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【提言】Notte d’orror!(恐ろしき夜よ!)

セクハラやパワハラによって命を落とすこともあるということを、オペラ「仮面舞踏会」は教えてくれる

【提言】Notte d’orror!(恐ろしき夜よ!)

昨今のビジネスの事情を過去の古典作品に見立てて、ちょっとした提案をしようというこの連載。
今回はセクハラとかパワハラに関して考えてみたい。

Verdiの傑作「仮面舞踏会」

 2013年はオペラファンにとっては忙しい年であった。それというのもGiuseppe VerdiとRichard Wagnerという2人の大巨匠の生誕200年の記念すべき年であったからだ。
 とりわけVerdiの作品はその美しい旋律ゆえに日本にもファンが多い。椿姫やリゴレットのアリアなどはついつい口に出てくる人も多い。アイーダの凱旋行進曲などはまず知らない人はいないであろう。
 彼は30曲近いオペラを書いているが、喜劇は最後の作品のファルスタッフを除いて見るべきものはない。最後の作品を喜劇にしたのはシェイクスピアが「テンペスト」で筆を置いたのと同じである。
 多くの作品がよく知られているが、1850年代の作品の中にはリゴレットや椿姫、イル・トロヴァトーレなどがあって、それらの陰に隠れているが「仮面舞踏会」という傑作もある。
「仮面舞踏会」は非常に問題がある作品で、スウェーデンの王グスタフ三世が仮面舞踏会で暗殺された史実に基づいた、その部下の妻と王のあわや不倫に至るかというストーリー。当時の厳しい検閲では実際に王様が殺されるようなストーリーは許可されるわけもなく、舞台をアメリカ・ボストンに移して脚色されている。
 このストーリーの細かいところはオペラを聴くかwikipediaなどで調べてほしいのだが、大雑把にいうとボストン提督のリッカルドがその部下レナートの妻アメリアに横恋慕し、アメリアもリッカルドに想いを寄せる。その想いを断ち切ろうと夜中の3時に占い師を訪問したアメリアは夜中に郊外の死刑台の草を深夜摘むように言われる。それを知ったリッカルドは死刑台のそばに隠れてついて行き、そこでアメリアに無理矢理、自分を愛していると言わせてしまう。
 この占い師は、また、リッカルドに「これからお前と最初に握手する男がお前を殺す」と告げる。それがレナートという皮肉。
 そこへレナートが現れて、いろいろな経緯があってリッカルドが仮面舞踏会で殺されることになるのだが、この辺りの緊迫した音楽と舞踏会の華やかさは音楽的にも素晴らしいもので、特にレナートがアメリアを詰って歌うアリア“Eri tu”はリゴレットの女心の歌などとは全く違って、男の心情の吐露を表して鬼気迫るものがある。

現代社会における「おそろしき夜よ!」

 このストーリーは見方によっては、部下の妻に対するストーカー行為のようにも見える。
 大体、部下の妻が夜中に郊外の死刑台に行くのに、そこを狙って愛を告白し、告白させるというのはどう考えてもストーカー行為であり、セクハラ行為である。
 このオペラの「救い」(?)はリッカルドとレナートとの間に職位や待遇を巡っての不潔な要素がないことだ。それがあると今度はパワハラになってしまうのだが、そういうことはこのオペラにはない。
 むしろリッカルドが純粋な男性に描かれているところに救いがないわけではない。ただ「愛している」と言ってほしかっただけとも考えられる。そればかりか、自分の想いを断ち切るために、レナートとアメリアを故国イギリスに返す決心が、リッカルドにはついていることだ。
 こうしていろいろな想いが交錯する中でオペラは進行する。しかし、この純粋な想いとは裏腹にリッカルドはレナートの凶刃に斃れる。
 昨今はパワハラとかセクハラ、さらにはマタハラと、男性管理職にとっては厄介な社会になってしまった。
 タイトルに挙げた「恐ろしき夜よ!」は、まさに占い師のお告げとリッカルドとレナートの握手をした夜中を表している。セクハラやパワハラによって命を落とすこともあるということをこのオペラは教えてくれるという意味では、大変現代的ともいえる。


石原憲一(いしはら けんいち)

1962年慶應大学卒業(英文学専攻)。日本Olivettiに入社し、ソフトウェア統括部長、子会社社長を経て、1982年GE(ゼネラルエレクトリック)社にて商用ネットワーク部門を担当、電通国際情報サービス常務取締役を兼任。1999年に引退

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