幕末の書物『花洛名勝図会』で、瓢亭は京都の名勝のひとつに数えられている。創業は絵図による記録よりもはるかに遡る。400年ほど前、南禅寺境内の門番所を兼ねて、南禅寺門外松林茶店(腰掛茶屋)としてのれんを掲げたのが始まりと伝えられている。この地は当時、東海道の裏街道筋であったことから、京へ上る旅人はここで旅衣を更え、草鞋を新たにしたと言われている。現在も玄関の床机などは当時の名残を留める。
伝統の一品「瓢亭玉子」は、庭で放し飼いにしていた鶏の卵を茹でて旅人に出したのが始まりである。行き交う旅人から「茶菓子以外にも何か出してほしい」と言われ、卵を湯掻いて出したところ、非常に喜ばれた。当時は卵を煮抜きして食べる(=ゆで玉子)ことは珍しく、また卵そのものが大変貴重な食材であったという。
時を経て天保8年(1837年)。料亭ののれんを掲げ、高級懐石料理店として、明治維新で活躍した山縣有朋や品川弥二郎、近世の文人、頼山陽らに深く愛された。「一子相伝半熟鶏卵 可愛い殿御(=天皇)に食わせたい のみ人知らず やじろ題す口拝」とは明治天皇の教育係であった品川伯爵の記述である。
瓢亭は、政治の中核を担った元勲など、常に時代を支え、彩った文化人、茶人、経済人が繰り返し訪れる料亭であり続けた。同時に京の旦那衆にも今なお愛され続ける。





















