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Decline and Fall

衰亡は興隆の後にやって来る

「衰亡」は必ず「興隆」の後にやって来る。 「衰亡」の後に「興隆」は訪れるのか……

「衰亡」は必ず「興隆」の後にやって来る。
「衰亡」の後に「興隆」は訪れるのか……

 1980年代からバブルがはじけるまでのわが国の昇竜の勢いというものは、実際にその中に身を置いたものでなければ分からないほどのものだった。“Bubbly”などという本当に英語にあるのかどうか分からない形容詞までが幅を利かせていた(“Bubbly”で泡のような、という意味では存在している)。そそっかしい哲学者などは「21世紀は日本の世紀」などと口走ったりしたものだ。
 それに引き替え現在の様子を見ていると、これが同じ国かと思うほどである。当時は楽観論が花盛りだったが、現在は「災害」「円高」「空洞化」「少子化」など、悲観論が優勢だ。
“Decline and Fall”は普通「衰亡」と訳される。ギボンにとってはローマ帝国の興隆よりも衰亡の方に興味があったのだろう。
 考えてみると、「衰亡」は必ず「興隆」の後にやって来る。思えばバブルに至るころのわが国の興隆は、すさまじいと言ってよいようなものだった。振り子は片一方にだけ振れているものではない。必ず戻ってくるものである。振り子が大きく片一方に振れれば振れるほど、その戻りも大きい。

「ゆっくり急げ」

 ここで思い出すのはセントヘレナに流されたナポレオンの回想。1821年3月17日、彼はその6年前にエルバ島を抜け出し、パリを指呼のうちに望んだ時を思い出してこう書いている。
「私を滅ぼすのは私の弱さではなくて、反対に、私の強さである。私を殺すのは私の生である。……六年前のちょうど今日、あの空には雲が浮かんでいた。噫、今一度あの雲が見られたら、私の病気も癒るであろうになあ!」(ナポレオン作品集 若井林一訳 読売新聞社刊)
 6年前のナポレオン軍の意気は高かった。そういう時を経験したナポレオンにして初めてこういう回想ができるのだろう。
 換言すれば、絶頂期を経験したことによって、その没落による落差がひしひしと身に染みるということだ。
 負け犬となったナポレオンが「昔は良かった」と言っているところを見ると、何か哀れさを感じるが、それが人間の業かもしれない。
 思えばバブルに至る日本の絶頂期も、それに劣るものではなかった。当時のわが国の首相はフランスのシャルル・ド・ゴール大統領から「トランジスタのセールスマン」とさげす蔑まれながらも、GDPでは世界2位となった。フランスなんて足元にも及ばない。
 その急速な上昇にふさわしい下降を、今、味わっていると言っていいだろう。下降を嫌って無理にブレーキをかけても、ブレーキが壊れる可能性は高い。
 現代のように目まぐるしくパラダイムが変遷する時代においては、急速に対応すべきことと、長い目で見た思考というものをはっきりと分けて対処する必要がある。
“Σπευδε βραδεωσ”:『ユートピア』を書いたエラスムスがラテン語に訳して「Festina lente」としたことによって人口に膾炙(かいしゃ)した言葉「ゆっくり急げ」。これこそが下降曲線の時に肝に銘じておくべきことだろう。


石原憲一(いしはら・けんいち)
1962年慶應大学卒業(英文学専攻)。日本Olivettiに入社し、ソフトウェア統括部長、子会社社長を経て、1982年GE(ゼネラルエレクトリッ ク)社にて商用ネットワーク部門を担当、電通国際情報サービス常務取締役を兼任。1999年に退職後もGEに嘱託として残り、同時に KDD、シェル・サービス、JetFormの顧問やコンサルタントとして2003年末まで勤め、現在は長野県の森の中で隠遁生活中

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