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西岡德馬「人は人の何を裁くのか」

西岡德馬「人は人の何を裁くのか」

日本でも始まった裁判員制度を舞台にした作品『十二人の怒れる男』に出演する西岡德馬。自身10作目の出演となる蜷川作品への思いや今回の役どころについて話を聞いた。

好きなことだから“楽しんで苦しむ”

 蜷川演劇に欠くことのできない俳優だ。今回の『十二人の怒れる男』で10作品目となる。蜷川氏とは美意識や感覚が似ていると感じる。「最近は芸術と思わせる映画や演劇が少ないでしょ。でもやっぱり蜷川さんは芸術家だと思う。演劇への取り組み方が真面目で真摯。すごく勉強していらっしゃるし感性が鋭い。最近すごい本数をこなして生き急いでいるように見えるけど、蜷川さんにとって演劇は趣味。だからあと10年はあの人は死なないってみんなに言ってる(笑)」。
 自身、演劇は趣味に近い。「肉体的に大変なことはあっても精神的な大変さは感じたことがない。『セリフ覚えられらんねー』ってもがいてても自分が楽しんで苦しんでるんだよ。好きなことだから」。

「表現できることはたかが知れている」

 12人の陪審員の議論で展開するストーリー。人は人の何を裁くのか、普段から考えている。「罪を決めるためにどこかで手を打たなくてはいけない。だけど犯罪を犯してしまった本当の経緯はそいつにしかわからない。わかろうとは思うけれど、その人間にしかわからないことはある。絶対に」。
 感情をむき出しにして周囲とぶつかる陪審員3号が今回の役どころだ。「不安を抱え生きることに自信を失い、自分との関係がうまくいかない息子を容疑者に重ねて怒りをぶつけている。バックボーンをいっぱい持っていると思うんですよ。そしてそういう人間が人を裁いている」。
 人間が表現できることはたかが知れている、と言う。「でも自分の生き方や思考を、役に合わせてデフォルメしたり引っ込めたりして作っていく面白さがある。3号もハムレットも現実の人じゃない。それぞれが経験や考え方で役を作る。役者によってそれが違うから面白いんだよね」。

誰しも考えさせられる作品になる

 感情の起伏やキーとなる小道具など、陪審員3号の見せ場は多い。「映画なら、例えば手帳がぱらりと落ちて中から息子の写真が出てくるところを映像でアップにできるけれど、舞台ではそうはいかない。でも『ああ、そういうことなのか』と観た人にわかってもらいたい。説得力のある演技でわからせる芝居をします、と言い切らないとね」。
 57年上映の「大好きだった」ヘンリー・フォンダ製作の映画をオンタイムで見ている。「昔は遠い世界の話だった。裁判員制度で日本でも現実のものになった。明日俺のところに裁判員通知が来るかもしれない。どう向き合って法廷に入って行ったらいいのか、誰しも考えさせられる作品になるんじゃないかな」。
 明日通知が来たら……?「襟を正して風呂に入って身を清めて行くだろうね。間違いのないように」。


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『十二人の怒れる男』
父親殺しの罪で1人の少年が起訴された。審理後、事件のために無作為に選ばれた12人の男たち=陪審員が別室で審議を始める。提出された証拠と証言は少年に不利なものばかり。劣悪な環境で育った少年には逮捕歴もあった。予備投票で投じられた1票の無罪票。審判には全員の一致が必要だ。陪審員8号(中井貴一)は周囲の苛立ちと敵意に怯むことなく、陪審員の重責と審理への疑問点を語る。12人の男はぶつかり合う。
作: レジナルド・ローズ、訳:額田やえ子
演出: 蜷川幸雄 出演: 中井貴一、筒井道隆、西岡德馬ほか
09年11月17日(火)~12月6日(日)
Bunkamuraシアターコクーン
お問い合わせ: Bunkamura 03-3477-3244 <10:00~19:00>

ヘアメイク:杉山裕則(pink) スタイリスト:中川原寛(CaNN)
文:羽田祥子(編集部) 撮影:川隅知明

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