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	<title>BUAISO.net － 都市と都市をつなぐインターシティメディア &#187; BUAISOインタビュー</title>
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	<description>BUAISO 都市と都市をつなぐインターシティメディア[BUAISO:ブアイソー]</description>
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		<title>【近憂遠慮】ビジネスリーダーたちよ、グローバルを目指せ</title>
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		<pubDate>Mon, 02 Apr 2012 03:00:27 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.horio</dc:creator>
				<category><![CDATA[BUAISOインタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[経済]]></category>
		<category><![CDATA[リーダーシップ]]></category>

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		<description><![CDATA[日本のビジネスパーソンは今、ダイバーシティと対峙し、共存する覚悟が問われている。 日本IBMで女性初の取締役を務め、ITビジネスの第一線で活躍してきた、ベルリッツコーポレーションCEO内永ゆか子氏にグローバル時代を生き抜く術を聞いた。 「無菌室」を出よ “グローバルエデュケーションカンパニー”を目指すベルリッツコーポレーションのCEOとして世界中を飛び回る内永ゆか子氏。日本の内向き志向に強い危機感を抱く。 「海外出張のたび、日本ほど安全な国は無いと痛感します。ただ最近強く懸念するのは、この安全のレベルが他国と比べて過剰なのでは、ということです。日本のこの構造が、高コスト体質を生んでいるのではないか、と。東日本大震災でグローバルなサプライチェーンが停滞したように、社会は完全にボーダレス化しているにもかかわらず、日本人には、世界の常識、日本の非常識を、体で感じるセンサーが備わっていません。もしかしたら日本がスタンダードから外れているのではないか。そういう日常的な思考がセンサーを磨くのです。日本人は外に対してますます抵抗力が弱くなっていると言えますね」 「無菌室」化した国家。単一民族である島国で育まれた単一文化（モノ・カルチャー）の下、似たような価値観と嗜好を有する人間の集団の中で「あ・うん」の呼吸で暮らしてきた。それはまた、自身とは異なる者に対する許容度の低さを生んだ。 「センサーが弱いのは、『なぜ』という質問をしないからです。日本では自分なりの価値観を持たなくても付和雷同で生きていくことができました。ところが昨今のビジネスの場では、日本人とは全く異なった基準や価値観と対峙していかなければなりません。日本でヒットしたものが世界でそのまま売れるとは限りません。世界中の顧客がそれぞれどんなことを考えていて、どんな生活をしていて、どういうモノを欲しがっているのか、なぜそれが必要なのかを追求する必要があるのです」 　世界は待ってくれない。例えば電機業界。日本の大手電機各社が2012年3月期決算で赤字を計上する見通しである一方、中国の大手家電メーカー、ハイアールは、白物家電の世界シェアで3年連続首位を維持（2011年ユーロモニター調べ）しており、事業譲渡を受けた三洋電機のブランド「AQUA」を冠して日本へ本格的に進出する。 「ひとつの救いは、日本の企業が危機感を持っていることです。国内市場でシェアが2割、3割だと喜んでいても、この先、国内市場そのものが縮小していくことは諍えない現実です。だから世界に出て行くしかない。多くの日本企業は、グローバリゼーションを真剣に進めるべく、ダイバーシティを前提とした組織を作ろうとしています。世界市場を相手にするのだから、組織にも多様性（ダイバーシティ）が求められるのは当然です。そのためには、今いる社員だけでは戦えません。すると新たに雇用した人材を使いこなせるかという課題も生まれます。 　外国人を社長にする企業では、ダイバーシティが企業のコンプライアンスにも活かされます。従来、会社が『あ・うん』の呼吸で作り上げてきた伝統と習慣の中に、異分子が『なぜ』と入り込んできて、組織内を『見える化』しようとする。そこであぶり出された無駄を切り捨て、非合理を排除する度量が経営者にあるかどうか。これらを無視し、過去の成功体験だけを基に『うちのカルチャーなんだから言う通りに行動しろ』と押し付ける経営者では、グローバル化は無理でしょう」 　楽天、ユニクロをはじめとする日本企業の英語社内公用語化に対して、業務効率の停滞を招くだけと揶揄する意見も多いが、内永氏は「グローバリゼーションへの大きな一歩」とエールを送る。そして、この動きをもっとポジティブに受け入れるべきと内向き志向の若い世代に向かって助言する。 「社員は英語スキルや異文化への受容性を習得することができるのです。転職する時に会社に残していけと言われるものではないのですよ（笑）。自分自身の力として身につくものに会社がお金を出してくれる。こんな千載一遇のチャンスを活かさない手はないですね」 　今こそ無菌室を出て、世界で戦える耐性を身につけよ――内永氏は鼓舞する。 “Me, too.”は通用しない 　日本のモノ・カルチャーは、今の世の中には弊害だと内永氏は言い切る。グローバル化が進み、多種多様な文化や価値観を持つ人の集団に身を置くと、「自分が何者なのか」を語る力が非常に重要とされると言う。 「“Who are you?” と聞かれて、自分について語れる人が自分以外にいないように、日本について語れる人も日本人以外いません。したがって自分の考えをきちんと言葉にして、相手を納得させなければなりません。バックグラウンドが全く異なる相手に、宗教、哲学、倫理などをストレートに聞かれた時、自分の考えを明確に説明できることが求められます。前に発言した人を指して “Me,too.” というような反応は、グローバルな舞台では絶対にありえません」 　つまり、互いに「言わなくても分かる」ベースは一切無いゼロベース・コミュニケーションである以上、「言葉で全てを表現するしかない」のである。これがグローバリゼーションの基本ルールだと内永氏は強調する。 「多様性の中で、唯一の共通項は論理性です。論理は言語の壁を超えます。論理をいかに抽象化して見せるかがグローバルなリーダーに求められる最も重要な素養といえるでしょう。私は常々、ゴールのイメージを絵に描きなさいと言っています。これは論理を抽象化して見せることを意味します。冗長な文章ではなく、短いフレーズや絵に落とし込んでいくプロセスを通じて、言いたいことを明確に表すことができるのです」 　また、ある集団のゴールに向けて各自が役割を果たしていく上で、「何をもって成功とし、何をもって失敗とするのか」の評価基準を共有しておくことが重要だという。 「フェアで明確な客観的指標を定め、ひとつの結果をチーム全員が同一の評価で捉えられるようにしておくことが大切です」 　誰にでも分かるように自分の意見を伝え、物事を説くには、伝えたいことの背景にある本質をきちんと把握しておかなければならない。 「その最も効果的な方法が、さきほど言ったように『なぜ』を考える癖をつけること。こうして浮かび上がってきた物事の本質は意外にシンプルで、分かりやすいものであるはずです」 「なぜ」と、とことん追究する姿勢と、追究で得られた本質的な解に対する論理的かつシンプルな説明があれば、流暢な英語が話せなくても、どんな相手とも理解し合える――グローバルビジネスの最先端を生き抜いた内永氏だからこそ言える、豊かな経験値に裏付けられた真実である。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="kiji clearfix" style="margin-top:25px;">
<p><strong>日本のビジネスパーソンは今、ダイバーシティと対峙し、共存する覚悟が問われている。<br />
日本IBMで女性初の取締役を務め、ITビジネスの第一線で活躍してきた、ベルリッツコーポレーションCEO内永ゆか子氏にグローバル時代を生き抜く術を聞いた。</strong></p>
</div>
<div class="kiji clearfix"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2012/03/no49_topinterview_ph01.jpg" alt="グローバル・リーダーに必要なスキルセット" title="グローバル・リーダーに必要なスキルセット" width="304" height="335" class="alignright size-full wp-image-15357" /></p>
<h4>「無菌室」を出よ</h4>
<p>“グローバルエデュケーションカンパニー”を目指すベルリッツコーポレーションのCEOとして世界中を飛び回る内永ゆか子氏。日本の内向き志向に強い危機感を抱く。<br />
「海外出張のたび、日本ほど安全な国は無いと痛感します。ただ最近強く懸念するのは、この安全のレベルが他国と比べて過剰なのでは、ということです。日本のこの構造が、高コスト体質を生んでいるのではないか、と。東日本大震災でグローバルなサプライチェーンが停滞したように、社会は完全にボーダレス化しているにもかかわらず、日本人には、世界の常識、日本の非常識を、体で感じるセンサーが備わっていません。もしかしたら日本がスタンダードから外れているのではないか。そういう日常的な思考がセンサーを磨くのです。日本人は外に対してますます抵抗力が弱くなっていると言えますね」<br />
「無菌室」化した国家。単一民族である島国で育まれた単一文化（モノ・カルチャー）の下、似たような価値観と嗜好を有する人間の集団の中で「あ・うん」の呼吸で暮らしてきた。それはまた、自身とは異なる者に対する許容度の低さを生んだ。<br />
「センサーが弱いのは、『なぜ』という質問をしないからです。日本では自分なりの価値観を持たなくても付和雷同で生きていくことができました。ところが昨今のビジネスの場では、日本人とは全く異なった基準や価値観と対峙していかなければなりません。日本でヒットしたものが世界でそのまま売れるとは限りません。世界中の顧客がそれぞれどんなことを考えていて、どんな生活をしていて、どういうモノを欲しがっているのか、なぜそれが必要なのかを追求する必要があるのです」<br />
　世界は待ってくれない。例えば電機業界。日本の大手電機各社が2012年3月期決算で赤字を計上する見通しである一方、中国の大手家電メーカー、ハイアールは、白物家電の世界シェアで3年連続首位を維持（2011年ユーロモニター調べ）しており、事業譲渡を受けた三洋電機のブランド「AQUA」を冠して日本へ本格的に進出する。<br />
「ひとつの救いは、日本の企業が危機感を持っていることです。国内市場でシェアが2割、3割だと喜んでいても、この先、国内市場そのものが縮小していくことは諍えない現実です。だから世界に出て行くしかない。多くの日本企業は、グローバリゼーションを真剣に進めるべく、ダイバーシティを前提とした組織を作ろうとしています。世界市場を相手にするのだから、組織にも多様性（ダイバーシティ）が求められるのは当然です。そのためには、今いる社員だけでは戦えません。すると新たに雇用した人材を使いこなせるかという課題も生まれます。<br />
　外国人を社長にする企業では、ダイバーシティが企業のコンプライアンスにも活かされます。従来、会社が『あ・うん』の呼吸で作り上げてきた伝統と習慣の中に、異分子が『なぜ』と入り込んできて、組織内を『見える化』しようとする。そこであぶり出された無駄を切り捨て、非合理を排除する度量が経営者にあるかどうか。これらを無視し、過去の成功体験だけを基に『うちのカルチャーなんだから言う通りに行動しろ』と押し付ける経営者では、グローバル化は無理でしょう」<br />
　楽天、ユニクロをはじめとする日本企業の英語社内公用語化に対して、業務効率の停滞を招くだけと揶揄する意見も多いが、内永氏は「グローバリゼーションへの大きな一歩」とエールを送る。そして、この動きをもっとポジティブに受け入れるべきと内向き志向の若い世代に向かって助言する。<br />
「社員は英語スキルや異文化への受容性を習得することができるのです。転職する時に会社に残していけと言われるものではないのですよ（笑）。自分自身の力として身につくものに会社がお金を出してくれる。こんな千載一遇のチャンスを活かさない手はないですね」<br />
　今こそ無菌室を出て、世界で戦える耐性を身につけよ――内永氏は鼓舞する。</p>
</div>
<div class="kiji clearfix">
<h4>“Me, too.”は通用しない</h4>
<p>　日本のモノ・カルチャーは、今の世の中には弊害だと内永氏は言い切る。グローバル化が進み、多種多様な文化や価値観を持つ人の集団に身を置くと、「自分が何者なのか」を語る力が非常に重要とされると言う。<br />
「“Who are you?” と聞かれて、自分について語れる人が自分以外にいないように、日本について語れる人も日本人以外いません。したがって自分の考えをきちんと言葉にして、相手を納得させなければなりません。バックグラウンドが全く異なる相手に、宗教、哲学、倫理などをストレートに聞かれた時、自分の考えを明確に説明できることが求められます。前に発言した人を指して “Me,too.” というような反応は、グローバルな舞台では絶対にありえません」<br />
　つまり、互いに「言わなくても分かる」ベースは一切無いゼロベース・コミュニケーションである以上、「言葉で全てを表現するしかない」のである。これがグローバリゼーションの基本ルールだと内永氏は強調する。<br />
「多様性の中で、唯一の共通項は論理性です。論理は言語の壁を超えます。論理をいかに抽象化して見せるかがグローバルなリーダーに求められる最も重要な素養といえるでしょう。私は常々、ゴールのイメージを絵に描きなさいと言っています。これは論理を抽象化して見せることを意味します。冗長な文章ではなく、短いフレーズや絵に落とし込んでいくプロセスを通じて、言いたいことを明確に表すことができるのです」<br />
　また、ある集団のゴールに向けて各自が役割を果たしていく上で、「何をもって成功とし、何をもって失敗とするのか」の評価基準を共有しておくことが重要だという。<br />
「フェアで明確な客観的指標を定め、ひとつの結果をチーム全員が同一の評価で捉えられるようにしておくことが大切です」<br />
　誰にでも分かるように自分の意見を伝え、物事を説くには、伝えたいことの背景にある本質をきちんと把握しておかなければならない。<br />
「その最も効果的な方法が、さきほど言ったように『なぜ』を考える癖をつけること。こうして浮かび上がってきた物事の本質は意外にシンプルで、分かりやすいものであるはずです」<br />
「なぜ」と、とことん追究する姿勢と、追究で得られた本質的な解に対する論理的かつシンプルな説明があれば、流暢な英語が話せなくても、どんな相手とも理解し合える――グローバルビジネスの最先端を生き抜いた内永氏だからこそ言える、豊かな経験値に裏付けられた真実である。</p>
</div>
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		<title>【近憂遠慮】「元素戦略」 ―基礎科学が日本の未来を拓く―</title>
		<link>http://www.buaiso.net/business/economy/14311/</link>
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		<pubDate>Wed, 08 Feb 2012 03:00:29 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.horio</dc:creator>
				<category><![CDATA[BUAISOインタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[経済]]></category>
		<category><![CDATA[近憂遠慮]]></category>

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		<description><![CDATA[　日本の科学・技術は、今もなお世界をリードし続けている。1949年の湯川秀樹博士による物理学賞に始まり、2010年の鈴木章博士および根岸英一博士による化学賞に至るまで、自然科学分野において15人ものノーベル賞受賞者を輩出してきた土壌は、半世紀以上にわたって脈々と受け継がれ、少資源国家・日本の国力の礎であり続けた。 　理科離れが懸念される昨今においても、化学工学（エネルギー、燃料を含む）で京大が世界第1位、化学で東大2位、京大4位、阪大7位と３校がトップ10入りし、物理学でも東京大学が4位にランクインしている（*）。この強さの源は、日本がたゆ弛まず地道な努力を重ねてきた、基礎研究の底固さにある。 　ところが今、日本の科学・技術は、国を取り巻く情勢の変化に伴い、基礎研究の継続が困難な状況に直面している。 　日本再生のブレイク・スルーとなり得る、この技術力の苗床をいかにして守り抜くか。有機金属化学の世界的第一人者である、理化学研究所基幹研究所所長 玉尾皓平氏に話を聞いた。 （*）2010年the Higher Education Evaluation and Accreditation Council of Taiwan（HEEACT、財團法人高等教育中心基金會）のPerformance Ranking of Scientific Papers for World Universitiesによる 日本の科学・技術――存亡の危機 　世界中の有能な科学者へ向けて送られる、次のようなメッセージがある。 　 “Would you like a few million dollars a year in funding, for the rest of your scientific career, to pursue any research you want, with no grant writing, no teaching, and [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="kiji clearfix" style="margin-top:25px;">
<p><strong>　日本の科学・技術は、今もなお世界をリードし続けている。1949年の湯川秀樹博士による物理学賞に始まり、2010年の鈴木章博士および根岸英一博士による化学賞に至るまで、自然科学分野において15人ものノーベル賞受賞者を輩出してきた土壌は、半世紀以上にわたって脈々と受け継がれ、少資源国家・日本の国力の礎であり続けた。<br />
　理科離れが懸念される昨今においても、化学工学（エネルギー、燃料を含む）で京大が世界第1位、化学で東大2位、京大4位、阪大7位と３校がトップ10入りし、物理学でも東京大学が4位にランクインしている（*）。この強さの源は、日本がたゆ弛まず地道な努力を重ねてきた、基礎研究の底固さにある。<br />
　ところが今、日本の科学・技術は、国を取り巻く情勢の変化に伴い、基礎研究の継続が困難な状況に直面している。<br />
　日本再生のブレイク・スルーとなり得る、この技術力の苗床をいかにして守り抜くか。有機金属化学の世界的第一人者である、理化学研究所基幹研究所所長 玉尾皓平氏に話を聞いた。</strong><br />
（*）2010年the Higher Education Evaluation and Accreditation Council of Taiwan（HEEACT、財團法人高等教育中心基金會）のPerformance Ranking of Scientific Papers for World Universitiesによる</p>
</div>
<div class="kiji clearfix">
<h4>日本の科学・技術――存亡の危機</h4>
<p><span class="lightBox"><a href="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2012/01/no48_kinyuenryo_ph01.jpg" title="図表１ 機関研究諸事業とスポーツ選手の強化合宿との類似性"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2012/01/no48_kinyuenryo_ph01.jpg" alt="図表１ 機関研究諸事業とスポーツ選手の強化合宿との類似性" width="260" class="alignright size-full wp-image-14315" /></a></span></p>
<p>　世界中の有能な科学者へ向けて送られる、次のようなメッセージがある。<br />
　<br />
<strong>“Would you like a few million dollars a year in funding, for the rest of your scientific career, to pursue any research you want, with no grant writing, no teaching, and few strings attached? “<br />
（年間数億円の研究費を用意します。科学者としての生涯を好きな研究だけを追求して過ごしませんか。補助金申請も講義も不要。何の制約もありません。）</strong><br />
　<br />
　発信元は、世界最高峰の頭脳集団と言われるマックスプランク研究所（ドイツ）だ。基礎研究を中心に行う80の研究所から成り、世界各国から集められた5000人以上の研究者が活動する。大学では十分に取り扱われていない革新的な領域の研究を行い、1948年の設立以来、輩出したノーベル賞受賞者は17人に上る。　<br />
　現在、日本の科学者たちは忙殺されている。国公立大学の独立行政法人化に伴い国家予算が削減された。そのための補助金申請をはじめとした膨大なペーパーワークの上に、講義も行わなければならない。さらには任期制導入により、研究結果ばかりが急がれる。5年間程度では研究が細切れになってしまう、と彼らの嘆きは切実だ。<br />
「マックスプランクでは、日本の科学者が必要としているものがすべて与えられていますね。中国や韓国、サウジアラビア、シンガポールなども世界中からブレーンをリクルートしています。日本はこの人材獲得競争から完全に外れています」。<br />
　理化学研究所基幹研究所所長の玉尾皓平氏は危機感をあらわにする。日本の科学・技術は存亡の危機にあるのだ。<br />
　これまで日本は、自然科学分野において数多くのノーベル賞受賞者を輩出してきた。2000年以降の国別ランキングではアメリカに次ぐ第2位であり、10人の日本人が受賞している（※南部陽一郎博士は日米ダブルカウント）。少資源国家の躍進を支えてきたのは紛れもなくこの高度な科学技術力である。科学・技術が国の骨格を作ってきたと言って良い。1998年に政府は「科学技術創造立国」を国家ビジョンとして掲げた。<br />
　この実現を担う国の研究機関の代表が、独立行政法人「理化学研究所」である（以下、理研）。理研は世界的にも評価が高く、さまざまな分野の第一線で活躍する研究者が多く在籍しており、論文引用数も群を抜く。科学者にとって理研はキャリアの頂点の一つと言っても過言ではない。玉尾氏は、理研の中核でありすべての分野の「苗床」となる基礎研究を統括する。2001年にノーベル化学賞を受賞した現理化学研究所理事長の野依良治氏が、自らの片腕として期待と信頼を寄せる人物だ。玉尾氏は、ニッケル触媒によるクロスカップリング反応（熊田‐玉尾反応）や、ケイ素‐炭素結合を過酸化水素で切断する方法（玉尾酸化）の発見など、元素の本質的特性に着目した物質創製の研究で功績を重ね、有機金属化学の世界的リーダーとして知られる。<br />
　その玉尾氏が、昨今の基礎研究の軽視につながる科学技術政策に警鐘を鳴らす。国政の一部には「理研不要論」まで持ち上がっていたからだ。<br />
　基礎研究は芽が出るまで最低5年、一定の成果が出せるまでさらに5年、最低10年間は忍耐強く取り組む必要があると科学者は声をそろえる。長期にわたる研究活動は相応の予算を必要とする。しかしすぐには結果が出ず実利に結びつかないため、税金の無駄遣いとしてやり玉に挙げられてしまう。世界一を達成したスーパーコンピューター「京」も理研が担う国家プロジェクトだが、莫大な予算に「なぜ2位では駄目なのか」と蓮舫議員が詰め寄った姿は記憶に新しい。<br />
「国のビジョンとして『科学・技術が日本の未来を拓く』と掲げておきながら、事業仕分けでは理研に対して大鉈を振るう。政策としての一貫性はどこにあるのでしょうか」。</p>
</div>
<div class="kiji clearfix">
<h4>国家戦略的研究機関の存在意義</h4>
<p>　玉尾氏らはスポーツとの類似性を例にとり、今後も格段の基礎研究強化戦略が必要だと訴え続けている（図表1）。<br />
「プロのアスリートは強靭な基礎体力の養成を日々怠りません。フルタイムでトレーニングに専念できる環境のもと、入念な準備で土台を作り上げなければ、本番で世界一の記録は出せないからです。同様に、理研は研究者がじっくりと基礎科学研究に専念できる場所です。世界トップレベルの基礎研究拠点がなければ、世界をリードする独創的研究は生まれません。今後、科学分野での国際競争に勝てなくなってしまうのです。<br />
　日本の科学・技術が世界に誇れるのは、しっかりとした基礎科学研究の基盤の上に研究者の総合力を結集し、分野を超えたボトムアップ型の連携が可能だからです。これにより前人未踏の新分野が生まれ、世界を先導できます。<br />
　そもそも基礎研究とは既存のものではありません。さまざまな領域に手を伸ばし、新しい分野を創り上げていきます。理研には国の戦略を担うという使命がありますが、国から与えられたミッションを担うだけではなく、国の政策の成長戦略をリードする役割が非常に大きいと思います。つまり、われわれの研究に基づいた提案の上に国家の戦略が成り立っているのです」。<br />
　逆風もある中で、野依氏らの声は政府を動かした。アメリカや中国、韓国などで、国策としての科学技術政策推進に係る法律制定の動きを追い、ようやく「国立研究開発機関」（仮称）制度の創設に向けて動き始めたのである。理研を中心とした独立行政法人の研究開発8拠点を強化し、世界トップレベルの国際競争力と、世界で最も機動的で弾力的な運営の実現を目指す。研究開発に必要な財源の確保も義務付ける。<br />
　玉尾氏はこの新たな取り組みを大いに歓迎する。だが一方で政府に対し、国民への説明責任を強く求める。<br />
「国公立大学は独立行政法人化され、高等教育の方向性が確立されました。次は、高等教育機関が担ってきたもうひとつの柱である『研究開発』をどういったビジョンで推進するかという問いにたどり着きます。この答えが現在議論されている国立研究開発機関の設立だと私は捉えています。研究開発には効率化や合理化を目的とした現行の独立行政法人制度になじまない側面があります。長期性や不確実性、不定性、分野融合などの特性を踏まえる必要があるからです。だからこそ『将来の科学技術創造立国を目指すためには基礎研究をしっかりと行う必要がある。そこで国の研究開発機関を設置し、理研などにその責務を担わせる。だから国税を投入していくのだ』と国民にきちんと説明してほしいのです。<br />
　そして国民には、この政策に共感し応援してもらいたい。そうすれば次世代を担う子供たちが科学者を目指し、使命を受け継いでいってくれるでしょう」。</p>
</div>
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		<item>
		<title>【近憂遠慮】インドネシアと日本の「デファクト・アライアンス」 ―「誠実」な国民性が結ぶ固い絆</title>
		<link>http://www.buaiso.net/business/economy/13957/</link>
		<comments>http://www.buaiso.net/business/economy/13957/#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 07 Dec 2011 03:00:04 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.horio</dc:creator>
				<category><![CDATA[BUAISOインタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[経済]]></category>
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		<category><![CDATA[近憂遠慮]]></category>

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		<description><![CDATA[今、インドネシア市場に世界が注目している。 日本にとって、インドネシアとはどのような国なのか。 同国を最もよく知る日本人、国立大学法人政策研究大学院大学学長 白石隆氏が現在のインドネシアを解き明かす。 ポスト・スハルトが築いた 「安定」への道 　東ティモール紛争、アチェでの分離独立をめぐる内戦、97～98年の東アジア経済危機により各地で発生した暴動、繰り返されるテロと短命政権――報道を通じて目にする不安定で危うい国。そう遠くない記憶にある、インドネシアのイメージだ。 　ところがここに来て、世界が熱い期待を寄せ始めた。豊富な天然資源に加え、人口は約2億4千万人（世界第4位）。ＧＤＰは2011年に3000ドルを超え、5000ドル超えも時間の問題と言われるほどの急成長を遂げている（一人当たり名目GDP3469.27ドル―IMF：WorldEconomicOutlook 2011.9）。 　インドネシアはいかにして混乱から脱却し、安定した成長国として変貌を遂げたのか。 「スハルト体制の崩壊後、非常にラディカル(抜本的)な民主化と地方分権が進められました。権限と人を地方へ移し、公務員は7割近くが地方へ異動しました。その結果、非常に面白い事が起こりました。インドネシアは多民族国家で、人口が200万人以上いる民族だけでも15以上存在します。宗教的にも多様であるため、民族浄化・テロのような紛争の火種を常に抱え、政治的には致命傷になりかねません。そこで少数民族でも自分たちの地方自治体を作れるようにし、彼らに多くの権限を与えました。全部で400以上の自治体がありますが、イスラム法を適用しているところも20くらいあります。これにより、民族や宗教の問題は、地方レベルで解決できるようになりました。つまり、中央政府は、インドネシアの統一維持、安全保障、マクロ経済という重要な分野に注力できるようになったのです」。 　東アジア経済危機によりスハルト政権が崩壊した後、短命政権が続いたインドネシア。だが白石氏は、この期間にこそ現在の安定国家への礎が築かれたと説く。 「短命政権でしたが、3人の大統領はやるべき宿題を確実にやり遂げました。民主化と地方分権はハビビ氏、マクロ経済の安定はメガワティ氏、そして現在のユドヨノ氏は、これらの成果の上で統一維持や安全保障について策を尽くし、2期目の現在、マクロ経済の安定とインフラ整備、雇用の創出と、経済政策に全精力を注いでいます」。 　政権への支持率は経済成長のパフォーマンスで決まる。実に明快だ。 インドネシア市場の ポテンシャル 　インドネシア市場の魅力、それは膨らみ続ける国内需要にある。一人当たり名目GDP3000ドルという数字は、自動車や家電などの耐久消費財が浸透し始め、経済成長が一気に加速するメルクマールと言われるが、これをクリアしたインドネシアは、今後10年間は安定的に成長するだろうと白石氏は見る。購買力の旺盛な中産階級が増加しており、これをターゲットに進出する日本企業はますます増えていくだろう。 　だが、白石氏は満足しない。日本はもっと視野を広げるべきだと忠告する。 「日本人は、インドネシアでのビジネスというと、いまだに自動車や二輪車をはじめとした製造業種に限定しがちです。これはとても残念なことです。例えば現地の人々の移動手段を考えてみましょう。インドネシアは多島国家であり、従来は地方から首都ジャカルタへ行こうとすると、バスとフェリーボートを乗り継ぐしかなく、人々は何日間か費やして往来していました。ところが最近LCC(格安航空)が就航し、飛行機で移動する人々が急増しています。今後、インドネシアの航空市場は爆発的に拡大するはずです。そして乗客の多くがジャカルタに行くことで、観光業や小売業といった市場も一層拡大していきます。このように、製造業だけでなく、他にも伸びている分野がたくさんあります。だからこそ日本の企業がもっと貪欲に市場を開拓してほしい」。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="kiji clearfix" style="margin-top:25px;">
<p><strong>今、インドネシア市場に世界が注目している。<br />
日本にとって、インドネシアとはどのような国なのか。<br />
同国を最もよく知る日本人、国立大学法人政策研究大学院大学学長 白石隆氏が現在のインドネシアを解き明かす。</strong></p>
</div>
<div class="kiji clearfix">
<h4>ポスト・スハルトが築いた<br />
「安定」への道</h4>
<p><div id="attachment_13967" class="wp-caption alignleft" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2011/12/no47_topinterview_ph01.jpg" alt="ジャカルタ市内には近代的なオフィスビルやマンションが林立。真新しい乗用車や二輪車が一日中道路にあふれ、経済成長に伴う中間層の所得の伸びを実感させる。渋滞解消のためにバス専用レーンを道路中央に作るなど工夫はしているが、移動所要時間は常に不確定だ" title="ジャカルタ市内には近代的なオフィスビルやマンションが林立。真新しい乗用車や二輪車が一日中道路にあふれ、経済成長に伴う中間層の所得の伸びを実感させる。渋滞解消のためにバス専用レーンを道路中央に作るなど工夫はしているが、移動所要時間は常に不確定だ" width="260" height="360" class="size-full wp-image-13967" /><p class="wp-caption-text">ジャカルタ市内には近代的なオフィスビルやマンションが林立。真新しい乗用車や二輪車が一日中道路にあふれ、経済成長に伴う中間層の所得の伸びを実感させる。渋滞解消のためにバス専用レーンを道路中央に作るなど工夫はしているが、移動所要時間は常に不確定だ</p></div>
<p>　東ティモール紛争、アチェでの分離独立をめぐる内戦、97～98年の東アジア経済危機により各地で発生した暴動、繰り返されるテロと短命政権――報道を通じて目にする不安定で危うい国。そう遠くない記憶にある、インドネシアのイメージだ。<br />
　ところがここに来て、世界が熱い期待を寄せ始めた。豊富な天然資源に加え、人口は約2億4千万人（世界第4位）。ＧＤＰは2011年に3000ドルを超え、5000ドル超えも時間の問題と言われるほどの急成長を遂げている（一人当たり名目GDP3469.27ドル―IMF：WorldEconomicOutlook 2011.9）。<br />
　インドネシアはいかにして混乱から脱却し、安定した成長国として変貌を遂げたのか。<br />
「スハルト体制の崩壊後、非常にラディカル(抜本的)な民主化と地方分権が進められました。権限と人を地方へ移し、公務員は7割近くが地方へ異動しました。その結果、非常に面白い事が起こりました。インドネシアは多民族国家で、人口が200万人以上いる民族だけでも15以上存在します。宗教的にも多様であるため、民族浄化・テロのような紛争の火種を常に抱え、政治的には致命傷になりかねません。そこで少数民族でも自分たちの地方自治体を作れるようにし、彼らに多くの権限を与えました。全部で400以上の自治体がありますが、イスラム法を適用しているところも20くらいあります。これにより、民族や宗教の問題は、地方レベルで解決できるようになりました。つまり、中央政府は、インドネシアの統一維持、安全保障、マクロ経済という重要な分野に注力できるようになったのです」。<br />
　東アジア経済危機によりスハルト政権が崩壊した後、短命政権が続いたインドネシア。だが白石氏は、この期間にこそ現在の安定国家への礎が築かれたと説く。<br />
「短命政権でしたが、3人の大統領はやるべき宿題を確実にやり遂げました。民主化と地方分権はハビビ氏、マクロ経済の安定はメガワティ氏、そして現在のユドヨノ氏は、これらの成果の上で統一維持や安全保障について策を尽くし、2期目の現在、マクロ経済の安定とインフラ整備、雇用の創出と、経済政策に全精力を注いでいます」。<br />
　政権への支持率は経済成長のパフォーマンスで決まる。実に明快だ。</p>
</div>
<div class="kiji clearfix">
<h4>インドネシア市場の<br />
ポテンシャル</h4>
<p>　インドネシア市場の魅力、それは膨らみ続ける国内需要にある。一人当たり名目GDP3000ドルという数字は、自動車や家電などの耐久消費財が浸透し始め、経済成長が一気に加速するメルクマールと言われるが、これをクリアしたインドネシアは、今後10年間は安定的に成長するだろうと白石氏は見る。購買力の旺盛な中産階級が増加しており、これをターゲットに進出する日本企業はますます増えていくだろう。<br />
　だが、白石氏は満足しない。日本はもっと視野を広げるべきだと忠告する。<br />
「日本人は、インドネシアでのビジネスというと、いまだに自動車や二輪車をはじめとした製造業種に限定しがちです。これはとても残念なことです。例えば現地の人々の移動手段を考えてみましょう。インドネシアは多島国家であり、従来は地方から首都ジャカルタへ行こうとすると、バスとフェリーボートを乗り継ぐしかなく、人々は何日間か費やして往来していました。ところが最近LCC(格安航空)が就航し、飛行機で移動する人々が急増しています。今後、インドネシアの航空市場は爆発的に拡大するはずです。そして乗客の多くがジャカルタに行くことで、観光業や小売業といった市場も一層拡大していきます。このように、製造業だけでなく、他にも伸びている分野がたくさんあります。だからこそ日本の企業がもっと貪欲に市場を開拓してほしい」。</p>
</div>
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		<title>日本は錨を下ろせ ～不確実な時代を生き抜く～</title>
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		<pubDate>Thu, 29 Sep 2011 18:30:23 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.horio</dc:creator>
				<category><![CDATA[BUAISOインタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[近憂遠慮]]></category>

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		<description><![CDATA[揺れる日米同盟 　古森氏は、昨春に『アメリカが日本を捨てるとき』（PHP新書）を、そして今夏に『アメリカはなぜ日本を助けるのか　体験的日米同盟考』（産経新聞出版）を著した。2冊のタイトルが物語るように、このわずか1年半の間に日米関係は大きく揺れた。 「日米関係は鳩山政権下で戦後最大の危機に陥りました。鳩山氏はワシントン・ポスト紙でloopy（＝バカ）と揶揄されました。日本外交の基軸は日米同盟だと言いながら、レトリックや雰囲気だけで中身のない対米批判、日米同盟の修正を意図する発言は、アメリカ側に大いなる不信感をもたらしたのです。『抑止力』の意味を初めて理解した、などと言い、対米政策についてまるで当事者能力を失ってしまったかのようでした。振り返ってみれば、結果としてloopyという言葉の重み程度で済むような、国家の危機とまでは至らない話でしたが、当時ワシントンの渦中にいる身としては、今まで営々と築いてきた日米同盟の礎石がいとも簡単に否定され、いったいどうなるのかと心配でなりませんでした。 　幸いなことに、鳩山政権に代わった菅政権下で日米関係は正常な方向に軌道修正されましたが、普天間問題をはじめ、両国が抱える重要な案件を前進させるまでには至りませんでした」。 　日米関係が揺れ止まない中で発生した未曽有の大震災。ここでアメリカはいち早く作戦司令部を設置、作戦の予算は8000万ドルに上った。被災者の捜索・救援から、福島第一原子力発電所事故への対応や復興支援まで、海軍、海兵隊、空軍が連携し、約2万人の将兵が参加した。日本語の「友達」にちなんで名づけられた、このOperation Tomodachi（トモダチ作戦）を、多くの被災者が深い感謝の念を持って受け止めた。宮城県女川町では、航空機向けの標識として“THANK YOU USA”、仙台空港近くの海岸には、住民により“ARIGATO”の文字がそれぞれ掲げられた。この迅速かつ大規模な支援活動は、軍艦の入港や米軍基地の活用など、同盟国でなければ制度的に遂行できない内容であった。米軍が災害支援を理由に現施設規模を維持する必要性を主張するといった批判的な見方もあったが、「あれほど大規模で、しかも熱意のこもった支援の動きが瞬時にしてアメリカの官民から起こったことは、決して政治的計算ではすべて説明できません。日米同盟の価値が日本人に対して分かりやすい形で映し出されたと言えるでしょう」。 　改めて日米同盟の根幹を確認できた。とはいえ、ワシントンでは日本が話題にも上らない――ジャパン・パッシング（日本無視）への懸念は深まるばかりだ。今、アメリカで最も関心の高い国は言うまでもなく中国である。首都ワシントンでは毎日のように議論の対象となり、さまざまなセミナーが開催されている。多くの大学には孔子学院（※1）が開設され、中国語を学ぶ学生が増えている。 「日本の話が聞きたいと言ってくる人が本当に少なくなりましたね」と苦笑いしながらも、古森氏の見方は冷静だ。「日本が話題にならないのは、日米関係がうまくいっているから、とも言えるわけで、すべてネガティブに捉える必要はないと思います。ただし、中国は大国アメリカにとっても脅威な存在であるからこそ、とりわけ安全保障面では日米関係が重要になってくるのに、日本の政局が安定せず、全く頼りにならないのは悪しき状況です。アメリカは、重要なパートナーとしての要件を満たし切れていない日本に対し、不安と不満を抱いているでしょう。日本は安全保障や経済政策において、日米間の絆の重要性をもっと明確に示す必要があります」。 アジア連合と抑止力 　古森氏は北京駐在時代、ある中国人から「『お箸連合』を結成しないか」と言われたことがあるという。確かに、アジアの人々だけが共有できるアジア的な価値観、見えざる連帯感のようなものは存在するであろう。かつて、日本から見る世界は、日米が市場経済の1、2位を占め、両国の蜜月関係の下に動いてきたが、今後その重心は、興隆するアジア寄りにシフトしていくのだろうか。古森氏は、複眼的視点の重要性を説く。 「アジアと親しくするとアメリカと疎遠になるという見方がありますが、それは違うと思います。『外交』を著したイギリス人外交官ハロルド・ニコルソンの『永遠な同盟関係はない。本当に永遠なのは自国の国益だけだ』という言葉の通り、アメリカだけに頼っていては危うさもあります。そういった意味でアジアとも仲良くしていかなければならないでしょう。ただし、グローバリズムを成立させているのは自由民主主義と市場経済であり、これを先導しているのはアメリカです。かつてアメリカが日本をアジアのアンカー（錨）と呼びましたが、今は韓国の対米協調路線の方が明確で、日本には曖昧な部分が多い。しかし日米間には、安全保障や経済関係の重要性は依然として存在しています。それを否定することなく、アンカーを下ろし、どっしりと構えてアジアとも付き合っていけばいいのではないでしょうか」。 　ただし、近隣諸国との平和実現のためには、抑止力が不可欠だと強調する。 「昨春、アメリカのインターネット回線が中国の通信大手チャイナテレコムによって17分間ジャックされたことがありました。アメリカでは、中国のサイバー戦能力向上に対する懸念が高まっています。この『サイバー攻撃』というのは、従来の軍事の規定概念を覆すものです。中国が増強している中距離ミサイルをはじめ、今や各国の軍事力には高度なIT技術が駆使されています。日本人が知っておくべきなのは、多くの国に、アメリカにも、近隣の韓国や中国にも、1日中そういうことを考えて生活している人たちがいるという現実です。決して戦争を勧めているわけではありません。けれども例えば今、ある国が日本に戦争を仕掛けたら、同盟国であるアメリカを敵に回すことになる。だからどの国も日本に対して軍事行動には出ないでしょう。これが『抑止力』です。少なくともこういったことを『考え』なければ国家というものは運営できません。つまり『抑止』とは平和を守る概念なのです」。 薄らぐ日本のプレゼンスと国家意識 　新政権が発足し、再生復興に向けて心新たに舵を切り始めた日本。しかし、GDP世界第2位の地位は中国に移り、お家芸とされてきた技術力は韓国企業躍進の後塵を拝するなど、強い逆風が吹き付ける。中国、インド、韓国をはじめ、アジア諸国から多くの学生が欧米のトップスクールへ留学し、グローバルに戦える人材として輩出される一方、日本の若者の内向き志向は国家の将来にとって深刻な懸念材料だ。日本企業は存亡を賭けて組織をグローバル化し、新たな市場を求めて国外へ拠点を移しつつある。これでは、世界における日本のプレゼンスがますます希薄になっていく。このまま沈んで、溶けて、なくなってしまう――世界という大海原で、日本は自らの立ち位置を見失うのではないか。 「外国で長く暮らしていると、日本の国家意識の欠如と、他国が持つ国家意識との間にある、確実なギャップを感じます。これが世界における日本のプレゼンスの希薄化につながっているように思うのです。 　そもそもこの世界は国家というもので成り立っています。国連などの国際機関は主権国家の集合体でしかなく、国家の主権を越える強制力は持っていません。つまり、一番権限を持っているのは国家なのです。国家は国民が集まったところに制度、政策を加え、国民の意志でつくり上げるものです。それができない国家は非民主主義国家です。 　ところが、日本で国家というと、軍国主義だとか保守だとかと言われがちです。日本の議論を聞いていると、まず個人の自由が尊重され、次に家族、地域、社会。その次に普通は国家が来るはずなのですが、そこを飛ばして世界へ行ってしまう。 　戦後の日本は、戦争を引き起こした国家を否定し、平和の尊さを掲げてきました。平和はもちろん大切です。誰も戦争をしたくはありません。しかし平和というのは、複数の国家の関係上にあるわけで、他国を見ずして自分たちだけが平和を目指す一国平和主義というのは国際社会では通用しません。 　海外で仕事をしているビジネスパーソンなら、常に国家を意識せざるを得ないでしょう。いざという時に身柄を保護し、権利を主張してくれるのは国家ですから。 　中国は尖閣問題にからみ、レアアースを売らないと言い張りました。ビジネス・オンリーなら、儲けが減るようなことはしません。本来、国際関係において、経済と非経済は密接不可分です。戦後の日本は経済至上主義で成功を収めてきましたが、ココム事件（※2）に象徴されるように、それは非常に歪んだ形だったと言えます。今後は、国家が持つ価値観や国益という非経済の部分も充分に考慮していかなければいけません。むしろ、非経済の土台の上に経済があると捉えるべきではないでしょうか」。 　海の向こうに渡れば、母国を思い、得も言われぬ緊張感を持って過ごさなければならない。ところが日本に帰国し、長らく留まるにつれて、この感覚は徐々に失われていく――そんな経験を持つビジネスパーソンは少なくないはずだ。ここはまぎれもなく日本という安全で平和な島国であり、皆が同じ言葉を話し、同じ価値観を共有できるという安心感に包まれるのである。 　古森氏の話は母国愛と緊張感を呼び覚ます。今後、日本のビジネスパーソンは、国内から海外へと活躍の舞台を移していくことになるだろう。その際に自国への意識をより明確に保てば、日本のプレゼンスは再び色濃く、確かなものになるのかもしれない。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="kiji clearfix"><div id="attachment_11104" class="wp-caption alignleft" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2011/09/no46_interview_ph01.jpg" alt="多くのアメリカ兵が被災者の救出や復興支援活動に自ら志願したと言われる（写真：AP/アフロ）" title="多くのアメリカ兵が被災者の救出や復興支援活動に自ら志願したと言われる（写真：AP/アフロ）" width="260" height="180" class="size-full wp-image-11104" /><p class="wp-caption-text">多くのアメリカ兵が被災者の救出や復興支援活動に自ら志願したと言われる（写真：AP/アフロ）</p></div></p>
<h4 style="background:none; font-size:18px; padding-left:0;">揺れる日米同盟</h4>
<p>　古森氏は、昨春に『アメリカが日本を捨てるとき』（PHP新書）を、そして今夏に『アメリカはなぜ日本を助けるのか　体験的日米同盟考』（産経新聞出版）を著した。2冊のタイトルが物語るように、このわずか1年半の間に日米関係は大きく揺れた。<br />
「日米関係は鳩山政権下で戦後最大の危機に陥りました。鳩山氏はワシントン・ポスト紙でloopy（＝バカ）と揶揄されました。日本外交の基軸は日米同盟だと言いながら、レトリックや雰囲気だけで中身のない対米批判、日米同盟の修正を意図する発言は、アメリカ側に大いなる不信感をもたらしたのです。『抑止力』の意味を初めて理解した、などと言い、対米政策についてまるで当事者能力を失ってしまったかのようでした。振り返ってみれば、結果としてloopyという言葉の重み程度で済むような、国家の危機とまでは至らない話でしたが、当時ワシントンの渦中にいる身としては、今まで営々と築いてきた日米同盟の礎石がいとも簡単に否定され、いったいどうなるのかと心配でなりませんでした。<br />
　幸いなことに、鳩山政権に代わった菅政権下で日米関係は正常な方向に軌道修正されましたが、普天間問題をはじめ、両国が抱える重要な案件を前進させるまでには至りませんでした」。<br />
　日米関係が揺れ止まない中で発生した未曽有の大震災。ここでアメリカはいち早く作戦司令部を設置、作戦の予算は8000万ドルに上った。被災者の捜索・救援から、福島第一原子力発電所事故への対応や復興支援まで、海軍、海兵隊、空軍が連携し、約2万人の将兵が参加した。日本語の「友達」にちなんで名づけられた、このOperation Tomodachi（トモダチ作戦）を、多くの被災者が深い感謝の念を持って受け止めた。宮城県女川町では、航空機向けの標識として“THANK YOU USA”、仙台空港近くの海岸には、住民により“ARIGATO”の文字がそれぞれ掲げられた。この迅速かつ大規模な支援活動は、軍艦の入港や米軍基地の活用など、同盟国でなければ制度的に遂行できない内容であった。米軍が災害支援を理由に現施設規模を維持する必要性を主張するといった批判的な見方もあったが、「あれほど大規模で、しかも熱意のこもった支援の動きが瞬時にしてアメリカの官民から起こったことは、決して政治的計算ではすべて説明できません。日米同盟の価値が日本人に対して分かりやすい形で映し出されたと言えるでしょう」。<br />
　改めて日米同盟の根幹を確認できた。とはいえ、ワシントンでは日本が話題にも上らない――ジャパン・パッシング（日本無視）への懸念は深まるばかりだ。今、アメリカで最も関心の高い国は言うまでもなく中国である。首都ワシントンでは毎日のように議論の対象となり、さまざまなセミナーが開催されている。多くの大学には孔子学院（※1）が開設され、中国語を学ぶ学生が増えている。<br />
「日本の話が聞きたいと言ってくる人が本当に少なくなりましたね」と苦笑いしながらも、古森氏の見方は冷静だ。「日本が話題にならないのは、日米関係がうまくいっているから、とも言えるわけで、すべてネガティブに捉える必要はないと思います。ただし、中国は大国アメリカにとっても脅威な存在であるからこそ、とりわけ安全保障面では日米関係が重要になってくるのに、日本の政局が安定せず、全く頼りにならないのは悪しき状況です。アメリカは、重要なパートナーとしての要件を満たし切れていない日本に対し、不安と不満を抱いているでしょう。日本は安全保障や経済政策において、日米間の絆の重要性をもっと明確に示す必要があります」。</p>
</div>
<div class="kiji clearfix"><div id="attachment_11105" class="wp-caption alignright" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2011/09/no46_interview_ph02.jpg" alt="宮城県女川町にて。住民からアメリカへ感謝の意が伝えられた（写真：在日米軍提供）" title="宮城県女川町にて。住民からアメリカへ感謝の意が伝えられた（写真：在日米軍提供）" width="260" height="180" class="size-full wp-image-11105" /><p class="wp-caption-text">宮城県女川町にて。住民からアメリカへ感謝の意が伝えられた（写真：在日米軍提供）</p></div></p>
<h4 style="background:none; font-size:18px; padding-left:0;">アジア連合と抑止力</h4>
<p>　古森氏は北京駐在時代、ある中国人から「『お箸連合』を結成しないか」と言われたことがあるという。確かに、アジアの人々だけが共有できるアジア的な価値観、見えざる連帯感のようなものは存在するであろう。かつて、日本から見る世界は、日米が市場経済の1、2位を占め、両国の蜜月関係の下に動いてきたが、今後その重心は、興隆するアジア寄りにシフトしていくのだろうか。古森氏は、複眼的視点の重要性を説く。<br />
「アジアと親しくするとアメリカと疎遠になるという見方がありますが、それは違うと思います。『外交』を著したイギリス人外交官ハロルド・ニコルソンの『永遠な同盟関係はない。本当に永遠なのは自国の国益だけだ』という言葉の通り、アメリカだけに頼っていては危うさもあります。そういった意味でアジアとも仲良くしていかなければならないでしょう。ただし、グローバリズムを成立させているのは自由民主主義と市場経済であり、これを先導しているのはアメリカです。かつてアメリカが日本をアジアのアンカー（錨）と呼びましたが、今は韓国の対米協調路線の方が明確で、日本には曖昧な部分が多い。しかし日米間には、安全保障や経済関係の重要性は依然として存在しています。それを否定することなく、アンカーを下ろし、どっしりと構えてアジアとも付き合っていけばいいのではないでしょうか」。<br />
　ただし、近隣諸国との平和実現のためには、抑止力が不可欠だと強調する。<br />
「昨春、アメリカのインターネット回線が中国の通信大手チャイナテレコムによって17分間ジャックされたことがありました。アメリカでは、中国のサイバー戦能力向上に対する懸念が高まっています。この『サイバー攻撃』というのは、従来の軍事の規定概念を覆すものです。中国が増強している中距離ミサイルをはじめ、今や各国の軍事力には高度なIT技術が駆使されています。日本人が知っておくべきなのは、多くの国に、アメリカにも、近隣の韓国や中国にも、1日中そういうことを考えて生活している人たちがいるという現実です。決して戦争を勧めているわけではありません。けれども例えば今、ある国が日本に戦争を仕掛けたら、同盟国であるアメリカを敵に回すことになる。だからどの国も日本に対して軍事行動には出ないでしょう。これが『抑止力』です。少なくともこういったことを『考え』なければ国家というものは運営できません。つまり『抑止』とは平和を守る概念なのです」。</p>
</div>
<div class="kiji clearfix"><div id="attachment_11106" class="wp-caption alignright" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2011/09/no46_interview_ph03.jpg" alt="野田総理は所信表明演説の中で、日米同盟が日本外交・安全保障の基軸であり、世界の安定と繁栄のための公共財であると明言した。棚上げにされたままの普天間基地やTPPなどの難題にどう立ち向かうのか注目される（写真：ロイター/アフロ）" title="野田総理は所信表明演説の中で、日米同盟が日本外交・安全保障の基軸であり、世界の安定と繁栄のための公共財であると明言した。棚上げにされたままの普天間基地やTPPなどの難題にどう立ち向かうのか注目される（写真：ロイター/アフロ）" width="260" height="309" class="size-full wp-image-11106" /><p class="wp-caption-text">野田総理は所信表明演説の中で、日米同盟が日本外交・安全保障の基軸であり、世界の安定と繁栄のための公共財であると明言した。棚上げにされたままの普天間基地やTPPなどの難題にどう立ち向かうのか注目される（写真：ロイター/アフロ）</p></div></p>
<h4 style="background:none; font-size:18px; padding-left:0;">薄らぐ日本のプレゼンスと国家意識</h4>
<p>　新政権が発足し、再生復興に向けて心新たに舵を切り始めた日本。しかし、GDP世界第2位の地位は中国に移り、お家芸とされてきた技術力は韓国企業躍進の後塵を拝するなど、強い逆風が吹き付ける。中国、インド、韓国をはじめ、アジア諸国から多くの学生が欧米のトップスクールへ留学し、グローバルに戦える人材として輩出される一方、日本の若者の内向き志向は国家の将来にとって深刻な懸念材料だ。日本企業は存亡を賭けて組織をグローバル化し、新たな市場を求めて国外へ拠点を移しつつある。これでは、世界における日本のプレゼンスがますます希薄になっていく。このまま沈んで、溶けて、なくなってしまう――世界という大海原で、日本は自らの立ち位置を見失うのではないか。<br />
「外国で長く暮らしていると、日本の国家意識の欠如と、他国が持つ国家意識との間にある、確実なギャップを感じます。これが世界における日本のプレゼンスの希薄化につながっているように思うのです。<br />
　そもそもこの世界は国家というもので成り立っています。国連などの国際機関は主権国家の集合体でしかなく、国家の主権を越える強制力は持っていません。つまり、一番権限を持っているのは国家なのです。国家は国民が集まったところに制度、政策を加え、国民の意志でつくり上げるものです。それができない国家は非民主主義国家です。<br />
　ところが、日本で国家というと、軍国主義だとか保守だとかと言われがちです。日本の議論を聞いていると、まず個人の自由が尊重され、次に家族、地域、社会。その次に普通は国家が来るはずなのですが、そこを飛ばして世界へ行ってしまう。<br />
　戦後の日本は、戦争を引き起こした国家を否定し、平和の尊さを掲げてきました。平和はもちろん大切です。誰も戦争をしたくはありません。しかし平和というのは、複数の国家の関係上にあるわけで、他国を見ずして自分たちだけが平和を目指す一国平和主義というのは国際社会では通用しません。<br />
　海外で仕事をしているビジネスパーソンなら、常に国家を意識せざるを得ないでしょう。いざという時に身柄を保護し、権利を主張してくれるのは国家ですから。<br />
　中国は尖閣問題にからみ、レアアースを売らないと言い張りました。ビジネス・オンリーなら、儲けが減るようなことはしません。本来、国際関係において、経済と非経済は密接不可分です。戦後の日本は経済至上主義で成功を収めてきましたが、ココム事件（※2）に象徴されるように、それは非常に歪んだ形だったと言えます。今後は、国家が持つ価値観や国益という非経済の部分も充分に考慮していかなければいけません。むしろ、非経済の土台の上に経済があると捉えるべきではないでしょうか」。<br />
　海の向こうに渡れば、母国を思い、得も言われぬ緊張感を持って過ごさなければならない。ところが日本に帰国し、長らく留まるにつれて、この感覚は徐々に失われていく――そんな経験を持つビジネスパーソンは少なくないはずだ。ここはまぎれもなく日本という安全で平和な島国であり、皆が同じ言葉を話し、同じ価値観を共有できるという安心感に包まれるのである。<br />
　古森氏の話は母国愛と緊張感を呼び覚ます。今後、日本のビジネスパーソンは、国内から海外へと活躍の舞台を移していくことになるだろう。その際に自国への意識をより明確に保てば、日本のプレゼンスは再び色濃く、確かなものになるのかもしれない。</p>
</div>
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		<title>広島県知事 湯﨑英彦氏「瀬戸内 海の道構想」で瀬戸内ブランドを発信する</title>
		<link>http://www.buaiso.net/interview/buaisointerview/9644/</link>
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		<pubDate>Mon, 11 Jul 2011 03:00:33 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.horio</dc:creator>
				<category><![CDATA[BUAISOインタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[広島]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.buaiso.net/?p=9644</guid>
		<description><![CDATA[「瀬戸内ブランド」の潜在力 　瀬戸内海は、いにしえより海上交通の大動脈であり、朝鮮半島を経てユーラシア大陸につながる「海の道」であった。遣唐使船や朝鮮通信使、あるいは日本海から畿内に至る北前船が往来し、交流と交易で栄えた海の街道でもある。これら多くの船が潮待ち風待ち寄港した港町には、さまざまな文物が伝播され、芸術・文化交流の舞台、物流の拠点として栄えた。 　瀬戸内の多島美や温暖な気候は古来より諸外国の人々を魅了してきた。シルクロードの命名者であるドイツ人の地理学者・リヒトホーフェンは「広い区域にわたる優美な景色で、これ以上のものは世界のどこにもないであろう。将来この地方は世界で最も魅力ある場所の一つとして高い評価を勝ち得、たくさんの人々を引き寄せるであろう。多くの類似点を持つギリシャ諸島よりも良い運命に恵まれんことを祈ってやまない（『支那旅行日記』）」と記している。 　モータリゼーションが進み、陸路、空路での輸送が主流となるに従い、海運の時代に交通の要所として栄えた瀬戸内の港町が、少しずつ元気を失っているという危機感が湯﨑氏にはある。 「観光のポテンシャルとして、瀬戸内の持つ魅力は非常に大きなものがあります。広島県だけで考えても、多島美、厳島神社、大和ミュージアム、牡蠣・小魚などの水産物など、認知されるべき資源は多いのです。瀬戸内海地域ならではのこうした景観、芸術文化、食文化などの資源の優位性を改めて認識し、広島県としても役立てていきたいですね。例えば、北海道は地域としてのブランドイメージが世界に浸透し、観光客に分かりやすいイメージを与えています。瀬戸内の大きな魅力が、ブランドとして認知されていないことが非常に残念です。 　現在の広島県への観光客数を見ると、欧米からの入国が多く、アジアからはそれほど多くありません。『瀬戸内海の道構想』の策定によって、今後の躍進が予測されるアジアの観光需要も取り込んでいきたいと考えています」。 地域資源を発掘し、 磨き上げて発信する 「10年、100年にわたる長期的なものとして『瀬戸内海の道構想』を捉えています。瀬戸内の良さは地元の人たちには深く浸透しているのですが、これまではっきりとしたブランドとして外にアピールすることをしていなかったように感じます。『見る』だけでなく『体験する』『空気を共有する』観光資源として、大いに発信していきたいと考えています。 　瀬戸内ブランドとして特徴に挙げられる景観、芸術文化、食文化の3つの要素を前面に打ち出し、まずは日本国内の旅行好きな方々にアピールしていきます。尾道は、映画の舞台となった街であり、風情溢れる古民家が建ち並ぶ地域でもあります。しまなみ海道は、橋や島々の美しさ、ドライブやサイクリングや船で楽しむ体験、離島で過ごす日常とは異なる時間と空間を提供できます。 　アートとしての切り口が瀬戸内には数多くあります。瀬戸内国際芸術祭などの芸術イベントも多く開催されています。大三島などに残る古い芸術は『数百年前の先鋭的アート』として貴重なものです。温暖な気候ならではの柑橘類などの農産物、瀬戸内海からの豊富な水産物が魅力であることは言うまでもありません。 　これらの地域資源を改めて発掘し、磨き上げ、エリア全体としてつなぎ、発信することにより、『瀬戸内』のブランド力を高め、国内外からの観光客や交流人口が増加することで、地域経済の活性化と雇用促進を図りたいと考えています。将来的には、全世界の人たちに『瀬戸内』が認知され、一度ならず、二度三度と訪れたい場所として選ばれることを目指します」。 　歴史や自然と観光とは切り離すことができないものだ。あとから作ることができないものだからこそ、観光資源としてきちんと活用することに成功すれば、ほかの地域がまねできない瀬戸内の優位性となる。瀬戸内海地域の持つ豊富な資源は、そうした意味でも非常に魅力的だ。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="kiji clearfix">
<h4 style="background:none; padding-left:0; font-size:18px;">「瀬戸内ブランド」の潜在力</h4>
<p>　瀬戸内海は、いにしえより海上交通の大動脈であり、朝鮮半島を経てユーラシア大陸につながる「海の道」であった。遣唐使船や朝鮮通信使、あるいは日本海から畿内に至る北前船が往来し、交流と交易で栄えた海の街道でもある。これら多くの船が潮待ち風待ち寄港した港町には、さまざまな文物が伝播され、芸術・文化交流の舞台、物流の拠点として栄えた。<br />
　瀬戸内の多島美や温暖な気候は古来より諸外国の人々を魅了してきた。シルクロードの命名者であるドイツ人の地理学者・リヒトホーフェンは「広い区域にわたる優美な景色で、これ以上のものは世界のどこにもないであろう。将来この地方は世界で最も魅力ある場所の一つとして高い評価を勝ち得、たくさんの人々を引き寄せるであろう。多くの類似点を持つギリシャ諸島よりも良い運命に恵まれんことを祈ってやまない（『支那旅行日記』）」と記している。<br />
　モータリゼーションが進み、陸路、空路での輸送が主流となるに従い、海運の時代に交通の要所として栄えた瀬戸内の港町が、少しずつ元気を失っているという危機感が湯﨑氏にはある。<br />
「観光のポテンシャルとして、瀬戸内の持つ魅力は非常に大きなものがあります。広島県だけで考えても、多島美、厳島神社、大和ミュージアム、牡蠣・小魚などの水産物など、認知されるべき資源は多いのです。瀬戸内海地域ならではのこうした景観、芸術文化、食文化などの資源の優位性を改めて認識し、広島県としても役立てていきたいですね。例えば、北海道は地域としてのブランドイメージが世界に浸透し、観光客に分かりやすいイメージを与えています。瀬戸内の大きな魅力が、ブランドとして認知されていないことが非常に残念です。<br />
　現在の広島県への観光客数を見ると、欧米からの入国が多く、アジアからはそれほど多くありません。『瀬戸内海の道構想』の策定によって、今後の躍進が予測されるアジアの観光需要も取り込んでいきたいと考えています」。</p>
</div>
<div class="kiji clearfix">
<h4 style="background:none; padding-left:0; font-size:18px;">地域資源を発掘し、<br />
磨き上げて発信する</h4>
<p>「10年、100年にわたる長期的なものとして『瀬戸内海の道構想』を捉えています。瀬戸内の良さは地元の人たちには深く浸透しているのですが、これまではっきりとしたブランドとして外にアピールすることをしていなかったように感じます。『見る』だけでなく『体験する』『空気を共有する』観光資源として、大いに発信していきたいと考えています。<br />
　瀬戸内ブランドとして特徴に挙げられる景観、芸術文化、食文化の3つの要素を前面に打ち出し、まずは日本国内の旅行好きな方々にアピールしていきます。尾道は、映画の舞台となった街であり、風情溢れる古民家が建ち並ぶ地域でもあります。しまなみ海道は、橋や島々の美しさ、ドライブやサイクリングや船で楽しむ体験、離島で過ごす日常とは異なる時間と空間を提供できます。<br />
　アートとしての切り口が瀬戸内には数多くあります。瀬戸内国際芸術祭などの芸術イベントも多く開催されています。大三島などに残る古い芸術は『数百年前の先鋭的アート』として貴重なものです。温暖な気候ならではの柑橘類などの農産物、瀬戸内海からの豊富な水産物が魅力であることは言うまでもありません。<br />
　これらの地域資源を改めて発掘し、磨き上げ、エリア全体としてつなぎ、発信することにより、『瀬戸内』のブランド力を高め、国内外からの観光客や交流人口が増加することで、地域経済の活性化と雇用促進を図りたいと考えています。将来的には、全世界の人たちに『瀬戸内』が認知され、一度ならず、二度三度と訪れたい場所として選ばれることを目指します」。<br />
　歴史や自然と観光とは切り離すことができないものだ。あとから作ることができないものだからこそ、観光資源としてきちんと活用することに成功すれば、ほかの地域がまねできない瀬戸内の優位性となる。瀬戸内海地域の持つ豊富な資源は、そうした意味でも非常に魅力的だ。</p>
</div>
<div class="kiji clearfix">
<img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2011/07/no45_topinterview_ph01.jpg" alt="瀬戸内ブランドを構成する要素" title="瀬戸内ブランドを構成する要素" width="630" height="380" class="aligncenter size-full wp-image-9657" />
</div>
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		<title>旅行は自分でカスタマイズする時代 ネットが変える旅スタイル～エクスペディア  ホールディングス株式会社 代表取締役 兼ゼネラルマネージャー 三島 健 氏～</title>
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		<comments>http://www.buaiso.net/interview/buaisointerview/8846/#comments</comments>
		<pubDate>Wed, 25 May 2011 03:00:40 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.ohata</dc:creator>
				<category><![CDATA[BUAISOインタビュー]]></category>

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		<description><![CDATA[低価格で革命を起こしたLCCとインターネット旅行会社 　格安航空会社（Low Cost Carrier 以下LCC）が提示する低価格運賃の一因はインターネットによる直販である。 　旅行業界においてもインターネット旅行会社が急成長している。利便性と価格面が利用者に支持され、一大勢力となった。中でも94年にマイクロソフト社内の事業としてスタートし、現在、世界60カ国で事業を展開し、06年に日本でのサービスを開始したエクスペディアは、世界最大の規模を誇る。欧米をはじめ、アジアでも、旅行はカウンターの前で決めるのではなく、PCの前で決めるのが主流となってきた。 　日本では他国に比べて動きは遅いが、同様の潮流は明らかだ。旅行会社は、ホテルやパッケージ旅行商品を企画販売し、ホテルなどから手数料を徴収することでその収益を確保している。インターネット旅行会社のビジネスモデルに変わりはないが、店舗を持たない分、固定費がかからないのでより格安な価格の設定が可能となる。空席、空室状況に応じて売り出す数や価格を自由に設定できるなど、インターネットの特性を生かした自由度の高さも大きい。ひいては利用者の利便性向上にもつながり、インターネット専業の旅行会社が業績を伸ばしてきた。既存の大手旅行会社もインターネット販売と店舗販売の融合を図る戦略を展開している。 　エクスペディアとエアアジアによる合弁会社は、エアアジア航空券のオンラインによる第三社独占販売権を獲得し、世界各国でエアアジアの航空券を販売する。 まだ伸びる日本のインターネット旅行市場 　日本旅行業協会会員の08年の総取扱額は、前年比2.3％減の約8兆円だった。不況が騒がれ、ダウントレンドが続いていても依然巨大マーケットだ。しかし、世界最大規模のインターネット旅行会社から見ると、日本のオンライン旅行市場は今後の伸びが期待される未成熟市場のようだ。 「日本ではまだインターネット手配の比率は低いですね。だいたい旅行業界売上全体の8～十数％です。インターネット旅行会社創業の地アメリカでは50％以上、韓国では47％です。日本でも今後インターネット利用の売上比率は確実に上がっていくと思います。大きなPR展開をすることもなくエクスペディアの利用数は上がってきています。インターネットの利点として、価格がその場で一覧できるためホテルの比較検討がしやすい、航空券の発券までの時間が短いといった点が挙げられます。ただ、特に日本では相手の顔が見えないことに不安を持つ方も多いので、すでにインターネットを便利に使う方の成功体験をどう伝えるかというのは一つの課題です。 　エクスペディアが柱としているのは、恒常的に最低価格を保証するという『価格（プライス）』、いつでも、どこからでも利用できる『利便性（コンビニエンス）』、加えて自分の好きなようにカスタマイズできる『柔軟性（フレキシビリティ）』の3点です。特に柔軟性という部分は今後非常に重要になってくると思います」。 　自分でプリントアウトしたチケット、ホテルからの1度きりの確認メール。確かに利用経験のないユーザーは「本当に予約できているのだろうか」と不安に思うだろう。実際、インターネット予約で全くトラブルがないわけではない。しかし、インターネットショッピングが市民権を持ち始めている昨今、特に海外旅行経験者の中にはアレルギーなくインターネット旅行会社を上手に利用し、思うままの旅行を楽しんでいる上級者もいる。上級者ゆえに求める自由度も高い。そういったユーザーが増え、インターネット旅行会社が成長する中、エクスペディアはアジア最大手のLCCエアアジアと合弁会社を3月に設立したのだ。 エクスペディアには価格、エアアジアには知名度がメリット 「柔軟性を高める意味で、選択肢を増やすことは大事です。その点で、LCC各社との取引拡大はユーザーの期待に応えるためにも不可欠です。現職に就任した1月下旬以降もLCCについてはよく議題に上りましたし、世界的に波が来ていると実感しましたね。今回エアアジアと合弁会社を立ち上げたのは非常に大きな意味があります。エクスペディアのメリットは、世界で運営する22のサイトで、エアアジアの自社サイトと同じ価格で販売できることです。インターネット販売で限定的な値引きが可能なわけです。インターネット手配の利用率が上がり、価格競争が進む中で、この低価格のインパクトは大きいですね。逆にエアアジアはアジア最大手ではありますが知名度はそれほど高くありません。エアアジアにとっては新たな販売チャネルとしてエクスペディアの知名度を利用できるメリットがあります。もちろん、アジア以外のLCC各社とも交渉は続けています」。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="kiji clearfix">
<h4 style="background:none; padding-left:0; font-size:18px;">低価格で革命を起こしたLCCとインターネット旅行会社</h4>
<p>　格安航空会社（Low Cost Carrier 以下LCC）が提示する低価格運賃の一因はインターネットによる直販である。<br />
　旅行業界においてもインターネット旅行会社が急成長している。利便性と価格面が利用者に支持され、一大勢力となった。中でも94年にマイクロソフト社内の事業としてスタートし、現在、世界60カ国で事業を展開し、06年に日本でのサービスを開始したエクスペディアは、世界最大の規模を誇る。欧米をはじめ、アジアでも、旅行はカウンターの前で決めるのではなく、PCの前で決めるのが主流となってきた。<br />
　日本では他国に比べて動きは遅いが、同様の潮流は明らかだ。旅行会社は、ホテルやパッケージ旅行商品を企画販売し、ホテルなどから手数料を徴収することでその収益を確保している。インターネット旅行会社のビジネスモデルに変わりはないが、店舗を持たない分、固定費がかからないのでより格安な価格の設定が可能となる。空席、空室状況に応じて売り出す数や価格を自由に設定できるなど、インターネットの特性を生かした自由度の高さも大きい。ひいては利用者の利便性向上にもつながり、インターネット専業の旅行会社が業績を伸ばしてきた。既存の大手旅行会社もインターネット販売と店舗販売の融合を図る戦略を展開している。<br />
　エクスペディアとエアアジアによる合弁会社は、エアアジア航空券のオンラインによる第三社独占販売権を獲得し、世界各国でエアアジアの航空券を販売する。
</p></div>
<div class="kiji clearfix">
<h4 style="background:none; padding-left:0; font-size:18px;">まだ伸びる日本のインターネット旅行市場</h4>
<p>　日本旅行業協会会員の08年の総取扱額は、前年比2.3％減の約8兆円だった。不況が騒がれ、ダウントレンドが続いていても依然巨大マーケットだ。しかし、世界最大規模のインターネット旅行会社から見ると、日本のオンライン旅行市場は今後の伸びが期待される未成熟市場のようだ。<br />
「日本ではまだインターネット手配の比率は低いですね。だいたい旅行業界売上全体の8～十数％です。インターネット旅行会社創業の地アメリカでは50％以上、韓国では47％です。日本でも今後インターネット利用の売上比率は確実に上がっていくと思います。大きなPR展開をすることもなくエクスペディアの利用数は上がってきています。インターネットの利点として、価格がその場で一覧できるためホテルの比較検討がしやすい、航空券の発券までの時間が短いといった点が挙げられます。ただ、特に日本では相手の顔が見えないことに不安を持つ方も多いので、すでにインターネットを便利に使う方の成功体験をどう伝えるかというのは一つの課題です。<br />
　エクスペディアが柱としているのは、恒常的に最低価格を保証するという『価格（プライス）』、いつでも、どこからでも利用できる『利便性（コンビニエンス）』、加えて自分の好きなようにカスタマイズできる『柔軟性（フレキシビリティ）』の3点です。特に柔軟性という部分は今後非常に重要になってくると思います」。<br />
　自分でプリントアウトしたチケット、ホテルからの1度きりの確認メール。確かに利用経験のないユーザーは「本当に予約できているのだろうか」と不安に思うだろう。実際、インターネット予約で全くトラブルがないわけではない。しかし、インターネットショッピングが市民権を持ち始めている昨今、特に海外旅行経験者の中にはアレルギーなくインターネット旅行会社を上手に利用し、思うままの旅行を楽しんでいる上級者もいる。上級者ゆえに求める自由度も高い。そういったユーザーが増え、インターネット旅行会社が成長する中、エクスペディアはアジア最大手のLCCエアアジアと合弁会社を3月に設立したのだ。</p></div>
<div class="kiji clearfix">
<h4 style="background:none; padding-left:0; font-size:18px;">エクスペディアには価格、エアアジアには知名度がメリット</h4>
<p>「柔軟性を高める意味で、選択肢を増やすことは大事です。その点で、LCC各社との取引拡大はユーザーの期待に応えるためにも不可欠です。現職に就任した1月下旬以降もLCCについてはよく議題に上りましたし、世界的に波が来ていると実感しましたね。今回エアアジアと合弁会社を立ち上げたのは非常に大きな意味があります。エクスペディアのメリットは、世界で運営する22のサイトで、エアアジアの自社サイトと同じ価格で販売できることです。インターネット販売で限定的な値引きが可能なわけです。インターネット手配の利用率が上がり、価格競争が進む中で、この低価格のインパクトは大きいですね。逆にエアアジアはアジア最大手ではありますが知名度はそれほど高くありません。エアアジアにとっては新たな販売チャネルとしてエクスペディアの知名度を利用できるメリットがあります。もちろん、アジア以外のLCC各社とも交渉は続けています」。</p>
<p><div id="attachment_8851" class="wp-caption aligncenter" style="width: 594px"><a href="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2011/05/no44_topinterview_2_l.jpg" Target="_blank"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2011/05/no44_topinterview_2_s.jpg" alt="" title="" width="584" height="209" class="size-full wp-image-8851" /></a><p class="wp-caption-text">（クリックすると別ウィンドウで拡大）</p></div>
</div>
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		<item>
		<title>アジアのリーディング都市を目指す福岡市の挑戦　福岡市長・髙島宗一郎氏インタビュー</title>
		<link>http://www.buaiso.net/interview/buaisointerview/8182/</link>
		<comments>http://www.buaiso.net/interview/buaisointerview/8182/#comments</comments>
		<pubDate>Mon, 11 Apr 2011 03:00:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.ohata</dc:creator>
				<category><![CDATA[BUAISOインタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[福岡]]></category>

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		<description><![CDATA[福岡の危機意識とは 　九州新幹線の開通は、福岡市にとっては「ピンチ」である――髙島市長は就任早々から強い危機意識を訴える。 「九州新幹線の開通を前に、熊本市長と鹿児島市長と一緒に『オール九州』で関西や韓国へプロモーションに出かけた時のことです。鹿児島が自然と温泉、熊本が歴史（熊本城）などとアピールする一方、福岡市の特徴は？ と改めて問われると、答えに詰まりました。近代的な街並み、ショッピングのしやすさ、水炊き、明太子、もつ鍋に代表されるグルメなど、確かにここは何でも揃っている便利なコンパクトシティです。市民にとっては居心地が良い。しかし、我々はその環境の良さに甘えて安穏と過ごしてきたように思います。博多駅は新幹線の終着駅ではなくなりました。あえて博多駅で降りていただけるように、福岡市には、大都市である大阪や神戸、釜山やソウルにも勝るどのような魅力があるか、何が強みなのかを今こそ改めて自己分析し直さなければなりません。そうしなければ今後福岡は、単なる一通過駅として見過ごされてしまうでしょう」。 支店経済からの脱却 　福岡は「支店経済」と評されることが多い。学生、中でも留学生にとって、地元での就職は難しい。海外からの投資も限定的である。 「どうしても、東名阪の次、という立場にならざるを得ない。財源も限られています。そこで、我々のリソースを活かし、どの分野なら勝てるのかという選択と集中が必要になります。そのうえで、攻めるフォーメーションを形成しなければいけません。今、福岡市は、産学官民一体となって、成長戦略を練っています。 　福岡は昔からアーティストを多く輩出しています。ゲーム産業も集積しています。背景には、適度な規模の都市、山と海、有史以来のアジア大陸との交流の歴史がある。文化や産業を生み出す力は、その土地が持つ鼓動や息遣いにあり、そこで発揮しやすい能力というものがあるような気がします。だからこそ、そこに人を集積させるのです。そして、これからはきちんと出口を作りたい。福岡の弱みは出口がなかったことです。東京をはじめとした日本各地へ、そしてアジアへ、世界へと販売していけるルートを行政が支援して作り上げていかなければなりません」。 インターリージョナル特区への取り組み 　九州最大の147万都市である福岡市。福岡空港は国内線が東京を中心に全国の主要都市と結ばれ、国際線はアジア諸国を中心に5時間程度で移動できる。また、博多港は国際旅客においては日本一の乗降人員数の実績を持ち、韓国の釜山へ最短3時間で移動できる高速船が運航している。飛行機では離陸した瞬間に着陸態勢に入るくらいの距離であり、アジアとつながる交通インフラは劇的に改善され、まるで陸続きのような感覚と髙島市長は語る。 「九州新幹線の開通で、これまで以上に九州の各地を目指して、中国や韓国からも多くの人々に来ていただけるようになるでしょう。 　現在、福岡市は釜山広域市とともに国境を越えた超広域経済圏の形成に取り組んでいます。すでに両都市間では空路で週56便(年間約32万人)、海路で1日最大9便（年間約69万人）と、年間約100万人が往来しています。この数字を見ていただければわかるように、海の玄関口である博多港を経由した、海路での交流が活発です。2010年には、63隻の外航クルーズ客船が寄港しています。 　また福岡の陸（駅）・海（港）・空（空港）の交通インフラはすべて半径2キロ圏内に集中しており、乗り換えが便利です。また、物流面では、陸揚げされた貨物を直ちにトラックや貨物列車で全国へ運ぶといった、低コストの輸送が可能です。この利点を活かさない手はありません」。 　韓国からマイカーで船に乗り、博多港から上陸して、九州をドライブしながら温泉やゴルフ、買い物を楽しんでもらう。アジア諸国からの留学生に観光案内や通訳をしてもらう。日韓が囲む東シナ海での漁獲物を、太刀魚好みの韓国と鰤（ぶり）・鰆（さわら）好みの日本とで融通し合う等々――経済活動としては極めて合理的だ。ところが現実にはいずれも実現できていない。国際免許、国家資格、輸入割当や関税の問題など、多くの規制が両国の商業交流を阻んでいるからである。 「だからこそ今、我々は福岡・釜山インターリージョナル国際戦略総合特区を提案しています。日本の制度でもない、韓国の制度でもない、国境を越えた経済圏の行政制度を作るのです。国境を挟む国と都市で新たな機関を創設し、国と地方の行政権限の委譲や機能を移管します」。 　FTA／EPA時代の一歩先をにらんだ、国境を越えた地域経済圏の構築だ。諸外国では、FTA／EPAのみでは経済効果が広がらないと、地域連携による経済圏形成を政府が積極的に推進し、近年世界的な競争力をつけている。 「急成長するアジアと国境を接していても、全国画一的に行われている関税やビザの緩和などの取り組みだけでは、国境を越えた経済圏形成や経済交流には不十分です。経済交流、投資の促進や産業連携のためには、規制の緩和や基盤整備など、国と自治体の双方が一体となって取り組む必要があるのです」。 　福岡と釜山という国境を越えた連携を、自由貿易の新たなモデルとして日本に広げたいと、髙島市長は意気込む。 　OECDは、「環黄海地域での国境を越えた都市の協力」についての報告書の中で、インターリージョナル形成には、活発な市民交流、中央政府の強力な支援、会議やフォーラムではなく公式な機関、交通や通信インフラの整備、例えば大学間の連携といった社会文化的インフラなどが課題と述べている。 「福岡は、産学官民、そして周辺自治体とも良好で緊密なネットワークで結ばれています。皆で同じ方向、多くの需要のあるアジアを向き、地域経済を支える優れた中小企業を積極的に打ち出していきます」。 アジアのリーダー都市を目指して 　東京、大阪とは違った、福岡独自のアジアネットワークを活用し、アジアと共生したまちづくり、新たなビジネスを創造する。福岡の新たなアイデンティティが生まれる。 「国境を越えて、釜山から福岡の美容院へ通う女性がいるほど、両都市間の日常レベルでの交流圏化は進んでいます。福岡市による住民へのアンケートによると、アジア圏の外国語を学びたいという人は10人に1人。これは東京の2倍の数字です。 　福岡市において、こうした日本とアジアの多様な人材が活躍し、さまざまな分野で新たな価値を生むことは、福岡だけでなく、日本の産業全体のクリエイティビティ向上にも寄与するのではないでしょうか」。 　実は髙島市長は大分県出身だ。昨年11月の選挙で、テレビ番組で抜群の知名度を誇る戦後最年少の市長を、福岡市民は自ら選んだ。市の行政に新しい価値を求めたのである。 「福岡の人たちも何か変わらなければ、という期待を込めて選んでくださったのだと思います。朝番組の司会というキャスターの仕事から市長になった自分だからこそ、市民と行政との間にある溝を埋める橋渡し役となりたい。そのためには発信力を強化し、また、意思決定過程を透明化し、市民の皆さんと課題を共有することを大事にしていきたいですね」。 　32歳の千葉市長に次いで、全国の政令指定都市の中で２番目の若さだ。情報リテラシーに追い付けない高齢世代がリーダーになるのは難しい時代になりつつある。次々に現れる新たなメディアに対応しきれなければ、真の民意を汲み取ることはできなくなるだろう。真の民意を汲み取ることで課題が見え、メディアを通じてそれらを共有し、透明化されたプロセスの中で意思決定に至る。市民の情報リテラシーが高まるにつれ、行政の在り方も変わっていくに違いない。 　アジアに負けない若いパワーと行動力、情報発信力の三つ巴で、福岡市はアジアのリーダー都市を目指す。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="kiji clearfix">
<h4 style="background:none; padding-left:0; font-size:18px;">福岡の危機意識とは</h4>
<div id="attachment_8205" class="wp-caption alignleft" style="width: 235px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2011/04/topinterview.jpg" alt="" title="" width="225" height="300" class="size-full wp-image-8205" /><p class="wp-caption-text">全国政令指定都市の市長で２番目に若い36歳。情報リテラシーの高さはBUAISO世代の強み。アジアに負けない若いパワーと行動力で福岡市をアジアのリーダー都市に押し上げる</p></div>
<p>　九州新幹線の開通は、福岡市にとっては「ピンチ」である――髙島市長は就任早々から強い危機意識を訴える。<br />
「九州新幹線の開通を前に、熊本市長と鹿児島市長と一緒に『オール九州』で関西や韓国へプロモーションに出かけた時のことです。鹿児島が自然と温泉、熊本が歴史（熊本城）などとアピールする一方、福岡市の特徴は？ と改めて問われると、答えに詰まりました。近代的な街並み、ショッピングのしやすさ、水炊き、明太子、もつ鍋に代表されるグルメなど、確かにここは何でも揃っている便利なコンパクトシティです。市民にとっては居心地が良い。しかし、我々はその環境の良さに甘えて安穏と過ごしてきたように思います。博多駅は新幹線の終着駅ではなくなりました。あえて博多駅で降りていただけるように、福岡市には、大都市である大阪や神戸、釜山やソウルにも勝るどのような魅力があるか、何が強みなのかを今こそ改めて自己分析し直さなければなりません。そうしなければ今後福岡は、単なる一通過駅として見過ごされてしまうでしょう」。
</p></div>
<div class="kiji clearfix">
<h4 style="background:none; padding-left:0; font-size:18px;">支店経済からの脱却</h4>
<p>　福岡は「支店経済」と評されることが多い。学生、中でも留学生にとって、地元での就職は難しい。海外からの投資も限定的である。<br />
「どうしても、東名阪の次、という立場にならざるを得ない。財源も限られています。そこで、我々のリソースを活かし、どの分野なら勝てるのかという選択と集中が必要になります。そのうえで、攻めるフォーメーションを形成しなければいけません。今、福岡市は、産学官民一体となって、成長戦略を練っています。<br />
　福岡は昔からアーティストを多く輩出しています。ゲーム産業も集積しています。背景には、適度な規模の都市、山と海、有史以来のアジア大陸との交流の歴史がある。文化や産業を生み出す力は、その土地が持つ鼓動や息遣いにあり、そこで発揮しやすい能力というものがあるような気がします。だからこそ、そこに人を集積させるのです。そして、これからはきちんと出口を作りたい。福岡の弱みは出口がなかったことです。東京をはじめとした日本各地へ、そしてアジアへ、世界へと販売していけるルートを行政が支援して作り上げていかなければなりません」。
</p></div>
<div class="kiji clearfix">
<h4 style="background:none; padding-left:0; font-size:18px;">インターリージョナル特区への取り組み</h4>
<div id="attachment_8206" class="wp-caption alignleft" style="width: 310px"><a href="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2011/04/topinterview_1.jpg"Target="_blank"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2011/04/topinterview_1s.jpg" alt="" title="" width="300" height="230" class="size-full wp-image-8206" /></a><p class="wp-caption-text">アジアの多様な観光客を福岡から各地へ　※画像をクリックすると拡大画像を表示</p></div>
<p>　九州最大の147万都市である福岡市。福岡空港は国内線が東京を中心に全国の主要都市と結ばれ、国際線はアジア諸国を中心に5時間程度で移動できる。また、博多港は国際旅客においては日本一の乗降人員数の実績を持ち、韓国の釜山へ最短3時間で移動できる高速船が運航している。飛行機では離陸した瞬間に着陸態勢に入るくらいの距離であり、アジアとつながる交通インフラは劇的に改善され、まるで陸続きのような感覚と髙島市長は語る。<br />
「九州新幹線の開通で、これまで以上に九州の各地を目指して、中国や韓国からも多くの人々に来ていただけるようになるでしょう。<br />
　現在、福岡市は釜山広域市とともに国境を越えた超広域経済圏の形成に取り組んでいます。すでに両都市間では空路で週56便(年間約32万人)、海路で1日最大9便（年間約69万人）と、年間約100万人が往来しています。この数字を見ていただければわかるように、海の玄関口である博多港を経由した、海路での交流が活発です。2010年には、63隻の外航クルーズ客船が寄港しています。<br />
　また福岡の陸（駅）・海（港）・空（空港）の交通インフラはすべて半径2キロ圏内に集中しており、乗り換えが便利です。また、物流面では、陸揚げされた貨物を直ちにトラックや貨物列車で全国へ運ぶといった、低コストの輸送が可能です。この利点を活かさない手はありません」。</p>
<p>　韓国からマイカーで船に乗り、博多港から上陸して、九州をドライブしながら温泉やゴルフ、買い物を楽しんでもらう。アジア諸国からの留学生に観光案内や通訳をしてもらう。日韓が囲む東シナ海での漁獲物を、太刀魚好みの韓国と鰤（ぶり）・鰆（さわら）好みの日本とで融通し合う等々――経済活動としては極めて合理的だ。ところが現実にはいずれも実現できていない。国際免許、国家資格、輸入割当や関税の問題など、多くの規制が両国の商業交流を阻んでいるからである。<br />
「だからこそ今、我々は福岡・釜山インターリージョナル国際戦略総合特区を提案しています。日本の制度でもない、韓国の制度でもない、国境を越えた経済圏の行政制度を作るのです。国境を挟む国と都市で新たな機関を創設し、国と地方の行政権限の委譲や機能を移管します」。<br />
　FTA／EPA時代の一歩先をにらんだ、国境を越えた地域経済圏の構築だ。諸外国では、FTA／EPAのみでは経済効果が広がらないと、地域連携による経済圏形成を政府が積極的に推進し、近年世界的な競争力をつけている。<br />
「急成長するアジアと国境を接していても、全国画一的に行われている関税やビザの緩和などの取り組みだけでは、国境を越えた経済圏形成や経済交流には不十分です。経済交流、投資の促進や産業連携のためには、規制の緩和や基盤整備など、国と自治体の双方が一体となって取り組む必要があるのです」。<br />
　福岡と釜山という国境を越えた連携を、自由貿易の新たなモデルとして日本に広げたいと、髙島市長は意気込む。</p>
<p>　OECDは、「環黄海地域での国境を越えた都市の協力」についての報告書の中で、インターリージョナル形成には、活発な市民交流、中央政府の強力な支援、会議やフォーラムではなく公式な機関、交通や通信インフラの整備、例えば大学間の連携といった社会文化的インフラなどが課題と述べている。<br />
「福岡は、産学官民、そして周辺自治体とも良好で緊密なネットワークで結ばれています。皆で同じ方向、多くの需要のあるアジアを向き、地域経済を支える優れた中小企業を積極的に打ち出していきます」。
</p></div>
<div class="kiji clearfix">
<h4 style="background:none; padding-left:0; font-size:18px;">アジアのリーダー都市を目指して</h4>
<div id="attachment_8210" class="wp-caption alignright" style="width: 310px"><a href="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2011/04/topinterview_2.jpg"Target="_blank"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2011/04/topinterview_2s1.jpg" alt="" title="" width="300" height="235" class="size-full wp-image-8210" /></a><p class="wp-caption-text">福岡市の考えるアジアとの共生による経済成長　※画像をクリックすると拡大画像を表示</p></div>
<p>　東京、大阪とは違った、福岡独自のアジアネットワークを活用し、アジアと共生したまちづくり、新たなビジネスを創造する。福岡の新たなアイデンティティが生まれる。<br />
「国境を越えて、釜山から福岡の美容院へ通う女性がいるほど、両都市間の日常レベルでの交流圏化は進んでいます。福岡市による住民へのアンケートによると、アジア圏の外国語を学びたいという人は10人に1人。これは東京の2倍の数字です。<br />
　福岡市において、こうした日本とアジアの多様な人材が活躍し、さまざまな分野で新たな価値を生むことは、福岡だけでなく、日本の産業全体のクリエイティビティ向上にも寄与するのではないでしょうか」。<br />
　実は髙島市長は大分県出身だ。昨年11月の選挙で、テレビ番組で抜群の知名度を誇る戦後最年少の市長を、福岡市民は自ら選んだ。市の行政に新しい価値を求めたのである。<br />
「福岡の人たちも何か変わらなければ、という期待を込めて選んでくださったのだと思います。朝番組の司会というキャスターの仕事から市長になった自分だからこそ、市民と行政との間にある溝を埋める橋渡し役となりたい。そのためには発信力を強化し、また、意思決定過程を透明化し、市民の皆さんと課題を共有することを大事にしていきたいですね」。</p>
<p>　32歳の千葉市長に次いで、全国の政令指定都市の中で２番目の若さだ。情報リテラシーに追い付けない高齢世代がリーダーになるのは難しい時代になりつつある。次々に現れる新たなメディアに対応しきれなければ、真の民意を汲み取ることはできなくなるだろう。真の民意を汲み取ることで課題が見え、メディアを通じてそれらを共有し、透明化されたプロセスの中で意思決定に至る。市民の情報リテラシーが高まるにつれ、行政の在り方も変わっていくに違いない。<br />
　アジアに負けない若いパワーと行動力、情報発信力の三つ巴で、福岡市はアジアのリーダー都市を目指す。
</p></div>
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		<title>秋田に起きた奇跡 国際教養大学～中嶋嶺雄学長インタビュー～</title>
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		<pubDate>Fri, 25 Feb 2011 03:00:38 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.ohata</dc:creator>
				<category><![CDATA[BUAISOインタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[世界]]></category>
		<category><![CDATA[教育]]></category>

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		<description><![CDATA[「国際的に活躍できる人材の育成」　この理念をどう実現したのでしょう 中嶋学長　特に目新しいことをしたわけではありません。むしろ最もオーソドックスなことをしたと思います。大学にとって一番大事なカリキュラム、つまりどのような授業をするかということに徹底してこだわりました。 　すべての国立大学と公立大学は3分の2が法人化されましたが、設置形態が変わっても、大学の中身は変わっていないところが多い。大学自治、教授会自治を隠れ蓑にして既得権に安住している教員が大勢いるとカリキュラム改革はできません。この一番オーソドックスなことをいまだにできていない今の日本の大学は、その多くが深刻な事態にあるといっていいでしょう。 　僕も長い間、国立大学（東京外国語大学）にいたので、日本の大学はこのままでよいのかという反省と強い危機感がありましたね。　そこで「世界を舞台に活躍できる人材の育成」を教学理念に掲げ、グローバル社会が求める人材ニーズを満たす大学として「語学と国際教養」に力を入れようと考えました。 「全てを英語で学び、英語で考える授業」を行い、「外国人留学生と共に暮らす1年間の寮生活」と「世界トップレベルの提携大学への1年間の海外留学」を義務付け、TOEFLスコアで550以上、GPA（累積成績評価平均点）2.5以上の取得を留学条件に課すなど、あえて高いハードルを設け、卒業要件を厳格化したのです。実際に4年間で卒業できる者は50％ほどしかいません。 　世界を見渡すと、高等教育機関には人材養成という使命があります。学生たちは勉学に励むのが普通です。一方、日本の大学は、入ってしまえば4年間で9割以上の学生がいとも簡単に卒業できてしまう。このギャップを知る教員や学生たちが、グローバル・スタンダードを掲げるAIUの理念に共鳴してくれたことが、理念の実現へと導いてくれたのだと思います。 　実際、開学時、15名の教員募集に対して全世界から567名が応募してきました。AIUはリサーチスクールではありませんから、研究歴は関係ありません。2カ月間かけて全員にインタビューと模擬授業をしてもらい、優れた教え方をする人を選びました。私も学長として受験生確保のためにあちこちの高校や予備校へ講演に行きましたよ。おかげさまで多くの志願者が集まり、好スタートが切れました。100％の就職内定率は社会からの高い評価だと受け止め、ありがたく思っています。 世界標準のエリート養成に何が必要でしょうか 中嶋学長　まず「英語でのコミュニケーション能力」と「広く深い教養」をしっかりと身につけてもらうことです。今、世界では総合的に物事を俯瞰できる力が求められています。一方日本では、18歳というまだ右も左もわからない若者が文系と理系に分けられ、偏差値によって進学先を決められ、さらに一度その学部学科に入ってしまうと、卒業後の進路や職業まで決められてしまう状況にあります。このように、若者が早い段階で小さな小部屋に閉じ込められてしまうような状態を、私は「コンパートメンタリゼーション（小部屋化）」と呼んでいます。一度入ってしまうと簡単には出てこられない。これはグローバルな流れに明らかに逆行しています。 　1991年以降、日本が内実を伴わない大学院重点化を進めた結果、大学の学部における教養教育が一気に空洞化しました。外国語教育を含めた教養教育は、人格形成や人間性の涵養に必要であり、この知的土台の上にこそ高度な専門性が身につくのです。入学早々スキルや資格の取得に励むというのでは、世界標準のエリート養成にはほど遠く、これは日本の将来にとって由々しき事態と言わざるを得ません。 　もう一つ重要なことは、日本の高等教育が世界標準のエリートを養成する「システム」の確立です。高等教育がシステムとしてそうならない限り、日本はあと10～20年で、アジアからも取り残されてしまうでしょう。 　AIUはゼロからのスタートだったので、大学のマネジメントやガバナンスを学長のリーダーシップの下で実行できる体制が出来上がっています。大学は、お金だけではなく、速やかで透明性のある意思決定によっていくらでも改革ができるのです。 　例えばAIUでは、世界中に広がる113（2011年1月現在）の提携校と、クレジットのトランスファー（履修単位を大学間で交換できるシステム）を可能にしています。授業コードをグローバルスタンダードにしており、100番台は入門編、400番台は応用編などといった世界共通の仕組みを取り入れることで、学生たちは互いの大学でどのような授業が学べるのか、インターネットを通じて事前に理解できます。 　また、欧米の大学で評価手法として標準的に使われているGPAは、日本の大学ではまだ十分に普及していません。　日本の政府は「留学生30万人計画」などと言っていますが、実際の運用面ではこのように世界標準からかけ離れています。教授会などの旧態依然とした組織がいまだに強いところでは、学長個人の危機意識だけでは、戦い疲れてしまうケースも多いのではないでしょうか。日本の政治家、有識者自身がこの問題に強い危機感を持たなければなりません。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="kiji clearfix">
<h4 style="background:none; padding-left:0; font-size:18px;">「国際的に活躍できる人材の育成」　この理念をどう実現したのでしょう</h4>
<p><strong>中嶋学長</strong>　特に目新しいことをしたわけではありません。むしろ最もオーソドックスなことをしたと思います。大学にとって一番大事なカリキュラム、つまりどのような授業をするかということに徹底してこだわりました。<br />
　すべての国立大学と公立大学は3分の2が法人化されましたが、設置形態が変わっても、大学の中身は変わっていないところが多い。大学自治、教授会自治を隠れ蓑にして既得権に安住している教員が大勢いるとカリキュラム改革はできません。この一番オーソドックスなことをいまだにできていない今の日本の大学は、その多くが深刻な事態にあるといっていいでしょう。<br />
　僕も長い間、国立大学（東京外国語大学）にいたので、日本の大学はこのままでよいのかという反省と強い危機感がありましたね。　そこで「世界を舞台に活躍できる人材の育成」を教学理念に掲げ、グローバル社会が求める人材ニーズを満たす大学として「語学と国際教養」に力を入れようと考えました。</p>
<p>「全てを英語で学び、英語で考える授業」を行い、「外国人留学生と共に暮らす1年間の寮生活」と「世界トップレベルの提携大学への1年間の海外留学」を義務付け、TOEFLスコアで550以上、GPA（累積成績評価平均点）2.5以上の取得を留学条件に課すなど、あえて高いハードルを設け、卒業要件を厳格化したのです。実際に4年間で卒業できる者は50％ほどしかいません。<br />
　世界を見渡すと、高等教育機関には人材養成という使命があります。学生たちは勉学に励むのが普通です。一方、日本の大学は、入ってしまえば4年間で9割以上の学生がいとも簡単に卒業できてしまう。このギャップを知る教員や学生たちが、グローバル・スタンダードを掲げるAIUの理念に共鳴してくれたことが、理念の実現へと導いてくれたのだと思います。</p>
<p>　実際、開学時、15名の教員募集に対して全世界から567名が応募してきました。AIUはリサーチスクールではありませんから、研究歴は関係ありません。2カ月間かけて全員にインタビューと模擬授業をしてもらい、優れた教え方をする人を選びました。私も学長として受験生確保のためにあちこちの高校や予備校へ講演に行きましたよ。おかげさまで多くの志願者が集まり、好スタートが切れました。100％の就職内定率は社会からの高い評価だと受け止め、ありがたく思っています。
</p></div>
<div class="kiji clearfix">
<h4 style="background:none; padding-left:0; font-size:18px;">世界標準のエリート養成に何が必要でしょうか</h4>
<div id="attachment_7401" class="wp-caption alignright" style="width: 310px"><a href="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2011/02/topInterview_map_l.jpg" Target="_blank"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2011/02/topInterview_map_s.jpg" alt="" title="AIU’S PARTNER INSTITUTIONS" width="300" height="188" class="size-full wp-image-7401" /></a><p class="wp-caption-text">AIU’S PARTNER INSTITUTIONS（ 2011年1月現在）※画像をクリックすると拡大画像を表示</p></div>
<p><strong>中嶋学長</strong>　まず「英語でのコミュニケーション能力」と「広く深い教養」をしっかりと身につけてもらうことです。今、世界では総合的に物事を俯瞰できる力が求められています。一方日本では、18歳というまだ右も左もわからない若者が文系と理系に分けられ、偏差値によって進学先を決められ、さらに一度その学部学科に入ってしまうと、卒業後の進路や職業まで決められてしまう状況にあります。このように、若者が早い段階で小さな小部屋に閉じ込められてしまうような状態を、私は「コンパートメンタリゼーション（小部屋化）」と呼んでいます。一度入ってしまうと簡単には出てこられない。これはグローバルな流れに明らかに逆行しています。<br />
　1991年以降、日本が内実を伴わない大学院重点化を進めた結果、大学の学部における教養教育が一気に空洞化しました。外国語教育を含めた教養教育は、人格形成や人間性の涵養に必要であり、この知的土台の上にこそ高度な専門性が身につくのです。入学早々スキルや資格の取得に励むというのでは、世界標準のエリート養成にはほど遠く、これは日本の将来にとって由々しき事態と言わざるを得ません。</p>
<p>　もう一つ重要なことは、日本の高等教育が世界標準のエリートを養成する「システム」の確立です。高等教育がシステムとしてそうならない限り、日本はあと10～20年で、アジアからも取り残されてしまうでしょう。<br />
　AIUはゼロからのスタートだったので、大学のマネジメントやガバナンスを学長のリーダーシップの下で実行できる体制が出来上がっています。大学は、お金だけではなく、速やかで透明性のある意思決定によっていくらでも改革ができるのです。<br />
　例えばAIUでは、世界中に広がる113（2011年1月現在）の提携校と、クレジットのトランスファー（履修単位を大学間で交換できるシステム）を可能にしています。授業コードをグローバルスタンダードにしており、100番台は入門編、400番台は応用編などといった世界共通の仕組みを取り入れることで、学生たちは互いの大学でどのような授業が学べるのか、インターネットを通じて事前に理解できます。</p>
<p>　また、欧米の大学で評価手法として標準的に使われているGPAは、日本の大学ではまだ十分に普及していません。　日本の政府は「留学生30万人計画」などと言っていますが、実際の運用面ではこのように世界標準からかけ離れています。教授会などの旧態依然とした組織がいまだに強いところでは、学長個人の危機意識だけでは、戦い疲れてしまうケースも多いのではないでしょうか。日本の政治家、有識者自身がこの問題に強い危機感を持たなければなりません。</p>
</div>
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		<title>スパコンが紡ぐ科学技術創造立国（ニッポン）の未来――独立行政法人理化学研究所 平尾公彦氏インタビュー</title>
		<link>http://www.buaiso.net/interview/5937/</link>
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		<pubDate>Tue, 11 Jan 2011 03:00:21 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.ohata</dc:creator>
				<category><![CDATA[BUAISOインタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[インタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[IT]]></category>
		<category><![CDATA[ビジネス]]></category>
		<category><![CDATA[国際]]></category>

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		<description><![CDATA[「スパコン」とは何か 　実は、「スパコン」の定義は曖昧である。コンピュータの進歩は速く、10年で数十倍以上のペースで向上しているため、スパコンはすぐにスパコンでなくなってしまうからだ。我々が今、日常的に使用するパソコンも、ついこの間までは「スパコン」と呼ばれていた。 　メインフレームと呼ばれた汎用コンピュータの時代には、世界のシェアの7割を占めたIBMが不動の王者と見なされた。しかし、ウィンドウズとインテルの登場で市場は完全に塗り替えられた。ユーザーも大学や研究機関、企業から、個人へと一気に裾野が広がった。重厚に格納されていた巨大なマシンの群れは、半世紀も経たぬうちに、軽くて薄い、ポータブルサイズになった。 　スパコンは、科学技術の進歩に伴い、計算に対する要求が増し、より速いコンピュータへの要望に応えるべく開発され続けている。現在の最先端のスパコンの性能は、10年後には企業が日常的に使うコンピュータの性能となっているだろう。 なぜスパコンが必要なのか 　では、なぜ、日本が世界トップレベルのスパコンの開発に国策として取り組まなければならないのか。納税者であるにもかかわらず、咀嚼できている国民は少数派だろう。 　事業仕分けを通じて国民への説明責任を改めて痛感したという平尾氏は、スパコンの重要性について次のように説く。 「スパコンはあらゆる科学技術の基盤技術です。どの分野においてもスパコンを使う『シミュレーション』を利用しなければ次の発展はない、と言い切れるでしょう。 　例えば自動車。一つの車種を世に送り出す前に、衝突実験などをはじめとして100台くらいの実車を使って、ありとあらゆる実験を繰り返しています。ところがより高度なシミュレーションが実現すれば、実験を減らし、開発期間を大幅に短縮することができます。　原子力発電にいたっては、人間は中に入れません。だからこそシミュレーションが活躍します。私たちの手が届かないところでも、シミュレーションを通じて実験に相当するデータを取得できるのです。 　身近な医療分野では、臓器がシミュレーションによって細部にまで解明され、簡単な検査で正確に患部を突き止めることが実用化に近いレベルになっています。例えばたった1拍の心拍で、その人の心臓のどこに問題があるか、手術でどうカットすべきか、コンピュータが解明する時代が、もうそこまで来ているのです」。 　スパコンによるシミュレーションは、「実験」「理論」と並ぶ第三の科学的手法としてますます重要になってきている。調べようとする対象が複雑、または大規模であるため、実験に多くの時間と費用がかかったり、条件が危険な極限状態にあり、実験ができない場合などに、スパコンによる大規模シミュレーションが威力を発揮してきた。 「京」は、アプリケーションの活用を重んじた共用型である。文部科学省による、社会的・国家的見地から取り組むべき分野・課題について戦略的、重点的に研究を推進するための「戦略プログラム」のほか、平尾氏は「京」の産業利用を促進させたいと意気込む。 「日本は他国に比べて産業利用という点で見劣りしています。企業の中に経営者を含め、計算機科学の重要性がまだあまり認知されていないからです。日本には、大企業だけではなく、世界的に突出した優れた技術を持つ中堅企業がたくさんあります。こういった規模の企業にも積極的にスパコンを利用してもらうことで、新たな成長の源泉になればと考えています」。 人材の不足、技術の流出 　ところが、ボトルネックは「人材」である。 「日本に（スパコンを駆使できる）人材が不足しているのは事実です。育成も重要な課題ではありますが、2012年の稼働開始には到底、間に合いません」。 　平尾氏は、「ポスドク（※）とビジネス現場のマッチング」が不可欠だと強調する。 「日本の企業が彼らの終身雇用に躊躇するのは、コストが大きいからでしょう。しかし、数年というオーダーで費用を持ってもらうということなら実現できるのではないでしょうか。欧米では広く行われているプロジェクトベースの雇用です。今の日本では、大学でのポスト減少などにより、科学技術分野で非常に優秀な人材の多くが活躍しきれていません。ポスドクの若い頭脳がビジネスで活かされれば、産学ともに活気づくはずです」。 　また、日本で培われた先端技術の海外流出に、強い懸念を示す。 「日本でコンピュータサイエンスに携わってきた技術者たちが、企業の予算縮小や事業撤退に伴う配置転換などを機に、海外へ流出しています。日本で活躍する場がないから、海外へ行かざるを得ないのです。人が移動するということは、当然、技術も流出します。 『京』のライバルであるアメリカのスパコン開発にも多くの日本人技術者が関わっています。最近では中国への流出も聞かれます。大変ゆゆしき問題です」。 　平尾氏は、「京」の稼働を前に、約200名にのぼる計算機、シミュレーション、アプリケーションの各分野の専門家を神戸に集め、新たな学問領域の集積地を目指している。すべての分野を網羅した人材を育成するのは、大学単体ではもはや不可能だという。 「一つの大学では達成できない人材育成を神戸で。これは国としての使命です」。 　日本に人材がいなければ、世界最強のスパコンも無用の長物となりかねない。平尾氏は強い危機感を示す。 ※ポスドク：Post-Doctoral Fellow の略。Ph.Dを取得しても、常勤研究職または教育職に就くことができず、非常勤職員として雇用される。全国に1万人以上いると言われている]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="kiji clearfix">
<div id="attachment_5946" class="wp-caption alignleft" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/12/topinterview_41_p11.jpg" alt="" title="topinterview_41_p1" width="260" height="175" class="size-full wp-image-5946" /><p class="wp-caption-text">計算科学研究機構（AICS）の外観。写真提供：（独）理化学研究所</p></div></p>
<h4 style="background:none; padding-left:0; font-size:18px;">「スパコン」とは何か</h4>
<p>　実は、「スパコン」の定義は曖昧である。コンピュータの進歩は速く、10年で数十倍以上のペースで向上しているため、スパコンはすぐにスパコンでなくなってしまうからだ。我々が今、日常的に使用するパソコンも、ついこの間までは「スパコン」と呼ばれていた。<br />
　メインフレームと呼ばれた汎用コンピュータの時代には、世界のシェアの7割を占めたIBMが不動の王者と見なされた。しかし、ウィンドウズとインテルの登場で市場は完全に塗り替えられた。ユーザーも大学や研究機関、企業から、個人へと一気に裾野が広がった。重厚に格納されていた巨大なマシンの群れは、半世紀も経たぬうちに、軽くて薄い、ポータブルサイズになった。<br />
　スパコンは、科学技術の進歩に伴い、計算に対する要求が増し、より速いコンピュータへの要望に応えるべく開発され続けている。現在の最先端のスパコンの性能は、10年後には企業が日常的に使うコンピュータの性能となっているだろう。
</p></div>
<div class="kiji clearfix">
<h4 style="background:none; padding-left:0; font-size:18px;">なぜスパコンが必要なのか</h4>
<div id="attachment_5955" class="wp-caption alignright" style="width: 270px"><a href="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/12/topinterview_41_p4.jpg" Target="_blank"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/12/topinterview_41_p4s.jpg" alt="" title="topinterview_41_p4s" width="260" height="169" class="size-full wp-image-5955" /></a><p class="wp-caption-text">画像をクリックすると拡大画像を表示</p></div><br />
　では、なぜ、日本が世界トップレベルのスパコンの開発に国策として取り組まなければならないのか。納税者であるにもかかわらず、咀嚼できている国民は少数派だろう。<br />
　事業仕分けを通じて国民への説明責任を改めて痛感したという平尾氏は、スパコンの重要性について次のように説く。<br />
「スパコンはあらゆる科学技術の基盤技術です。どの分野においてもスパコンを使う『シミュレーション』を利用しなければ次の発展はない、と言い切れるでしょう。<br />
　例えば自動車。一つの車種を世に送り出す前に、衝突実験などをはじめとして100台くらいの実車を使って、ありとあらゆる実験を繰り返しています。ところがより高度なシミュレーションが実現すれば、実験を減らし、開発期間を大幅に短縮することができます。　原子力発電にいたっては、人間は中に入れません。だからこそシミュレーションが活躍します。私たちの手が届かないところでも、シミュレーションを通じて実験に相当するデータを取得できるのです。<br />
　身近な医療分野では、臓器がシミュレーションによって細部にまで解明され、簡単な検査で正確に患部を突き止めることが実用化に近いレベルになっています。例えばたった1拍の心拍で、その人の心臓のどこに問題があるか、手術でどうカットすべきか、コンピュータが解明する時代が、もうそこまで来ているのです」。
</div>
<div class="kiji clearfix">
　スパコンによるシミュレーションは、「実験」「理論」と並ぶ第三の科学的手法としてますます重要になってきている。調べようとする対象が複雑、または大規模であるため、実験に多くの時間と費用がかかったり、条件が危険な極限状態にあり、実験ができない場合などに、スパコンによる大規模シミュレーションが威力を発揮してきた。<br />
「京」は、アプリケーションの活用を重んじた共用型である。文部科学省による、社会的・国家的見地から取り組むべき分野・課題について戦略的、重点的に研究を推進するための「戦略プログラム」のほか、平尾氏は「京」の産業利用を促進させたいと意気込む。<br />
「日本は他国に比べて産業利用という点で見劣りしています。企業の中に経営者を含め、計算機科学の重要性がまだあまり認知されていないからです。日本には、大企業だけではなく、世界的に突出した優れた技術を持つ中堅企業がたくさんあります。こういった規模の企業にも積極的にスパコンを利用してもらうことで、新たな成長の源泉になればと考えています」。
</div>
<h4></h4>
<div class="kiji clearfix">
<div id="attachment_5966" class="wp-caption alignright" style="width: 222px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/12/topinterview_41_p5.jpg" alt="" title="topinterview_41_p5" width="212" height="260" class="size-full wp-image-5966" /><p class="wp-caption-text">平尾公彦（ひらお・きみひこ） 独立行政法人理化学研究所　計算科学研究機構　機構長。 1974年、京都大学大学院工学研究科燃料化学専攻博士課程修了（工学博士）。1988年、名古屋大学教養部教授、1993年、東京大学工学部工業化学科教授、2004年東京大学工学系研究科長、工学部長。2007年に東京大学副学長就任後、（2008年～理事・副学長）2009年理化学研究所　計算科学研究機構設立準備室長を経て2010年7月より現職。専攻は理論化学、計算化学</p></div>
<h4 style="background:none; padding-left:0; font-size:18px;">人材の不足、技術の流出</h4>
<p>　ところが、ボトルネックは「人材」である。<br />
「日本に（スパコンを駆使できる）人材が不足しているのは事実です。育成も重要な課題ではありますが、2012年の稼働開始には到底、間に合いません」。<br />
　平尾氏は、「ポスドク（※）とビジネス現場のマッチング」が不可欠だと強調する。<br />
「日本の企業が彼らの終身雇用に躊躇するのは、コストが大きいからでしょう。しかし、数年というオーダーで費用を持ってもらうということなら実現できるのではないでしょうか。欧米では広く行われているプロジェクトベースの雇用です。今の日本では、大学でのポスト減少などにより、科学技術分野で非常に優秀な人材の多くが活躍しきれていません。ポスドクの若い頭脳がビジネスで活かされれば、産学ともに活気づくはずです」。<br />
　また、日本で培われた先端技術の海外流出に、強い懸念を示す。<br />
「日本でコンピュータサイエンスに携わってきた技術者たちが、企業の予算縮小や事業撤退に伴う配置転換などを機に、海外へ流出しています。日本で活躍する場がないから、海外へ行かざるを得ないのです。人が移動するということは、当然、技術も流出します。<br />
『京』のライバルであるアメリカのスパコン開発にも多くの日本人技術者が関わっています。最近では中国への流出も聞かれます。大変ゆゆしき問題です」。<br />
　平尾氏は、「京」の稼働を前に、約200名にのぼる計算機、シミュレーション、アプリケーションの各分野の専門家を神戸に集め、新たな学問領域の集積地を目指している。すべての分野を網羅した人材を育成するのは、大学単体ではもはや不可能だという。<br />
「一つの大学では達成できない人材育成を神戸で。これは国としての使命です」。<br />
　日本に人材がいなければ、世界最強のスパコンも無用の長物となりかねない。平尾氏は強い危機感を示す。</p>
<p>※ポスドク：Post-Doctoral  Fellow  の略。Ph.Dを取得しても、常勤研究職または教育職に就くことができず、非常勤職員として雇用される。全国に1万人以上いると言われている
</p></div>
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		<title>ルミネ会長 花崎淑夫氏インタビュー「お客さまの期待の先を行く」</title>
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		<pubDate>Thu, 25 Nov 2010 03:00:53 +0000</pubDate>
		<dc:creator>SH</dc:creator>
				<category><![CDATA[BUAISOインタビュー]]></category>
		<category><![CDATA[ルミネ]]></category>
		<category><![CDATA[特集]]></category>
		<category><![CDATA[経営]]></category>

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		<description><![CDATA[「駅ビル」とは呼ばせない 　ルミネの源流は国鉄の駅ビル事業である。大宮、北千住、新宿、横浜など、首都圏のターミナルにある駅ビルをそれぞれ独立して運営していた企業を合併、その翌年に立川駅ビルとの合併により株式会社ルミネがスタートした。駅立地の優位性から売上はおおむね順調ではあったが、91年のバブル崩壊で消費が低迷し、成長は右肩下がりとなる。駅の集客力だけに依存する経営では未来は見えない。 　花崎会長は、01年の社長（00年副社長）就任当時を次のように振り返る。 「かつてのルミネには駅の集客力に安易に依存する気楽な大家的風潮がありました。出店者の売上が減っても、安定した賃料が入ってくれば自分たちの事業は維持できます。お客さまがどう変わろうが、ルミネに不都合はないわけです。ルミネが業種分類では不動産管理業であることに間違いはありません。しかし、なぜ駅の集客だけに依存した体質から脱却しなければならなかったのか。00年当時、日本はすでにオーバーストア状態でした。その後もさらに加速しています。本当に自分たちが世の中に必要とされるのか。選ばれる存在でなければお客さまには節約の対象としてスルーされてしまう。そうなると自分たちの将来はないと考えたのです。ルミネと出店者だけを見ればBtoBですが、その先はお客さま＝Cなんですね。すべての判断基準がお客さまに向いていけなければ、出店者とともに沈没していくだけです。だから我々には出店者の運命共同体である小売業としての認識が必要なのです」。 　駅には強大な集客力がある。大勢の人が通過し、その一定の割合がたまたま入店し、そのうちの数割がたまたま購入する。 「前面通行量に『偶然』を掛け算して売り上げを想定するのは、ドラッグストアやファストフード業界の常識です。駅のコンコースだけならそれでいい。しかしルミネは立体的なビルであり、少しでも多くの方に上の階に来ていただかないといけないのです。偶然に頼らずデスティネーション（目的）型に変えていかなければなりません。 　わざわざ来ていただくためには、対象を明確にする必要があります。ルミネは建物がそれほど大きくないため、百貨店のように客層を幅広くというフルライン展開は不可能です。ターゲット顧客層が通勤帰りだけでなく休日にも足を運んでくださるためには、わざわざ来ていただくに値する店舗と商品展開が必要となるのです」。 「お客さま」の想像を超えて新しいものを提案できてこそ価値を生む。これを実現できるパートナーとなる出店者がルミネには絶対に必要だった。 セレクトショップの誘致 　花崎会長は、ルミネのメインターゲットを日本で最も元気な20代、30代の働く女性と明確化し、ベストパートナーを誘致しようと考えた。そのためにふさわしいショップとは、今やルミネの顔となった感のあるユナイテッドアローズ、ビームス、シップス、ベイクルーズグループ（ジャーナルスタンダード、エディフィス、イエナ、スピックアンドスパン他）などの日本を代表するセレクトショップだ。ルミネの理想を実現するために、こうしたファッションリーダーに編集の中心メンバーに入ってもらわなければならなかった。現在は強いパートナーシップで結ばれ、共存共栄関係にあるが、新しいコンセプトへの理解と協力を得るには時間を要したと花崎会長は語る。 「鶴が生息するにふさわしくない雑踏に鶴を呼ぼうとしているようなものでした。有力ブランドの方々は、お客さまがわざわざ足を運んでくださればそれでよいと考えておられましたから。独自の世界観を持ち、広い間口や高い天井といった豊かな店舗空間や周囲の環境をとても大切にしていました。『駅には集客力があるのだから、パン屋やドラッグストア、ファストフードをやったらどうですか』とも言われました。確かにおっしゃる通りだったのです。 　まずは『雑踏の世界に別の価値を生む』ことを理解してもらうことから始めました。ルミネがスピーディーに鶴が生息するにふさわしい場所に変わることで、青山や原宿とは違った価値が生まれ、出店者も新たな成長を遂げられる。これを納得してもらわなければなりません。最後はルミネは急速に変わるのだと信用してもらうしかありませんでした。出店者にとってはそれまでと異なる限定された空間ですから、みなさんにとって大変なチャレンジだったと思います。本当によくやってくださったと思いますね」。 　新生ルミネに向けての業種・業態改革は速かった。改革初年度の00年には早くも全店舗の約2割を入れ替え、ルミネの新陳代謝は高いパフォーマンスを実現した。 「実際、ルミネ新宿は00年からの3年間、平均15％くらいの入れ替えを行い、全体の約半分が変わったところで、お客さまのルミネに対する見方が変わりました。半分というラインが閾値だったのでしょうね。00年に260億円だった売上が、3年で365億円にまで伸びた時には驚きました。その後はお客さまの期待値がどんどん売上を伸ばしてくれた感覚があります。あっという間に480億円に到達しました」。 　ルミネの建物は非常に古い。従来型の駅ビルの発想で建設されたため小売業の生命線であるバックヤードも狭い。商品流通の合理化には大変厳しい環境だ。「到底480億円も売り上げる建物ではない」（花崎会長）にもかかわらず、改革が実を結んだ。リーマン・ショックの影響を受けたものの、現在も新宿店の売上は465億円を維持している。 　人はなぜルミネで買うのか。答えは店頭にある。 ルミネブランドを支える最重要ファクターは「人」 　人はコストではなく価値を生み出すものと花崎会長は言い切る。特定の目的で買いに来る顧客は全体の売上の1割程度に過ぎず、9割は店頭で決まるそうだ。「だからこそ我々は、単にモノを売るだけではなく、人や接客を通じて、お客さまの人生のパートナーとして信頼されることが重要だと考えているのです」。 　ルミネの企業理念は「～the Life Value Presenter～お客さまの思いの先をよみ、期待の先をみたす。」―― この理念を3万1千人のショップスタッフに浸透させるのは容易ではない。だからこそディベロッパーであるルミネ社員が理念を深く理解して、ショップスタッフとともに追求することが重要と花崎会長は強調する。「お客さまから何を求められているのか。登るべき山の頂上をルミネの社員が共有し、理解していなければなりません」。 　花崎会長はルミネと出店者の関係はパートナーシップだと強調する。「各ショップが期待された役割を果たして初めて、お客さまに喜んでいただける。ショップスタッフがベストな状態で働けるようルミネは努力しなければなりません。支配服従関係ではなくパートナーシップです。このことをルミネは事業の根幹として徹底しているつもりです」。 「お客さまの心に向かう接客」 「お客さまにルミネに来て元気になってもらうためには、まずショップのスタッフに元気でいてもらわなくてはなりません」（花崎会長）。そのためにルミネでは、スタッフの従業員満足度（ES）施策に力を入れている。スタッフ専用の休憩所には心地よいソファーやフットマッサージなどを完備し、スタッフが売り場で最高の状態で接客に取り組むことができる環境づくりを強化している。また各フロアの責任者であるルミネのスタッフ、フロアマスターが中心となり、こまめにショップを回り、相談を聞き、他店での取り組みを紹介し、売り場作りに細心の注意を払う。笑顔の重要性についてのセミナーを開催したり、接客に優れたスタッフを取材し、全ショップの全スタッフに読んでもらうなど、あらゆる角度から接客力向上の努力を怠らない。店頭スタッフは「日々学ぶことが多く、モチベーションが高まる」とルミネの管理スタイルを高く評価する。 　年に1度開催されるルミネの接客ロールプレイングコンテスト「ルミネスト大会」は、接客スキルを高め合う努力の集大成の場だ。今年は全ルミネのショップスタッフ3万1千人の頂点を目指し、選ばれた50名の接客優秀スタッフ「ルミネストシルバー」が都内ホテルで行われた決勝大会に進んだ。各出場者は普段通りの接客をロールプレイング形式で披露し、11名のスタッフが接客の最も優秀なスタッフ「ルミネストゴールド」として表彰された。決勝ステージでの厳選された接客を見ると、いつか自分もあそこに立ちたいとスタッフの志気が高まる。 　だが花崎会長はルミネのさまざまなな取り組みについて「これでもまだ道半ば」と厳しい。 　「お客さまのクローゼットの中を想像するだけでは不十分です。お客さまの心の中を想像しなければ本当に責任ある接客はできません。目指すは全員がこのルミネストのレベルに到達することです。これが満月の状態だとしたら、今の我々はまだ半月ですね。量的成長は求めません。量的成長を求めたら地球は何個必要でしょうか。それよりもお客さまの心に向かっていく質の競争なのです。もしいつか満月に届いたとしても、お客さまの期待値はまたその先に行っていますから、その時はまた新月からスタートです。満月に近づくのは永遠の課題ですね」。 　国内市場の縮小に伴い量的成長を求めて小売業の海外進出が著しい昨今、ルミネはあくまでも質の成長にこだわる。この質へのこだわりこそが我々日本人の強さなのではないだろうか。自らの強みを理解し、活かし、より確かなものを目指す。ルミネはこれからも、強くあり続けるに違いない。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="kiji clearfix">
<img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/11/nenpyo.jpg" alt="年表" title="年表" width="260" height="435" class="alignleft size-full wp-image-4876" /><br />
<h4 style="background:none; padding-left:0; font-size:18px;">「駅ビル」とは呼ばせない</h4>
<p>　ルミネの源流は国鉄の駅ビル事業である。大宮、北千住、新宿、横浜など、首都圏のターミナルにある駅ビルをそれぞれ独立して運営していた企業を合併、その翌年に立川駅ビルとの合併により株式会社ルミネがスタートした。駅立地の優位性から売上はおおむね順調ではあったが、91年のバブル崩壊で消費が低迷し、成長は右肩下がりとなる。駅の集客力だけに依存する経営では未来は見えない。<br />
　花崎会長は、01年の社長（00年副社長）就任当時を次のように振り返る。<br />
「かつてのルミネには駅の集客力に安易に依存する気楽な大家的風潮がありました。出店者の売上が減っても、安定した賃料が入ってくれば自分たちの事業は維持できます。お客さまがどう変わろうが、ルミネに不都合はないわけです。ルミネが業種分類では不動産管理業であることに間違いはありません。しかし、なぜ駅の集客だけに依存した体質から脱却しなければならなかったのか。00年当時、日本はすでにオーバーストア状態でした。その後もさらに加速しています。本当に自分たちが世の中に必要とされるのか。選ばれる存在でなければお客さまには節約の対象としてスルーされてしまう。そうなると自分たちの将来はないと考えたのです。ルミネと出店者だけを見ればBtoBですが、その先はお客さま＝Cなんですね。すべての判断基準がお客さまに向いていけなければ、出店者とともに沈没していくだけです。だから我々には出店者の運命共同体である小売業としての認識が必要なのです」。<br />
　駅には強大な集客力がある。大勢の人が通過し、その一定の割合がたまたま入店し、そのうちの数割がたまたま購入する。<br />
「前面通行量に『偶然』を掛け算して売り上げを想定するのは、ドラッグストアやファストフード業界の常識です。駅のコンコースだけならそれでいい。しかしルミネは立体的なビルであり、少しでも多くの方に上の階に来ていただかないといけないのです。偶然に頼らずデスティネーション（目的）型に変えていかなければなりません。<br />
　わざわざ来ていただくためには、対象を明確にする必要があります。ルミネは建物がそれほど大きくないため、百貨店のように客層を幅広くというフルライン展開は不可能です。ターゲット顧客層が通勤帰りだけでなく休日にも足を運んでくださるためには、わざわざ来ていただくに値する店舗と商品展開が必要となるのです」。<br />
「お客さま」の想像を超えて新しいものを提案できてこそ価値を生む。これを実現できるパートナーとなる出店者がルミネには絶対に必要だった。
</p></div>
<div class="kiji clearfix">
<div id="attachment_4872" class="wp-caption alignright" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/11/kaicho2.jpg" alt="ルミネ花崎会長" title="ルミネ花崎会長" width="260" height="410" class="size-full wp-image-4872" /><p class="wp-caption-text"><B>花崎淑夫（はなさき・よしお）</B>　静岡県出身。1968年（昭43）東大法卒、同年日本国有鉄道入社。90年東日本旅客鉄道総務部長、93年取締役、96年常務を 歴任。2001年6月ルミネ代表取締役社長に就任。09年6月会長 に就任。現在に至る</p></div></p>
<h4 style="background:none; padding-left:0; font-size:18px;">セレクトショップの誘致</h4>
<p>　花崎会長は、ルミネのメインターゲットを日本で最も元気な20代、30代の働く女性と明確化し、ベストパートナーを誘致しようと考えた。そのためにふさわしいショップとは、今やルミネの顔となった感のあるユナイテッドアローズ、ビームス、シップス、ベイクルーズグループ（ジャーナルスタンダード、エディフィス、イエナ、スピックアンドスパン他）などの日本を代表するセレクトショップだ。ルミネの理想を実現するために、こうしたファッションリーダーに編集の中心メンバーに入ってもらわなければならなかった。現在は強いパートナーシップで結ばれ、共存共栄関係にあるが、新しいコンセプトへの理解と協力を得るには時間を要したと花崎会長は語る。<br />
「鶴が生息するにふさわしくない雑踏に鶴を呼ぼうとしているようなものでした。有力ブランドの方々は、お客さまがわざわざ足を運んでくださればそれでよいと考えておられましたから。独自の世界観を持ち、広い間口や高い天井といった豊かな店舗空間や周囲の環境をとても大切にしていました。『駅には集客力があるのだから、パン屋やドラッグストア、ファストフードをやったらどうですか』とも言われました。確かにおっしゃる通りだったのです。<br />
　まずは『雑踏の世界に別の価値を生む』ことを理解してもらうことから始めました。ルミネがスピーディーに鶴が生息するにふさわしい場所に変わることで、青山や原宿とは違った価値が生まれ、出店者も新たな成長を遂げられる。これを納得してもらわなければなりません。最後はルミネは急速に変わるのだと信用してもらうしかありませんでした。出店者にとってはそれまでと異なる限定された空間ですから、みなさんにとって大変なチャレンジだったと思います。本当によくやってくださったと思いますね」。<br />
　新生ルミネに向けての業種・業態改革は速かった。改革初年度の00年には早くも全店舗の約2割を入れ替え、ルミネの新陳代謝は高いパフォーマンスを実現した。<br />
「実際、ルミネ新宿は00年からの3年間、平均15％くらいの入れ替えを行い、全体の約半分が変わったところで、お客さまのルミネに対する見方が変わりました。半分というラインが閾値だったのでしょうね。00年に260億円だった売上が、3年で365億円にまで伸びた時には驚きました。その後はお客さまの期待値がどんどん売上を伸ばしてくれた感覚があります。あっという間に480億円に到達しました」。<br />
　ルミネの建物は非常に古い。従来型の駅ビルの発想で建設されたため小売業の生命線であるバックヤードも狭い。商品流通の合理化には大変厳しい環境だ。「到底480億円も売り上げる建物ではない」（花崎会長）にもかかわらず、改革が実を結んだ。リーマン・ショックの影響を受けたものの、現在も新宿店の売上は465億円を維持している。<br />
　人はなぜルミネで買うのか。答えは店頭にある。
</p></div>
<div class="kiji clearfix">
<div id="attachment_4874" class="wp-caption alignleft" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/11/luminest.jpg" alt="ルミネスト2010" title="ルミネスト2010" width="260" height="176" class="size-full wp-image-4874" /><p class="wp-caption-text">ANAインターコンチネンタル東京で開催された「ルミネスト2010」</p></div></p>
<h4 style="background:none; padding-left:0; font-size:18px;">ルミネブランドを支える最重要ファクターは「人」</h4>
<p>　人はコストではなく価値を生み出すものと花崎会長は言い切る。特定の目的で買いに来る顧客は全体の売上の1割程度に過ぎず、9割は店頭で決まるそうだ。「だからこそ我々は、単にモノを売るだけではなく、人や接客を通じて、お客さまの人生のパートナーとして信頼されることが重要だと考えているのです」。<br />
　ルミネの企業理念は「～the Life Value Presenter～お客さまの思いの先をよみ、期待の先をみたす。」―― この理念を3万1千人のショップスタッフに浸透させるのは容易ではない。だからこそディベロッパーであるルミネ社員が理念を深く理解して、ショップスタッフとともに追求することが重要と花崎会長は強調する。「お客さまから何を求められているのか。登るべき山の頂上をルミネの社員が共有し、理解していなければなりません」。<br />
　花崎会長はルミネと出店者の関係はパートナーシップだと強調する。「各ショップが期待された役割を果たして初めて、お客さまに喜んでいただける。ショップスタッフがベストな状態で働けるようルミネは努力しなければなりません。支配服従関係ではなくパートナーシップです。このことをルミネは事業の根幹として徹底しているつもりです」。
</p></div>
<div class="kiji clearfix">
<div id="attachment_4924" class="wp-caption alignleft" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/11/tachikawa.jpg" alt="立川店" title="立川店" width="260" height="172" class="size-full wp-image-4924" /><p class="wp-caption-text">ルミネ立川店の女性専用リラックスルーム</p></div></p>
<h4 style="background:none; padding-left:0; font-size:18px;">「お客さまの心に向かう接客」</h4>
<p>「お客さまにルミネに来て元気になってもらうためには、まずショップのスタッフに元気でいてもらわなくてはなりません」（花崎会長）。そのためにルミネでは、スタッフの従業員満足度（ES）施策に力を入れている。スタッフ専用の休憩所には心地よいソファーやフットマッサージなどを完備し、スタッフが売り場で最高の状態で接客に取り組むことができる環境づくりを強化している。また各フロアの責任者であるルミネのスタッフ、フロアマスターが中心となり、こまめにショップを回り、相談を聞き、他店での取り組みを紹介し、売り場作りに細心の注意を払う。笑顔の重要性についてのセミナーを開催したり、接客に優れたスタッフを取材し、全ショップの全スタッフに読んでもらうなど、あらゆる角度から接客力向上の努力を怠らない。店頭スタッフは「日々学ぶことが多く、モチベーションが高まる」とルミネの管理スタイルを高く評価する。<br />
　年に1度開催されるルミネの接客ロールプレイングコンテスト「ルミネスト大会」は、接客スキルを高め合う努力の集大成の場だ。今年は全ルミネのショップスタッフ3万1千人の頂点を目指し、選ばれた50名の接客優秀スタッフ「ルミネストシルバー」が都内ホテルで行われた決勝大会に進んだ。各出場者は普段通りの接客をロールプレイング形式で披露し、11名のスタッフが接客の最も優秀なスタッフ「ルミネストゴールド」として表彰された。決勝ステージでの厳選された接客を見ると、いつか自分もあそこに立ちたいとスタッフの志気が高まる。<br />
　だが花崎会長はルミネのさまざまなな取り組みについて「これでもまだ道半ば」と厳しい。<br />
　「お客さまのクローゼットの中を想像するだけでは不十分です。お客さまの心の中を想像しなければ本当に責任ある接客はできません。目指すは全員がこのルミネストのレベルに到達することです。これが満月の状態だとしたら、今の我々はまだ半月ですね。量的成長は求めません。量的成長を求めたら地球は何個必要でしょうか。それよりもお客さまの心に向かっていく質の競争なのです。もしいつか満月に届いたとしても、お客さまの期待値はまたその先に行っていますから、その時はまた新月からスタートです。満月に近づくのは永遠の課題ですね」。<br />
　国内市場の縮小に伴い量的成長を求めて小売業の海外進出が著しい昨今、ルミネはあくまでも質の成長にこだわる。この質へのこだわりこそが我々日本人の強さなのではないだろうか。自らの強みを理解し、活かし、より確かなものを目指す。ルミネはこれからも、強くあり続けるに違いない。
</p></div>
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