平和都市として全世界に知られるヒロシマ。戦前の軍需産業から戦後の自動車産業へと見事に転換を遂げた産業都市でもある。自動車産業が不況と言われる現在でも街全体に活気があふれ、商店街も賑やかだ。いま注目すべきは「ICT(注)先端都市」を目指す広島市の政策である。
(注)ICT=Information & Communication Technology 情報通信技術
text & photo: 羽田祥子(編集部)

前職の放射線影響研究所勤務時代に広島へインターネットを敷設した広島インターネット界の立役者。当時、京 都から広島まで64KBの線を敷設するのに多額の費用を要したと笑う。当時知り合った慶応大学の村井純教授 の助言もあり、今回のIETF広島誘致に尽力した

広島市立大学大学院教授  前田香織

ユビキタスプラットフォームのメリット

 この11月から広島市はモビリティユビキタスプラットフォームを利用したデジタルサイネージの実証実験を行う。前田氏は広島のインターネットネットワーク立ち上げにかかわり、今回の実証実験にも大きく関与している。
「ユビキタスプラットフォームのコンセプトは以前より存在しましたが、『ブロードバンド』の無線ネットワークが使えるということが大きなポイントだと思います。今年あたりからUQコミュニケーションズ社のワイマックス、ウィルコム社の次世代PHSなどが広まり始め、比較的安価で広域に無線ブロードバンドが使えるようになりました。そのためネットワーク帯域の細さを気にせずに様々なアプリケーションが使えるようになり、ようやく真のユビキタスプラットフォームが構築できる環境になりました。エンドユーザーにそのメリットが届くにはまだ少し時間がかかりますが、たとえば総務省が行っているデジタルサイネージ実証実験がひとつの有効な解だと思います」。
 9月12日から広島市立大学と広島大学は共同で、路面電車内に位置情報や時間、進行方向に合わせてタイムリーな情報を表示するデジタルサイネージを搭載した。「静的な紙の広告と違い、無線経由でリアルタイムにアップデートした広告が掲載でき、動画配信も可能な通信環境ですので、エンドユーザーに『魅せる』システムだと思います。そうしたことからユーザーや広告主などの視点が変わっていくのではないでしょうか」。

首都圏と地方都市のギャップ

 東京や上海のような大都市圏は、広告クライアントとそのターゲットである消費者、有線・無線ネットワークがいずれも集積し、デジタルサイネージに好環境である。広島市は状況が異なる。「基盤の整備は首都圏と地方で時間差があります。20年ほど前、有線のネットワークとしてのインターネットが始まった時、地方はかなり後手に回りました。当時『基盤がないから使えない』『使えないから使わない』『インターネットというものがわからない』という状況が地方に存在し、その後のアプリケーションの発展や地元の意識変革にも大変時間がかかりました。
 広島市は世界的に知名度の高い都市なので、ここで地方都市の先陣を切ってワイヤレスブロードバンドの整備ができた時に地元や企業が何ができるのか、そういった意識を市民に持ってほしいですね。有線ネットワークの整備では出遅れましたから。インフラ整備は手間もお金もかかります。首都圏と違ってユーザーも少なく厳しい面が多いでしょう。それでも『こういう風に変わるんです!』と言い続けることが大切だと思いますし、多くの人に具体的なアプリケーションを見せていくことも意識の上で大切です。そのために今回のデジタルサイネージ実証実験があるのです」。

今後の普及に向けて

 今回はある程度エリアを限定したプロト的な位置づけの実験となる。今後実践的に広げることはできるのだろうか。「ブロードバンドを利用したデジタルサイネージは非常に多くのプレイヤーがいます。ハード、ソフト、コンテンツの出し手と受け手、設置場所の関係者など、様々なステークホルダー(利害関係者)の合意を得て進める必要があります。実験で急に何かが変わるものではありませんが、種を蒔きながら徐々に広がることを期待しています。広島モデルとして成功させたいですね」。
 デジタルサイネージへの取り組みとして産学官が一体となって取り組む例は全国でもほとんどないという。「商店街の青果店から大企業まで同じ基盤の上に情報を提供し広告を出稿する、全体的な底上げをうまくリードできるところが他にはない点ですね。時間はかかると思いますが今までの広告とは違うということを誰もが思いますから、着実に進むと思います」。
 普及のためにはハードやネットワーク、アプリケーションのコストを下げる必要が出てくる。「サイネージの表示装置につけるプレイヤーはパソコンベースで動いており、それぞれがIPアドレスを持っています。量産されればプレイヤーが小型化し、今までと違うサイネージができると期待しています。広島での規格の統一化もしていきたいですね」。
 教員の一人として学生を見る目は的確で鋭い。「マイペースで個として動いているのに、個で自分のことは決められない。広島市大の学生は研究で鍛えられており、期待以上の成果を出す学生が多々います。ポテンシャルは非常にありますので、市大の学生は『買い』ですね(笑)」。