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【提言】 松嶋は扶桑第一の好風にして、 凡洞庭、西湖を恥ず。

「知ったかぶり」に必要な「一夜漬け」の能力。しかし、徹夜で知識を詰め込めるのは若いうちだけ……

【提言】 松嶋は扶桑第一の好風にして、 凡洞庭、西湖を恥ず。

あらゆる事象が急なスピードで進み、幅広い知識が求められる現代のビジネス。顧客を口説くのに得意分野以外の要素を求められたら……学生時代に培った“あの方法”が役立つかもしれない。

特定分野だけの特化では事足りない現代

 人になって成功してからのことではあったであろうが、野ざらし、鹿嶋詣、笈の小文、更科などの紀行を書き、その圧巻は奥の細道である。
 タイトルの文章は奥の細道で芭蕉が松島について書いた部分。本連載の第30回でも書いたが、知っていることだけを主張しては弱いことも多い。
 芭蕉は旅を枕に生きていたが、外国へ行ったことはない。もっと細かく言えば本州を出たことはない。だから「洞庭、西湖を恥ず」といっても実際にその二つの湖を見たわけではない。にもかかわらず、漢籍から知っていたにすぎないことを、あたかも見てきて知っているかのように記すというのは素晴らしいことだ。そういえば冒頭の「月日は百代の過客……」にしても李白の文章からのパロディといえる。
 翻って現在のことを考えると、あまりにも多くのことが日進月歩で起きている。何事にも精通していることは不可能だ。
 IT業界で考えると、それは顕著だ。とりわけて昨今はITに関与している人が極端に増え、見回すと分野の数は数えきれない。ホームページを書けるようになったかと思えばB l o gが登場し、今やFacebook、LINEなどなど全部に精通するなどということは不可能だ。
 そうするとどうしても、一つの提案書を書くにしても、必ずしも精通していない分野のことを含める必要が出てくることは避けられない。
 40年くらい前のコンピュータ業界(当時はITという言葉すらなかった)ではT字アプローチと言われるようなことがあった。すなわち広く浅くいろいろなことをかじっておいて、得意分野だけは誰にも負けないように深く掘り下げた知識を持つ必要があるということであった。
 私はこれに対し、日進月歩の世の中だから一つの専門分野では足りない、少なくとも二つの専門分野を極める必要があると主張した。言ってみればブリッジ型アプローチ(「下駄型」と言った方が良かったかもしれない)の必要性を説いた。
 しかし昨今では一つや二つの分野に精通していても足りないことが多い。

「知ったかぶり」を有効に使う

 以前に何回か書いたが、“Reference”として特定分野に通暁した専門家を持つことも非常に重要になってくるが、もう一つの方法もあると思う。
 それは「知ったかぶり」ということだ。そのために必要な資質は「図太い度胸」であり、「一夜漬け」の能力だ。
 一度こんなことがあった。私の勤めていた会社ではあるアプリケイションにおいて、国際標準のプロトコルを使っていなかった。国際標準に対するインタフェイスは準備されてはいたのだが、私にはその経験が全くなかったのだ。
 ある見込み顧客でその必要が生じた時、私は二晩でその国際標準の本(ISOのRedbook)を読んで顧客との打ち合わせに臨んだ。しかし幸か不幸か顧客のほうがその国際標準のプロトコルに通暁していなくて、打ち合わせは難なく終わった。諸々の事情からこの契約をものにすることはできなかったのだが、学生時代に培った一夜漬けの能力は大変役に立った。
 徹夜で本を読んで理解する能力は若いうちにしか発揮できない。この能力は歳をとるとともに急激に衰えていく。不思議なことに子供時代や若いころに覚えたことはなかなか忘れないが、歳をとってくると、昨日の夕飯のおかずさえ思い出せない。
 落語を聴いていると、「根問いもの」といって横丁のご隠居が八つぁん、熊さんの質問に的確に(?)答えているジャンルがある。「龍田川というのは相撲取りだ」といって金さんを煙に巻く。
 こういう能力が今は求められているのかもしれない。


石原憲一(いしはら・けんいち)

1962年慶應大学卒業(英文学専攻)。日本Olivettiに入社し、ソフトウェア統括部長、子会社社長を経て、1982年GE(ゼネラルエレクトリック)社にて商用ネットワーク部門を担当、電通国際情報サービス常務取締役を兼任。1999年に引退。

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