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情熱の国、スペインの危機

情熱の国、スペインの危機

モンジュイックの丘から眺めたバルセロナの風景。情熱の国に今、財政危機という暗い影が差し始めている

 1992年のバルセロナ五輪以降、スペイン経済は長きにわたり成長してきた。この成長期に金融化した経済は、リーマン・ショックという突然の大波を受けて崩れ始めた。凄まじい不動産バブル崩壊の波が金融危機を生成しながらスペイン国内に拡大し、国家と地方財政を圧迫していく。
 今回のスペインの危機は、港町の定食屋で昼間からサングリアを飲んでいい気分になっていたら、予告もなしに闘牛の牛が突っ込んできたような衝撃のはずである。にもかかわらず、それに対するスペイン政府の反応は驚くほど緩慢であった。銀行への対応なども、牧場から牛舎に戻る牛の歩みのごとく依然としてスローテンポである。
 90年代の日本のバブルでは、金融機関の不良債権処理の先送りを行い、自己資本比率を段階的に上げて処理を試みた。その結果、時間をかけた分だけ金融危機の傷を拡大させ、実体経済の回復で長い道のりを要した。

高い経済成長から一転 マイナス成長へ

 日本の1.3倍の国土に、日本の人口の約半分の人々が生活するイベリア半島の大国スペイン。そこは、かつてイスラム教徒とキリスト教徒が激しく覇権を争った地である。数百年にわたる長い戦いを経てキリスト教勢力が勝利し、15世紀半ば、イサベル女王とフェルナンド国王の結婚によって統一国家エスパーニャが誕生して以来、世界覇権国家として台頭し大航海時代には栄華を極めた。しかし、その後の歴史は決して順風満帆ではない。クーデター、内乱、フランコ将軍による独裁政治。いまだ続くバスク地方の独立を目指すテロなどがある。劇的な歴史に彩色されたこの国は、現在では人口の約75%がカトリック教徒の立憲君主国である。

 スペイン経済は、92年のバルセロナ五輪から07年までGDP(国内総生産)年率3~5%と順調に拡大を遂げてきた。ところが、リーマン・ショック後の08年を境に、投資家や消費者のリスク許容度が低下して、行き過ぎた不動産バブルがはじけた。ギリシャから連鎖したイベリア半島の金融危機が、毎日のように金融市場ニュースで報じられている。
 日本政府の債務残高がGDP対比で約200%といわれる昨今、スペインは我が国の4分の1程度である。すなわち、ユーロ諸国の財務規律とするGDP債務比率は60%であるから、この50%程度の数字を見る限り、スペインの債務危機はそれほど深刻なのかと思われる。
 事実、日本国債が菅民主党政権の財政政策の一貫性欠如から米国の格付機関S&PによりAAマイナスに格下げされた(日本の格下げは02年4月以来。ただしアウトルックは安定的なので、しばらくは大丈夫ということらしい)。一方、サパテロ政権下で、財政再建と労働市場改革を進めるスペインは、日本よりも一つ上のAA格付(ネガティブ)である(S&Pの成長率予測値は0.7%)。

 しかしIMF(国際通貨基金)の予測によれば同国の政府残高は、11年60%、12年65%、13年約70%と年次を追うごとに数値を増大させる。スペイン国債の外国人保有率は約30%。外国人保有比率が90%で、外国人投資家やファンドの投機対象となったギリシャとは負債構造が異なるが、イベリコ豚ならぬPIIGS(ポルトガル、アイルランド、イタリア、ギリシャ、スペイン)と称される新たな金融危機諸国の頭文字の最後を飾る。この頭文字の国々の中には、すでにEFSF(欧州安定化基金)、IMFなどの資金で救済されている国もあり、スペインはリスク国家のクラブ構成員である。これはユーロの信認に関わる問題だ。


文:西村訓仁 構成:羽田祥子(編集部)

西村訓仁(にしむら・くによし)
米国・仏系国立銀行、独系などの外資系金融機関で様々な金融に従事。ドイツ銀行ロンドンでは、欧州ファイナンスなどを担当。現在はロンドン株式市場に上場しているインフォーマ・グループの金融分析会社、インフォーマ・グローバル・マーケット・ジャパン株式会社代表取締役。国際政治経済学修士号。金融を政治経済の視点からユニークに分析する

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