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リーマン危機後の英国金融

リーマン危機後の英国金融

英国・パターノスタースクエアにあるロンドン証券取引所

大英帝国の遺産

 大英帝国の繁栄は遠い過去のことで、英国が世界経済の重要なアクターであった時代はもうとっくに終わっているというのが普通の見方である。ポンドが、大きな流れで1975年1月の1ポンド709円から、80年代を経て、90年代初頭の242円、2008年9月のリーマン危機後には150円台に、現在のポンドは1ポンド130円台(2010年12月13日現在)にまで価値を下げた(イングランド銀行統計)。現在、世界景気の推進力となっているのは、中国やインドなど、かつて英国が植民地支配し、搾取し、あるいは、英国製品のはけ口として利用し尽くした国々だ。産業革命時代のような石炭の煤(すす)がついたような建物もあり、設備は古くさい。ゲイルと呼ばれる北極からの強風が吹き、一日中雨に見舞われるなど、決して天気に恵まれた地ではない。それでもなおロンドンはいまだに人気の高い魅力的な勤務地の一つなのである。その理由は、成熟度の高い大人社会の魅力にあると思うことがある。
「ジェントルマン」という言葉に象徴される英国社会のもつ静かなゆとりの心地良さ、それは駐在員としてこの地で仕事をした日本人ビジネスマンが、日常生活そしてビジネス両面に関して感じるものである。

緊縮財政と実体経済の悪化

 英国経済は08年以降、リーマン危機、危機前に膨れ上がっていたバブルの崩壊、ギリシャ危機などの欧州金融不安により、米国ほどではないが大きな経済的痛手を被った。海外からの直接投資や金融投資への依存率が高いこの国の景気は、リスクに敏感な海外投資家たちの動向に大きく左右される。この金融危機で、株式、通貨、債券、金融派生商品(住宅ローン担保証券などデリバティブ)、商品、不動産などから、現預金などの安全資産への逃避が見られた。
 この運用ポートフォリオ構成の変化と金融資産価格の下落は、金融市場の主要なプレーヤーである商業銀行、投資銀行、投資ファンドのみならず、金融的な投資をしていた一般事業会社、国家や大学、教会、個人にまで影響が連鎖した。危機前の過剰なインフラ投資、過剰な借り入れでの不動産投資の巻き戻しなどによる価格の下落が英国全土に起きた。また、信用不安から国債の利回りが急上昇し、より深刻な国家的デフォルトなどのリスクが懸念される南欧諸国のソブリン債券を保有する英国などの銀行が売りの対象になり、その救済のために英国政府が行った巨額の資金投入は、さらなる財政赤字の拡大を招いた。

図1:英国の経済統計の推移(画像をクリックすると拡大表示)

 そしてサービス産業や製造業などの実体経済を悪化させ、ますます企業、家計、個人投資家が投資の回収や借金の返済などを急ぎ、それが投資行動、消費行動を必要以上に縮小させ、スパイラル的に景気を悪化させた。それは図1の経済統計からも見て取ることができ、産業・経済の活動の成長を表すGDP、財政赤字とGDPのバランス、失業率の高さなどが示唆している。 最近の動きでは、米国が政策金利をこれ以上下げられない状況に直面しながら、FRB主導でQE1、2などの追加的な量的緩和策を採用し景気浮揚を狙う。一方英国は、基軸通貨でもなく国債の海外保有比率が約30%と高いため財政規律を重視せざるを得ない。GDPの約80%に膨らんだ債務残高や11%に到達した財政赤字額を削減すべく、キャメロン政権は、景気が落ち込む局面にもかかわらず、VAT(付加価値税)値上げ、公的年金のRPI連動制、キャピタルゲイン税の値上げなど緊急予算案と緊縮財政策を打ち出している。公務員給与も2年間、賃上げが凍結される。この政策が目標とするのは5年で対GDP比8.3%まで赤字を削減することである。社会政策的な視点から、公的医療(NHS)は据え置かれ、食品や子供衣料品はVAT非課税となる予定だ。
 緊縮財政に反旗を翻したのは学生たちだ。最近、英国全土に広がりを見せる学生の授業料値上げ反対抗議行動である。授業料は90年代後半まで無償、その後3000ポンドの上限を定めて有料となっていた。そして最近、保守党との連立内閣を組む自由民主党は、上限を6000ポンドに上げると綱領に盛り込んだため、若者たちの怒りにつながったのだ。


参考資料 IMF : World Economic Outlook, Bank of England, HM Treasury.
文:西村訓仁 構成:羽田祥子

西村訓仁(にしむら・くによし)

米国・仏系国立銀行、独系などの外資系金融機関で様々な金融に従事。ドイツ銀行ロンドンでは、欧州ファイナンスなどを担当。現在はロンドン株式市場に上場しているインフォーマ・グループの金融分析会社、インフォーマ・グローバル・マーケット・ジャパン株式会社代表取締役。国際政治経済学修士号。金融を政治経済の視点からユニークに分析する

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