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表現のテクニーク

表現のテクニーク

何かを表現する時には、いつも、物事を整理して論理的に伝えることが重要なことの一つだ

CONCLUSION FIRST

 現在、日本の「競合力」や「国力」を考える時、1980年代から90年代にかけての勢いは影を潜めつつあることは否定できない。あのころは別に説明をしなくても、製品が、円が強力な主張をしてくれていた。
 その、たとえ「ゆるやか」であろうとも、衰退の大きな原因の一つに「主張」の貧しさがあるのではないかと考えられる。政治の面では特に感じられるのであるが、それはこの連載の趣旨ではない。
 ビジネスにおける表現(それが文章であろうとも、パワーポイントのようなものであろうとも)で、第一に考えてもらいたいことは「CONCLUSION FIRST」ということである。
 だらだらと書かれている論文や提案書を読む(読まされる)くらい神経がいらだつものはない。これはプレゼンテイションにおいても同じことである。
 まず簡潔に結論を提示する。長い、持って回った状況説明の後では結論・提言のインパクトは小さい。
 次に気をつけてもらいたいことは、内容別にパラグラフなり、項目番号を分けることである。一つの文塊の中に複数のことが書かれていると、受け手は自分で分解整理しなければならない。これは受け手の緊張感を殺ぐだけのことである。
 同じことは文章にも当てはまる。一つの文章で複数のことを表そうとしないこと。別の言葉でいえば「一文一義」ということだ。一つの文章が、多くの接続詞によってつながれていると、説得力が希薄になる。
 それから導き出されることは「長文を避けて短文で綴ることが重要」ということになる。短文はそれ自体が「簡潔」であるので受け手の胸に入りやすい。
 そしてもっと重要なことは、論理が首尾一貫していることである。これを本来は一番先に書くべきであったかもしれないが、「テクニーク」ではないので後回しにした。

「論理を伴わない文章は支離滅裂」

 ギリシャ語には「λογοσ(ロゴス)」という名詞がある。「言葉」という意味と「内面の思考」という二つの意味が含まれている。この言葉から英語の“logic”とか学問を表す“—ology”というような語尾が発展してきた。
 古代のギリシャの民は「言葉になったものは論理が伴っている」と理解していたらしい。これがラテン語になって困ってしまい、このギリシャ語の翻訳として「ratio」(英語のrationalなどから意味を類推してください)と「oratio」(同じく英語のoration)の二つに分けて説明せざるを得なくなってしまった。
 新約聖書はギリシャ語で書かれたものが原典なのだが、ヨハネ伝の始まりは「はじめ(大初)に言葉(言)あり」とわけのわからない文章になってしまった。この「言」という単語に該当するのはまさに「λογοσ」なのである。
「論理を伴わない文章は支離滅裂」ということである。
「論理を伴って」、「短文で」、「結論を最初に」というのがビジネス文書のコツではないかと常々考えている。
「そういうお前の文章はどうなんだ!」というご批判には、ただただ「申し訳ない」と言うばかりであるのが残念なことだが。


石原憲一(いしはら・けんいち)
1962年慶應大学卒業(英文学専攻)。日本Olivettiに入社し、ソフトウェア統括部長、子会社社長を経て、1982年GE(ゼネラルエレクトリッ ク)社にて商用ネットワーク部門を担当、電通国際情報サービス常務取締役を兼任。1999年に退職後もGEに嘱託として残り、同時に KDD、シェル・サービス、JetFormの顧問やコンサルタントとして2003年末まで勤め、現在は長野県の森の中で隠遁生活中

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