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クロスメディア時代の広告 博報堂ケトル クリエイティブディレクター 嶋浩一郎氏

クロスメディア時代の広告 博報堂ケトル クリエイティブディレクター 嶋浩一郎氏

広告を取り巻く環境の変化

BUAISO(以下、B):広告を取り巻く環境はどのように変化していますか?

嶋氏(以下、嶋):かつてコミュニケーションのツールは極端にいえばCMと新聞・雑誌などのマス広告しかなかった。今はミクシィなどのSNSサイト、ツイッターなどのソーシャルメディア、電車内のデジタルサイネージ(電子看板)などが登場。プランナーはこれら様々な武器を編集してキャンペーンを構築しなければなりません。つまり、クロスメディアな発想が要求されます。情報が溢れる今、「見るだけの広告」から「体験する広告」へ広告のコンテンツ化が進んでいると感じます。
 また「このCMは500万人の人が週に3回見る」というふうに「リーチ(到達数)」と「フリークエンシー(頻度)」で広告を評価してきましたが、さらに「メッセージがどれくらい深くターゲットに刺さったか」という指標である「レリバンシー」も大事な要素になってきました。

B:この変化を受けて、広告の仕事はどのように変わったのでしょうか?

:一言で言うとインテグレートな発想が求められています。通勤途中のサラリーマンがトレインチャンネルを見る。そのサラリーマンが会社に行ってヤフーニュースを見るとバナーがある……というように、ターゲットが生活導線の中でどんなメディアに接して、それぞれの情報が彼の頭の中でどう整理されるのか一筋のシナリオとして捉える発想ともいえます。
 そのためにはコピーライターやデザイナーがコピーを書いたり、デザインをする作業と、メディアを選別する作業、ウェブやモバイルサイトを構築する作業を分けてやっては効果的な結果が出ません。そこでケトルがやっていることは「全部いっぺんにやること」。ケトルでは2~3人が戦略テーブルを作って、その少人数がすべてを決めるやり方をしています。CMのコンテもこのメンバーで見るし、グラフィックも見る。もちろん、イベントの台本や、PRのためのプレスリリース、ウェブの遷移図もチェックする。すべてのコミュニケーションに少人数が責任を持つ体制です。このやり方だと、一人の生活者があるブランドや商品の情報をどう知っていくのか、そのシナリオをシームレスに考えることができるのです。

B:広告制作の現場で「クロスメディア」はどのように捉えられていますか?

:先ほど申したようにクロスメディア発想は今の広告キャンペーンにとって必須です。しかし、このクロスメディアを勘違いしている人も多い。「CM」はこの企画、「交通広告」はこの企画、「ウェブ」はこの企画……というように、すべてのボックスを埋めればいいと思っている人がいる。それでは効果的なキャンペーンは作れません。まず顧客の課題を解決するために一番必要な施策は何なのか考えることが大切。すべて折り込みチラシという判断でもいいのです。もちろん、複数のメディアを相乗的に活用することの方が一般的には有効ですが。
 せっかく作ったアイデアなので捨てられない人も多い。ブレストで出た企画は、ターゲットを動かそうと思って一生懸命考えたアイデアですから、全部正しいんです。でも、全部のアイデアを一気にやっても意味がない。優れたプランナーはいらないものを捨てないと。僕らは企画を考える時、よくどの「ツボ」を押すかを考えます。人間は「ツボ」を押されたら気持ちいい。でも、いろんな「ツボ」を一気に押されたら気持ち悪い。まず最初に押すボタンを発見するのがプランナーの醍醐味だと思う。プランナーの仕事は得意先の課題解決ですから。

問題解決型の広告とは

B:課題解決型の優れた事例を挙げるとすれば、どのようなものがありますか?

:僕の好きな「課題解決」はグーグル(アメリカ)のリクルーティング施策の事例(※1)です。グーグルは今や、ITのメインストリームですが、かつて、ハーバードやMIT(マサチューセッツ工科大学)出身の数学や物理にずば抜けた能力を持つスーパーブレインズはヤフーやマイクロソフトに就職したがっていました。でも、グーグルはそんな人たちを採用したかったのです。その課題を与えられた「クリスピン・ポーター&ボガスキー」は、スーパーブレインズはどうすれば動くのか、つまりどの「ツボ」を押すべきかを考えました。そして、彼らはデートよりも、食事よりも一日中クイズを解いていることが好きという実態を突き止めました。そこで、ハーバードやMITの最寄の地下鉄駅の改札口に複雑な数式を載せた横断幕を張り出しました。その問題の最後に「.com」とつけたことが、唯一広告的なクリエイティビティでした。一般の人たちにはさっぱり意味不明な数式です。でも、グーグルが望むスーパーブレインズにとっての「レリバンシー」は完璧でした。彼らは一刻も早く家に帰り、この問題を解き、そのウェブサイトに回答を入力し、さらに現れる難問を解き続けたのです。寝食を忘れ問題を解き続けると、ついに「あなたこそ我々が探していた逸材だ」というメッセージが現れる。問題を解いていたサイトが採用サイトだったわけで、素晴らしい課題解決ですよね。駅の横断幕を「これは俺のためのメッセージだ!」と思わせる計算と表現、その後のシナリオも周到に用意されています。広告が体験化、コンテンツ化しているということもわかると思います。

「編集力」と「変換力」

B:広告業界で戦い抜くために、求められる能力とはどのようなものでしょう?

:今は、ツイッター、フェイスブックと、毎日新しい武器が増えていって、使用説明書を次々に読んでいかないと追いつけない(笑)。広告の世界は、武器が増えて、戦いやすくなったようで、実は戦いづらくなっているともいえます。数多くの武器の中からどの武器を選び、組み合わせて戦うか。経験値が追いついていません。
 僕は今、クリエイターの仕事には「編集力」が求められていると思っています。今の広告作りは、ツボの発見とシナリオの巧みさがポイント。それはまるで「つかみ」である巻頭から雑誌を作っていく作業に似ているなと。「つかみ」作りには最近では海外の美術館・博物館のキュレーターの手法が参考になる。パリの服飾美術館で男性服の歴史を展示していたんですが、エントランスには自然史博物館から借りてきた孔雀の剥製が。「オスがおしゃれをする」メタファー(隠喩)なんですね。いきなり人の心をつかむ物語の作り方が素晴らしい。
 そしてもう一つ重要なのが「変換力」。ケータイ、iPadとマルチデバイス化が進んでいるわけですが、コンテンツを単に電子化すればいいわけじゃない。同じコンテンツをどの出口(=メディア)で使っていくかでその佇まいが変わるはず。この情報はインターネット、テレビ、雑誌のどこで受けるかという感覚も非常に重要です。

B:広告主はこの時代の流れをどう受け止めればいいのでしょう?

:広告業界って一つのことが流行するとみんなすぐに飛びついちゃうんです(笑)。ソーシャルメディアですって言うと、ミクシィアプリを作ったりとか、ツイッターを使ってキャンペーンやらなきゃとか。それで、お客さんの課題を解決できるならもちろんツイッターを使えばいいんですけど、まずは手段よりも、課題が何なのかが重要です。
 あと、実は、インターネットで話題になっていることのほとんどは、いわゆるトラディショナルなメディア発の情報であることも理解した方がいい。2ちゃんねるで話されている、ブログに書かれる内容はほとんどがテレビ発です。それぞれのメディアから発せられる情報の影響度合いからいくと、トラディショナルなメディアのパワーは全然衰えていないです。時代はモバイル、電子書籍だと広告主も含めてそっちのほうに偏ってしまっている現状はどうかなと思います。ツイッター以上に課題を解決できるツールがあればそれを使ったほうがよくて、ツイッターありきではないですよ。広告主が総合的に状況を俯瞰できることが大切ですね。

インターネットが生んだ「集合知」への挑戦

B:我々の生活に対するインターネットの影響力についてどう思われますか?

:僕が気に入っているレストランに後輩を連れて行くと「嶋さん、これネットで3.0点しかない店ですよ」という人もいるんです。その人は僕の感性より、ネットの集合知を信じているんです。どっちが大事なんだろうと疑問に思いますよね。僕はインターネットは確かに便利なんだけれど、集合知の蔓延はいかがなものかと思うんです。主観がなくなっちゃう。インターネットは多様性の象徴だったのに、日本人を均質化する方向にドライブをかけてるんじゃないかと感じる時もあります。例えば、みんな検索の1ページ目しか見ないし、ニュースも同じです。だから、最近僕は「500ページ目の店に行こう!」って運動を勝手にやっています。「もつ焼き」と入力して500位の店に行っても結構おいしかったりする。でも、インターネット検索のアルゴリズムだけを信じた人生を送ると出合えないかもしれなかったわけです。だから僕が雑誌を作るのは集合知に対してオルタナティブを作りたいから。
 決してインターネットを否定しているわけじゃないです。社会の集合知が数値化されたことは素晴らしい。生活を便利にしてくれる。だから、インターネット上の集合知と、自分や自分の信頼する人たちが発掘してきた情報をバランスよく使いこなせばいいと思うんですよね。これは美学の問題かもしれないけど、僕は多様性のある社会の方がいいなと思うんです。集合知だけだとつまらない。だから雑誌も作るし、「本屋大賞(※2)」もやる。主観を主張するメディアをもう一つの選択として作りたい。

5月に創刊された「LIBERTINES」。広告のクリエイティブディレクターがなぜこの時代に雑誌を?と正直、腑に落ちなかった。けれども嶋氏のインタビューを通じ、今や広告とは編集であり、彼が綿密な計算と分析の末に世に送り出した「鳴り物入り」であることが理解できた。
「雑誌を使って新しいビジネスにチャレンジしようと思っています」。
が、まだ詳細は秘密だとか。彼のような“人財”がいる限り、日本にはまだ、面白い国になれる伸びしろがあると確信した。

※1グーグル(アメリカ)の採用試験 “{First 10-digit prime found in consecutive digits e}.com”
({自然対数の底eの値中の、最初の連続する10桁の素数}.com)この答えの「7427466391.com」にアクセスすると、そのウェブページにはさらに別の問題が用意されている。次々と問題を解き続けると、グーグルの開発部門「Google Labs」が次のようなメッセージを伝える。「Googleの構築を通して我々が学んだことの一つに、自分が何かを探している時、向こうも自分を探している場合の方が見つかりやすいということがある。我々が探しているのは世界最高のエンジニアであり、あなたこそその人なのだ」
※2本屋大賞:2004年に設立された、本屋大賞実行委員会が運営する文学賞。「全国書店員が選んだいちばん!売りたい本」をキャッチコピーとし、全国の書店員によって選ばれた作品の多くが映画化・ドラマ化されるなど話題性が高い。最近では湊かなえ著『告白』(2009年1位)が映画化され大ヒットしている


嶋浩一郎(しま・こういちろう)
博報堂ケトルクリエイティブディレクター。1968年生まれ。上智大学法学部卒、93年博報堂入社。コーポレート・コミュニケーション局で企業のPR、情報戦略に携わる。NPO本屋大賞実行委員会理事。06年博報堂ケトルを設立。最近の仕事に、社長島耕作就任キャンペーン(週刊モーニング×サントリーザ・プレミアム・モルツ)、クイズ鉄道王決定戦(au)、ギャルママ料理応援ケータイサイト「mamaごはん」(味の素×雑誌「ILOVE mama」)など

『LIBERTINES』
嶋氏が菅付雅信氏とともに編集長を務める「LIBERTINES(リバティーンズ)」。2010年5月10日創刊(奇数月発行)。毎号40ページの特集、41ページのレビューなど、充実のコンテンツで展開するカルチャーマガジン。編集部を持たない雑誌としても注目されている

発行人後記
C5H8NNaO4、旨み成分であるグルタミン酸ナトリウムの分子式である。概ね旨いと受け入れられる分子調合でも、元素一つ異なると違和感を覚える絶妙なバランスで構成されている。
「インテグレート」された広告は、人のビヘイビアを先読みするミックススパイスレシピであり、人の五感を刺激する。国、地域、年齢でも「旨み」の基準は異なる。移ろいやすい嗜好性と対峙するには、広告手段の新旧を選別せず、自身の脳内を多様性で埋め尽くすしかない。

加藤紀子

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