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美しい地球を次世代へ世界に発信するKYOTOのDNA 華道末生流笹岡次期家元 笹岡隆甫

美しい地球を次世代へ世界に発信するKYOTOのDNA 華道末生流笹岡次期家元 笹岡隆甫

笹岡隆甫(ささおか・りゅうほ)

古都・京都で受け継がれた長い歴史のバトン

2005年2月16日に発効された京都議定書。その舞台となった古都・京都は、川、山と、四季折々の自然に恵ま れ、1200年にわたる古き良き歴史を大切に受け継いできた街である。この街では、伝統を重んじる中で、環境意識の高い気質が育まれてきた。京都市には、地球温暖化対策室が設けられ、環境モデル都市として、車優先から公共交通優先への転換、伝統的建築を活かした環境負荷の少ない建物や街づくり、「打ち水」 「しまつの心」「門掃き」など伝統的な知恵を活かし、季節感を大切にする「京都流ライフスタイル」を積極的に推進している。
とは言うものの、地球全体で進行する温暖化の影響は、如実に京都の人々の心にも影を落としている。例えば紅葉。長い夏、暖かい冬では、綺麗に色づかない。清少納言や川端康成が愛した雪景色も、もう見られなくなるかもしれない。
四季の移ろいの中で生まれてきたといっても過言ではない日本の伝統文化が、このままでは存亡の危機に陥る――美意識の高い街だからこそ、募る危機感。そこで立ち上がったのが、BUAISO世代の、伝統文化の若き後継者たちだ。長い歴史のバトンを受け継ぎ、その伝統を今、一身に担う彼らが共有する問題意識とは。

密接に関係する四季と文化

DO YOU KYOTO? ネットワークの結成を呼びかけた笹岡氏は語る。
「季節と日本文化は切っても切れない関係です。四季が失われると、昔の古典というのも現代に活きてこない。現在進んでいる環境の変化はすごく寂しいものだと感じています。
生け花では、正月の松から始まり、梅、桃、桜、杜若と床の間の設えを変えて楽しみます。茶道も同じく、季節に合わせてお道具からすべて設えを変えることこそが美学であり、教えです。着物もそうですね。極端に言えば、夏が長くなってしまうと1年の大半を浴衣だけで過ごすことになってしまいます。
このように、季節の移ろいを大切にするのは、生け花に特化した話ではありません。季節を感じて設えを変え、変えられた設えから静かに季節を感じる。そこ に日本文化の神髄があると思うのです。日本人が昔から大切にしてきた四季を重んじる気持ち、それを表している日本文化の良さに気付いてもらうことで、京都の人々にとどまらず、日本中、世界中の人々が環境問題について考えるきっかけを作りたいと思いました」。

日本文化=「人生を美しくするヒント」

同ネットワークの世話人も務める笹岡氏は1974年生まれ。幼少期より家元である祖父・笹岡勲甫の下で研鑽を積む。格式の高い名家の子息が選ばれる京都祇園祭の稚児役を経験するなど、選ばれし血統でありながら、その立場に甘んじないひたむきさが彼の大きな魅力である。
その姿勢は、祖父より受け継いだ生け花の教えにある、と笹岡氏は言う。
「3歳から家元である祖父の下で生け花を始めたのですが、最初に祖父から教えられたことは『花をうつむけたらあかん』でした。花には顔があり、その顔を上に向けるだけで、魔法がかかったように美しくなる、と。これは単なる生け花のテクニックだけではなく、生き方にもつながるんですね。人間も、背筋を伸ばし、少し視線を上げることで、前向きに生きられる。生け花には、我々の人生を美しくするヒントがたくさん込められています」。

この教えを、笹岡氏は自分の人生に根付かせてきた。自身の可能性を広げるべく、京都大学工学部で建築を学び、大学院修士課程を修了。江戸時代からの伝統を確かに受け継ぎながら、それに固執することなく、自らが生きる現代の風向きを読む。その力は、生まれながらの感性だけではなく、彼が常に視線を上げ、広い視野で学び続けてきた努力の賜物であろう。
「生け花パフォーマンス」は、彼が開拓した新境地である。伝統文化である生け花の新たな可能性として、作品が生け上がっていく過程を舞台芸術として楽しんでもらおうと考案した独自のデモンストレーションだ。メキシコ外務省迎賓館、パリのユネスコ本部、グアテマラ国家宮殿、青蓮院門跡、東寺など、国内外各地で好評を博している。さらには、クラシック、邦楽、能、狂言、歌舞伎などの舞台とのコラボレーションにも積極的に挑戦し、異境地での生け花の可能性を追求している。
DO YOU KYOTO? ネットワークの活動に際しても、「生け花パフォーマンス」で培われた経験を活かし、多様な分野を織り交ぜた演出でメッセージ力を高め、人々の心を惹き付ける。

『緑陰』漂白したしだれ桑にスマイラックスを絡めて、涼やかに。江戸時代の古典の型におさめた最高位の花「杜若(かきつばた)」を添えて。古代の日本や中国で最上位の色とされる「紫」を持つ杜若は、未生流笹岡の流花である

「まずは個人の意識改革を」

ネットワーク発足後、初めてのイベントとなった「DNA KYOTO」が、2月10日~16日まで、京都髙島屋にて開催された。京都在住の画家、木村英輝氏によるダイナミックな舞台絵を背景に、特設ステージにお いて日本の伝統美が詰まったパフォーマンスが繰り広げられた。KYOTOというDNAでつながった若き文化人たちによる、何とも贅沢なコラボレーション。 感性に迫る、静かで熱いメッセージは、連日会場に詰めかけた人々の心を打った。
まずは個人の意識改革を、と笹岡氏。もちろん、資本主義社会ゆえ、次々とモノが売れ、使われることで経済が回っている。だから綺麗ごとで理想を突き詰めるだけではうまくいかない。ポスト京都議定書を巡る混沌とした現状を見ても、この問題の難しさは計り知れない。けれども、一人ひとりの意識が変わることで、国や世界だって動かすことができるはず、と笹岡氏は期待する。
「漆工芸作家は『ホンモノの器は、何度も塗り直せる』と言います。本来、日本人はこういう暮らし方をしてきたはず。この意識を忘れつつあるのではないでしょうか」。
山紫水明の京都に住み、その文化を織りなすことを生業としている自分たちだからこそできることがあるはず。今こそ、京都人が昔から実践してきた文化を再発信すべき時だ、と。

『春の音』放射状に広がるチューリップの姿は、太陽に向かって伸び上がる力強さを表現して。足もとにモンステラの葉を添えて、全体を引き締める

「発信」する京都へ

昨今、モノづくりの現場では、熟練工の後継者不足が懸念されるなど技術力の衰退が問題視されているが、京都では、歴史によって研ぎ澄まされた審美眼を備え、日本の伝統文化が着実に受け継がれている。今の時代にも、京都にはこんなにスマートでかっこいい BUAISO世代の文化人が、笹岡氏をはじめ、数多く活躍している。けれども残念なことに、京都の外にいると、意外とその活動は見えてこない。
「これまで、京都は『ここに京都があれば良い』という考えで、自発的には発信してこなかったように思います。京都の人は、皆が気付いてくれたらそれでいいと思っている。あえて説明しないことが、京都人の美学なのかもしれません」。
でもこれからの時代、皆に気付いてほしいと待っているだけでは足りないと思う――と笹岡氏。伝統文化の良さ、それが日本の誇りたり得ることを発信するのは我々の世代の役目だと強調する。DO YOU KYOTO? ネットワークの活動を通じて、世界に誇れる「KYOTO」というDNAが、世界に向けて発信されていくことを期待したい。

巷に漂う閉塞感–これを 前向きな表現に換えれば、この国は成熟のステージを迎えようとしている、と言ってもいいだろう。GDPという指標だけでは語り尽くせない、国家としての豊かさを改めて問い直す時、我々には脈々と受け継がれてきた伝統と文化があることに気付く。京都の文化人による地球温暖化防止の活動は、一見すると非常に概念的で理解しがたい。けれどもこの理解の難しさ、説教臭さがどこにもないのが、KYOTOの美学なのである。
ホンモノを知り尽くす彼らのメッセージを、こんな時代だからこそホンモノを求め始めたBUAISO世代の同志と共有したい。
従来の指標で、追い上げられることだけが行く道ではない。ホンモノの豊かさに気付き、思いを一つにすれば、新しい指標の、価値ある時代を創り上げることができるのではないだろうか。


笹岡隆甫(ささおか・りゅうほ)
華道「未生流笹岡」次期家元。1974年京都生まれ。1999年京都大学工学部大学院修士課程(建築専攻)修了。 『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)をはじめとした人気TV番組でのスタジオ飾花のほか、「カルティエ宝飾デザイン展」(京都・醍醐寺)、愛知万博、 LEXUSオープニング記念イベント(京都・常照寺)などのイベント飾花を手掛ける。歌舞伎役者:中村福助らとのコラボレーションによる「いけばなパ フォーマンス」を実現するなど、伝統文化の新たな境地を開拓、いけばなの普及・推進に努める

発行人後記
「継承者」、男性であれば一度は憧れた、なぜか強くなった気がするマジックワードである。しかし、弛まぬ美意識の 鍛錬の賜物であるとすれば、継承はたやすいことではない。季節というものは日本人には感性の脊髄である。環境立国という未だ実感のない言葉に踊らされず、 等身大で発信する姿は、季節の継承者の名にふさわしい。
京都は過去の遺産だけで輝いているわけではない。内向きの引力を外向きの遠心力にスイングバイできることはアート・建築・人・ハイテク企業いずれの分野でも証明されている。流行を時間軸で積分した結果が優れた伝統だとすると、京都は常に新しく、最先端なのである。

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