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【金融多論】超名門経済紙フィナンシャル・タイムズ、日経が巨額買収

――鍵を握る日経のグローバル経営手腕と金融・政経ジャーナリズムの再生

【金融多論】超名門経済紙フィナンシャル・タイムズ、日経が巨額買収

世界的なメディア企業、ドイツ企業との買収競争の果てに

 報道された日経による英国のFT買収で、今後、欧米・アジアをカバーする巨大グローバル・メディアが出現するようだ。
 この買収で、新聞という紙媒体の推定読者数が296万部、電子媒体で93万の世界最大の金融・経済メディアが誕生する。
 数年前にFT紙コラムで書いたように、日本という国が長い自省の期間を経て世界に向けて自信を取り戻しつつあり、またメディア、ジャーナリズムの再生の時代にあたり、この買収は、ピアソンのCEOがコメントしたように、ひとつの曲折点となるであろうか。同時に、日本のメディア企業が、どう英国ビジネスを成長させていくかも注目されると思われる。
 日本の経済新聞最大手の日経のFT買収は、主要な国々や地域の報道量に差異があるものの、ドイツ企業と決闘の末の勝利というヘッドラインで、世界のメディアをかけ巡った。
 日経が老若ビジネスマンのバイブルやビジネス・トークの基本的な題材であるとするならば、FTは世界のビジネス・エリート、英国人には必然のメディアと思われる。ちょうど紙から電子媒体に切り替わる過渡期の90年代ロンドン、欧州で勤務した筆者の経験では、サーモン・ピンクのFTは、地下鉄、カフェ、ホテル、オフィスなど場所を問わず、多くのビジネスマンに読まれていた印象だ。
 その頃の新聞の性格上、金融市場情報についてリアルタイムではなかったものの、FTの金融政策の方向性の解釈や紙面上の有名コラムニストの市場分析や視点に基づき、または参考にして業務が行われることが多かったのもおそらく影響していただろう。
 その稀少な分析を手に早朝のオフィスのトレーディング・ルームに一目散に駆け上がり、ポンドや円を売り買いした経験をお持ちの読者もいるかもしれない。そのぐらいロンドン・シティの金融機関の人々、企業財務・ファイナンスの関係者には絶大な影響力があった。
 今回、そのFTがJPモルガン、ゴールドマン・サックスなどをファイナンスの相談役につけた売り手である英国の情報・教育メディア企業・ピアソン社から、8億4400万ポンド(日本円で約1600億円)で売却されることが決定した。ピアソンは、マダム・タッソー博物館、TVなども所有する総合メディア企業だが、収益の少ない事業分野から、コアである教育事業に軸足を移動する一環とも捉えられる。
 日経が1888年創刊の英国の伝統企業、金融・経済紙の名門であるFTの全株式を取得することが7月24日付日経とFTに同時に報道されたが、FT一面のヘッドラインは「Nikkei、土壇場で、 以前は、米国の金融市場情報通信で多様な金融データを有するブルームバーグ社によるM&A動向が注目されていた時期もあった。最近ではドイツの総合出版・メディアの大企業であるアクセル・シュプリンガーの買収が最有力視されていただけに、英国、日本をはじめ世界は、日経の取得には驚きが隠せないだろう。日経はロスチャイルドと法律事務所をアドヴァイザーに1カ月強前にディールに参加、10分間で取引を締結した模様である。
 なお、この買収にはピアソン社が50%出資するエコノミスト誌とFT本社ビルは除外されているということだ。ご存知のように、エコノミスト誌はピアソンの収益性に貢献し、また、独自の研究所を有して、金融、政治経済のみならず、軍事・地域研究、医療・バイオなど科学、環境問題、書評と芸術などを広く取り扱うジャーナル(週刊誌)である。

割高と思われるFTディールの日本的ロジック

 日経は、FTという知名度が高く、誰もがうらやむ稀少な有名金融・経済情報ブランドを傘下に置き、FT全体の約7割を占めるといわれるデジタル事業を活かしつつ、自らもデジタル事業を強化・洗練しながら、FTの取材・分析など経済・金融の情報を共有することが可能になる。その意味で、投資家が考えるような、ピアソンが買い手より良い資産を得たという逆説的な評価を覆す価値を日経にもたらすであろうと考える。
 FTを買った日経と、その傘下にFTを置く日本のメディア企業・日経ということで、ブランド価値は上昇し、グループのシナジー、すなわち、金融市場情報のQUICKや東京12チャンネルの金融・経済番組、グループの持つ雑誌・書籍についても、より国際化や多様化が図られ付加価値が上昇することも期待されるだろう。
 有力欧米メディアは、あらためて、日経とはどんな企業か、どのような経営ビジョンやビジネスモデルの会社であるかという特集記事を組んでいる。同時に米国の新聞の中には、今までその資質が過小評価され、日本では有名でも、世界ではほとんど知られていないブランドであることにも言及しており、この買収による知名度の向上が日経にとって世界企業へのステップとなるかなどの論点を提起する。
 さらには、日経が国際的なコンテンツとカバレージを充実・拡大し、日本語という特殊言語圏の日本において、加えて、日本という欧米とは異なる経営・ビジネス、株主関係における概念や手法をもつ、ある種のこれまた特殊地域のメディア・グループが、世界的に知名度を鍛えあげながら、日本的なビジネスの良さを失うことなく飛躍するスプリング・ボードにつながることも期待したいものである。
 その意味から、今後、日経自身の企業バランンス・シートと利益にかなりのインパクトを及ぼすであろう1600億円というFTディールの今後の収益動向にも注目されるが、物言う株主との関係の最適化を図りつつ、長いスパンで考える問題でもある(FTの知名度の形成には120年も要したというが)。必要資金は、自己キャッシュ・フローと借り入れでカバーされるようだ。
 日経が飛躍し、同時にFTの伝統と価値を上手に進化・発展させることができれば、情報メディアにおける良いM&Aケースとなる可能性も秘める。また、FTは、約3億3000万ポンドの売り上げと2400万ポンド余の営業収益を持つ。ここ数年は広告収入を減らし、それが収益減に影響したようだが、その一方で、英国企業の反復されるきめ細かい顧客へのマーケティングは、日本企業やメディアの参考になる部分もあると、個人的には考える。

報道・コンテンツ作成・編集の独立性とバイアスの排除

 グローバリゼーションの流れで、FTがハロッズ、ジャガーのように外国資本になることにさほど違和感はないが、日本資本となると個人的にも幾分驚きがある。海外では、ニューズ社が米国ウォール・ストリート・ジャーナル紙を、アマゾンがワシントン・ポスト紙などを保有する。
 報道・情報産業の性質上、投資ファンドに買われ、徹底的にコストを削られ、リストラされ、将来、高値でコモディティのごとく、転売されることは避けられた。ピアソンももともとは建設会社からスタートしFTを買い、育てている。また株主がドイツの競争者でもよいだろうが、国際化とデジタル化、自社コンテンツの充実を図る真摯な日経は、良い買い手と思われる。
 おそらく日経はFTの記事をより活用し、あるいは、日本語電子版FTなどを製作する可能性が高い。当然ながら、国内政治の関係で記事の内容や政治経済の見解にバイアスが強くなったり、世論に迎合するばかりでは信頼を失うのがこの業界であろう。
 言うまでもなく、メディアは憲法改正論と国際情勢の変化に直面して、公論形成においてますます重要な使命を帯びてくる。言い換えると、できる限り三権の透明性を求めながら、真実を国民に伝えるミッションを有する。
 FTを製作する英国人や世界のスタッフも、英国的な偏狭を薄めていくことが求められる局面もあろうが、日本人の読者としては、英国的な見方、日本人的でない、非日常的な欧州の鋭い分析にも興味がある。例えそれについて賛否両論があっても。
 最後に経営的な視点では、おそらく今回、日経がディールを勝ち得た要因に、価格評価の問題があったろう。前述したような営業利益の35倍の買収価格を正当化できる欧米国際企業は限られようが、日経は英断した。
 コンテンツのビジネスは、ITの高度で革新的な技術も必須だが、製作する「人」のビジネスでもある。その意味で、製作する、あるいは編集する「人」をさておいて、ROEなど株主価値を過度に追求するビジネスモデルでは立ち行かないことも強く意識されるのが、情報産業であることも述べておきたい。


西村 訓仁(にしむら・くによし)
米国、フランスの国立銀行、ドイツ系金融機関等で主に国際金融業務、ファイナンスに従事。ロンドンなど欧州駐在では、汎欧州の金融ビジネスを経験。現在は、ロンドンに株式を上場している世界的なネットワークを有するインフォーマグループの金融市場・国際政治経済の分析会社「インフォーマ・グローバル・マーケット(株)」の代表取締役。大学院では国際政治経済学を専攻。

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