではパスを投げるべきであったとか、ディフェンスのプレーコールがまずかったとか、あれこれ論ずる市井の人々といったところです。ただ、すでに結果がわかっていることに対して、さもわけ知り顔に、時に無責任に論評することを揶揄するニュアンスもあります。
 日本の経営について、失われた10年あるいは20年を総括して、ガラパゴスだのスティーブ・ジョブズになれなかっただの、昨今は日本の経営をたたいておけばひとかどの理論家と思われる風潮があるような気さえします。筆者自身がたたかれる側の日本の家電メーカ出身ゆえの被害妄想もあることを認めつつ、同じことを20年言われ続ける方が悪いのか、同じことを20年言い続ける方も能がないのか、そうしたことを考えてみたいと思います。

ある経営学者の指摘

 
 神戸大学(当時)の石井淳蔵教授は、経営に関する事例を記述する者の心得を指摘しています1)。

…神様は言う。「もう一歩進んだら道は開けたのに、どうしてどうして引き返したのか。辛抱のない奴だ」と。そうではなく、迷って引き返した人に、いったい何が見えて何が聞こえていたのかを知ることの方が記述者には大事なことなのである。迷路を迷う彼には、すでに時間リミットが迫っていたのかもしれない、前に続く道が少し薄暗くなってきていたのかもしれない、後ろの方から何か音が聞こえたのかもしれない…。そうした当事者にとってのリアリティを知ることがまず持って肝心である。「引き返すには引き返すだけの理由があったのだ」という、彼にとってのリアリティを知るべく再構成する…(石井、2006、p.14)。
 同じ論文で、さらに別の重要な指摘もなされています。
…内部者の視点に立つことはすなわち、現実の地平を越えて、先を見通すことができる「天才的な経営者やマーケター」などはいないという信念を持つことでもある。時々、経営者やマーケターを普通の人では見通し得ない何かを見通す天賦の才をもった人物として持ち上げることがあるが、そんなことはありえない、と信じる必要がある。誰もが同じ地平で先が見えずもがき苦しむ、すべての人間は、「ちょぼちょぼの存在」なのである。天才が価値を創り出すのではなく、ちょぼちょぼの人たちの寄ってたかって関わる中から創発的な価値が生まれてくるのだ…(石井、2006、p.14脚注)。
 これには異論や違和感があるかもしれませんが、筆者はこのように考えています。天才が創造したものなら、いくら正確に記述されようともわれわれ凡人が学びとれるものはない。われわれ同様の凡なる存在が非凡に努力した事例にこそ、学び真似る価値があるのだと。


参考文献
1)石井淳蔵「競争的価値創発プロセス概念とケース記述の手法~競争プロセス、デザイン、そして身体性~」神戸大学大学院経営学研究科ディスカッションペーパー2006・48、2006年.
2)朝日新聞2014年1月21日付「リレーおぴにおん」または下記WEBhttp://digital.asahi.com/articles/DA3S10935803.html?iref=comkiji_txt_end_s_kjid_DA3S10935803
3)大西康之(2014)「会社が消えた日」、日経BP社。
4)Christensen, Clayton M., Stuart L. Hart & Thomas Craig“The Great Disruption,” Foreign Affairs, March-April 2001,pp.80-95, 2001.
5)シュンペーター(1912)『経済発展の理論』、塩野谷祐一/中山伊知郎/東畑精一訳、岩波文庫(上・下)
6)Christensen, Clayton M., The Innovator’s Dilemma: whennew technologies cause great firms to fail, Harvard BusinessSchool Press, 1997(伊豆原弓訳『イノベーションのジレンマ: 技術革新が巨大企業を滅ぼすとき』翔泳社、2001年).

前川 佳一(まえがわ・よしかず)
京都大学経営管理大学院特定准教授。1982年京都大学工学部冶金学科卒業。1995年企業派遣によりボストン大学経営大学院修了(MBA)。2007年神戸大学大学院経営学研究科修了:博士(経営学)。2008年3月まで、総合家電メーカにてデジタル機器の技術・企画に従事。2008年4月より現職。大阪市生まれ。

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