ミツカングループ 初代 中野又衛門は当時、酒粕を原料に酢造りを成功させた。
その功績は酢と酒、蔵の街「半田」で知ることができる。

―ミツカングループ創業者 初代 中野又左衛門
  愛知県半田市出身―
現在でもミツカングループ本社の社長に就任すると中埜又左衛門に改名、世襲制度を受け継いでいる。戸籍上の名前も変えている。
photo:間宮 博(ピー・アンド・ピー)text:竹井雅美(編集部)

酒粕のリサイクルから食酢の誕生

 文化元年(1804年)創業以来変わることなく愛知県半田市に本社を置く、日本トップの食酢メーカー「ミツカングループ」。
 江戸時代、知多半島は灘や伏見に並んで酒造りの盛んな地域であった。酒を造るとできる大量の酒粕は、当時、産業廃棄物。「なんとかこの酒粕を生かす道はないものか」。酒造業を営んでいた中野又左衛門は、酒粕のリサイクルから酢造りを思いついたが酒造りに酢酸菌が混ざればすべてが駄目になる。誰も手を出そうとしなかったことへの挑戦だった。これがミツカングループの始まりである。
 成功させた「粕酢」は半田近郊にとどまらず、酒で築いた販売ルートと恵まれた水運を活かし江戸に渡った。その頃、江戸では現在の握りずしの原形となる「早ずし」がもてはやされ、この早ずしに粕酢はよく合い、人気を博したのだ。

来場者は年間で約10万人、日本唯一の酢の総合博物館

 酒粕を熟成させることから始まる粕酢造り。3年近く寝かせた酒粕は旨みが増し、まるで赤味噌のように色は変わる。そこへ酢酸菌を加えて醗酵させた後、さらに寝かせて熟成を深める。3年半の年月をかけてようやく完成するのだ。職人の確かな経験が生み出す昔ながらの粕酢「三ツ判山吹」は、今でも当時の建物の中で造り受け継がれている。これらミツカンの歴史や酢造りを「博物館『酢の里』」で楽しく学べる。江戸後期に建てられた工場の一部を改装し、開館した博物館「酢の里」、日本唯一の酢の総合博物館は年間10万人近くの来場があるほど人気がある。
 風と共にやわらかな酢と酒の香りが漂うこの辺りは、かおり風景100選に選ばれている。今の季節、空を泳ぐ鯉のぼりがさらに日本の風情を醸し出している(5月5日まで)。

 博物館「酢の里」
愛知県半田市中村町2-6
TEL 0569-24-5111
開館時間 9:00~16:00(12:00~13:00は休憩時間)
土日祝日は15:30まで
第3日曜定休 入場無料(予約制)
www.mizkan.co.jp/sunosato

知多の地酒の昔ながらの酒造り 

 知多半島の酒造りは1800年代から幕末にかけて最も栄え、200以上の酒蔵があり、半田でも70以上の酒蔵が営まれていた。当時は灘に迫る勢い、その規模は全国第2位であったという。今でも知多半島には7つの酒蔵が残っている。
半田の酒蔵「中埜酒造」が経営する「酒の文化館」は昔の酒造りや道具、珍しい酒器類などを展示、酒造りの伝統と技を伝えている。中に入ると、江戸情緒を感じる展示の品々と聞こえてくる唄が印象的だ。蔵人の唄は作業効率を上げるのに一役買っていた。作業の厳しさを紛らわし、チームワークに必要なテンポを、また時間も計っていた。唄の上手い蔵人には特別給金などの優遇制度があるほど重要なものだったようだ。そんな蔵人の唄の中で酒の文化に触れた後、日本酒と梅酒の試飲を楽しめるのも嬉しい。
 中埜酒造といえば銘酒「國盛」で有名。「国の繁栄を願い、それとともに我が酒の盛んなること」を望む気持ちを込めて「國盛」と名づけられた。1844年の創業以来、その望み通りに酒蔵は発展を続けている。

國盛 酒の文化館
愛知県半田市東本町2-24
TEL 0569-23-1499
開館時間 10:00~16:00(12:00~13:00は休憩時間)
第3木曜定休(祝日の場合は翌日) 入場無料(予約制)
www.nakanoshuzou.jp/sake
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