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東京大学副学長 小島憲道副学長が語る「新しい東大」

ポスドク(博士号取得後定職に就けない人々)を初等、中等教育の現場に、と話す小島副学長。「学問の真の面白さを彼らが一番よく知っている。彼らを活かしきれないのは日本社会の大きな損失です。教えながら教員免許を取得できるような柔軟な仕組みを作るべきではないでしょうか」

国立大学、中でも最高学府と称されてきた東京大学が、全国の高校生へ受験を促す働きかけをしているとは、BUAISO世代には想像しがたいだろう。いつからこういった取り組みが始まったのだろうか。小島憲道副学長が語る。
「平成16年の独立行政法人化がきっかけです。それまで国立大学は文部省の管轄下で横並び、いわゆる護送船団方式でした。ところが法人化に伴い、それぞれの大学は自分の足で立っていかなければならなくなりました。具体的には国家予算の削減です。国は毎年1%の予算を削減します。東大でいうと約2300億円 という予算の1%ですから約23億円。10年も経つと相当な金額になります。いくつかの大学は実際に潰れてしまうのではないかといわれています。非常に大規模なコスト削減を課せられているのです。
このような逆風下で、教育および研究の質を落とすことなく大学の経営を続けていくことが大きな課題となりました。削られた予算のために質が落ちることがあってはならない。となると、寄付金を多く集めなければなりません。そのためには、いかに潜在力のある学生を獲得し、質の高い教育を行い、社会に役立つ優秀な人材を送り出すかということに一層真剣に取り組み、社会にアピールしていくことが不可欠なのです」。

東京大学 学生の家庭の所在地東大に吹き付ける逆風は予算の削減だけではない。少子高齢化が進む中、大学の受験者数が、第二次ベビーブーム世代比で半減しているという。一方で、東大に入学する学生数は3000人強と、ほとんど変わっていない。つまり母集団である18歳人口が減っていく中で、一人でも多く優秀な学生を獲得することは、東大の生命線に関わると言っても過言ではないだろう。
この取り組みの一貫として、東大が主催する主要大学説明会をはじめ、女子高校生向けに特化したユニークな説明会なども行われている。説明会では、各分野の最先端で活躍する教授陣が研究の面白さ、その社会的意義について語るほか、現役の東大生による受験に向けての勉強法や学生生活の話など、至れり尽くせりである。この結果、地方でも受験生のモチベーションは高まり、受験者および合格者数の増加につながっているという。従来、関東圏に偏りがちであった入学者が、北海道、近畿、中国、四国、九州とトータルで数%増えており、女子学生の数も今や20%に迫ろうとしている。
「人間の潜在能力は、出身地や性差によって差があるとは思わない」――小島副学長は強調する。地方出身者や女子学生の増加による学生の多様化は、お互いの異を認め合い、尊重しあう中で、偏差値至上主義から解放し、自己を見つめる一助となり得ると小島副学長は期待する。

本郷キャンパスを象徴する建造物「東京大学大講堂(安田講堂)」

グローバル化に向けて

一方、「これで東大は国内で一人勝ち」などと甘んじてはいられない、と小島副学長の表情は引き締まる。お隣の韓国、中国では、親が血眼になって欧米のトップクラスの大学に進学させようと躍起になり、その過熱ぶりは国家問題に発展しているほどだ。今、日本でも同じよ うな現象がじわりと広がりつつある。このような「若き頭脳の空洞化」を東大はどう受け止めているのか。 「優秀な日本の学生が日本で勉強しなければならないという内向きな考えに囚われる必要はないと思います。グローバル化した世界の中で、私はこれは自然な流れだと受け取っています。むしろ、大学も世界を見ないといけない。優秀な学生を、日本だけではなく世界から取り入れなければなりません」。

安田講堂とともに本郷キャンパスの象徴である赤門。社会や教育環境の移ろいに伴い、最高学府と称される東大も多様化やグローバル化などの変化を遂げようとしている

現在、東大では大学院を含めると97カ国から訪れている約2500人の留学生が学んでいる。大学院では多くの分野で国際的にも評価が高く、研究室では英語が飛び交い、グローバル化しているという。一方で、グローバル対応の遅れが懸念されてきた学部レベルにおいても、平成23年10月から教養学部に国際教養コースを新設。発展途上国を含めた国々から優秀な学生を取り入れて、徹底して英語で授業を行う。ユニークなのは、日本アジア研究や、日本が得意とするエネルギー、環境といった専門的な知識だけでなく、英語で日本語と日本学(歴史や文化)を教える点だ。外国人学生が将来、日本との架け橋となるための礎を目指すという。
「日本の企業もBRICsといった新興国に対して大きな関心を持っています。ここで学ぶ学生たちは、日本が将来に向けて撒くべき種だと考えています」。

このコースは主に留学生を対象としているが、他学部生も聴講でき、単位も認定される。日本人学生が新たな多様性に触れる貴重な機会となる。
もちろん、日本人学生と留学生の交流があってこその多様化である。東大は両者の接点作りにも気を配る。キャンパス内で「アフリカ月間」「アジア月間」などと称し、その地域の国々から来ている留学生が英語でプレゼンテーションを行う機会を設ける。その後、フリーディスカッションの時間を取り、言語や文化の違いだけでなく、その国が抱える問題等についてもフランクに話し合うことで相互理解を深めていく。また、学生寮での共同生活を通じた国際交流を実現する。8人の学生を1グループとし、ベッドと勉強机が備えられた自室以外の設備は共同利用とする。自室には共同空間を通らないと入れない間取りとし、緩やかな共同生活の中で学年や国境を越えた絆を育む仕掛けだ。
「この寮のコンセプトに共鳴し、ぜひ応援したいと、財界や同窓会から支援の声が高まっています」。
日本人学生に対する国際教育にも力を入れている。特に理系分野において、一流の研究が世界に認められるには、英語でのサイエンスライティングやプレゼンテーション能力が必須であることから、理系の学生全員に対して、少人数グループで熟練のネイティブ講師が念入りに指導するという取り組みも始まった。日本から世界一流の頭脳を輩出すべく、地道で質実な取り組みが積み上げられつつある。

東大が目指す人材育成とは

社会で役立つ人材の輩出が実現できてこそ、社会からの協賛が得られる。学士(大学4年間)課程で何を修めさせるべきか。東大は専門性、幅広い教養を身につけることこそが最も重要であると説く。日本の国立大学で唯一、今でも1、2年次に教養課程を有する所以である。 少子化の中で、日本の大学は生き残りをかけ、受験者の獲得のために入試科目数を減らす一方だが、 「若い時に、すべての分野の知識を身につけてほしい。無から有は生まれません。豊かな発想というのは、若い時に身につけた知識が種となって花開きます。子供はどこまでも伸びます。だからこそ、どの分野にも進める素地を持てるのです」。
詰め込みは悪ではない――と小島副学長は喝破する。若い頃から子供に自由選択を与えてしまうのは良くないのではないか。理系志向であっても哲学や地理、歴史を学び、文系であっても数学や理科をきちんと学ぶこと。これは将来必ずプラスになるのだ、と。
「どんな一流企業でも、今の時代、明日どうなるかわかりません。これからの時代を生き抜くためには、深い専門知識と同時に、幅広い、横断的な問題解決型の能力が求められています。そして、これからの若者が身につけるべき『教養』とは、一つの個に閉じた自己沈潜型のものではないと思います。色々な異分野や異文化との接触を通じ、会社でいえば新しい発想で舵を取っていく時に、一人の人材の教養が組織全体のレベルアップにつながるような、そんな教養を社会が求めているような気がします。このためには討議力、そして、色々なものを俯瞰し、取り込めるポジティブさが必要です。特に日本人は、一つの課題しか取り組 まないタイプがまだまだ多い。でもこれでは企業がもうもたなくなってきているのです」。
地方、女子、留学生という「多様性」が触媒となり、真の教養を兼ね備えた人材を生み出せるか。

東大の「時代」と「方向性」

取っ掛かりは法人化による予算削減という要因だったのかもしれないが、東大の門戸は、以前に増して社会に大きく開かれることになった。これを世間では、寄付目的の社会への迎合、と受け止める向きもある。けれども改めて自らに与えられた使命を確かめ、果たそうと動き出したその方向性は、しっかりと未来を見据えていた。国家を担うべき人材の育成に対する問題意識とフィロソフィーは明確なものだった。肩書を得るための場所ではない。これからの日本をどうするのか。日本経済をつかさどる多くの企業経営者が、東大の人材育成に多大な期待を寄せる。だからこそ協賛する。日本の教育を長いスパンで見通す、ラストリゾートたる東大に社会全体が期待し、意見し、ともに創り上げていく時代に入ったといえるのではないだろうか。


発行人後記
日本が「島国」であった頃、競走はその中で完結していた。島国で最高学府であれば、なにも問題はなかった。 1990年代半ばから、人・物・情報が容易にボーダーを超え、加速度的に世界がうねりだしてはじめて、外来(種)を意識しなければならなくなった。「顧客」である学生に至れり尽くせりの姿勢は隔世の感がある。東大のチェンジは知識、創造性、協調性、多様性を期待する社会に「選ばれし者」を供給できるの か。モラトリアムと称した時代に戻らないことを期待したい。

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