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蛙の子は蛙

蛙の子は蛙

先達から連綿と後世に伝えられてきた伝統的な技術や文化は何があっても継承していかなければならない。
ものすごいスピードで時間が流れる現代の一般企業でも「継承」の重要性について熟慮する必要がある。

伝統を後世に伝える可能性と義務を負う

 2013年は20年に一度の伊勢神宮の式年遷宮の年であった。私事にわたって恐縮だが、2007年のお木曳と2013年のお白石持行事にお祭りの正装で参加できて、日本人としての喜びを感じてきた。
 持統天皇4年(西暦690年)以来、連綿と続くこの神聖な行事には「継承」という大切な要素が含まれている。20年ごとに、神宮の建物はもとより、宝物に至るまで、いにしえのままの形で再現する。それには「20年前にはどうしたか」ということが重要である。「今はCADやNCがあるから」などということは許されない厳格な世界である。
 この20年という間隔はその点で非常に重要な意味を持ってくる。
 20年前に遷宮に関与した人々の多くは生き残っている。だから初めて参加する人たちは先輩からいろいろなことを学び、それを後世に伝える可能性と義務を負う。第28回で筆者は「先達はあらまほしけれ、か?」と書いて兼好法師を野次ったような疑問を呈したのだが、このような継承においては先達は必須なのだ。
 今やDog yearと言われて久しい。犬は人間が7年間にわたって経験することを1年で経験する。昨今ではこれまで7年間かからないと進歩や開発ができなかったことが、わずか1年でできてしまう。そのくらい進歩や展開は速いという意味の俗語だ。それに加えて、現在では「逆転の発想」とか“discontinuity(” 非連続性)ということも言われ、これまでの「進化」(evolution)という概念が当てはまらないことも多い。
 かつては魚屋の子が魚屋になることはごく当たり前であった。毎日親のすることを見ていて、「門前の小僧習わぬ経を読み」のように自然と仕事を身につけていった。以前には「国鉄一家」といって、親子三代で国鉄に勤めているというようなことも多かったと聞いている。先日、京王線の電車で同社の広告を見たのだが、京王電鉄には親子三代で運転士を務めている家族があるそうだ。こういうのは本当にうらやましいし、会社外でも技術の継承が非公式だが効率的にできていくことは理想的だと思う。このところJR北海道の頻発する事故や隠ぺい体質がクローズアップされているが、国鉄からJRになるときに中間層が抜けてしまって技術の継承がうまくいっていないのも一因ということを聞いたことがある。

一般企業における「継承」の問題

 継承ということは、やはり、一般企業においても、大変重要なことだ。「継承だけではEvolutionはできてもRevolutionはできない、それでは時代に乗り遅れる」ということも真理だ。だが宝くじに当たるように、発想の転換だけでは進歩は生まれない。地道な継承の上に初めて逆転の発想があり、discontinuousな進展が見込まれる。
 また、少子化時代を迎えて、特に中小企業での「後継者問題」も顕著だとのことだ。一代で立派な会社を築いたが、子供はいないか、いても継承する気がない。だから死後、会社を誰に渡せばよいのかということも大きな問題になっていて、中小企業同士の合併や資本提携が盛んになっていると聞く。
 もっとひどいのは農業の世界だ。
 地方に生活の本拠を置いているのでよくわかるのだが、田畑に出ているのはほとんどが老人だ。子供たちがいたとしてもつらい農業を敬遠して都会に出て行ってしまう。急に帰ってきても今すぐ農業に従事することができるわけのものでもない。やはり親から農業のノウハウの継承を受けることが、それも若いうちに、重要なことだ。
 タイトルに使った「蛙の子は蛙」というのは普通ネガティヴに使われる。「あの親だからあんな子ができてもおかしくない」という意味だ。
 しかし、いくらDog yearの現代においても。親から子へ、あるいは先輩から後輩へ伝承していかなければならないこともまた多いのである。


石原憲一(いしはら・けんいち)
1962年慶應大学卒業(英文学専攻)。日本Olivettiに入社し、ソフトウェア統括部長、子会社社長を経て、1982年GE(ゼネラルエレクトリック)社にて商用ネットワーク部門を担当、電通国際情報サービス常務取締役を兼任。1999年に退職後もGEに嘱託として残り、同時にKDD、シェル・サービス、JetFormの顧問やコンサルタントとして2003年末まで勤め、現在は長野県の森の中で隠遁生活中

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