JICAは紛争地帯には派遣しないというのが90年代の印象だった。
しかし現在、アフガニスタンには約60~70名のJICA関係者が駐在し、イラクにも事務所を構えるほか、スリランカ、スーダン、ボスニア・ヘルツェゴビナやコソボでも積極的に活動を行っている。
text: 羽田祥子(編集部) 写真提供: JICA

力石寿郎
広報室長。76年入職。企画課長、カンボジア事務所長、中東・欧州部長などを経て08年から現職

 イラクのサマワへの陸上自衛隊派遣や海上自衛隊のインド洋での給油活動に対して、議論が噴出した。しかし、JICAが過去7年間にわたり数千人の文民を紛争地域のアフガニスタンに派遣していることは、知られていない。「参議院外交・防衛委員会で、JICAの活動を参考人として説明した際、議員たちはこんなにやっていたのかと驚いていました。それほど認識されていないのです。イラクのサマワ派遣の自衛隊員には日額数万円の危険手当が支給されますが、JICA職員には通常の海外生活手当のみです」(力石寿郎JICA広報室長)
 平和構築活動を行う現場では、職員の身に危険が及ぶ可能性が高い。「コソボやボスニアでは、ようやく街中を歩くことができるようになりましたが、アフガニスタンでは逆に危険度が増し、現在は職場と宿舎以外、出歩くことが許されません。かなりの閉塞状態とプレッシャーの中での仕事です」。

日本の援助でアジアは躍進

 世界の主要各国はODAを拠出しているが、日本は特に途上国に感謝されているという。「日本人の技術協力のやり方は欧米とは全く違います。例えば稲作の技術協力で、欧米の専門家は室内で手法を指示します。エンジニアやドクターは泥にまみれることをプライドが許しません。しかし日本人は、博士で大学教授であるような高い地位の人が自ら田んぼに入ります。日本人に教わると実力が上がるという声が高いのです」。
 近年のアジア発展にはJICAの功績が大きい。「日本のODAの大半はアジア向けのものです。数十年前、民間投資を呼ぶために道路・電気・水道のほか、人材育成の環境も整えました。欧米は、日本の利益のための援助だと批判していました。しかし数十年後、アジアの発展は目覚ましいものとなりました」。

平和構築支援の時間的推移
民族対立を原因とする紛争の完全和解のためにJICAは共同プロジェクトを提供する。「ボスニア・ヘルツェゴビナでは農業やIT協力をフックに、民族協働で稼ぐ仕組みが成果をあげました」(力石氏)。ユニークで素晴らしい試みは知られていない。

 対照的なのがアフリカだ。70年代初頭、アフリカは順調に発展すると言われていた。60年代の世界銀行のレポートには「東南アジアは希望を見出せない地域」とまで書かれた。しかし30年後、アジア諸国は次々とテイクオフ寸前まで発展し、アフリカは浮上できずにいる。欧米諸国が援助していたアフリカと、日本が援助していたアジアとの差だ。

<<最初へ <前へ 1|2 次へ> 最後へ>>