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世界に誇るジャパニーズウイスキーの実力

Whiskey Culture of Japan

世界に誇るジャパニーズウイスキーの実力

日本でウイスキーが造られるようになって90年。
本場スコットランドの5分の1に満たない歴史の中で、
気が遠くなるほどの努力と研鑽を繰り返し、
世界最高峰の栄誉を受けるまでになったジャパニーズ・ウイスキー。
受け継がれてきた伝統と、そこに宿る矜持を紐解く。

写真提供|アサヒグループホールディングス

写真提供|アサヒグループホールディングス

ウイスキーへと昇華した日本人の“粋”

 スコッチ・ウイスキーで名高いウイスキーの聖地、スコットランド。首都エジンバラのオールドタウン(旧市街地)は、町自体が世界遺産に登録されており、西欧情緒に溢れた美しい景観を誇る。
 2012年、エジンバラ城へ続く目抜き通り、ハイ・ストリートに、ニッカウヰスキーのチーフブレンダ―佐久間正はいた。自社のある商品(ウイスキー)のプレゼンに訪れたのだが、何かの手違いで肝心の商品が会場に届いておらず、仕方なしに、町の酒屋へ買い出しに来ていた。
「本当に買えるのだろうか……」
 最近は海外でも日本のウイスキーが手に入るようになったと聞いてはいたが、佐久間は不安を拭えなかった。というのも、自身がロンドンに滞在していた1994年から2000年までの6年間、ヨーロッパの酒屋で日本のウイスキーを見かけたことなどなかったからだ。
 しかし、思いもよらぬ形で、佐久間は不安が杞憂であると知った。メインストリートの一角にある酒屋のショウウィンドウは、日本の酒屋さながら、「竹鶴」「山崎」といったジャパニーズ・ウイスキーで埋め尽くされていた。
「話には聞いていましたが、たった10年でここまで変わっているとは……。驚くと同時に、大変うれしかったのを覚えています」
 3年前のエピソードを、まるで昨日のことのように佐久間は語ってくれた。
 そもそもジャパニーズ・ウイスキーが世界に認知されたのは、2001年に催された国際的ウイスキー品評会、現在のWWA(ワールド・ウイスキー・アワード)の前身、「ベスト・オブ・ベスト」において、世界の名だたる銘酒を抑え、ニッカウヰスキーの「余市シングルカスク10年」が総合第一位、サントリーの「響21年」が第二位と、上位を独占したことに端を発する。以降14年の間に、様々な国際品評会で20銘柄以上が最高ランクの賞を獲得し続け、業界におけるジャパニーズ・ウイスキーの地位は確固たるものとなった。クルマや工業製品などと同様、日本人に宿るモノづくり精神は見事にウイスキーへと昇華し、その存在は今や世界的に認められている。今日に至っては、世界で最も優れた酒造メーカーに贈られる「ディスティラー・オブ・ザ・イヤー」を、ニッカウヰスキー、サントリー、ともに受賞している。

写真提供|アサヒグループホールディングス

写真提供|アサヒグループホールディングス

 戦後は3級と位置付けられた原酒のまったく入っていないウイスキーが横行した日本。80年代には、国内でウイスキーの需要が減り、暗黒の時代を迎えた。そんな中にあっても初志貫徹、少しでも良質なものを求める精神を忘れずに、持ちうる限りの知識と技術を詰め込んだ、文字通り社の“粋”とも呼べるウイスキー造りに、ひたむきに取り組んできたニッカの社員だったからこそ、佐久間が目にしたエジンバラでの光景は感慨深いものがあっただろう。ましてや、自分たちの国のウイスキーに誇りを持つスコットランド人が、日常的にジャパニーズ・ウイスキーを飲んでいると分かったのだ。共に時代を生き抜いてきたサントリーの社員であっても、同じ感慨を抱いたはず。「本場スコットランドに負けないウイスキーを造りたい」と夢見たニッカの創業者、竹鶴政孝がその光景を目にしたなら、どれほど喜んだであろうか。無事にプレゼンを終えた佐久間は、町のBarに行き、自社の製品「フロム・ザ・バレル」のハイボールで、祝杯を挙げたという。


※文中敬称略

文|志馬唯 写真|福永晋吾、花村謙太朗

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