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6/レンズ越しの世界

生きていくのに最低限必要なものと、カメラとフィルムだけを持ち、人生の旅に出る――。

6/レンズ越しの世界

コーランに揺られながら、ラマダンに思うこと。

 一日5回と定められた礼拝の度に、街にはコーランが響き渡っている。僕は、いつの間にかそれを子守唄か何かのようにとても居心地の良いものとして聞いていた。夕方になれば、何処からかコーランは流れ、黄昏の街中に漂う。経文に導かれるように、信者たちは礼拝の準備をせっせと始める。今でも、寺院で心を静かにして祈りを捧げる人々の姿がありありと目に浮かぶ――。

 7月から始めた1カ月のこの度は、実はイスラム暦のラマダン(断食月)に当たるという事をインドネシアに着いて2日後に知った。この戒律は、空に日が昇っている間中、一切の飲食と喫煙が禁止されている。この際、折角だからと僕も断食を試みた。結果は、二度やってどちらも失敗。一度目は、飲水も喫煙も禁止されている事を知らずに、一日中、水を浴びるように飲み、煙草も躊躇いもなく吸っていたために全く問題外だった。それらのルールを知って挑んだ二度目も、酷暑の中で水分補給が出来ないことに我慢できず、午後5時に水を口につけ敢えなく失意の中に撃沈した。

 僕は彼らに聞いてみた。喫煙はまだしも一切の飲食が禁止されて辛くはないのか、と。すると、「いつものことだからね」と誰もが口を揃えて笑った。ラマダンは、イスラム教徒ではない人間には苦行のように思われるかもしれないが、彼らにしてみれば単なる生活の一部なのかもしれない。「強い」と思った。世界が真夏の太陽を浴びた大地のように干上がっても、あるいは人類が地球を見放して、微かな期待を寄せて月に向かったとしても、何事もなく生きていられるのは彼らだと思った。彼らは飲食の有難みを身を以て知っている。だからこそ、知らずにラマダンへと迷い込んだ僕のような腹を空かせた旅行者に、自身はさておき無償の昼食を作ってくれるのだ。そして、1カ月の断食がようやく解かれようとする時、彼らは大輪の花が咲いたような笑顔を浮かべ、歓喜に沸いて、盛大な宴をあげては朝まで夜通し唄うのだ。


花村謙太朗/Kentaro HANAMURA

昭和59年3月4日生。愛知県出身、東京都在住。旅で写真を撮り始めたことを機に、フォトグラファーを志す。ポートレート写真家・山岸伸氏に師事し、2011年6月に独立。人物、風景を主な被写体とし、活躍の幅は広告、雑誌、WEBなど多岐に渡る。

 

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