株式会社ファンルーツ代表取締役・平野淳。サッカーメディアのみならず教育メディアでも取り上げられるちょっと異色の人物である。 Jリーグでの指導、ジュニアサッカー指導、指導者への講演会活動、執筆活動、最近ではアルゼンチン代表のリオネル・メッシ選手との提携事業…平野氏の軸のありかを探った。
photo:t.SAKUMA text:羽田祥子(編集部)

株式会社ファンルーツ
代表取締役 平野淳氏

「サッカー強豪国には必ず幅広い底辺がある」

 プロを目指す普通のサッカー少年だった平野氏に転機が訪れたのは大学時代だという。「イングランドでの指導者養成コースに参加して感じたのは、パブで語るおじさんや子供たちに至るまで本当にサッカー好きなことでした。草の根の大切さというか、力強さを感じましたね」。
 イングランドでのコーチ資格取得後帰国した平野氏は、ジェフ市原にスタッフとして加わり、祖母井秀隆氏と知り合う。弱小時代のジェフのGMに就任し、オシム氏を監督に据えるなどチームを強化、07年からはフランスの2部リーグ、グルノーブル・フット38のGMとなった人物である。祖母井氏は指導法での伝統があるドイツ留学を強く平野氏に勧めたという。「ケルン市のクラブで10歳くらいの小学生の指導にあたりました。ドイツ語もゼロからだったので苦労しましたよ(笑)」。この経験が平野氏の人生を決めることとなる。

 帰国した平野氏はFC東京に指導者として参加、次世代を担う選手の育成にあたった。しかし、平野氏の視線の先はすでにもっと草の根にあった。「選手の育成だけでなく、もっと小さい子供たちにサッカーの本当の楽しさを伝える場を作りたいと思い続けていました」。しかし既存の組織の中では新しいプログラムを作成して運営することは難しい。2003年、平野氏は株式会社ファンルーツを立ち上げた。
 エリートである選ばれた子供の指導にかかわりたいという人は多い。平野氏はもっと草の根の、子供の育成にかかわりたいと考えた。「日本でもヨーロッパでもエリートと呼ばれるような子は、小さい頃にいかに運動をしたか、どのような経験をしたか、そういった底辺の部分が違うと感じていました。しかし当時日本のサッカー教育にはその視点がありませんでした」。

ゼロ歳から小学生までの教育に焦点

 イギリス、オランダなどヨーロッパ各国大使館の協賛を受けてスタートした、キッズインターナショナルサッカーパーク(KISP)と名付けられたスクールでは、平野氏がヨーロッパで感じた国際交流の素晴らしさを伝えたいと、子供の国籍に合わせて英語やオランダ語などが自由に飛び交う。非常に多国籍だ。子供達もサッカーを通じて自然にその状況になじんでいく。子供の柔軟性のなせる技だと平野氏は言う。「横浜F・マリノスで高校生クラスを教えていた時にも15歳を過ぎるとかなり自我が強くなると感じました。自我が固まる前の子供たちは働きかけるほどに変わっていきます。特にゼロ歳から小学生までの教育にしっかりフォーカスしていきたいですね」。

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