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管理職と一般社員

野球でプレーイング・マネジャーといえば元ヤクルトの古田敦也氏。監督として1年目は3位という好成績を残すも、翌年は最下位。マネジャーとプレーヤーを両立するのは難しい。

野球でプレーイング・マネジャーといえば元ヤクルトの古田敦也氏。監督として1年目は3位という好成績を残すも、翌年は最下位。マネジャーとプレーヤーを両立するのは難しい(Photo:Hitoshi Mochizuki/AFLO)

企業には成長が必要

 今は不景気だが、一般に企業は自転車操業なのである。積極的拡大策を取るか、こじんまりと「儲けが出ればそれで良い」というような安定均衡路線を目指すかは意見の分かれるところであろう。
 それは、ビジネスの性格にもよるだろうし、経営者や上層部の性格にもよる。
 しかし絶対的に言えることは、社員の平均年齢は放っておけば、確実に上がっていくこと。そのため、昇給も必要になってくるし、デフレスパイラルにでも遭遇しない限り、物価は上がっていく。
 そのために企業は常に成長を余儀なくされる。成長しない会社はやがて沈む。

管理者とチーム・リーダー

 いわゆるバブル時代、どの会社も競って成長戦略に没頭した。社員数はウナギ昇りとなり、いわゆる新卒の「売り手市場」となったことは記憶に新しい。「量の増加は質の低下を招く」というのは私の持論だが、企業としても、同業他社が社員の獲得に血眼になっている時に、指をくわえているわけにはいかない。それで、質に少しくらい問題があっても、どんどん社員を増やしていったものであった。
 その結果、若くて経験に乏しい社員が増加して、管理職が不足した。そして、「えっ、あの人が管理職?」という状態になってしまった。管理職も「量の増加は……」状態になってしまったのである。
 そこで考え出されたのが、野球などでいう「プレーイング・マネジャー」である。自分も部下と一緒の仕事をしながら、管理職をも兼任するということである。そして教育などをまともにしている暇もないので、OJTが教育のすべてのようになってしまった。
 教育は社員教育も含めてやはり座学(Off JT)が基礎なのである。OJTに頼る場合は多くの場合「企業や先輩たちが持っている風土病(悪い癖)を無差別に蔓延させる」ことになる。
 若手の教育すらままならない状態においては、管理職教育などには手が回らないのは当然である。したがって管理者(野球でいえば監督)なのか、チーム・リーダー(野球でいえば主将)なのか分からない存在が増えてきてしまう。

区別されるべき管理者と一般社員

 管理職と一般社員とははっきり区別すべきである。部下を評価するという責任を負わされる以上、それは当然のことなのだ。
 ただ、誤解されては困るのは、管理職は「管理だけできれば良い」というものではない。部下の指導、育成もその責任の中に含まれる。したがって、少なくとも直轄の部下の仕事はこなすことができなければならない。部下の仕事の詳細が分からなくては、育成も指導もできない。況や評価などとんでもない。
 だから私は、関係ない部門から「管理ができる」という理由だけで、異動してくる管理職はあまり信用したくない。特に酒でも飲みながら部下をおだてて仕事をさせるというタイプの管理職は好きではない(もっとも今時、上司と酒を飲みにいこうなどと思う若手などそう多くはないだろうが、一昔前までは「飲ミニケーション」などと称して、そういうことがまかり通っていた)。
 部下と一緒になって、仕事に埋没できて、初めて立派な管理職と言える。だから私は「生え抜き」という言葉に大きな共感を持つのである。


石原憲一(いしはら・けんいち)
1962年慶應大学卒業(英文学専攻)。日本Olivettiに入社し、ソフトウェア統括部長、子会社社長を経て、1982年GE(ゼネラルエレクトリッ ク)社にて商用ネットワーク部門を担当、電通国際情報サービス常務取締役を兼任。1999年に退職後もGEに嘱託として残り、同時に KDD、シェル・サービス、JetFormの顧問やコンサルタントとして2003年末まで勤め、現在は長野県の森の中で隠遁生活中

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