素晴らしい。俳優の「力」を感じさせられた贅沢な2時間半だった。やはり舞台はかっこいい。
text: 羽田祥子(編集部)

© 谷古宇正彦

俳優の演技力のみが舞台効果

 舞台は蛍光灯のついた殺風景な陪審員室ワンシーンのみ、12人の出演者は終始舞台の上、そして彼らの議論のみでストーリーが展開する。舞台上の時間軸は客席のそれと変わらない。つまり次のシーンでは翌朝、という時間設定がないのだ。ノーカットの「朝まで討論会」である。普通なら飽きてしまう。

 12人の男がそれぞれの思いをぶつけ合い、議論する。ヘンリー・フォンダの映画を観た人ならば想像できると思うが、ズームアップなどのカメラワークなしに観客を引き込むことは容易ではないだろう。俳優の存在感と演技力にここまで「依存する」舞台は珍しい。そういった意味でも今回の舞台には大いに興味があった。

「裁き」ではなく「人間」

 今回の上演にあたり、演出家の蜷川幸雄氏は英語の原典を読み込んで新たに解釈した台本を作成したという。その過程で「読み込めば読み込むほど、実は『裁きの話』などではなく、『人間とはどういう存在なのか』を人がことばと感情をぶつけ合いながら問い直す、そこに力点があると思えてきた」(上演プログラムより)と蜷川氏は語る。

 稽古開始前の本誌インタビューの際、陪審員第3号を演じる西岡德馬氏は「(第3号の)最後の台詞をどこまでの気持ちや決意で発するか。51%なのか99%なのか、稽古を重ねながら探っていくんだろうね」と語っていた。新たな台本となったその最後のセリフのシーンは、まるで彼がハムレットの王を演じた時のような風格と存在感で会場を埋め尽くした観客を引き込んだ。そして退場シーンの西岡氏と中井貴一氏(陪審員第8号)の表情……!

© 谷古宇正彦

© 谷古宇正彦

「芸術」と呼べる舞台

 すべてを語れないのが残念だが、観客がスタンディングオベーションで何度も12人を舞台上に呼び戻したカーテンコールを想像していただきたい。日本で日常的に舞台演劇を観に行く人はそれほど多くない。しかしこの作品ならばそういう人にも胸を張って薦められると感じた。ビジネスパーソンなら「芸術」と呼べる舞台作品にたまには触れておきたい。

『十二人の怒れる男』

父親殺しの罪で1人の少年が起訴された。審理後、事件のために無作為に選ばれた12人の男たち=陪審員が別室で審議を始める。提出された証拠と証言は少年に不利なものばかり。劣悪な環境で育った少年には逮捕歴もあった。予備投票で投じられた1票の無罪票。審判には全員の一致が必要だ。陪審員8号(中井貴一)は周囲の苛立ちと敵意に怯むことなく、陪審員の重責と審理への疑問点を語る。12人の男はぶつかり合う。
作: レジナルド・ローズ、訳:額田やえ子
演出: 蜷川幸雄
出演: 中井貴一、筒井道隆、西岡德馬ほか
09年11月17日(火)~12月6日(日)
Bunkamuraシアターコクーン
お問い合わせ: Bunkamura 03-3477-3244 <10:00~19:00>

© 谷古宇正彦