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日本・コーン・フェリー・インターナショナル 橘・フクシマ・咲江会長が語る~Jobless Recoveryを生き抜く力~

日本・コーン・フェリー・インターナショナル 橘・フクシマ・咲江会長が語る~Jobless Recoveryを生き抜く力~

08年のリーマン・ショックはエグゼクティブ・サーチ市場にも大きな影響を与えた (Photo:ロイター/アフロ)

金融危機の影響でコンサバティブに

エグゼクティブ・サーチの市場ではこの20年でどのような変化が見られましたか?

大きく二つの波がありました。一つは、95年から00年にかけてのドットコム・バブル。この急速な成長で、弊社も世界的に規模が4倍になりました。00 年にこのバブルが弾けて売上は半減しましたが、再び04年から08年のリーマン・ショック直前にかけて、大きく成長しました。
ただし、これには、大きな違いが二つありました。一つは、伸びた市場が全然違ったこと。コーン・フェリーには世界で89カ所、アジア・パシフィックには 17カ所の拠点がありますが、このうちの4カ所が中国、3カ所がインドです。この中国とインドの売り上げがアジア・パシフィック全体の半分を占めるほど、 急速に伸びました。
二つ目の違いは、世界経済 のインパクトが伝わる速さです。ドットコム・バブルの際、その影響が日本に広がるまでには6カ月ほどかかりました。同時多発テロも相まって徐々に落ち込ん だのに対し、今回のリーマン・ショックの影響は非常に早く、2カ月後には外資系企業を中心にどこもハイヤリング・フリーズ。金融からテクノロジーと続き、 他の業種にもあっという間に影響が浸透しました。ネットによるボーダレス化で、グローバルに経済がつながっているのだということを再認識させられました。

08年のリーマン・ショック以降、現場で顕著な傾向は?

以前なら金融等で報酬が高すぎて市場に出てこなかった人財が市場に出始めたことが挙げられます。このような、優秀な人財が相対的に安価で市場に出やすい状況下において、日本の中小企業が積極的に採用に動いているという傾向も見られます。
一方で、経済が急激に落ち込んだので、私たちが引き抜きたい方の多くはなかなか動いてくれません。昨年は、長い時間を費やしたうえに「今のところでしば らく様子を見ます」と断られるケースがいくつかありました。どこも不況ですから、現職の予算を達成することでさえ容易ではないのに、新会社で達成困難な高 いハードルを設けられることに対しての気後れがあったのでしょう。今年に入り、2~4月にかけて随分と持ち直してきてはいますが、候補者の方々はいまだに コンサバティブになっている気がしますね。

※エグゼクティブ・サーチ:ヘッドハンティングのこと。コーン・フェリーは世界的に高名なエグゼクティブ・サーチ企業であり、「コーン・フェリーから声がかかるのは、一流の人材として市場から認められたこと」と、世界中のエグゼクティブたちに評される

グローバルな視点から見た日本の人財と育成

「企業の資産となる一流の人財」とは、「グローバルな市場で売れる人財のことだ」とおっしゃっていますが、日本で一流と認められた人財がグローバルに売れなかった事例はありますか。

コミュニケーションの問題でマッチしなかったケースです。日本企業のアメリカ支社を立て直した、実力のある、そして英語が大変上手な方がいました。この 方を同業種の外資系企業日本支社トップ候補として紹介しましたが、残念ながらうまくいきませんでした。原因は彼のプレゼンテーションの仕方にありました。 「どうしてあなたはこの会社を再生できたのですか」と聞かれ、まず世界経済から語り始め、国内経済は……と、「タマネギの皮むき方式」で話を進めていった 結果、だから自分は成功したという結論に至った時には、聞いている側は「あれ? 今どこにいるの」という状態に陥ってしまいました。
日本企業の海外赴任者には、実績があり、言葉も堪能な方が大勢いますが、報告業務を社内で日本流にこなしてきた結果、ロジックの転換があまり上手でない 方が少なくありません。グローバルには、自分の実力を相手に理解しやすく表現するためには「結論ファースト」です。なぜ成功したか、理由は3つ……といっ た具合に、相手に分かりやすい説明の仕方をしなければなりません。

今後、労働市場が国際化していく中で、人財の「多様性」とどのようにして向き合っていけばよいのでしょう。

多様な価値観の人たちに、自分の意見を分かりやすく伝えるというのは大きなチャレンジです。私は、これからの日本人には「外柔内剛」が重要だと思っています。 「外柔」とは、多様性への対応力です。そのためには、性差、国籍の違いなど、人にまつわるあらゆる多様性を、その人の個性の一部だと見るようにすればよい と考えています。あの人はドイツ人だから、あの人は女性だから、という十把ひとからげな捉え方では、そこから先の解決策がなくなってしまいます。むしろ、 人間同士1対1の関係で、今回はAさんの「ドイツ人」という個性に訴えてみようとか、Bさんの「女性」という個性に共感を求めようとか、多様性をその人の一部として見るようにすると対応しやすくなると思います。

一方で、「内剛」とは、ハードシップに対するたくましさ、強かさです。
日本人が育んできた資質は、グローバルな場面で求められている資質とは違う点もあります。ただし、この日本的資質が悪いとは思いません。事実、日本の70~80年代の成功は、この資質に起因するところが大きい。しかし、これだけでは不十分です。地道な努力、おもてなしの精神、きめ細やかさ――-残念な がらこれらはうまく使わないと、グローバルな舞台では全くその反対が求められているケースもあります。隣国の中国や韓国は逞しい。彼らとどう戦うか、あるいは対等にやっていくかは、繊細さといった、日本人の本来の資質にプラスアルファで「逞しさ」を身につける必要があります。ジャングルの中でも生き抜けるような逞しさ、強かさ。それが今、弱くなっているなと感じます。

グローバルな視点から捉えた日本の強さはどこにあるのでしょうか。

昨年12月に中国で開催したCEOフォーラムで、中国の経営者たちが口を揃えて言っていたのは、日本から学びたいものは「品質」「安全性」「サービス」である、と。まだこれらの分野では、日本が競争優位を堅持できています。
日本はもはや内需だけでは成り立ちません。必然的に海外で稼ぐしかないわけで、日本のビジネスパーソンも外に出ていかざるを得ない。日本の強みを活かし た海外展開をしていくには、全然価値観の違う相手を説得できる力を持った人財にならなくてはいけません。一番の近道は相手の立場に立って考えること。相手 の立場にエンパシー(empathy=共感、または感情移入)を持つことが不可欠です。

日本企業の人財育成については、どのような変革が求められますか。

最近、日本で36社のトップに対して、グローバルな時代にリーダーに必要な資質についてインタビューしました。皆さん一致して、日本人に限らず、グローバル対応力のある人財を育てていく必要があるという認識でしたね。
しかし残念ながら、多くの日本企業では、グローバルで多様な経験をしてきた人財を活用する仕組みがまだ充分にできていません。08年の経済同友会による新卒採用に関する調査でも、74.5%の企業が「採用に海外経験は関係ない」と答えています。
中国や韓国からは、ハーバードやスタンフォードなど欧米の一流校を目指す学生が増え続けています。一方、日本人は出願者、合格者ともに減少傾向です。
グローバルに通用する人財育成に関しては、日本は隣国に比べて10年分の差をつけられています。この厳しい現実を直視し、今後5年以内には新たな方向性を見出さなくてはなりません。
内外問わず優秀な人財を引き留めておくには、まず本社をグローバル化することが必要です。例えばローソンのように、ダイバーシティ(多様性の尊重)の一 環として、外国人留学生の採用を本格化するなど、様々な価値観をもった人材と意見を交わし合うことで、新しいビジネスの可能性を模索する試みが一層求められるでしょう。

技術を活かし、サービスを尽くし、どんなにいいものを生み出しても、ハードシップのあるところに行かなければ新たな商機は得られない。ボーダレス時代だからこそ、限られたパイは瞬く間に奪い取られる。内需だけでは生き残れない母国の厳しい現実をBUAISO世代が再認識し、草食系な若者たちに、自ら逞しい背中を見せるべき時である。それは使命と言っても過言ではないくらい、この国の命運がかかっている。


橘・フクシマ・咲江(タチバナ・フクシマ・サキエ)
清泉女子大学文学部英文科卒業、国際基督教大学大学院日本語教授法研究課程修了、ハーバード大学大学院教育学修士課程修了、スタンフォード大学大学院経営 修士課程修了。ハーバード大学東アジア言語学科日本語教師、ブラックストン・インターナショナル、ベイン・アンド・カンパニーを経て、1991年日本コー ン・フェリー・インターナショナル入社。1995年米国本社取締役選出、2000年より日本コーン・フェリー・インターナショナル株式会社代表取締役社 長、2009年より同社代表取締役会長。(株)ベネッセ、ソニー(株)及び(株)ブリヂストン社外取締役、経済同友会幹事。2008年1月、ビジネス ウィーク誌において「世界で最も影響力のあるヘッドハンター・トップ50人」に唯一の日本人として選ばれた。著書多数

発行人後記
フィリピン・マニラ、スラム街を抜け出すには、発想力とはったり的交渉力が必要。中国・北京、ITの中心地中関村、未来予想図の大風呂敷を広げ、公・民 の人脈を駆使し、ファイナンスの確約後に後付けで技術スキルの高い人材を集める。世界のハイテク工場台湾、メイドインジャパンの優れたハード設計図とソフ トウェアを「参考に」カイゼンを重ねる。私が開発経済学を専攻していた頃、ほんの10数年前のアジアで見聞したものである。その勃興するゲンバに日本人の 姿はほとんどなく、成長の秘策は教科書で学ぶ経済数式からほど遠い。
「外柔内剛」、国内経済が外需に依存する以上、この先の必須素養となりそうだ。グローバル化とは冷暖房の効いた部屋で英語を話すことではない。「空気を読める」日本人の特殊能力と、徒手空拳でも生き抜く決意、その二つがあれば五大陸どこでも戦える。

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