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箱が中身か中身が箱か ~弘法も筆を選ぶ時代~

箱が中身か中身が箱か ~弘法も筆を選ぶ時代~

中身を見てもらうためには、美しい“箱”が必要。そして、相手を満足させるためにはそれなりの“中身”を用意しなければならない

提案で一番重要なのは?

 マーシャル・マクルーハンの著作の中で、異色でなおかつ面白すぎるのが『メディアはマッサージである』だ。日本では南博という人の訳で河出書房から発売された。原題は『 The Medium is the Massage ; An Inventory of Effects』である。この本は、見方によれば絵本の絵の代わりに写真が使われているようなものだ。
 しかしこのタイトルは非常に示唆に富んでいる。「メディアはマッサージである」と直訳してしまうと面白くもなんともない。「効果の棚卸」という副題からわかるとおり、メディアこそが体(対象:受け手)をマッサージするように包み込むということなのだ。
 今、何かの提案を顧客や上司、あるいは仕分け人に提出すると仮定しよう。もちろん一番重要なのは中身である。どんな美辞麗句を並べようが、どんな体裁で提示しようが、中身が的を射ていないとどうにもならない。
 しかし、中身もさることながら、その提示の体裁は、ことによったら、もっと重要かもしれない。

「中身」も「箱」も学ぶ時代

 かつては(すなわちマクルーハン健在の頃は)提案をする手段には、口頭、手書き、あるいはタイプした書類くらいしかなかった。そのうちにスライドなども加わったが。しかしパソコンやインタネットなどの急激な普及により、これらの手段は驚異的な発展を遂げた。
 提案や報告書類をワープロで打つ時代は終わった。マイクロソフトのオフィス製品群に代表される世界標準の手段を駆使する時代になってきたのである。
 こうなると、恐ろしいことに受け手がまず第一に受ける印象は、その内容よりも、いかに提出されたものが目や耳に心地よいものかで判断されてしまう。言い換えれば五感が受け入れないものは、中身が検討される前にはねられてしまうのである。
 何かプレゼントをもらう時のことを考えてみればわかる。古新聞に無造作に包まれたものをもらうと「中身は焼き芋か何かかな?」と思ってしまう。反対にエルメスの袋に入っていると、大きな期待に胸をふくらます。古新聞にエルメスのスカーフを包んでもらってもすぐには感動はしない。エルメスの袋ならば焼き芋にも感動するかもしれない。
 だから特にこのご時世、包装紙や箱、道具のほうが中身より優先しかねないのである。そういう意味から、これからは中身の研鑽もさることながら、その表現方法をも同様に学ばなければならない時代なのである。
 昔はこういうことは大して重要視されなかった。むしろそういうことを重要視することはどちらかというと異端であった。
 例えば「ある者、子を法師になして」で始まる徒然草の188段などは好例である。しかし、それが通用しない現在は「中身」も「箱」も学ばなければならない時代なのである。そうしなければ「走りて坂を下る輪の如くに衰へ行く」ことになってしまう。
 近頃は小学生から学校でパソコンを教えてくれる時代になってきた。結構なことである。そのような道具を扱えるようになって初めて一人前の時代なのである。


石原憲一(いしはら・けんいち)
1962年慶應大学卒業(英文学専攻)。日本Olivettiに入社し、ソフトウェア統括部長、子会社社長を経て、1982年GE(ゼネラルエレクトリッ ク)社にて商用ネットワーク部門を担当、電通国際情報サービス常務取締役を兼任。1999年に退職後もGEに嘱託として残り、同時に KDD、シェル・サービス、JetFormの顧問やコンサルタントとして2003年末まで勤め、現在は長野県の森の中で隠遁生活中

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