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「とりあえず、まずは地球一周ですよね」指揮者 西本智実 インタビュー
ロシアを拠点に活躍し、アルプスを越えてヨーロッパへ、そして大西洋を渡ってアメリカへ。世界各地で100人超のオーケストラを指揮し、さらに大人数のオペラを率いるオペラ指揮者としての地位を確立した。女性指揮者は世界でも数少ない。性別も国籍も努力で乗り越え「理想的な指揮法」「驚くべき表現力」「作品に対して非凡な見方を持つ」と世界各国で絶賛される。ダボス会議を主催する世界経済フォーラムのヤンググローバルリーダーも務める、まさに「グ ローバルリーダー」だ。「まずは地球一周」とさらりと語るその素顔は、非常に繊細な、話して楽しい、BUAISO世代の女性だった。

photo by Hideki Shiozawa
演技と指揮は一緒
指揮者。楽譜を読み解き、解釈し、奏者に伝えて、自らが目指す方向にオーケストラを導く。同じ楽曲でも仕上がりは指揮者によって異なる。「基本的には解釈の違いですね」。理想的な指揮法、驚くべき表現力、と各国で絶賛される西本さんは語る。
リハーサル時間は短く、交響曲1曲で1時間程度しかない。伝え方にも差が出る。「より合理的な練習ができるように、まずはしっかりしたテンポを、次に大まかな表現のバランスを、それから細かい味付けをします。さあ始めましょう、と顔を合わせ、身体全体で伝えながらリハーサルの演奏をする。すでにこの段階で指揮者によりかなり違いが出ます」。
大阪音楽大学卒業後(※)ニコライ・マルコらを生み出した指揮法の伝統国ロシアに留学した。25歳、言葉もわからず、生活にも学業にも相当な苦労を重ねた。日本で学んだはずの指揮法も全く通用しなかったという。「あれ? というくらい通用しませんでした。ロシアでの1年目は徹底的に指揮法ばかりを学びました」。
自らの解釈を大勢に伝えるための伝達方法として、演劇法をも身につけている。「(※※)スタニスラフスキー・システムが好きですね。非常に写実的なんです。例えばポケットに大切な手紙を入れている時と、何もない時と、爆弾が仕掛けられている時と、当然演技が変わってきますよね。ポケットの隅まで意識しているというのを表現するわけです。
相手に伝わらないと表現とはいえません。全員に説明する時間はないし、一人に説明していたら他の人を待たせて全体の集中力がなくなる。音楽において合理的な解釈はしませんが、大勢を相手にするリハーサルは徹底して無駄を省きます」。
言葉も文化背景も異なる初対面の大勢に、自分の解釈を伝える。容易なことではない。「でも、通じますよ。例えば力強い一撃のような音が欲しい時に『力強い一撃で叩いてください』と言葉で伝えるより、その人の目を見て、自分の最高レベルの強い思いを込めて拳を握り、ガン、と表情で表す。一発で通じます。だからエネルギーがいるんですよ。その連続なのでリハーサルには非常に神経を使います」。
※旧ソビエト、現ウクライナ出身の指揮者。1883~1961
※※ロシアの演出家、コンスタンチン・スタニスラフスキー(1863~1938)が提唱した演技理論。ロシア国内のみならず、ロシア革命の後に多くの芸術家がアメリカに亡命したことにより、多くのハリウッド俳優にも影響を与えた
天才作曲家の残した両義性
楽曲の解釈とは楽譜から作曲者の意図を読み解くことである。その工程は非常に緻密で、繊細だ。「私たちが演奏する作品は天才が作っているので、受け止める幅が広いんですね。つまり一つの音でも単語でも、両義的にとらえることができます。例えばベートーベンの第九に『あの星の向こうに神様がいるにちがいない』という素晴らしい言葉が出てくるんです。ベートーベンはそこに減7の不協和音を入れています。これはドラマで『つづく』の前に流れるような、心がすっきりしない、解決しないような感じの音。でも最後にはうっすらと解決音を入れている。これって両義的だと思うんですね。
神様がいるに違いない、でもいるのかなあ、でも……、うっすらとだけその解決音を鳴らすわけです。それが『いてほしい』なのか『やっぱりいる』の確信なのか、あるいは『心の中では確信と思っているけど、表情は穏やか』なのか。本当に一つのことなんだけどいくつもの解釈があるんですね。でも指揮者の場合、自分の中で決着させて、大勢のオーケストラや合唱の人たちに伝えなければいけないわけです。
実は答えはないんですよ。私も両義的に思っているから。多少説明できる時間があれば『ここでは3つくらい解釈できると感じています。しかし今回はこう解釈してください』と説明します。一つの答えを出すのに、感覚ではなく苦しんで決断する。その苦しみが訴えかける力を持つかもしれないですね。
単語の訳し方でも変わってきます。例えば『パッション』というと日本人は『情熱』で終わりなんですよ。でも聖書を思い出すと、ヨハネやマタイのパッション、つまり『受難』の意味もある。情熱があるから受難が降りかかるのか、受難があるから情熱が生まれるのか。だから楽譜にパッションという言葉が出てきたら『ここでは受難があったから情熱、パッションがあると私は思う』とちょっと説明を入れる。ただの『情熱』とは、伝わり方が違いますよね」。
思わず「繊細ですね」と驚きを伝えると、西本さんはとても可笑しそうに噴き出した。その笑顔は非常に親しみやすく気さくだった。

西本智実(指揮者)プロフィール:英国ロイヤルフィルや名門歌劇場などを指揮。今年9月よりロシア国立交響楽団首席客演指揮者に就任。2007年よりダボス会議を主催する「世界経済フォーラム」のヤンググローバルリーダーを務めている
ロシア、ヨーロッパ、アメリカ
世界へ羽ばたく原動力
単身ロシア入りし、苦労を重ねて首席指揮者や芸術監督の地位を得るまでとなり、オペラ指揮者としての地位を確立した。さらにヨーロッパ各国の交響楽団や国立歌劇団でも数々の成功を収めている。華麗なる経歴だ。「全然がつがつしてなかったの。留学当時、世界に行くぞ~、とかもなかったし、何もわかっていなかった。だから行けたんですよ。もう一回25歳に戻してあげるから留学からやれと言われても無理。やりたくない。しんどい(笑)。その代わり精いっぱい頑張ってきた。それだけです」。
さらに今年、新天地アメリカに進出する。その原動力は何だろう。「まだ知らないことがあるから。とりあえず、まずは地球一周ですよね。人間は肉体的に衰えていくし、指揮者の仕事は精神的、肉体的な力が非常に必要なので、40歳でとにかくアメリカまで行きたい、と。
留学から10年はとにかく何が何でも頑張ると決めていました。指揮者に向いているかどうかも自ずと結果が出ると思っていたし、もしこの道を進んでいいのであれば、自然に道が見えてくると思っているので。最初の10年は『指揮者になるかどうか』という10年でした。それで細い道でもうっすらとあったので、また先に進んだわけです」。
地球2周目の時は今まで見過ごしてきた部分を積み重ねて足していきたいとさらりと言う。まさに地球全体が舞台だ。「日本人はもっと海外に行くべきだと思う。世界は今、日清戦争より前の時代の地図の動き方、スピードになってきていると感じています。大チャンスですよ。若い人には特に」。
「輸入から輸出へ。素敵じゃないですか?」
来年、新しく日本での活動が始まる。八王子新市民会館のエグゼクティブプロデューサー就任だ。海外で活躍してきた西本さんは日本のオペラの「輸出」を考えている。「ヨーロッパの劇場で数百年できていないことを日本でやりたい。そしていつか出来上がったものを海外に持っていきたいですね。素敵じゃないですか?今は東洋人の私が西洋の音楽を輸入しているんですよ。一度、輸出してみたいですよね。
しかもオペラは衣装家、照明家、舞台装置家など、音楽家だけでないいろんな専門分野の人が集まる総合芸術なんです。異業種とのコラボレーションは自分のためにも本当にありがたいです。私たちは専門家としてこだわりを持って仕事をしていますが、凝り固まったら終わりだと思っているんですよね。オーケストラもそうですが、一人ではできない仕事をしているんです」。
6月に行われる来日公演はリトアニア国立交響楽団を率い、ソプラノ歌手スミ・ジョーやピアニスト、タマラ・ステファノヴィチと共演する。「スミ・ジョーさんとは3月にリトアニアで共演しました。不思議な力の持ち主で、彼女の第一声で会場の空気がパッと変わるんです。ぜひその瞬間を生で見ていただきたいですね」。

photo by Hideki Shiozawa
西本智実 指揮
with スミ・ジョー リトアニア国立交響楽団
6/10(木)大宮ソニックシティ(19時開演)6/12(土)横浜みなとみらいホール(13時半開演)
6/24(木)サントリーホール(19時開演)
【埼玉公演入場料】 S席13,000円 A席11,000円 B席9,000円 C席7,000円 プラチナ席15,000円
【横浜・東京公演入場料】S席15,000円 A席13,000円 B席11,000円 C席9,000円 プラチナ席18,000円(いずれも全席指定・税込。未就学児童の入場不可)
西本智実 指揮
with リトアニア国立交響楽団
ピアノ:タマラ・ステファノヴィチ
6/9(水)サントリーホール(19時開演) 6/25(金)パルテノン多摩(19時開演)
【サントリーホール入場料】S席12,000円 A席10,000円B席8,000円 C席6,000円 プラチナ席13,500円
【パルテノン多摩入場料】 S席9,500円 A席8,000円 B席6,000円 C席4,000円(いずれも全席指定・税込。未就学児童の入場不可)
予約・問い合わせ
サモンプロモーション 0120-499-699(10時~18時)
www.samonpromotion.com
文:羽田祥子(編集部)
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