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存在の耐えられない軽さ -水素-

As Time Goes By

存在の耐えられない軽さ -水素-

「存在の耐えられない軽さ」は小説・映画のタイトルで20年ほど前に幾度となく読み返したものだ。瀬戸内育ちで何事も楽観的に考えてしまう私にとっては、主人公(男性)が持つ相対的な「軽さ」は共感できるのだが、表立って好みの作品と言うと少々誤解(特に女性)を招くのでかたく封印している。
 その軽さの極みである水素がにわかに注目を浴びている。水素の時代が必ず到来すると言われ続けて幾星霜、都市伝説になりつつあったが、ついにその時が来たようだ。
 2013年9月に総合科学技術会議(議長・安倍晋三首相)から日本の経済再生のために府省庁の枠を越えて来年度から取り組む「戦略的イノベーション創造プログラム」が発表された。全部で10項目の研究課題のうち、その約半分が自動車産業に関連する項目なのが少し気に掛かる。税収と雇用の両面で日本国全体が自動車産業に依存しているため、やむを得ないのであろう。
 その研究課題の一つが「エネルギーキャリア」である。水素の利用による新たなエネルギー社会を確立し、水素の製造、輸送、貯蔵、利用技術(水素を炭化水素、アンモニアなどに変換して輸送、貯蔵する技術も含む)の高効率化・低コスト化に資する研究開発を推進する。シンプルにいえば、気体そのものだと危険性の高い水素を液体や固体、もしくは機密性・堅牢性の高い容器に密閉して可搬性を高め、どこでもだれでも安全に使える技術の確立を目指している。水素を利用する際は水と電気、熱しか排出しないため環境負荷が格段に低い。
 水素を流通させるためには、全国規模のインフラ整備が前提となるが、水素サプライチェーンが確立されるとその市場も大きい。日経BPクリーンテック研究所の推計(2013年10月)によれば、2050年に水素インフラ市場は約160兆円規模に達する。燃料電池車、水素ステーション、定置型燃料電池、水素発電所、液化水素基地、供給水素基地、パイプライン、タンカー、タンクローリーといった水素インフラが推計対象なので決して大げさな数字ではないだろう。
 水素サプライチェーンは日本株式会社の強みが十分発揮される分野でもある。機能性化学や材料工学、輸送機器、造船、土木をはじめとしたインフラ技術、プラント設計、都市工学など一朝一夕に他国が追いつけない技術と知識の粋を刷り合わせてこそ組み上がるプラットホームであり、家電やソフトウェア産業のような同じ轍を踏むことはないだろう。
 実現は決して遠い未来の話ではない。千代田化工建設が独自技術の有機ケミカルハイドライド法を用いた世界初の大規模な水素燃料供給基地を2015年度に建設する。この時期はトヨタとホンダが他社に先駆けて燃料電池車を市販するタイミングと符合する。2020年を前に水素立国として一気呵成に攻めたいところだ。また、日々高濃度のPM2.5による深刻な大気汚染に悩まされている中国にとって、ほぼ水しか輩出しない燃料電池車およびその技術は垂涎の的であろう。価格がこなれてくれば年間2,000万台規模(2013年)の中国市場での快走が約束される。
 ふと、「水を制する者は世界を制す」と総合商社で叩き込まれたことを思い出した。水素もまた然り。普遍元素を制する者が強い。
 脱カーボンが時代の趨勢であれば、過剰摂取気味の炭水化物を減らすようにという啓示に違いない。


文:本丸達也(発行人)

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