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【提言】 Tirez le rideau, la farce est jou (幕を引け、ドタバタはこれっきりだ)

ビジネスでは次代へのバトンタッチのタイミングが重要だ

【提言】 Tirez le rideau, la farce est jou (幕を引け、ドタバタはこれっきりだ)

本コラムは今回で最終回。終稿では“幕の引き方”について考える。

さまざまな人生の終わり

 表題のセリフはFrancois Rabelaisが死の床で言ったとされているものだが、つい最近の研究まで没年が定かでなかったことから本当に彼の言葉かどうかは疑わしい。
 最期の言葉としては、自虐的かもしれないが、面白い言葉だ。
 また、論語には弟子の曾子の言葉として「人之将死其言也善」というものもあり、人生最後の言葉には大きな意味を持つこと、あるいは後世が持たせることも多い。
 昨今のように寿命が延び、会社や仕事の現役を退いても余生が昔とは比べ物にならないほど長い時代になると、「小人閑居為不善」はどうしても避けなければならない。
 また、健康寿命というのも大切な要件になる。日本で一番健康寿命が長いのは男女とも浜松市で(2010年時点)男性72.98歳、女性75.94歳。最低の近畿地方の某市よりも4歳以上長い。
 いまや「人生の終わり」は色々だ:1)健康だが他人に迷惑をかけずには働けなくなる時、2)他人に迷惑をかけないと余生を送ることができなくなる時、3)物理的に生を終えるときなど。今までは3)だけが「人生の終わり」であった。いまや島倉千代子ではないが「人生もいろいろ」な時代になってしまった。

「邪魔なピエロ」になってはいけない

 心すべきは、年寄りは冷や水を浴びせないようにすることだ。
 Rabelaisの言葉からもわかる通り、所詮、人生はうたかたの喜劇にすぎない。いつかは終わる。現役時代の数々の功績も、年寄りの冷や水を浴びせることで帳消しになる。また、仕事に関係なくても、ただでさえ迷惑を与えるのが年寄りだ。
 時代はDog yearと言われるように、日進月歩どころか“秒進分歩”の時代だ。現役時代の少しばかりの経験や功績はすぐ時代遅れになってしまう。
 Rabelaisの時代はもちろん、20世紀半ばまでは物事はゆったりと進んだ。だからRabelaisは色々な古典の教養を蓄積することで「食っていくこと」ができた。だが、今はそういう時代ではない。専門分野であったコンピュータ技術の世界においても「パネル」といえば1960年代ではプログラムを組み込んでスパゲッティのように配線が交錯していた代物であった。当時はメモリーにプログラムをロードするのは最新技術で「ストアド・プログラム(プログラム内蔵方式)」などという言葉ができたほどであった。
 しかし、今や「パネル」といえば「タッチ・パネル」の時代だ。20世紀の技術者が今、現役に立ち返ろうとしても浦島太郎になるにすぎない。
 経営や政治も同じだ。
 周囲の人々が「あの人はまだ現役で使える」とか「我々の先達になる」という時期は、一旦現役を離れると足早に過ぎていく。それを認識しないと、「邪魔なピエロ」になるだけのことだ。
 かつては「断絶の時代」などとも言われた。要するに過去の延長線上に物事が進行するとは限らない時代になってきた。「ニッチ・マーケット」とも言われ、断絶よりも激しく、「ちょっとした発見」が大きなビジネスに結びつく時代にもなった。そういう時、やはり継続的にマーケットや社会を見ている若い人にこそチャンスを与えるべきである。
 そして、Thomas GrayがElegyで書いたように:
One morn I miss’d him on the custom’d hill, /Along the heath, and near his fav’rite tree ;
というように年寄りは消えていくのが理想なのだが、なかなかそうはいかない。
 私が生涯ただ一人師と仰ぐW先生は、出版した『或る哲学者の旅日記』の翻訳が気に入らず改訂しようと努力されたが叶わなかった。その無念を死の病床から私にくれた葉書には「煩悩無尽」という言葉で表していた。
 煩悩は他人迷惑になることもあることを、特にビジネスや政治に携わる人々には忘れてもらいたくない。

 長い間ご愛読いただきありがとうございました。今回が最終回です。若い人たちには関係なかったかもしれませんが最期の提言です。


石原憲一(いしはら けんいち)

1962年慶應大学卒業(英文学専攻)。日本Olivettiに入社し、ソフトウェア統括部長、子会社社長を経て、1982年GE(ゼネラルエレクトリック)社にて商用ネットワーク部門を担当、電通国際情報サービス常務取締役を兼任。1999年に引退

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