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6億人の経済圏ASEAN――アジアの奇跡から世界の成長主軸へ

6億人の経済圏ASEAN――アジアの奇跡から世界の成長主軸へ

 今日の東南アジアの国々の高い経済成長率は目を見張るものがある。
 1998年のアジア通貨危機、2008年に起きたリーマン危機を乗り越えて、別表のように東南アジアの国々は押しなべて力強い発展を遂げている。
 その背景は国により異なるが、政治と通貨を安定させ、旺盛に海外投資を受け入れるために、税制や規制を柔軟にして外国からの投資インフラを整えたこと、そして官民が魅力ある国や都市づくりに力を入れたことが大きいだろう。
 そもそもこの東南アジアという概念は、第2次世界大戦後に米国地理学会が分類したことから普及した概念で、1970年以降、世界史でもこの地域分類が取り入れられた。成長可能性の高い国々について、「BRICs」という呼び名を投資銀行家がつけたが、これは地域を越えて経済の成長率の高さに注目した投資妙味の高い国々の分類であり、当然ながらASEAN(東南アジア諸国連合)のような地域国際機関ではない。

 周知のようにASEANは、タイを除き長い植民地支配から民族運動、ナショナリズムを経て国家の独立を勝ち取り、1967年、タイのバンコクでインドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイの5カ国(ASEAN5)で設立された地域国際機関である。
 ASEAN設立の政治的な趣旨は、インドシナ半島の共産化を食い止めることにあり、経済的には、加盟国間での協力関係をてこに、多少の手法の違いがあっても、国家主導で国民経済を形成することであった。
 過去の植民地政策によるモノカルチャーなど極端な域内分業体制を打破して、強力な開発戦略を掲げて加盟国を構成するASEANは、極めて多様性の高い国々の地域国際機関として、開発に向けて離陸することになった。UNCTAD(国際連合貿易開発会議)が進める南北の国々の貧困差解消を象徴することも理想の一つであった。
 設立時のASEAN5に加えて、冷戦体制が終結し後続加盟国としてブルネイ(1984年)、ベトナム(1995年)、ラオス、ミャンマー(いずれも1997年)、そしてカンボジア(1999年)とさらに5カ国が加盟した。

TPPとの交差がもたらすもの

 加盟した国々は民主化と対外経済開放を目指すことが期待された。市場経済化も推し進めた。1990年代にタイが自由貿易地域構想を打ち出し、現在は、民主化を一層進める社会主義国を加えた政治・経済協力のための地域協力機構として機能する。この経済圏は、人口ベースで約5億9000万人のスケールである。
 別の言い方をすれば、ASEANは、関税同盟を基盤とした東南アジアの経済ブロック体制である。この体制に、米国が主導するTPP(環太平洋連携協定)が交差して、将来のアジア経済統合やASEANを含めたアジアの国々との領土問題などで緊張を引き起こす中国に対する軍事的なブロックとしての性格をさらに強める可能性を秘めている。
 歴史的に東南アジアは、熱帯圏の産物や米、そして海にかかわる世界である。古代から都市文明を形成してきた中国、インド、そして西洋を結ぶ重要な地域でもあった。そうした東南アジアの地域や国々が、政治、経済、そして文化的に接近し、時代の渦に巻き込まれながらも再形成を行いながら、発展途上国から中心国に成長した。

 現在、世界ではグローバリズムが進み、世界の覇権の変動過程であるが、40年以上の間に多民族文化国家群であるASEANも加盟国を増やし変容した。拡大外相会議を通じてアジア・太平洋地域全体の協力促進を進め、さらに中国の台頭に対して域外の先進国とのパートナーシップを強めながら東南アジア世界の強化・連携に動いている。緊張度を高める国際情勢と経済情勢の下、発展途上国の集合体であったASEANは、世界市場でも地域内でも、市場開放と貿易自由化が進展する中で、厳しい競争にさらされている。さらに、BRICsの一員である中国とインドの台頭で国内市場にも両国の製品が流入している。

ASEANを取り巻くグローバリゼーションの波

インドネシアの首都・ジャカルタにそびえ立つ高層ビル

 グローバリゼーションによる世界経済・金融の中で発展してきたASEAN諸国は、今、欧州の債務危機の連鎖で緊張する世界経済の影響を受けつつある。
 リーマン危機後も世界の余剰資金が、より高い収益機会を求めてASEANの株式、通貨市場に流入している。しかし、ひとたび、金融不安が起きたり米国株が下落すると、そうしたリスクマネーは、ドルや円、スイスフランなど安全な通貨や資産に待避する傾向にある。同時に、ASEANの国々の中には、貿易で蓄えた準備金を背景に政府系ファンドを構成し、先進国の実物や金融資産へ投資を行うものもある。
 ASEANの国々は、国際経営を取り入れ、市場原理を進めてきた。その意味ではグローバリゼーションの中に位置するが、同時に、自国の開発についても地域の実情を考慮しながら進め、その結果、有力な大企業や地場中小企業が育ってきている。グローカリゼーションをうまく具現しているといえよう。

 しかしながら、国内の規模が比較的大きなインドネシアと、強い政府で独自の政策を進めやすい統一国家のシンガポールを除いては、前述のように国際貿易、実体および金融資本投資の流出入が、欧米の景気と相関する度合いが高く、その意味で負のグローバリズムの影響を受けていることも否定できない。貧富の差も依然解消できていない。これが、軍事的な安全保障と並ぶリスクかもしれない。
 ASEANの国際的プレゼンスが高まり、欧米化をいち早く進めたシンガポールは、小国ながらも3大国際格付け会社からAAA格付けを得て安定性を誇示する。2010年のGDP成長率は10%と中国を上回り、2012年は4.8%と予測されている。企業の活躍も目覚ましく、DBS銀行、シンガポール航空、シグテルなどはアジアの主要プレーヤーとして認知されている。ASEANの中で約2億人の人口を有するインドネシアは、旺盛な内需に支えられ、リーマン危機後も高い成長を維持している。日本の産業界が最も注目する国である。

中国の台頭で安全保障が主要課題に

 中国との海洋、領有問題、シーレーンの資源での対立は、ASEAN諸国にとって安全保障に関わる重要な問題である。とりわけ、南シナ海を取り巻く中国、フィリピン、ベトナムの領有権争いは国家安全保障に関わるイシューで、ASEANが国々と連携を進め、法的な枠組みで秩序維持がなされなければならないだろう。
 この安全保障を裏打ちするために、ASEANは、米国は言うに及ばず、日本、オーストラリア、インド、そしてロシアの力を得たいと考えている。先日のアジア太平洋経済協力会議(APEC)閣僚会議でも、アジアの覇権をめぐる米中の対立が報道された。中国は日本がTPPに参加することを日米による包囲網と捉え、警戒感を強めているという内容だ。

日本に対する信頼度が高いASEAN

 現在の欧州連合(EU)が直面するソブリンデット問題(国家債務)は、ギリシャから大国イタリアに波及して、地域的な経済危機がグローバルに発展する兆しを見せている。これはEUという地域国際機関ないし政治同盟そして通貨同盟が、危機にいかに対処するかのケーススタディーであるとともに、こうした国際機構の問題解決の成否は、将来の東南アジア諸国連合の政経・通貨統合構想に対する示唆を与えるものであろう。
 現在、ASEANの安全保障の問題では、日本のTPP参加により中国をめぐる法化の問題が鮮明になり、今後の安全保障は、より緊迫したものになるかもしれない。東南アジアへの欧州金融危機の連鎖も、いまだ霧に包まれたマラッカ海峡を望むような不確定な状況とも考えられる。もし、世界経済の低迷に左右されず、ASEANが独自の成長軌道をたどるのであれば実に頼もしいし、間違いなく日本の成長のカギを握るだろう。
 2011年11月のバリ島でのASEAN+日中韓の首脳会談では、中国に対する国際法順守の声明など、新たな動きを読み取れるだろう。(本稿は会談前に作成)
 日本は戦後 、貿易や投資、政府開発援助(ODA)、政府借款などを通じて、ASEAN諸国の発展に貢献してきた。国際協力銀行が主導するインフラストラクチャーのプロジェクトも盛んだ。
 本邦外務省のASEAN主要6カ国(インドネシア、マレーシア、フィリピン、シンガポール、タイ、ベトナム)における対日世論調査(平成20年)でも、90%以上が「日本は信頼できる」と回答している。この信頼を裏切ってはならない。
 日本の民間企業も、経済のみならず、破壊の進む熱帯雨林の保全に努めるなどASEANの国々に対する社会貢献も行っている。2011年3月の東日本大震災では、シンガポールをはじめとしたASEAN諸国からも多くの義援金を受けた。親日国が多いといわれるASEANに対して、日本は、経済・安全保障の面で、一層、緊密に連携していくことが望まれる。


西村訓仁(にしむら・くによし)
ニューヨーク、パリの国立銀行、フランクフルトの多国籍銀行などでさまざまな国際金融業務を経験。ロンドンでは、欧州と日本の投資家をつなぐビジネスに従事。現在、ロンドン市場に上場している国際金融情報・分析会社のインフォーマ・グローバル・マーケット・ジャパン(株)代表取締役。国際政治学修士。

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