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文明と歴史が織りなした文化性溢れる街 イラン

文明と歴史が織りなした文化性溢れる街 イラン

上 量り売りで売られるドライフルーツや木の実。売り場のお兄さんはとても親切で、どんなものも好きなだけ試食させてくれる 下 テヘランの街の様子。ちなみにイランでのタクシーは相乗り方式。行き先をドライバーに聞き、方向が一致すれば乗車、しなければ他のタクシーを待つ。見ず知らずの他人とシェアし、乗った分だけのお金を払って下車。あまりの違いに日本人の私たちには慣れるのは簡単ではないかもしれない

量り売りで売られるドライフルーツや木の実。売り場のお兄さんはとても親切で、どんなものも好きなだけ試食させてくれる テヘランの街の様子。ちなみにイランでのタクシーは相乗り方式。行き先をドライバーに聞き、方向が一致すれば乗車、しなければ他のタクシーを待つ。見ず知らずの他人とシェアし、乗った分だけのお金を払って下車。あまりの違いに日本人の私たちには慣れるのは簡単ではないかもしれない

「イラン」という国名は「アーリア人の国」という意味である。西洋では古代よりファールス州の古名「パールス」にちなみ「ペルシア」と呼ばれていた。長い歴史をたどれば、人々の生活趾は紀元前7000年紀までさかのぼることができ、紀元前3000年紀以降、繁栄を見せた原エラム時代から歴史時代が始まる。
 アーリア人の到来に伴い、紀元前6世紀半ばにキュロス大王による「アケメネス朝」が成立、インダス川からエジプトまでを征服する大帝国が建設された。黄金期であるダレイオス1世(在位前522~486)治世には壮麗なペルセポリスが築かれ、中央集権を押し進めるための「王の道」が整備された。紀元前4世紀後半、マケドニアのアレクサンダー大王の征服によりアケメネス朝は滅亡、ここからセレコウス朝の治下、東西文化融合のヘレニズム期を迎える。紀元前141年に誕生したアルケサス朝ではシルクロードを通じた東西交易が隆盛し、その後、強固な国家体制を実現したサーサーン朝が成立。約400年の支配を迎えようという頃、現在のサウジアラビアのメッカではムハンマドがイスラム教を開き、彼の死後、ムスリム(イスラム教徒)による侵略が始まり、以後数世紀をかけてイランはイスラム化していくこととなる。19世紀、近代化の波の押し寄せとともにイラン人は改革を熱望し、イラン立憲革命(1905~1911)を起こし、イラン最後の王朝であるパフラヴィー朝が誕生したがシャーの独裁政権、「白色革命」は貧富の差を広げ、国王の圧政に対する市民の反感を高めた。そして1979年、エマーム・ホメイニー率いるイラン革命により、現在のイラン・イスラム共和国が樹立された。

イラン人の女性にとってスカーフは生活に欠かすことのできない重要な物。その日の服装に合った色味や柄を選び、おしゃれのポイントとしても楽しむ

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 広大な国であるイランの首都テヘランは、4000m級の峰々が連なるアルボルズ山脈に囲まれ、人口はイラン全体の10%を占める大都市。サファヴィー朝時代の首都であり、ユネスコ世界遺産に登録されているイマーム広場があるエスファハーンが歴史と芸術の都だとすれば、ここは現代を象徴するイランで最も近代的な街といえる。街を歩いていると車の交通量の多さに驚く。信号はあまり見られず車線もないため、自由に右往左往している車がやたらと目に入って来る。「交通ルールはあってないようなものだよ」。そう言った現地の人の言葉にもうなずける。

イラン地図イラン国旗 イランDATA
国名:イラン・イスラム共和国、面積:164万8195平方キロメートル(日本の4.5倍)、人口:7419万6000人(2008年)、首都:テヘラン(人口約680万人)、公用語:ペルシア語、通貨:IRR(イラン・リヤル)主要産業:国有石油公社、国有大企業、農業や商業、サービス業などの私有企業からなる混合経済、GDP(2010年):3379億ドル(約28兆円)、テヘランまでのアクセス:フライト約14時間(乗り継ぎ時間含む)、成田—テヘラン間を週2便のイラン航空が運行

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