東京大学が主催する、全国の受験生に向けた「主要大学説明会」が各地で行われていることをご存知だろうか。少子化による大学全入時代、学生の学力低下が危惧される一方で、優秀な頭脳の海外流出も問題視されている。質の高い学生をいかに獲得し、育てていくかが、今、日本の大学が抱える大きな課題となっている。東大副学長が語る、東大の新たな取り組みと目指すべき人材育成とは?

東大が目指1す人材育成とは

 社会で役立つ人材の輩出が実現できてこそ、社会からの協賛が得られる。学士(大学4年間)課程で何を修めさせるべきか。東大は専門性、幅広い教養を身につけることこそが最も重要であると説く。日本の国立大学で唯一、今でも1、2年次に教養課程を有する所以である。少子化の中で、日本の大学は生き残りをかけ、受験者の獲得のために入試科目数を減らす一方だが、 「若い時に、すべての分野の知識を身につけてほしい。無から有は生まれません。豊かな発想というのは、若い時に身につけた知識が種となって花開きます。子供はどこまでも伸びます。だからこそ、どの分野にも進める素地を持てるのです」。
 詰め込みは悪ではない--と小島副学長は喝破する。若い頃から子供に自由選択を与えてしまうのは良くないのではないか。理系志向であっても哲学や地理、歴史を学び、文系であっても数学や理科をきちんと学ぶこと。これは将来必ずプラスになるのだ、と。
「どんな一流企業でも、今の時代、明日どうなるかわかりません。これからの時代を生き抜くためには、深い専門知識と同時に、幅広い、横断的な問題解決型の能力が求められています。そして、これからの若者が身につけるべき『教養』とは、ひとつの個に閉じた自己沈潜型のものではないと思います。色々な異分野や異文化との接触を通じ、会社でいえば新しい発想で舵を取っていく時に、一人の人材の教養が組織全体のレベルアップにつながるような、そんな教養を社会が求めているような気がします。このためには討議力、そして、色々なものを俯瞰し、取り込めるポジティブさが必要です。特に日本人は、ひとつの課題しか取り組まないタイプがまだまだ多い。でもこれでは企業がもうもたなくなってきているのです」。
 地方、女子、留学生という「多様性」が触媒となり、真の教養を兼ね備えた人材を生みだせるか。

東大の「時代」と「方向性」

 取っ掛かりは法人化による予算削減という要因だったのかもしれないが、東大の門戸は、以前に増して社会に大きく開かれることになった。これを世間では、寄付目的の社会への迎合、と受け止める向きもある。けれども改めて自らに与えられた使命を確かめ、果たそうと動き出したその方向性は、しっかりと未来を見据えていた。国家を担うべき人材の育成に対する問題意識とフィロソフィーは明確なものだった。肩書を得るための場所ではない。これからの日本をどうするのか。日本経済をつかさどる多くの企業経営者が、東大の人材育成に多大な期待を寄せる。だからこそ協賛する。日本の教育を長いスパンで見通す、ラストリゾートたる東大に社会全体が期待し、意見し、ともに創り上げていく時代に入ったといえるのではないだろうか。

発行人後記

日本が「島国」であった頃、競走はその中で完結していた。島国で最高学府であれば、なにも問題はなかった。1990年代半ばから、人・物・情報が容易にボーダーを超え、加速度的に世界がうねりだしてはじめて、外来(種)を意識しなければならなくなった。「顧客」である学生に至れり尽くせりの姿勢は隔世の感がある。東大のチェンジは知識、創造性、協調性、多様性を期待する社会に「選ばれし者」を供給できるのか。モラトリアムと称した時代に戻らないことを期待したい。

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