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強羅花壇

上流階級の別荘地、強羅

 箱根湯本から登山鉄道で中腹まで上がったところに位置する強羅は、大正から明治にかけて、皇族や財閥といった上流階級がこぞって別荘を建てた由緒ある地域である。閑院宮家が財閥岩崎家から譲り受けた1万坪の敷地に建物(現在の強羅花壇旧館)を建てたのが1870年、宮家が夏の別荘として使用していた土地と建物を当代社長の祖父が譲り受け、強羅花壇として旅館業を始めたのが1952年のことである。それから半世紀余り。現社長が手掛けた1989年の現在の本館建設を経て、強羅花壇は世界にその名を知られる上質な宿泊施設として存在し続けている。
 代表取締役社長であり女将でもある藤本三和子氏は、強羅花壇設立の経緯について語る。「私どもが旅館を始めるにあたり、自分たちが受けたおもてなしが一番の判断基準になりました。ホテル業の経験はありませんでしたが非常に旅行が好きだったので、自分たちが泊まって気持ちがいいと思うものであれば、お客様にも喜んでいただけるのではと考えました」。

直径約2mの円形檜風呂を設けた展望檜風呂付客室。夜は仄かな照明に包まれる。 全37室の内13室に展望檜・露天風呂が付いている

 藤本氏は89年に社長となった直後に、斬新でありながら日本人の感性に合った新しい本館をオープンさせた。手付かずの強羅の自然にふさわしい、厳選された木材とコンクリートを主材料に使った建物である。1万坪の敷地に37室というこの上ない贅沢な造りに加え、従業員のおもてなしの心が徹底していて実に気持ちがいい旅館である。数百年続く老舗旅館のもてなしと比しても全く見劣りせず、見事なまでに居心地の良い世界を確立している。「私自身、小さい頃からカトリックの学校で、目上の人を敬うこと、人に感謝すること、などの道徳的なことはたたき込まれましたので、そういった基本はあったと思います。来てくださる方に本当に感謝しているから、自然と立ち振る舞いにもそれが表れるのではないでしょうか。従業員に対しても、おもてなしの心を表立って教えるようなことはしませんが、一人一人と立ち話はよくします。『来ていただいて本当にありがたいわね』とひと言話したり、自分の経験を含め折に触れていろいろなことを伝えたりするようには心掛けていますね」。社長である藤本氏と個々の社員との強いつながりを感じさせる。だからこそ、藤本氏の考え方が隅々まで伝わり、従業員教育において高い評価を受ける旅館に成り得たのだろう。

独自の信念が生んだ比類なさ

スチームサウナ、檜のジャグジーが付き、畳ベットを設けた貴賓室は人気が高い。 日常から解き放たれた開放感、何もしない時間を重ねることの贅沢さにただ浸っていたい

 門から玄関までの石畳を進み、ロビーに入ると、季節の花が咲き乱れるように飾られ、大きなガラス窓を通して見える強羅の深い緑に心が和む。ロビーの奥には、非日常の空間へといざなうかのような、ガラス張りの長く美しい柱廊が続いている。場所によって微妙に違うお香の馨(かぐわ)しさが心を落ち着かせる。ふと目をとめる場所には必ず飾られているさりげない季節の生花に目が喜ぶ。通常視線の高さの位置は気を遣うが、足元の様々に飾られる花に、実は足元も非常に視線が向けられる場所であったことに気付かされる。「新しい本館の開館当初から約300カ所に生花を飾っています。これを絶やさないようにすることは結構大変な作業ですね」。

強羅花壇の象徴でもある柱廊は黒松造り。四季を肌で感じるために空調を入れていない。全面をガラスに覆われ、周囲の景色や太陽の光など、時間の変化で様々な表情を見せる、長さ120メートルの特別な空間だ。柱廊中程には京都・清水寺の舞台にも長谷寺にも似た美しい展望場所があり、絶景を楽しむことができる

 他のホテルとは比類ないものを感じさせる旅館である。パブリックスペースが非常に広く、さまざまな趣向を凝らした空間に心が弾む。強羅花壇の象徴ともいえる美しく長い柱廊を歩くだけでわくわくし、急勾配の庭園に施された美しい植栽に和み、竹林を渡る風に心が洗われる。そこにいるだけで、見ているだけで胸躍る美しい光景が四方八方に広がるのだ。通常、どこかに泊まりにいく時に刺激されるところとは違う、脳の別の場所が覚醒させられていることに気付く。「リニューアルにあたって、柱廊や庭園などのパブリックスペースが宿泊施設よりもかなり広いことに、さまざまな方面から大反対を受けました。お金を生まないところにどうしてこんなにお金を掛けるんだ、と。散々話し合いましたがなかなか理解されず、結局、強引に押し切りました」。社長を引き継いだばかりの藤本氏の頭には、すでに明確に今の強羅花壇のビジョンがあったのだ。「当初、スタンダードルームをもっとたくさん作るべきだと言われました。でも実際問題としてスタンダードルームが一番売れなかったのです。ここ10年ほど毎年改装をしていますが、最初に手掛けたことは、スタンダードルーム2部屋を1部屋にしてスイートルームにすることでした」。
 本館オープン当初より一人5万円からという宿泊料金を設定している。「当時は本当に高かったと思います。それでも待っていてくださるリピーターの方が多く、今も週末などはすぐに予約で埋まってしまいます。予約が取れないとたくさんお小言を頂くのですが、37室しかご用意できないのでいつも申し訳なく思っています」。良いと思うことを徹底して貫く。分かる人には分かる。そして分かって支えてくれる人を大切にしたい。それが、強羅花壇が強羅花壇たる所以でもありそうだ。

ルレ・エ・シャトーからの誘い

手前が強羅花壇旧館。現在、宿泊施設ではなく、懐石花壇として食事に使われているこの風情ある建物は、1870年に閑院宮家が夏の別荘として建てたもの

 ルレ・エ・シャトー(RELAIS & CHATEAUX)とはフランス発祥のホテルの協会で、現在55カ国、475の会員からなる。入会には厳しい審査があり、「おもてなし、魅力、個性、静寂、美食」という5つの憲章に則って高い品質を保っていることが条件となる。日本ではまだあまり知られていないが、会員のほとんどが他評価機関の4ツ星か5ツ星クラスに属している大変質の高い協会である。入会後も毎年ブラインドチェックがあり、基準に満たなければ外されるところも多い。
 強羅花壇がルレ・エ・シャトーに加入したエピソードが興味深い。「本館の開設から半年ほど経った頃、たまたまフランス人のお客様が泊まりに見えました。その方がお帰りになる際に私が呼ばれまして、『自分は実はルレ・エ・シャトーのインスペクターなのだが、人に薦められて泊まりに来た。ここのホテルのコンセプトはルレ・エ・シャトーに非常に合うと思うのでぜひ入会しないか』というお誘いを受けたのです。それでご推薦を受け、入会することになりました」。翌年には最も優れた会員としてウェルカムトロフィーという賞も受賞している。「従業員の努力の賜物だと思います」と藤本氏は控えめに語る。強羅花壇のもてなしの心が世界に通用する上質なものであることを裏付ける一例だ。
 日本には世界に誇る日本ならではの極上の宿がある。それを私たち日本人がまず認識し、理解することが、さらに上質な宿を作り出す第一歩なのかもしれない。


強羅花壇
神奈川県足柄下郡箱根町強羅1300
TEL 0460-82-3331
www.gorakadan.com

撮影:t.SAKUMA モデル:王汀 文:羽田祥子(編集部)

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