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至高の音色を響かせる 瀬戸内の町 牛窓(うしまど)

至高の音色を響かせる 瀬戸内の町 牛窓(うしまど)

「日本のエーゲ海」と称される岡山・牛窓にある築100年の米蔵が、 昨年「牛窓シーサイドホール」として生まれ変わった。 他に類を見ない美しい響きを醸し出す空間が、プロの演奏家たちを魅了している。
牛窓地図

オリーブ園からの絶景と
万葉集

 岡山県南東部、瀬戸内海に面した牛窓町。瀬戸内の海の幸に恵まれ、マッシュルーム生産量で日本一を誇るなど、漁業と農業が盛んな町であり、眺望の美しさから「日本のエーゲ海」と称される観光の町でもある。
 かつて造船業で栄えた牛窓は、100年前まで岡山第二位の人口を抱える大都市だった。現在、造船所だった場所にはホテルが建ち、海岸線にヨットハーバーが点在し、穏やかな海上にはいつもクルーザーやヨットが浮かぶ。広大な斜面にはオリーブ園が広がり、その丘の上は、瀬戸内の島々から遠く四国までの絶景を望む、最高のビューポイントだ。その脇に立つ万葉集の歌を刻んだ石碑が、長い歴史をもつ牛窓を物語る。

上り船 東風吹く風を過すとて
よを牛窓に泊りてぞ経る 曾彌好忠

<span>建物</span> 樹木に覆われ心地よい風が流れる牛窓神社。趣ある本殿は1812年に再建された。市の重要文化財に指定されている <span>置物</span> もともとは干支の縁起物として作られたという人気の置物

建物:樹木に覆われ心地よい風が流れる牛窓神社。趣ある本殿は1812年に再建された。市の重要文化財に指定されている 置物:もともとは干支の縁起物として作られたという人気の置物

400種超の樹木に覆われた
牛窓神社

 牛窓海水浴場の北側にある365段の石段を上ると牛窓神社がある。石段の途中には展望台があり、オリーブ園同様、見渡す限りの美しい瀬戸内の景色を満喫することができる。石段の両脇には400種以上もの樹木が生い茂り、心落ち着く緑の香りが漂う。境内の奥に市の重要文化財に指定された堂々とした本殿がある。創建の年代は不詳だが、現在の建物は1812年の再建によるものだ。お札やお守りが並ぶ授与所に、オリーブの刺しゅうをあしらったお守りがあった。また、もともと干支の置物として作られ、評判を呼んで毎年置かれているというかわいらしい牛の置物も並んでいた。神様には失礼かもしれないが、牛窓土産としても楽しい。境内では話好きな宮司が頻繁に参拝者に声を掛け、話に花が咲いていた。

シーサイドホールに入ると迫力ある天井に圧倒される。木材屋がこだわり抜いて建築したという屋敷だけに、米蔵の天井にも良質な木材が惜しみなく使用されている

シーサイドホールに入ると迫力ある天井に圧倒される。木材屋がこだわり抜いて建築したという屋敷だけに、米蔵の天井にも良質な木材が惜しみなく使用されている

「木材屋の意地で建てた」
質実剛健な大邸宅

 造船業向けの木材業で成功し、大地主でもあった東服部家が今から100年前に「木材屋の意地で建てた」(東服部家の現当主 服部弘平氏)大邸宅が、現在の東服部家の建物である。「地元の木材を選び抜いたようです。質が良く、丈夫で、しかし華美ではない。入手困難な非常に長い一枚板をお客様の目に届かない鴨居や上がり框に使用したり、座敷にはごく普通の柱を、しかし2階の奥の部屋に最も高価な床柱を使用したりと、強いこだわりが感じられます」。確かに木材をふんだんに使用した質実剛健な建物である。そして、カメラに収まりきらないほど広大な敷地、大人の背丈の2倍はありそうな巨大な石灯籠がごろごろと置かれた庭園、厚さ20㎝以上はある鋼鉄の扉を持つ大銀行のような金庫室など、随所でスケールの大きさに圧倒される。

日本に5台しか存在しない希少なニューヨーク・スタインウェイのコンサートグランドピアノ。キラキラと輝くように美しい独特の音を奏でる

日本に5台しか存在しない希少なニューヨーク・スタインウェイのコンサートグランドピアノ。キラキラと輝くように美しい独特の音を奏でる

カーネギーホールと同型の
ニューヨーク・スタインウェイ

 東服部家の敷地内にあった米蔵が「牛窓シーサイドホール」として生まれ変わったのは2010年。中に入るとまるで本願寺のごとく太い梁が貫かれた迫力ある木の天井は圧巻だ。白い米蔵の壁を生かした木のぬくもり溢れるホールは、音の響きが素晴らしいとプロの演奏家たちが惚れ込む。
 美しい板張りのステージ上に、服部氏が惚れ込んで入手したニューヨーク・スタインウェイ社製造のコンサートグランドピアノ(型番D‐274)が置かれている。黒い表面を刷毛で仕上げたような「シルク仕上げ」塗装が美しく、品格が漂う。
 1853年にニューヨークで設立されたスタインウェイ&サンズ社製造のピアノは最高級として知られる。中でも伝統的方法で製造されるニューヨーク社製は大変希少で国内に5台しか存在しない。特別に弾かせてもらった。高音の透き通った音が、キラキラと宝石がこぼれ落ちるように美しく響き渡る。ピアノ好きなある女優が特にお気に入りだと語った「キラッと輝くように、高音がきれいにクリアに透き通る音、女性らしい、かわいい音」だ。米蔵の独特の音響効果により一層美しい音色となる。サイズは155㎝から274㎝まで7種、大空間に響き渡る音を奏でる全長274㎝のモデルが最高級のD-274であり、ニューヨークのカーネギーホールに設置されているピアノと同型だ。ちなみに購入費用は2000万円を超える。「維持管理の手間と費用が予想以上でした」と服部氏は笑いながら語る。ホールの目の前は海だ。高温多湿を嫌うピアノをプロの手で徹底管理している。この貴重なピアノを地域の人だけでなく多くの人に聴いてもらおうと、服部氏は毎月演奏家を招き、入場料1000円でマンスリーコンサートを開催している。大ホール向けの豊かな響きを150人で独占する贅沢。バイオリンなどの楽器もボーカルも、その響きは素晴らしく、聴く人も演奏する人も魅了する空間として多くの人に親しまれている。

「観光には5つの要素=人間の五感、目・耳・舌・鼻・皮膚の感覚に起因する要素があると思います。私は牛窓シーサイドホールで人々の聴覚に訴え、牛窓の良さを世界中に発信したいのです」(服部氏)。
 オリーブ園からの絶景、夕日を眺めながら風に吹かれるヨットセーリング、フルーティーな極上オリーブオイル、味の濃い肉厚マッシュルーム、豊富な海の幸、そして「牛窓シーサイドホール」でのコンサート……。牛窓を訪ねる理由となる「五感」は揃ったようだ。


文:羽田祥子(編集部)

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