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【提言】 天下之至柔、馳騁天下之至堅

「想定外」のことは想定できない。だが、できるだけ謙虚にいろいろなことを想定することを避けてはならない

【提言】 天下之至柔、馳騁天下之至堅

ビジネスでは「硬直性」が全体をぶち壊してしまう可能性がある。
何かのプランを立てる時は柔軟性が重要だ。

「固く」作ったものほど亀裂が入るともろくなる

 小学生のころから語学や漢籍、哲学、幾何学の教えを受け、私がただ一人師と仰ぐW先生はいつも「今のうちに何でもよいからたくさん本を読んでおけ。大人になったら本を読むことに対する興味が薄れてくるから」と言われていた。
 これは会社勤めを辞めてから一層、身に染みる。時間はいくらでもあるはずだが、読書する気にあまりならない。現役時代から気になってはいたものは数多くある。そういうものを拾い読みしてみるのだが、なかなか身にならない。
 そういうものの一つが老子である。今やとても初めから通して読む勇気はないので、拾い読みになってしまう。
 興味を引いたひとつがタイトルに掲げた一文(第四十三章)だ。

「天下の至柔は天下の至堅を馳騁(ちてい)し……」

 老子の言っていることはかなり抽象的なことが多く、解説を読まないと何のことだかわからないことが多いが、この文章は比較的平易に読める。
「世の中で一番柔らかいものが、一番堅いものを馳騁(馬を走らせる)する」と解釈できる。
 会社のポリシー、政策、作戦など、どうしても堅固に作りがちだ。問題は「固く」作ったものほど、一旦、亀裂が入るともろくなるという性質を理解することが重要と思われる。
 コンクリートは堅い。しかしちょっとした割れ目に水が入り込むことによって非常にもろいものになる。
 面白いことに老子はよく「柔らかいもの」として水を引用している。タイトルの文章には「無有入無間」という文章が続き「形のないものはどんな間にも入っていく」と解釈できる。洪水などでは床上浸水などと騒がれるが、水はしっかりと締められているはずのドアや引き戸から入ってくる。

“柔こそが剛を倒す”

 ビジネスにおいて、いろいろなものをしっかりとした構造で「がっちり」作ることは重要である。昔のソフトウエア・エンジニアリングではHard bindingが重要視された。だが常に「柔軟性」は念頭に置いておかなければならない。どんなに立派でよく考えられたプランでも、偶発的なことが発生したらどうするかということは常に考えておかなければならない。
 福島の原発事故でも「地震によって原発が壊れた」のではなくて、原発より海側に非常電源装置があったために巨大津波という想定外のことであのような惨事になった。

「想定外」のことは想定できない。だが、できるだけ謙虚にいろいろなことを想定することを避けてはならない。マーフィーの法則ではないが、「悪いことはそれが起こってもらいたくないときに限って起こる」。

 したがって、一つのプランを策定する上においては、コンティンジェンシー・プラン(予想外のことが起きた場合には最悪撤退も考えるような)を作っておかなければならない。プランに自信を持てば持つほど「このプランは成功間違いなし」という確信に変わり、その柔軟性の欠如、すなわち硬直性が全体をぶち壊すことにつながる。
「柔よく剛を制す」と言われるが、老子が言われたように「柔こそが剛を倒す」と言い換えたほうが良いと思う。
 こういう意味における「柔」を妨げる大きな要因は「成功体験」である。「この前うまくいったから今度も間違いなし」というのは非常に危険な考えだ。それから「あの人が言うことだから」ということも非常に危険だ。大きなプロジェクトを完遂させた人が比較的小さなプロジェクトに携わるとき、その人を盲目的に信ずる気運が生まれる。
 大学院で幼児教育を教える教授が、実際に幼稚園や保育園の先生になって成功するのは難しいことなのだ。
 この辺りのことはフランシス・ベイコンが説くイドラに絡めて考えるとより面白いのだが、それはまたの機会にしたい。


石原憲一(いしはら けんいち)

1962年慶應大学卒業(英文学専攻)。日本Olivettiに入社し、ソフトウェア統括部長、子会社社長を経て、1982年GE(ゼネラルエレクトリック)社にて商用ネットワーク部門を担当、電通国際情報サービス常務取締役を兼任。1999年に引退

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