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「拝啓、今を生きる者たちへ」渡辺謙

映画『許されざる者』

「拝啓、今を生きる者たちへ」渡辺謙

気づけば、いつしか彼は目の前に座っていた。ごく自然に、しかもさりげなく。日本が世界に誇る名優、渡辺謙/ Ken Watanabe。

その、人を包み込むような温かい笑みに、思わず「謙さん」という愛称が口を衝いて出る……。
クリント・イーストウッドの監督・主演で知られる『許されざる者(1992年・アメリカ)』。この世界映画史に刻まれし、名作の復活が日本に託された。
主演の渡辺が演じるのは、拭い去れない過去の業を背負い、生きる一人の男。
「それでも、生きる」―― これは、謙さんから現代人へのソウルメッセージ。

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 撮影中、渡辺謙が姿を消した。そして現れた一人の男、釜田十兵衛――。
 最近では、役を演じるのではなく、「生きる」感覚が強いという渡辺。中でも本作の十兵衛役にはとことん入り込んだそうだ。
「今回の役は、入念なリサーチのもと作り上げる人物ではない気がしたんです。自分を一回消し去り、そこから徐々に十兵衛という男が浮かび上がってくる、そんなイメージで役を存在させていきました」
「これほど身を委ねた役はない」という渡辺に、十兵衛の〝生き心地〟を聞く。すると彼はやや視線を落とし、大きな手で頬を摩り始めた。眉間に皺が寄る、悩んでいるらしい。
「わからない、未だに。完成作を見ても、それこそ自分のもうひとつの人生を初めて客観的に眺めている感じがして……。こんな不思議な経験は、長い役者人生の中で初めてのことです」
 これまで数多くの作品で、さまざまな役を務めた渡辺をもってしても解せない釜田十兵衛、恐るべし。
 本作を手掛けたのは〝粘りの演出〟で知られる李相日監督。その撮影スタイルには、初タッグを組んだ渡辺も驚かされたと振り返る。
「監督とは撮影中、カメラが回っている間もずーっと話していました。ファインダーを通して無言の会話も。きっと監督は渡辺謙ではなく、フィルムの中に生きる十兵衛と会話をしていたのでしょう。やりとりの最中もカメラを止めなかったのは、そんな思いがあったからこそ。こうしたライブ感ある撮影により、作品のもつ世界観はより生きてくるのだと実感しました」
 ところで今回、監督の粘り加減はどうだったのか。
「監督も、本当はもっと、もっと粘りたかったのでしょうが、さすがに極寒の北海道が相手(ロケ地)では、渋々ながら糸を巻き上げざるを得ない場面もあったようです(笑)」

それでも、生きる

 本作では、あえてオリジナルを意識しないよう撮影に挑んだという。それには、日本版を通してこそ現代人に伝えたい、ある強い想いがあったからにほかならない。
「人間は法律やモラルの中に収まっているときには、理性が働き、皆同じ方向を見つめることができるでしょう。しかしそれがポンと外されたら、果たしてそうあることができるでしょうか。あるいは、暴力性や怠惰性をどこまで抑制できるでしょうか。情報が増え、さまざまな事象が複雑化した現代では、特にそれができにくい状況にあるよう感じます。しかし実際、人が抱える悩みや苦しみが昔と比べて変わっているかといえば、そうではないはず。ある意味では、生き方が多様化した現代の方が、壁にぶつかったとしても、それを感覚的にリセットし、別の方を向いて生きていくことだってできやすくなったと思います。しかし、例えば本作の時代(1880年・明治維新期)には、生きる場所も、仕事も、生き様だってそう簡単には変えられない。つまずき、転び、ある種の穴にはまったりする、そういう状況から逃れようがないわけです。それでも、現実をすべて背負い、前に進まずともその重みを感じながら生きていく――今を生きる僕たちに必要なのはきっと、そういう強さではないでしょうか。ある種、生きるうえでのタフさみたいなものを、十兵衛の姿を通し感じてほしいと思います」

アイテテテ

 世界を舞台に活躍する渡辺、自らの可能性を広げ、強く生きる秘訣はズバリ「免疫力」。
「昨今では、メディアなどでも人生におけるリスク回避術が多く取り上げられていますよね。だけど僕なんかは〝人生転んだ者勝ち〟と思って、これまで生きてきました。それに、いくら注意したとしても散々転ぶんです。まあ、人間ですから。でもそれでいいんです、つまずいて初めて見えてくるものだってあるはずだから。特に若い世代にはどんどん転んで、この辺に(足を抱えて膝小僧を指す)い~っぱい傷を作ってほしいんです。アイテテテってね(笑)」

めし炊き謙さん

 趣味だという料理の腕前はプロ顔負け。なんでも、映画『ラストサムライ』の撮影中には共演者の舌もうならせていたようで……。
「海外映画の撮影は長期に及ぶことが多いので、皆だんだんケイタリングフードに飽きてくるんですよね。だから少しゆっくりできるときにはご飯を作っていました、朝は特に」
「謙さんの朝ごはん」とな。そのメニューを聞かずにはいられまい。
「王道のフレンチトーストやパンケーキから、鮭の塩焼き、たまご焼き、納豆のザ・和食まで、いろいろと作りますよ。皆けっこう喜んで食べてくれてね」と、食べ盛りの息子をもつ母のような、嬉しげな笑みを浮かべる渡辺から、(BUAISO読者だけに!)特製パンケーキの作り方を教えてもらった。
「パンケーキといえば、ふわふわもいいけど、僕はしっとりタイプが好きなんだよなぁ。ポイントは、生地を作るときに牛乳を控え、少しプレーンヨーグルトを入れること。ぜひ、お試しあれ」
 最後に、本作の核心に触れてみたい―― 「人はどこまで許されるのか」。
「深いですね。誰しも、許されたいと願うものを背負い、生きていると思うんです。もしかすると、生きる限り、人はそのテーマを追求し続けるのかもしれません。だから、本作に登場するすべての役も『許されざる者?』という感覚で捉えてほしいですね。わからない、見つからない答えがあるのもまた、人間らしいじゃない」

 その背に、人間力を見た。そしてそれこそ、彼が渡辺謙たる存在理由なのだろう。

 生きる。強く、たくましく。


© 2013 Warner Entertainment Japan Inc.

© 2013 Warner Entertainment Japan Inc.

『許されざる者』

出演:渡辺 謙、佐藤浩市、柄本 明 ほか
監督・アダプテーション脚本:李相日
小説『許されざる者』
司城志朗(幻冬舎文庫)
製作・配給:ワーナー・ブラザース映画

[Story]

男たちの覚悟が、女たちの意地が、感情の臨界点を超える。

舞台は1880年、北海道。主人公は幕府軍の残党で、かつては〝人斬り十兵衛〟と恐れられた男。愛する妻と出会い、刀は棄てたはずだった。しかし妻亡き 後、幼い子供たちと極貧の生活にさらされる日々のなか、昔の仲間が〝賞金首〟の話を持ってやって来る。客にずたずたに切り刻まれた女郎が、街を牛耳る暴力 的な支配者に逆らって、自分たちで貯めた金を賞金に敵を討ってほしいと懇願しているというのだ。自分のためなら二度と手にすることのなかったはずの刀を、 男は再び抜き放つ。それゆえに背負うことになる罪も、痛みも、孤独も、すべて黙って引き受けて。子を思うとはかくも切ないものなのか。女たちの誇りとはか くも気高く残酷なものなのか。友を弔うとはかくも凄まじい所業なのか――。強くもあり、弱くもあり、美しくもあり、醜くもある人間の、最後の祈りに、心が 震える。

www.yurusarezaru.com

Profile

渡辺謙(わたなべ・けん)

1959年新潟県出身。高校卒業後、演劇集団「円」に研究生として入団。その後、『未知なる反乱』でテレビデビュー、『瀬戸内少年野球団』で映画デビューを果たし、87年のNHK大河ドラマ『独眼竜政宗』で注目を集める。03年の『ラストサムライ』を機に、海外映画界にも進出し、『バッドマン ビギンズ』『インセプション』など出演多数。国内では、映画『明日の記憶』(06年)『沈まぬ太陽』(09年)で日本アカデミー賞最優秀主演男優賞(第30回/33回)を受賞するなど、その高い演技力が支持されている。来年公開予定の映画『GOZILLA』の出演が控える。

インタビュー・文|松永理佐(編集部) 撮影|堂本正令 スタイリング|馬場順子 ヘア・メイク|筒井智美( PSYCHE)

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