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スパコンが紡ぐ科学技術創造立国(ニッポン)の未来――独立行政法人理化学研究所 平尾公彦氏インタビュー
事業仕分けで「世界一不要論」が突き付けられた次世代スーパーコンピュータ(以下スパコン)。ノーベル化学賞受賞者の野依良治氏が、「(スパコンなしで)科学技術創造立国はあり得ない」と警鐘を鳴らすなど、日本中を議論の渦に巻き込んだ、注目の国家プロジェクトである。目標性能10ペタを表す万進法の単位から「京(けい)」と名付けられたこのスパコンは、予算削減という苦難に対峙しながらも、世界最高レベルの性能には大きな期待が寄せられる。2012年11月の共用開始に向けて着々と準備が進むこのプロジェクトについて、独立行政法人理化学研究所 計算科学研究機構 機構長 平尾公彦氏に話を聞いた。

計算科学研究機構(AICS)の外観。写真提供:(独)理化学研究所
「スパコン」とは何か
実は、「スパコン」の定義は曖昧である。コンピュータの進歩は速く、10年で数十倍以上のペースで向上しているため、スパコンはすぐにスパコンでなくなってしまうからだ。我々が今、日常的に使用するパソコンも、ついこの間までは「スパコン」と呼ばれていた。
メインフレームと呼ばれた汎用コンピュータの時代には、世界のシェアの7割を占めたIBMが不動の王者と見なされた。しかし、ウィンドウズとインテルの登場で市場は完全に塗り替えられた。ユーザーも大学や研究機関、企業から、個人へと一気に裾野が広がった。重厚に格納されていた巨大なマシンの群れは、半世紀も経たぬうちに、軽くて薄い、ポータブルサイズになった。
スパコンは、科学技術の進歩に伴い、計算に対する要求が増し、より速いコンピュータへの要望に応えるべく開発され続けている。現在の最先端のスパコンの性能は、10年後には企業が日常的に使うコンピュータの性能となっているだろう。
なぜスパコンが必要なのか
では、なぜ、日本が世界トップレベルのスパコンの開発に国策として取り組まなければならないのか。納税者であるにもかかわらず、咀嚼できている国民は少数派だろう。
事業仕分けを通じて国民への説明責任を改めて痛感したという平尾氏は、スパコンの重要性について次のように説く。
「スパコンはあらゆる科学技術の基盤技術です。どの分野においてもスパコンを使う『シミュレーション』を利用しなければ次の発展はない、と言い切れるでしょう。
例えば自動車。一つの車種を世に送り出す前に、衝突実験などをはじめとして100台くらいの実車を使って、ありとあらゆる実験を繰り返しています。ところがより高度なシミュレーションが実現すれば、実験を減らし、開発期間を大幅に短縮することができます。 原子力発電にいたっては、人間は中に入れません。だからこそシミュレーションが活躍します。私たちの手が届かないところでも、シミュレーションを通じて実験に相当するデータを取得できるのです。
身近な医療分野では、臓器がシミュレーションによって細部にまで解明され、簡単な検査で正確に患部を突き止めることが実用化に近いレベルになっています。例えばたった1拍の心拍で、その人の心臓のどこに問題があるか、手術でどうカットすべきか、コンピュータが解明する時代が、もうそこまで来ているのです」。
「京」は、アプリケーションの活用を重んじた共用型である。文部科学省による、社会的・国家的見地から取り組むべき分野・課題について戦略的、重点的に研究を推進するための「戦略プログラム」のほか、平尾氏は「京」の産業利用を促進させたいと意気込む。
「日本は他国に比べて産業利用という点で見劣りしています。企業の中に経営者を含め、計算機科学の重要性がまだあまり認知されていないからです。日本には、大企業だけではなく、世界的に突出した優れた技術を持つ中堅企業がたくさんあります。こういった規模の企業にも積極的にスパコンを利用してもらうことで、新たな成長の源泉になればと考えています」。

平尾公彦(ひらお・きみひこ) 独立行政法人理化学研究所 計算科学研究機構 機構長。 1974年、京都大学大学院工学研究科燃料化学専攻博士課程修了(工学博士)。1988年、名古屋大学教養部教授、1993年、東京大学工学部工業化学科教授、2004年東京大学工学系研究科長、工学部長。2007年に東京大学副学長就任後、(2008年~理事・副学長)2009年理化学研究所 計算科学研究機構設立準備室長を経て2010年7月より現職。専攻は理論化学、計算化学
人材の不足、技術の流出
ところが、ボトルネックは「人材」である。
「日本に(スパコンを駆使できる)人材が不足しているのは事実です。育成も重要な課題ではありますが、2012年の稼働開始には到底、間に合いません」。
平尾氏は、「ポスドク(※)とビジネス現場のマッチング」が不可欠だと強調する。
「日本の企業が彼らの終身雇用に躊躇するのは、コストが大きいからでしょう。しかし、数年というオーダーで費用を持ってもらうということなら実現できるのではないでしょうか。欧米では広く行われているプロジェクトベースの雇用です。今の日本では、大学でのポスト減少などにより、科学技術分野で非常に優秀な人材の多くが活躍しきれていません。ポスドクの若い頭脳がビジネスで活かされれば、産学ともに活気づくはずです」。
また、日本で培われた先端技術の海外流出に、強い懸念を示す。
「日本でコンピュータサイエンスに携わってきた技術者たちが、企業の予算縮小や事業撤退に伴う配置転換などを機に、海外へ流出しています。日本で活躍する場がないから、海外へ行かざるを得ないのです。人が移動するということは、当然、技術も流出します。
『京』のライバルであるアメリカのスパコン開発にも多くの日本人技術者が関わっています。最近では中国への流出も聞かれます。大変ゆゆしき問題です」。
平尾氏は、「京」の稼働を前に、約200名にのぼる計算機、シミュレーション、アプリケーションの各分野の専門家を神戸に集め、新たな学問領域の集積地を目指している。すべての分野を網羅した人材を育成するのは、大学単体ではもはや不可能だという。
「一つの大学では達成できない人材育成を神戸で。これは国としての使命です」。
日本に人材がいなければ、世界最強のスパコンも無用の長物となりかねない。平尾氏は強い危機感を示す。
※ポスドク:Post-Doctoral Fellow の略。Ph.Dを取得しても、常勤研究職または教育職に就くことができず、非常勤職員として雇用される。全国に1万人以上いると言われている
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