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産学官で「ICT先端都市」を目指す広島市

産学官で「ICT先端都市」を目指す広島市

道州制が議論される中、都道府県や政令指定都市は今後自らの財政と責任で自治体を運営する方向へ向かうだろう。小さな政府・自治体が求められるいま、情報化の推進はその一つの手段だ。人件費を含む事務コスト削減とともに市民の利便性向上につながる。
人口117万人の政令指定都市・広島市は産学官が一体となって自ら情報化を進めている。すでに総務省「平成20年版 情報通信白書」において「都市区分別ICT活用の現状」(ICT=Information & Communication Technology 情報通信技術)で全国4位にランクインした情報先端都市でもある。さらなる市民の情報リテラシーの向上を図るとともに、利便性と地域活性化のための情報化の一環として、この秋からユビキタスデジタルサイネージプラットフォームの実証実験を行っている。一つの都市が 自らプラットフォームとなる基盤を準備し、コンソーシアムメンバーとともにコンテンツを配信する。人材育成も含め、自らの力で取り組む姿は新しい都市像として注目に値する。この実証実験の最前線に立ち、広島市のICT先端都市化に取り組む産学官それぞれの立場の方々にお話を伺った。 

広島市DATA

JR広島駅で新幹線を降りると、路面電車やバス、タクシーが集積する駅前の活気を感じる。原爆投下の3日後には一部が復旧したという路面電車は現在も市内を網羅しており、乗降客は1日平均15万人を超える(07年3月)重要な市民の足だ。背の高い街路樹が並ぶ広い道路が多く、歩道には自転車が数多く行き交う。市内を6本流れる川の両側には美しい街路樹とともに側道が整備され、景観を美しく保つだけでなく市民の自転車通勤道、散歩道としても活用されている。メインのアーケード街は平日・休日とも人があふれ、各店舗も新しさを保っており、物販店舗、飲食店ともに活気がある。若者が集まる地域の活気も東京の渋谷を思わせる勢いがあり、店舗のラインナップも幅広い。地下街も整備されており、大きなデパートも点在する。広島市が元気な街である理由は、中国・四国 地方の中心地=クロッシング・ポイントとして広域経済を支えているからかもしれない。
人口: 1,172,977人(2009年9月30日現在。中国・四国地方で第1位)
面積: 905.13平方キロメートル(平成20年10月1日現在)
市長: 秋葉忠利(07年4月~)
アクセス:
(新幹線)東京駅から約4時間、名古屋から約2時間20分、大阪から約1時間40分
(空路)羽田空港から広島空港まで約1時間30分、連絡バスに乗り換えて広島駅まで約45分

東北大学工学部卒。郵政省入省後おもに情報通信政策を担当。ハーバード大学留学、在仏日本大使館一等書記官を経験し、前職は独立行政法人情報通信研究機構連携研究部門テストベッド企画戦略グループリーダー

広島市副市長 広島市CIO 豊田麻子

「まずは理解してもらうこと」

昨年、広島市初の女性副市長に就任した豊田氏はCIOとしての役職も兼任する。民間企業では徐々に普及しつつある情報責任者CIO。一般的に社内システ ムの構築・効率化などが業務だが、自治体CIOはICTを利用した市民生活の利便性の向上も役割の一つとなる。 目に見えない情報システムを理解してもらうのは難しい。ユビキタス、デジタルデバイド、デジタルサイネージ、ユーザインターフェース……初心者は背を向けるだろう。
「広島市は『ICT先端都市』を目指しています。先端的な技術も重要ですが、市民が使いこなして便利な生活ができることがより大切です。市民にわかりやすく説明することもミッションの一つですね。
ICTを利用する手段はパソコンだけとは限りません。携帯電話、テレビ、街角のタッチパネル、様々な媒体があると思います。市民がパソコンなどで自ら情報を入手するのが難しい場合もあるので、市から情報を配信し、防災、不審者情報、子育て情報などを市民に届けます。ちょっとしたツールで便利になることを徹底して広めたいですね。技術が進歩していますから、使いこなすことで地域活性化にもつながります」。

中でも地域の子供の教育に注力する。「使われるのではなく使いこなして自分の頭でものを考える、ICT社会をたくましく生き抜く人になってほしいです。将来はICTが使いこなせないと仕事や社会生活に支障をきたすようになるでしょう」。
20年前の地域情報化はシステム導入のみを意味した。現在の情報化は市民が主役。ICTを市民がどう使いこなすかは行政が一方的に提供するものではない。ICTに対して強い苦手意識を持つ人は多いが「そんなに難しいものじゃない」とまず説明することが大切だ。できることから始めて「意外に便利」と思ってもらうことで市民の情報リテラシーが向上する。その一環としてデジタルサイネージ実証実験が11月から広島市の市街地で行われる。

都市発展のポテンシャル

慣れることで最初のバリアを取り除く次の段階として、作る側=エンジニアの人材育成が求められる。ソフトウェアもモノづくりの一つである。残念ながら日本のソフトウェアエンジニアの独創性は海外と比較して高くないと言われる。日本では階層型の分業体制が一般的で、エンジニア自らが企画、制作、製品化・サービス運営を一貫して行うことは稀有である。結果として生産性やカイゼンサイクルも低下する。広島市がICTを使いこなして理解する人材を子供の頃から育成することは、都市の大きな魅力、かつ発展の素地になるのではないだろうか。
「産学官連携で地元企業のICTエンジニアの育成も目指しています」。広島大学は98年から08年の被引用論文数において東京工業大、筑波大に次いで国内10位にランクインする(トムソンサイエンティフィック社調べ)など教育水準において広島のポテンシャルは高い。一般的に日本では文系と理系に分断され両分野の融合が難しい。しかし実社会においては不可分だ。どちらかをブラックボックスだと思ってしまうと先に進まない。そのためにも社会に出る前の教育段階 で複線化が必要だ。
国際会議の積極誘致も人材育成の一環だ。この11月には世界最大級のインターネット技術に関する国際会議であるIETF(Internet Engineering Task Force)が市内で開催された。「会議場のネットワーク作りなどの準備に市民が参加し、世界水準を知るチャンスです。行政ができることは環境や土壌を作ること。一過性のイベントではなく有機的に次につなげていきます」。

前職の放射線影響研究所勤務時代に広島へインターネットを敷設した広島インターネット界の立役者。当時、京都から広島まで64KBの線を敷設するのに多額の費用を要したと笑う。当時知り合った慶応大学の村井純教授の助言もあり、今回のIETF広島誘致に尽力した

広島市立大学大学院教授  前田香織

ユビキタスプラットフォームのメリット

この11月から広島市はモビリティユビキタスプラットフォームを利用したデジタルサイネージの実証実験を行う。前田氏は広島のインターネットネットワーク立ち上げにかかわり、今回の実証実験にも大きく関与している。
「ユビキタスプラットフォームのコンセプトは以前より存在しましたが、『ブロードバンド』の無線ネットワークが使えるということが大きなポイントだと思い ます。今年あたりからUQコミュニケーションズ社のワイマックス、ウィルコム社の次世代PHSなどが広まり始め、比較的安価で広域に無線ブロードバンドが使えるようになりました。そのためネットワーク帯域の細さを気にせずに様々なアプリケーションが使えるようになり、ようやく真のユビキタスプラットフォームが構築できる環境になりました。エンドユーザーにそのメリットが届くにはまだ少し時間がかかりますが、たとえば総務省が行っているデジタルサイネージ実 証実験が一つの有効な解だと思います」。
9月12日から広島市立大学と広島大学は共同で、路面電車内に位置情報や時間、進行方向に合わせてタイムリーな情報を表示するデジタルサイネージを搭載した。「静的な紙の広告と違い、無線経由でリアルタイムにアップデートした広告が掲載でき、動画配信も可能な通信環境ですので、エンドユーザーに『魅せる』システムだと思います。そうしたことからユーザーや広告主などの視点が変わっていくのではないでしょうか」。

首都圏と地方都市のギャップ

東京や上海のような大都市圏は、広告クライアントとそのターゲットである消費者、有線・無線ネットワークがいずれも集積し、デジタルサイネージに好環境である。広島市は状況が異なる。「基盤の整備は首都圏と地方で時間差があります。20年ほど前、有線のネットワー クとしてのインターネットが始まった時、地方はかなり後手に回りました。当時『基盤がないから使えない』『使えないから使わない』『インターネットというものがわからない』という状況が地方に存在し、その後のアプリケーションの発展や地元の意識変革にも大変時間がかかりました。
広島市は世界的に知名度の高い都市なので、ここで地方都市の先陣を切ってワイヤレスブロードバンドの整備ができた時に地元や企業が何ができるのか、そういった意識を市民に持ってほしいですね。有線ネットワークの整備では出遅れましたから。インフラ整備は手間もお金もかかります。首都圏と違ってユーザーも 少なく厳しい面が多いでしょう。それでも『こういう風に変わるんです!』と言い続けることが大切だと思いますし、多くの人に具体的なアプリケーションを見 せていくことも意識の上で大切です。そのために今回のデジタルサイネージ実証実験があるのです」。

今後の普及に向けて

今回はある程度エリアを限定したプロト的な位置づけの実験となる。今後実践的に広げることはできるのだろうか。 「ブロードバンドを利用したデジタルサイネージは非常に多くのプレイヤーがいます。ハード、ソフト、コンテンツの出し手と受け手、設置場所の関係者など、 様々なステークホルダー(利害関係者)の合意を得て進める必要があります。実験で急に何かが変わるものではありませんが、種を蒔きながら徐々に広がることを期待しています。広島モデルとして成功させたいですね」。
デジタルサイネージへの取り組みとして産学官が一体となって取り組む例は全国でもほとんどないという。「商店街の青果店から大企業まで同じ基盤の上に情報を提供し広告を出稿する、全体的な底上げをうまくリードできるところが他にはない点ですね。時間はかかると思いますが今までの広告とは違うということを誰もが思いますから、着実に進むと思います」。
普及のためにはハードやネットワーク、アプリケーションのコストを下げる必要が出てくる。「サイネージの表示装置につけるプレイヤーはパソコンベースで動いており、それぞれがIPアドレスを持っています。量産されればプレイヤーが小型化し、今までと違うサイネージができると期待しています。広島での規格 の統一化もしていきたいですね」。
教員の一人として学生を見る目は的確で鋭い。「マイペースで個として動いているのに、個で自分のことは決められない。広島市大の学生は研究で鍛えられており、期待以上の成果を出す学生が多々います。ポテンシャルは非常にありますので、市大の学生は『買い』ですね(笑)」。

コンテンツビジネス局長兼デジタルラジオ準備室兼総合戦略本部 宮迫良己氏

テレビ局 中国放送

コンテンツを軸にビジネスを探る

広島城内堀のほとりにある中国放送本社。中国放送は広島市のデジタルサイネージ事業コンソーシアムの一員として、コンテンツの基準作りをはじめとする中核部分に関わっている。一般的に街角サイネージ事業はコンテンツの優劣が勝負とも言われ、担う役割は大きい。
宮迫氏は中国放送にてデジタルコンテンツの制作、放送コンテンツを利用したサイト運営やイベント企画に携わるほか、最近では大学と連携してベンチャー企業を育成する事業も手掛ける。「放送にはコンテンツ、メディア、ジャーナリズムの3つの要素があると考えています。放送事業で培った高水準のコンテンツを利用してパソコンや携帯電話への配信、野球やサッカーなどのイベント事業との連携をメディアミックスで進めています。配信先であるデジタルサイネージはその一環と考えています」。
デジタルサイネージ事業は東京など人口が集中した露出の高い場所では成功例がある。またJR東日本の山手線の車両内ディスプレイに見られるように、自社の土俵にコンテンツを流す「自作自演」の場合もうまくいく。しかしプラットフォームを提供し、その上にコンテンツを載せるという多対多のマッチングビジネスとしてはあまり成功例がない。地方都市が産学官の連携で枠組みを作るところからその事業をスタートするのは他に例がない。民間企業として、今後広告ビジネスに乗せることを考えた時、広島の市場規模で運営は可能だろうか。

「まずデジタルサイネージは、範疇として通信に属すものの、きわめて放送に近いコンテンツだと思っています。一つのコンテンツを個人ではなく大勢に見てもらえるからです。見る人の興味に合わせたタイムリーな情報をうまく取り入れることで多くの人に有用であると認識 されれば、ビジネスとしての可能性が見えてきますね。
コンソーシアムの一員としてはビジネス展開を踏まえたデジタルサイネージシステムにしてほしいと思いますし、中国放送としてはそのサポート準備体制を整えています。放送局には『パラサイト業種』ともいえる側面があり、地域の活性化があってはじめて利益が上がります。デジタルサイネージを含めて地域が活性化すると、都市が豊かになって放送局にもメリットがあると期待しています。

放送基準デジタルサイネージ

マス(大衆)に発信するという点で、デジタルサイネージには放送に準じたコンテンツの質が求められる。コンテンツの基準設定はコンソーシアムでの大きな役割の一つである。「放送局の担当者が制作するハイクオリティなものと、一般の人が参加しやすいカジュアルなレ ベルのものがあっていいと思います。質の高いものはスタートアップ時のデジタルサイネージそのものへの信頼性向上に貢献しますし、ブランド価値の高い広告クライアントの呼び水になります。また一般の人が制作に関わり参加意識を持つことが視聴層の拡大につながりますから、そのふたつをどのようにブレンドするかが課題ですね」。
コンテンツにおいて中国放送の果たす役割は大きい。「広島東洋カープとサンフレッチェ広島の活躍は市民の大きな関心事。また、中国放送がかかわるイベン トとして、160万人を動員する春のフラワーフェスティバルや、12月に行われる広島交響楽団と5千人の市民が一緒に歌う第九などがあります。これらのコ ンテンツを街角のサイネージに流すとともに、リアルな場にデジタルサイネージを前面に出すことで、広島に根付くきっかけになると思います」。
ゼロから枠組みを作る事業において、誰が最初にアクセルを踏むのかは難しい。広島のデジタルサイネージをうまく離陸させるために、メディア力を持つ放送局が参加することが一つの成功の要素となるだろう。

地方放送局の「解」

テレビの視聴方法が多様化し、従前の広告収入が減少。いま、放送局の経営が厳しい。どの局も新規ビジネスを広げる模索を始めている。
「東京のキー局は売り上げの十数パーセント程度を映画などの放送外収入が占めていますが、これは東京の特性を生かしたもの。大阪や名古屋などの準キー局も手を打ち始めている。しかしその他のローカル局はまだほとんど形が見えていません。方程式があるかどうかすら分からない解を求めて、地域に合わせた方法で自分で解いていくしかない。中国放送も未知の分野を含めて動きながら考えているところです」。
「コンテンツキャスター」これが中国放送の持つ方向性イメージだという。「コンテンツをCSやモバイルなど多くの選択肢の中でどの方向に打ち出し、広告を絡めてビジネスにするか。デジタルサイネージもその打ち出し先の一つとして今後も関与していきたいですね」。

産学官、それぞれ役割も違えば、目指すゴールも違う。しかし、ICTをビジネスに応用し、市民に還元し、研究に 活用するために、共通項となるものは互いに協力し合うことが費用対効果としてもっとも優れた方策であろう。縮小経済の中、限られたリソースで最大限のパフォーマンスの発揮を目指す広島市モデルは他自治体の試金石となるであろう。

PICK UP SPOT(1)宮島・厳島神社(廿日市市)

1400年の歴史を誇る厳島神社とその周辺は世界文化遺産に指定されている。フェリーの桟橋から向かう歩道では鹿が出迎え、写真に収める観光客も多い。時間と天気によってはとろけるような夕日を眺めることができる。厳島神社を通り抜け山に入っていくと、紅葉の美しさで知られる紅葉谷公園がある。静寂な山中を流れるせせらぎに心を洗われるようだ。脇道をそれて民家の立ち並ぶ市街地に降りると、一般の家の駐車場に鹿が 何頭も寝転び、我が物顔で「暮らす」姿に出会うことも。

アクセス:JR広島駅より宮島口までJR山陽本線で25分、あるいは路面電車で約60分。宮島口よりフェリーで約10分で宮島桟橋に到着する。厳島神社までは徒歩約12分。厳島神社から紅葉谷公園を通り抜け、宮島ロープウェイの紅葉谷駅まで徒歩約15分

2009年の開催期間: 11/24~12/27 点灯時間: 17:00~21:00(入園時間は20:00まで) 休園日: 11/24、11/30、12/7、12/14

PICK UP SPOT(2)備北丘陵公園(庄原市)

中国地方の「どまんなか」にある国営備北丘陵公園(庄原市)。222ha(08年3月現在。計画面積は 340ha=平和記念公園の約28倍、広島空港の約2倍)の広さを誇る国営備北丘陵公園(庄原市三日市)のウィンターイルミネーションは今年も壮大なスケールで開催される。広島市中心部のイルミネーションも美しいが、せっかくこの時期に広島まで来たらぜひこちらへも足を延ばしてみたい。 35万個の光の球があふれるダイナミックなウィンターイルミネーション。丘陵地の地形を活かして展開するデザインが特徴だ。高さ10mの光と音のスター ライトツリー、北欧の街並みを表現した長さ63mのファンタスティックなビッグパネルなどのほか、クリスマス・クラフト教室、ゴスペルなどのミニコンサー トも楽しめる。

アクセス:ウィンターイルミネーション期間中、広島バスセンターより直通バス運行(備北交通 TEL.0824-72-2122)

お問い合わせ: 国営備北丘陵公園 TEL.0824-72-7000 www.bihoku-park.go.jp/


文&撮影:羽田祥子(編集部)

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