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	<title>BUAISO.net － 都市と都市をつなぐインターシティメディア &#187; 国際</title>
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	<description>BUAISO 都市と都市をつなぐインターシティメディア[BUAISO:ブアイソー]</description>
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		<title>第1回　「大陸間弾道弾」と「静かな武器庫」</title>
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		<pubDate>Mon, 02 Apr 2012 03:00:57 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.ohata</dc:creator>
				<category><![CDATA[国際]]></category>

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		<description><![CDATA[　地球上で何かを創造したとき、第三者に勝手に模倣され、使われてはたまらない。一方、何かを創造しても、それを隠していれば、産業は発展しない。 　したがって、創造したものを公開する代償として一定期間、その創造物を独占的、排他的に使う権利として知的財産権が規定されている。このうち技術の累積的進歩を図るものとして特許が規定されている。業務上の信用は商標、デザインは意匠で、思想又は感情の創作的な表現は著作権で保護される。権利は強力で、製造や販売等を差し止めすること、損害賠償を請求することなどができる。 　特許の発祥の地には諸説あるが、秩序だった形で保護されたのは15世紀半ば、イタリア・ベネチアとされる。ガリレオ・ガリレイが特許請願のため王様に宛てた有名な手紙もある。「陛下よ、私の発明を、私と私から権利を得た人々の他は何人も40年間は使用することを許されないようにし、もしこれを犯す者には罰金に処し、私がその一部を受け取ることができますようにして頂きたいと存じます。そうしてくだされば、私は社会の福祉のために、もっと熱心に新しい発明に力を注ぎ、陛下に忠勤を励みます。」 　各国法律は原則として国家領土内に限り適用される（属地主義）。知的財産が国境を越える場合の問題を是正するために、1883年にパリ条約が結ばれた。現在は170カ国以上が加盟している。地球上で何かを創造した場合、申請（出願）を早く行うことが大事である。その日から１年間は優先権が得られ、その間に他国への出願または国際出願を行えば、はじめの出願日に出願したものとして審査される。その前提には、同じ発明が出願された時に最初に出願した人が優先されるという制度（先願主義）があり、ほとんどの国がこれを採用している。アメリカだけが大国では例外的に、先に発明をした人に権利を与える主義（先発明主義）であったが、2011年9月に法律が改正され、先願主義に歩み寄った。 　グローバル化が進む現在、地球上で約200万件の特許出願が毎年行われ、うち約90万件、約45%は国境を越えた特許出願である（2010年）。日本・米国・欧州（三大特許庁・三極）に韓国、中国を加えて五大特許庁・五極と呼ばれる。五極の出願数合計は約150万件で世界の約75％を占める。五極間の特許出願の関係を示したのが下図である。矢印の特許出願1件1件に発明と発明者があり、国境を越えて権利を取るべく出願している。その様は、開発競争において他国に打ち込むミサイル、「大陸間弾道弾」とも喩えられる。 　他の国際間ビジネスと同様、知的財産の世界でも中国の台頭はめざましい。特許出願について2010年末の統計では、中国国内出願件数の出願件数は約39万件、日本国内出願（34.5万件）を抜いた。背景には、中国政府を挙げた国内出願・海外出願の費用補助がある。下図で注目すべきは、2009年日本・米国・欧州から中国に向けた矢印は2万～3万件と太いのに比べて、中国から日米欧に向かう矢印は細いことである。しかし、安心してはならない。この矢印には、はじめの出願日（優先日）から2年半後に各国に移行する国際出願（PCT出願）を経由したものを多く含む。一方、2年半を経過してないものは表示されない。この「2年半」にはPCT出願（Patent Cooperation Treaty特許協力条約）の枠組みが関係する。 　パリ条約の優先権期限1年の時点で、従来は各国後に翻訳して出願する必要があった。しかし翻訳に費用を要することから、1970年に条約締結され、PCT出願をすれば、優先日から2年半後まで各国翻訳の提出を猶予され、選択（移行）する国をその時点で決定する事ができるようになった。ミサイルの喩えで言えば、PCT出願はミサイルのように打ち上げられ、優先日から2年半の間は空中にあり、２年半後に子ミサイルに分裂して各国に着地する、ともいいうる。 　PCT出願件数について、日本企業は長らく上位を独占してきた。しかし、2011年末の統計では、一位が中国のZTE(2,826件)、二位パナソニック（2,463件）、三位中国のファーウェイ(1,831件)、四位シャープ（1,755件）と中国企業がランキングでも台頭した。すなわち2年半以内に中国から発明のミサイルが各国に数多く到達しうる。 　前線にいる一員としての印象では、現在のところ、中国発の特許は発明のレベルが低いものや権利の範囲が狭いものも散見され、それぞれの子ミサイルの破壊力は日本に比べてまだ低いように感じられる。しかし、それぞれの破壊力は弱くとも、数多く着地させ、かつ、それぞれを実際に訴訟で使うと脅威になる。また、数年内に日本の特許の質を凌駕する破壊力十分、質の高い特許が現れることは十分予想される。 　日本企業の特許は既に数多く各地域に到達し、権利化済である。ただ、欧州人の知財仲間から「静かな武器庫」のようだと揶揄されたことがある。非常に高性能な武器を多く各国に蓄えているが、近づいてもなぜか撃ってこない。表立った訴訟を避け、水面下の交渉で話を丸く収めることを目指しがちな日本企業。和を尊ぶ、この美徳により素晴らしき日本国ができている。しかし、日本の外ではどうか。中国が放つ「大陸間弾道弾」と、日本の「静かな武器庫」から放たれる迎撃ミサイルが相まみえる日も迫っていると感じる。 　戦争の時は武力の戦いになるが、平和な時は創造力の戦いになる。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<h4></h4>
<div class="kiji clearfix">
<p>
　地球上で何かを創造したとき、第三者に勝手に模倣され、使われてはたまらない。一方、何かを創造しても、それを隠していれば、産業は発展しない。<br />
　したがって、創造したものを公開する代償として一定期間、その創造物を独占的、排他的に使う権利として知的財産権が規定されている。このうち技術の累積的進歩を図るものとして特許が規定されている。業務上の信用は商標、デザインは意匠で、思想又は感情の創作的な表現は著作権で保護される。権利は強力で、製造や販売等を差し止めすること、損害賠償を請求することなどができる。<br />
　特許の発祥の地には諸説あるが、秩序だった形で保護されたのは15世紀半ば、イタリア・ベネチアとされる。ガリレオ・ガリレイが特許請願のため王様に宛てた有名な手紙もある。「陛下よ、私の発明を、私と私から権利を得た人々の他は何人も40年間は使用することを許されないようにし、もしこれを犯す者には罰金に処し、私がその一部を受け取ることができますようにして頂きたいと存じます。そうしてくだされば、私は社会の福祉のために、もっと熱心に新しい発明に力を注ぎ、陛下に忠勤を励みます。」
</p>
</div>
<div class="kiji clearfix">
<p>
　各国法律は原則として国家領土内に限り適用される（属地主義）。知的財産が国境を越える場合の問題を是正するために、1883年にパリ条約が結ばれた。現在は170カ国以上が加盟している。地球上で何かを創造した場合、申請（出願）を早く行うことが大事である。その日から１年間は優先権が得られ、その間に他国への出願または国際出願を行えば、はじめの出願日に出願したものとして審査される。その前提には、同じ発明が出願された時に最初に出願した人が優先されるという制度（先願主義）があり、ほとんどの国がこれを採用している。アメリカだけが大国では例外的に、先に発明をした人に権利を与える主義（先発明主義）であったが、2011年9月に法律が改正され、先願主義に歩み寄った。<br />
　グローバル化が進む現在、地球上で約200万件の特許出願が毎年行われ、うち約90万件、約45%は国境を越えた特許出願である（2010年）。日本・米国・欧州（三大特許庁・三極）に韓国、中国を加えて五大特許庁・五極と呼ばれる。五極の出願数合計は約150万件で世界の約75％を占める。五極間の特許出願の関係を示したのが下図である。矢印の特許出願1件1件に発明と発明者があり、国境を越えて権利を取るべく出願している。その様は、開発競争において他国に打ち込むミサイル、「大陸間弾道弾」とも喩えられる。
</p>
</div>
<div class="kiji clearfix">
<img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2012/03/chizai_1.jpg" alt="" title="" width="400" height="385" class="alignright size-full wp-image-15577" /></p>
<p>
　他の国際間ビジネスと同様、知的財産の世界でも中国の台頭はめざましい。特許出願について2010年末の統計では、中国国内出願件数の出願件数は約39万件、日本国内出願（34.5万件）を抜いた。背景には、中国政府を挙げた国内出願・海外出願の費用補助がある。下図で注目すべきは、2009年日本・米国・欧州から中国に向けた矢印は2万～3万件と太いのに比べて、中国から日米欧に向かう矢印は細いことである。しかし、安心してはならない。この矢印には、はじめの出願日（優先日）から2年半後に各国に移行する国際出願（PCT出願）を経由したものを多く含む。一方、2年半を経過してないものは表示されない。この「2年半」にはPCT出願（Patent Cooperation Treaty特許協力条約）の枠組みが関係する。<br />
　パリ条約の優先権期限1年の時点で、従来は各国後に翻訳して出願する必要があった。しかし翻訳に費用を要することから、1970年に条約締結され、PCT出願をすれば、優先日から2年半後まで各国翻訳の提出を猶予され、選択（移行）する国をその時点で決定する事ができるようになった。ミサイルの喩えで言えば、PCT出願はミサイルのように打ち上げられ、優先日から2年半の間は空中にあり、２年半後に子ミサイルに分裂して各国に着地する、ともいいうる。<br />
　PCT出願件数について、日本企業は長らく上位を独占してきた。しかし、2011年末の統計では、一位が中国のZTE(2,826件)、二位パナソニック（2,463件）、三位中国のファーウェイ(1,831件)、四位シャープ（1,755件）と中国企業がランキングでも台頭した。すなわち2年半以内に中国から発明のミサイルが各国に数多く到達しうる。
</p>
</div>
<div class="kiji clearfix">
<p>
　前線にいる一員としての印象では、現在のところ、中国発の特許は発明のレベルが低いものや権利の範囲が狭いものも散見され、それぞれの子ミサイルの破壊力は日本に比べてまだ低いように感じられる。しかし、それぞれの破壊力は弱くとも、数多く着地させ、かつ、それぞれを実際に訴訟で使うと脅威になる。また、数年内に日本の特許の質を凌駕する破壊力十分、質の高い特許が現れることは十分予想される。<br />
　日本企業の特許は既に数多く各地域に到達し、権利化済である。ただ、欧州人の知財仲間から「静かな武器庫」のようだと揶揄されたことがある。非常に高性能な武器を多く各国に蓄えているが、近づいてもなぜか撃ってこない。表立った訴訟を避け、水面下の交渉で話を丸く収めることを目指しがちな日本企業。和を尊ぶ、この美徳により素晴らしき日本国ができている。しかし、日本の外ではどうか。中国が放つ「大陸間弾道弾」と、日本の「静かな武器庫」から放たれる迎撃ミサイルが相まみえる日も迫っていると感じる。<br />
<br />
　戦争の時は武力の戦いになるが、平和な時は創造力の戦いになる。
</p>
</div>
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		<title>NYで日本の美意識を体現する家具デザイナー 宮川 剛</title>
		<link>http://www.buaiso.net/business/international/4656/</link>
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		<pubDate>Thu, 25 Nov 2010 03:00:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.horio</dc:creator>
				<category><![CDATA[国際]]></category>

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		<description><![CDATA[NY・ソーホーのウェスト・ブロードウェイ450番地。ブティックのショーウィンドウには、アーティーな家具が宙（そら）に浮かぶ。ファッションブランド×ファニチュアデザインという異色のコラボを実現したのは、家具デザイナーの宮川剛。コンテンポラリーアートのトレンド発信地・ブルックリンを拠点に活躍する彼の作品に、今、世界中から注目が集まっている。 驚きとインスピレーションを与える家具 　ミニマル（最小限）に直線美が際立つ『The Rite of Spring（春の祭典）』。大きさの違う25個の木で構成されたインスタレーション（取り付け家具）だ。 「明るい話題の少ない不況の中、もっとポジティブなエネルギーをと、ストラヴィンスキーの『春の祭典』をコンセプトに、空に向かって伸びる木の力強さと美しさを抽象的に表現しました。主な材料はスタジオにあった余り材で、予算は5万～6万円といったところです。お金をかけなくても良いアイデアさえあればユニークなものができるということも、コンセプトの一部です」。 　この作品は、2009年のブルックリンデザイン展示会のために制作された。 「2008年に初めてTakeshi Miyakawa Designとしてブルックリンデザイン展示会でショーをして以来、かなりの反響がありました。そこで2年目は、単に家具を見せるだけではなく、ショーを見に来る人々に驚きとインスピレーションを与えるものを作りたかったのです」。 Max Mara × Takeshi Miyakawa Design 「売る」という目的が先立つ家具が多い中、宮川氏の作品が大いに注目されたのは言うまでもない。ファッションブランドMax Maraのアートディレクター、ドリス・レイ氏も、彼の作品に魅せられた一人だ。今年5月に開催されたニューヨーク・デザインウィークの期間中に、ソーホーのSportsmax（Max Maraのカジュアルライン）のショールームで家具の展示をしてほしいと依頼してきたのだという。 「Sportsmaxのショールームはとても贅沢な高い天井と大きなスペースに恵まれているため、ショーウインドウの中にユニークなインスタレーションをデザインしたいと考えました」。 『The Rite of Spring』と並び、もう一つの新作である『Holey Chair（穴の開いた椅子）』が、ファンタジックで温かい光を放つ。 「『Holey Chair』は、Sportsmaxでの展示と同時に、NYの街角で5カ所の電柱に照明として取り付けました。無許可のゲリラショーです。夜中に3メートルのはしごを使って電柱を登りました（笑）。これは、家具の展示会といった規範を超えてほしいという願いから考えついたものです。誰にでもわかる椅子の形をした照明がNYの街を背景に浮かんでいる様子は、とても神秘的で美しいものでした」。 　見る人との対話を大切にしながら、家具という枠にとらわれない。彼の作 品は、常に新しいメッセージを発し続けている。 NYで見つけた天職 　初めてNYに来たのは約20年前。1年間の語学留学の予定だった。 「結局そのまま居着いてしまって（笑）。お金が底をつき、友人の紹介でスイス人の家具屋で働き始めたら、そこで自分の天職を見つけたのです」。 　残念ながら、経済不況によりその家具屋は倒産。まもなく、東京国際フォーラムを設計したことでも有名なラファエル・ヴィニオリの事務所に入り、モデルメーカーとして8年間 、猛烈に働いた。2001年、Takeshi Miyakawa Designを設立し、カスタム・オーダーの家具をはじめ、住居や商業スペースでのインスタレーション、雑誌のセットデザインなど、次々と新たな領域を開拓している。 　幼いころから、寺や神社が好きだったという宮川氏。襖（ふすま）や障子、畳など、「計算された美しさ」に強く惹かれたという。 「僕の場合、デザインに重要な要素であるプロポーション（均衡）のセンスは、日本で染み着いた美意識の賜物だと思います。例えば、同じカーブでも、気持ちのいいカーブを作れるかどうかは、プロポーションの良し悪しで決まりますから」。 　大学では建築を専攻。構造的にシビアな建築の世界を経験したことは、家具作りに大いに役立っている。 『The Rite of Spring』の製作に際しても、壁から空間に向かって伸びていく箱の重さを壁面だけで支えるために、建築で学んだ「片持ち梁」という技術が活かされているそうだ。2次元に描く美を3次元に実現することは、決して容易ではない。確かな技術に裏付けられた綿密なプロセスがあるからこそ、シンプルだが繊細、ミニマルだがマチュアな表現が初めて実現するのだ。 　生き残りが難しいと言われるNYだが、宮川氏は一度も辛いと思ったことがないと胸を張る。 「NYが大好きなんですよ。住んでいる人のエネルギーがNYの最大の魅力ですね」。 　天職に巡り合えた幸せを噛みしめて生きている。宮川剛の成長カーブは、美しいプロポーションを取りながら、今なお上昇し続けている。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="kiji clearfix">
<p>NY・ソーホーのウェスト・ブロードウェイ450番地。ブティックのショーウィンドウには、アーティーな家具が宙（そら）に浮かぶ。ファッションブランド×ファニチュアデザインという異色のコラボを実現したのは、家具デザイナーの宮川剛。コンテンポラリーアートのトレンド発信地・ブルックリンを拠点に活躍する彼の作品に、今、世界中から注目が集まっている。</p>
</div>
<div class="kiji clearfix"><div id="attachment_4657" class="wp-caption alignright" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/11/no40_art_ph01.jpg" alt="『The Rite of Spring』" title="『The Rite of Spring』" width="260" height="347" class="size-full wp-image-4657" /><p class="wp-caption-text">『The Rite of Spring』</p></div></p>
<h4>驚きとインスピレーションを与える家具</h4>
<p>　ミニマル（最小限）に直線美が際立つ『The Rite of Spring（春の祭典）』。大きさの違う25個の木で構成されたインスタレーション（取り付け家具）だ。<br />
「明るい話題の少ない不況の中、もっとポジティブなエネルギーをと、ストラヴィンスキーの『春の祭典』をコンセプトに、空に向かって伸びる木の力強さと美しさを抽象的に表現しました。主な材料はスタジオにあった余り材で、予算は5万～6万円といったところです。お金をかけなくても良いアイデアさえあればユニークなものができるということも、コンセプトの一部です」。<br />
　この作品は、2009年のブルックリンデザイン展示会のために制作された。<br />
「2008年に初めてTakeshi Miyakawa Designとしてブルックリンデザイン展示会でショーをして以来、かなりの反響がありました。そこで2年目は、単に家具を見せるだけではなく、ショーを見に来る人々に驚きとインスピレーションを与えるものを作りたかったのです」。</p>
</div>
<div class="kiji clearfix"><div id="attachment_4658" class="wp-caption alignleft" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/11/no40_art_ph02.jpg" alt="Sportsmaxで展示される 宮川氏の作品。手前に 『The Rite of Spring』、奥 には『Holey Chair』が光る" title="Sportsmaxで展示される 宮川氏の作品。手前に 『The Rite of Spring』、奥 には『Holey Chair』が光る" width="260" height="195" class="size-full wp-image-4658" /><p class="wp-caption-text">Sportsmaxで展示される 宮川氏の作品。手前に 『The Rite of Spring』、奥 には『Holey Chair』が光る</p></div></p>
<h4>Max Mara × Takeshi Miyakawa Design</h4>
<p>「売る」という目的が先立つ家具が多い中、宮川氏の作品が大いに注目されたのは言うまでもない。ファッションブランドMax Maraのアートディレクター、ドリス・レイ氏も、彼の作品に魅せられた一人だ。今年5月に開催されたニューヨーク・デザインウィークの期間中に、ソーホーのSportsmax（Max Maraのカジュアルライン）のショールームで家具の展示をしてほしいと依頼してきたのだという。<br />
「Sportsmaxのショールームはとても贅沢な高い天井と大きなスペースに恵まれているため、ショーウインドウの中にユニークなインスタレーションをデザインしたいと考えました」。<br />
『The Rite of Spring』と並び、もう一つの新作である『Holey Chair（穴の開いた椅子）』が、ファンタジックで温かい光を放つ。<br />
「『Holey Chair』は、Sportsmaxでの展示と同時に、NYの街角で5カ所の電柱に照明として取り付けました。無許可のゲリラショーです。夜中に3メートルのはしごを使って電柱を登りました（笑）。これは、家具の展示会といった規範を超えてほしいという願いから考えついたものです。誰にでもわかる椅子の形をした照明がNYの街を背景に浮かんでいる様子は、とても神秘的で美しいものでした」。<br />
　見る人との対話を大切にしながら、家具という枠にとらわれない。彼の作 品は、常に新しいメッセージを発し続けている。</p>
</div>
<div class="kiji clearfix"><div id="attachment_4659" class="wp-caption alignright" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/11/no40_art_ph03.jpg" alt="『Holey Chair』" title="『Holey Chair』" width="260" height="362" class="size-full wp-image-4659" /><p class="wp-caption-text">『Holey Chair』</p></div></p>
<h4>NYで見つけた天職</h4>
<p>　初めてNYに来たのは約20年前。1年間の語学留学の予定だった。<br />
「結局そのまま居着いてしまって（笑）。お金が底をつき、友人の紹介でスイス人の家具屋で働き始めたら、そこで自分の天職を見つけたのです」。<br />
　残念ながら、経済不況によりその家具屋は倒産。まもなく、東京国際フォーラムを設計したことでも有名なラファエル・ヴィニオリの事務所に入り、モデルメーカーとして8年間 、猛烈に働いた。2001年、Takeshi Miyakawa Designを設立し、カスタム・オーダーの家具をはじめ、住居や商業スペースでのインスタレーション、雑誌のセットデザインなど、次々と新たな領域を開拓している。<br />
　幼いころから、寺や神社が好きだったという宮川氏。襖（ふすま）や障子、畳など、「計算された美しさ」に強く惹かれたという。<br />
「僕の場合、デザインに重要な要素であるプロポーション（均衡）のセンスは、日本で染み着いた美意識の賜物だと思います。例えば、同じカーブでも、気持ちのいいカーブを作れるかどうかは、プロポーションの良し悪しで決まりますから」。<br />
　大学では建築を専攻。構造的にシビアな建築の世界を経験したことは、家具作りに大いに役立っている。<br />
『The Rite of Spring』の製作に際しても、壁から空間に向かって伸びていく箱の重さを壁面だけで支えるために、建築で学んだ「片持ち梁」という技術が活かされているそうだ。2次元に描く美を3次元に実現することは、決して容易ではない。確かな技術に裏付けられた綿密なプロセスがあるからこそ、シンプルだが繊細、ミニマルだがマチュアな表現が初めて実現するのだ。<br />
　生き残りが難しいと言われるNYだが、宮川氏は一度も辛いと思ったことがないと胸を張る。<br />
「NYが大好きなんですよ。住んでいる人のエネルギーがNYの最大の魅力ですね」。<br />
　天職に巡り合えた幸せを噛みしめて生きている。宮川剛の成長カーブは、美しいプロポーションを取りながら、今なお上昇し続けている。</p>
</div>
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		<item>
		<title>JICAに聞く「気候変動問題」（2）JICAと日本の役割</title>
		<link>http://www.buaiso.net/business/international/2098/</link>
		<comments>http://www.buaiso.net/business/international/2098/#comments</comments>
		<pubDate>Sun, 10 Jan 2010 11:02:07 +0000</pubDate>
		<dc:creator>YK</dc:creator>
				<category><![CDATA[国際]]></category>

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		<description><![CDATA[途上国の問題は日本にも波及 途上国では排出量削減よりも経済成長を優先し適応策も十分でないため、増水などにより被害を受ける水辺にまとまって住むことが多い貧困層が真っ先に甚大な被害を受ける。そして地球全体の温室効果ガス排出量削減のためにバイオ燃料が開発されたが、途上国ではトウモロコシや大豆など彼らの食糧が輸出用と燃料用に転用され、食糧不足という新たな危機が貧困層を襲った。 途上国だけの問題ではない。食糧不足は価格高騰を招き、食料自給率41%（カロリーベース。生産額ベースは65%。08年度農林水産省発表）と食料を輸入に頼る日本の生活にも大きな影響を与える。 日本人の生活を守るためにも途上国の生活を守る必要がある。途上国の開発援助戦略に低炭素化を図る努力が必要だ。「日本は省エネや防災に関する高い技術を保持しています。これを積極的に援助活動に活用するのがJICAの役割の一つです」。 日本のリーダーシップ 昨年12月に開催されたCOP15の主要課題の一つは途上国による温室効果ガス削減努力の促進とそのための資金支援だった。 途上国の積極的な温室効果ガス削減を図るために日本は長年にわたってリーダーシップを発揮している。京都議定書が採択された97年には「京都イニシアティブ」を発表。08年1月のダボス会議では福田康夫首相（当時）が、経済成長と温室効果ガス削減に積極的に取り組もうとする途上国を対象として08年から5年間で累計100億ドル程度の資金供給を可能とする新たな資金メカニズムとして「クールアース・パートナーシップ」を提言した。 さらに昨年9月、鳩山由紀夫首相は新たな途上国支援策を提唱した。「この『鳩山イニシアティブ』には4つの原則があります。（1）先進国が、相当の新規で追 加的な官民の資金で貢献すること（2）途上国の排出削減について、とりわけ支援資金により実現される分について、測定可能、報告可能、検証可能（MRV）な形 での、国際的な認識を得るためのルールを作ること（3）途上国への資金支援について予測可能な形の、革新的なメカニズムを検討し、資金使途の透明性および実効性を確保しつつ、国連の気候変動に関する枠組みの監督下で世界中にあるバイやマルチの資金についてのワンストップの情報提供やマッチングを促進する国際システムを検討すること④低炭素な技術の移転を促進するための方途について知的所有権の保護と両立する枠組みを創ること」。 JICAは資金協力と技術協力の両面で鳩山イニシアティブの促進に力を発揮する。 「緩和」策支援と国別「適応」対策 開発目的と温室効果ガス削減の相乗利益（＝コベネフィット）をもたらすコベネ事業は緩和策の一つである。インドのオリッサ州では植林セクター開発事業が行われ、植林事業により森林が再生された。地域の環境改善と貧困削減の効果とともにGHG（温室効果ガス）が削減された好例で、JBIC（現JICA）の円借款が活用された例である。 CDM（クリーン開発メカニズム）も地球全体でGHG削減効果と削減費用低減に貢献している。現在1800件程度の登録プロジェクトがあり、年間3億トンの削減につながっている。しかし今後先進国は京都議定書よりもさらなる温室効果ガス削減に取り組むことが求められることから、その目標達成のため、クレジットの取り合いが予想されている。CDMのマーケットを広げていくことが必要である。途上国政府が売却利益を貧困削減や地域開発に投資することにより開発効果も生み出される。ODAとCDMは途上国に貢献する点で共通の目的を持っている。 バリのヌサドゥア海岸は、円借款で海岸保全事業を行った。現地では道路の骨材にサンゴを使うため、海底のサンゴが大量に使用され、潮の流れが変わって波が増大し、海岸線が消えかけていた。ヌサドゥアは日本人も多く訪れる高級リゾート地。海面上昇は観光収入に大きなインパクトを与え経済的な打撃を与える。 人工海浜に近い形で海岸を復活させるとともにサンゴ礁の移植・養殖作業を行った。「島嶼国での海面上昇対策として対応できるスキームです。ただモルディブだと防波堤のほうがいいなど国の状況によって変える必要があります」。 低海抜国オランダは1000年に一度の大規模な洪水にも耐えられるよう様々な対策を施している。またイギリスは53年のロンドン大洪水でテムズ川沿岸に大きな被害を受け、その教訓からテムズバリアと呼ばれる堰を建設した。テムズ川は海に向かってラッパ状に流れ込んでおり、冬に北極圏から襲う嵐による高潮 がテムズ川を逆流する形でロンドンを襲うのだ。そのため気候変動対策に対して国民の関心が高く、積極的な対策をとっている。 炭素マーケットが基軸に？ 炭素マーケットの今後の動きにも注目したい。「イギリスはロンドンを炭素マーケットの拠点にしようとしています。02年にイギリスがEUに先駆けて排出権取引をはじめ、05年にはEUが域内での排出権取引を開始しました。現在ロンドンは排出権取引市場の中心です。将来、排出権は金や銀などと同じように影響力の大きなマーケットになると思います」。 排出権は、世界共通の中立性の高い基軸になると見込み、イギリスでは早くから整備されたという。まだ排出量削減数値目標を負っていない中国やインドも将 来の市場を見据えている。中国は炭素マーケットを国内3カ所に設置した。数値目標がないうちからカーボン市場を整備し、将来の取引需要に備えておこうという戦略だ。 長期的取り組みがJICAの強み 援助活動には常に長期的で現実的なビジョンが必要となる。「通常の技術協力でも案件を発掘して実施に移して途上国に根付くのに5年、本当に定着するには10年かかります。円借款であれば計画から、設計、資金調達、建設、完成まで平均7年。事前調査を含めれば10年以上かかることもあります。50年、100年先にどう影響を与えるかを考えなければならないのが開発の仕事です。2020年まではあっという間です。 25%削減するのならすぐにプロジェクトの形成を始めなければ間に合いません」。 個人の感覚として10年は長い。50年前の社会には新幹線すらなく、50年後は想像さえできない。50年後を見据えつつ、5年の視点で地道な作業を積み重ねるのがJICAの仕事なのだ。 世界において高い技術を持つ日本の役割は大きくなると須藤氏は語る。「高い技術がこれから売れる余地は広がっていくと思います。日本がこれから売るべきは頭脳、ソフトの分野ではないでしょうか。技術をさらに進化させるべきだと思いますね」。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="attachment_2106" class="wp-caption alignleft" style="width: 270px"><a href="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/0149_1_zoom.jpg"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/0149_1.jpg" width="260" height="188" class="size-full wp-image-2106 " /></a><p class="wp-caption-text">「JICAの気候変動支援MAP」 ※JICA気候変動支援マップを元に作表。JICA&#039;s World November 2009</p></div>
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<p><strong>途上国の問題は日本にも波及</strong></p>
<p>途上国では排出量削減よりも経済成長を優先し適応策も十分でないため、増水などにより被害を受ける水辺にまとまって住むことが多い貧困層が真っ先に甚大な被害を受ける。そして地球全体の温室効果ガス排出量削減のためにバイオ燃料が開発されたが、途上国ではトウモロコシや大豆など彼らの食糧が輸出用と燃料用に転用され、食糧不足という新たな危機が貧困層を襲った。<br />
途上国だけの問題ではない。食糧不足は価格高騰を招き、食料自給率41%（カロリーベース。生産額ベースは65%。08年度農林水産省発表）と食料を輸入に頼る日本の生活にも大きな影響を与える。<br />
日本人の生活を守るためにも途上国の生活を守る必要がある。途上国の開発援助戦略に低炭素化を図る努力が必要だ。「日本は省エネや防災に関する高い技術を保持しています。これを積極的に援助活動に活用するのがJICAの役割の一つです」。</p>
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<p><strong>日本のリーダーシップ</strong></p>
<p>昨年12月に開催されたCOP15の主要課題の一つは途上国による温室効果ガス削減努力の促進とそのための資金支援だった。<br />
途上国の積極的な温室効果ガス削減を図るために日本は長年にわたってリーダーシップを発揮している。京都議定書が採択された97年には「京都イニシアティブ」を発表。08年1月のダボス会議では福田康夫首相（当時）が、経済成長と温室効果ガス削減に積極的に取り組もうとする途上国を対象として08年から5年間で累計100億ドル程度の資金供給を可能とする新たな資金メカニズムとして「クールアース・パートナーシップ」を提言した。<br />
さらに昨年9月、鳩山由紀夫首相は新たな途上国支援策を提唱した。「この『鳩山イニシアティブ』には4つの原則があります。（1）先進国が、相当の新規で追 加的な官民の資金で貢献すること（2）途上国の排出削減について、とりわけ支援資金により実現される分について、測定可能、報告可能、検証可能（MRV）な形 での、国際的な認識を得るためのルールを作ること（3）途上国への資金支援について予測可能な形の、革新的なメカニズムを検討し、資金使途の透明性および実効性を確保しつつ、国連の気候変動に関する枠組みの監督下で世界中にあるバイやマルチの資金についてのワンストップの情報提供やマッチングを促進する国際システムを検討すること④低炭素な技術の移転を促進するための方途について知的所有権の保護と両立する枠組みを創ること」。<br />
JICAは資金協力と技術協力の両面で鳩山イニシアティブの促進に力を発揮する。</p>
<div id="attachment_2108" class="wp-caption alignleft" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/0149_2.jpg" width="260" height="390" class="size-full wp-image-2108 " /><p class="wp-caption-text">気候変動対策室 室長代理　須藤智徳氏</p></div>
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<p><strong>「緩和」策支援と国別「適応」対策</strong></p>
<p>開発目的と温室効果ガス削減の相乗利益（＝コベネフィット）をもたらすコベネ事業は緩和策の一つである。インドのオリッサ州では植林セクター開発事業が行われ、植林事業により森林が再生された。地域の環境改善と貧困削減の効果とともにGHG（温室効果ガス）が削減された好例で、JBIC（現JICA）の円借款が活用された例である。<br />
CDM（クリーン開発メカニズム）も地球全体でGHG削減効果と削減費用低減に貢献している。現在1800件程度の登録プロジェクトがあり、年間3億トンの削減につながっている。しかし今後先進国は京都議定書よりもさらなる温室効果ガス削減に取り組むことが求められることから、その目標達成のため、クレジットの取り合いが予想されている。CDMのマーケットを広げていくことが必要である。途上国政府が売却利益を貧困削減や地域開発に投資することにより開発効果も生み出される。ODAとCDMは途上国に貢献する点で共通の目的を持っている。</p>
<div id="attachment_2109" class="wp-caption alignright" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/0149_3.jpg" width="260" height="388" class="size-full wp-image-2109 " /><p class="wp-caption-text">昨今の気候変動により干上がった大地</p></div>
<p>バリのヌサドゥア海岸は、円借款で海岸保全事業を行った。現地では道路の骨材にサンゴを使うため、海底のサンゴが大量に使用され、潮の流れが変わって波が増大し、海岸線が消えかけていた。ヌサドゥアは日本人も多く訪れる高級リゾート地。海面上昇は観光収入に大きなインパクトを与え経済的な打撃を与える。 人工海浜に近い形で海岸を復活させるとともにサンゴ礁の移植・養殖作業を行った。「島嶼国での海面上昇対策として対応できるスキームです。ただモルディブだと防波堤のほうがいいなど国の状況によって変える必要があります」。<br />
低海抜国オランダは1000年に一度の大規模な洪水にも耐えられるよう様々な対策を施している。またイギリスは53年のロンドン大洪水でテムズ川沿岸に大きな被害を受け、その教訓からテムズバリアと呼ばれる堰を建設した。テムズ川は海に向かってラッパ状に流れ込んでおり、冬に北極圏から襲う嵐による高潮 がテムズ川を逆流する形でロンドンを襲うのだ。そのため気候変動対策に対して国民の関心が高く、積極的な対策をとっている。</p>
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<p><strong>炭素マーケットが基軸に？</strong></p>
<p>炭素マーケットの今後の動きにも注目したい。「イギリスはロンドンを炭素マーケットの拠点にしようとしています。02年にイギリスがEUに先駆けて排出権取引をはじめ、05年にはEUが域内での排出権取引を開始しました。現在ロンドンは排出権取引市場の中心です。将来、排出権は金や銀などと同じように影響力の大きなマーケットになると思います」。<br />
排出権は、世界共通の中立性の高い基軸になると見込み、イギリスでは早くから整備されたという。まだ排出量削減数値目標を負っていない中国やインドも将 来の市場を見据えている。中国は炭素マーケットを国内3カ所に設置した。数値目標がないうちからカーボン市場を整備し、将来の取引需要に備えておこうという戦略だ。</p>
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<p><strong>長期的取り組みがJICAの強み</strong></p>
<p>援助活動には常に長期的で現実的なビジョンが必要となる。「通常の技術協力でも案件を発掘して実施に移して途上国に根付くのに5年、本当に定着するには10年かかります。円借款であれば計画から、設計、資金調達、建設、完成まで平均7年。事前調査を含めれば10年以上かかることもあります。50年、100年先にどう影響を与えるかを考えなければならないのが開発の仕事です。2020年まではあっという間です。 25%削減するのならすぐにプロジェクトの形成を始めなければ間に合いません」。<br />
個人の感覚として10年は長い。50年前の社会には新幹線すらなく、50年後は想像さえできない。50年後を見据えつつ、5年の視点で地道な作業を積み重ねるのがJICAの仕事なのだ。<br />
世界において高い技術を持つ日本の役割は大きくなると須藤氏は語る。「高い技術がこれから売れる余地は広がっていくと思います。日本がこれから売るべきは頭脳、ソフトの分野ではないでしょうか。技術をさらに進化させるべきだと思いますね」。</p>
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		<title>JICAに聞く「気候変動問題」（1）入門編</title>
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		<pubDate>Wed, 25 Nov 2009 11:26:54 +0000</pubDate>
		<dc:creator>YK</dc:creator>
				<category><![CDATA[国際]]></category>

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		<description><![CDATA[温暖化の仕組み 地球温暖化の原因は、大気中の温室効果ガスの濃度が増加することです。ポイントは地球上の物質の量は大きくは変 わらないという点。地球というのは閉鎖空間なので、隕石が落ちてきたりしない限り地球上の物質量は増えません。またロケットを飛ばしてどんどん物質を捨てない限り、物質量は減りません。 様々な物質は地球上で循環しています。そのうちの一つが炭素で、酸素と結び付いて二酸化炭素となって大気中に放出されます。そして植物などに吸収され炭素となり、長い時間を経て石炭や石油などに変化します。人の体にも炭素が含まれています。 地球の表層面では炭素のほとんどが海に含まれています。陸上では土地や動植物に含まれます。大気中の炭素量は、全体から見るとわずかです。大気中の炭素が自然に吸収される量が年間31億トン。そして石油やガスなどを燃やすことで人為的に排出される炭素量が年間で63億トン。つまり差し引き年間32億トンが毎年大気中に残って増えているということになりますね。図1を見てください。 通常、大気中に含まれる炭素量は多くありませんので、それが少し変化するだけでも気候に大きな変化を与えます。 また、温暖化によって海水温が上がると海洋中の二酸化炭素が空気中にどんどん排出されてしまいます。たとえば、冷えているビールは炭酸を含んでいて美味しいですが、温かいビールはあっという間に炭酸が抜けて美味しくなくなってしまいますね。それと同じです。そしてそれが温暖化に拍車をかけることになります。 IPCCでは専門家が科学的見地から気候変動について検証、評価を行っています。そして大気中の炭素量の増加の原因は人為的なものであることは間違いないと発表しました。 このように、温暖化は炭素の循環と大気中の炭素が増えることで進行していきます。このまま温暖化が進むと気候が変化し（1）砂漠化（2）大気循環のパ ターン変動による干ばつ、洪水、熱波、台風などの異常気象多発 （3）海面上昇（4）氷河後退による水資源への影響（5）気候の亜熱帯化による感染症の増加などが起こると予想されています。炭素の循環について理解しておきましょう。 温暖化対策は「緩和」と「適応」なし ただし、今アクションを起こしてもその効果が現れるのは100年から200年先と言われています。この時間軸の長さが気候変動問題の難しさの一つですね。 　92年の国連環境開発会議（リオサミット）ではリオ宣言が採択されました。その中で、たとえ不確実性が残っても積極的に対策を講じ、予防していこうという「予防原則」という考え方が採択されています。 気候変動対策は大きく2つ。（1）「緩和」温室効果ガスを削減すること（2）「適応」今後の温室効果ガス増加に向けて備えをすること。現在の日本では緩和対策が前面に出ていますね。頻繁に耳にする「マイナス6%」も排出の削減ですから緩和の一つです。 近年、台風が大型化し、発生地域が北に移動しています。この8月には日本近海でも台風が発生しましたし、10月には大型台風が日本列島を縦断して大きな被害を与えたのは記憶に新しいところですね。そろそろ、日本でも気候変動への適応を検討しなければならないでしょう。「緩和策で発生量を削減しつつ、適応策で備えをする」。いずれもコストがかかりますから簡単には進みませんが、対策の基本はここにあります。 京都議定書　ポスト京都　COP15 97年に京都でCOP3が開催され、京都議定書が採択されました。その中で「08年から12年の5年間平均で、90年比、先進国全体で排出量5.2%削減」という数値目標を設定されました。日本は6%、EUは8%の削減目標です。枠組条約の締約国である米国にも7%という目標値が課せられましたが、アメリカは国内の反対で議定書を批准しませんでした。 この目標達成のための柔軟措置として、京都メカニズムが定められました。内容は排出量取引（ETS）、クリーン開発メカニズム（CDM）、共同実施 （JI）で、他国の排出削減量を自国のものとしてカウントする方法を定めたものです。他国から排出量を購入するということはコストがかかります。しかし国内で大幅に炭素排出量を削減するということは、国内の設備投資や生産量の削減による経済の停滞などにもつながりますから、これも経済コストなのです。どちらを選択するか、各国に委ねられていますが、いずれもコストを考えることが重要です。 また、京都議定書には途上国の削減目標はありません。途上国はマクロな地球環境よりも目の前の生活向上を優先しがちです。しかし気候変動の影響を真っ先 に、そして甚大な被害を受けるのは貧困層をはじめとする途上国の人々です。また、途上国の経済成長によって温室効果ガスの排出が増加すると気候変動につながります。気候変動への備え、貧困削減や経済成長と温室効果ガスの排出抑制の両立、つまり「低炭素な開発」というこれまで先進国が経験してきたこととは異なる開発が必要です。途上国にとっての気候変動問題は、環境問題というよりもむしろ「開発問題」であることも心に留めておきましょう。 現在、13年以降の次期枠組（ポスト京都）の話し合いが進んでいます。主要なテーマの一つは、途上国の計測・報告・検証可能な（MRV Measurable,Reportable,Verifiable）削減活動です。次期枠組はこの12月にコペンハーゲンで開催されるCOP15で話し合われ、合意の上、採択される予定です。ニュースなどでも取り上げられますから是非注目してください。 クォーターインパクト、鳩山政権「マイナス25%」 COP15に向けた日本の動きも少し知っておきたいですね。 鳩山由紀夫首相は今年9月の国連気候変動首脳会合で演説し、20年の中期目標として90年比25%のCO2削減を表明しました。麻生太郎元首相が05年比マイナス15%という20年までの中期目標を表明していましたが、これは90年比の数字に換算するとマイナス8%となります。こう考えてみると25%という数字の大きさがわかると思います。 日本の積極的な数値設定に影響を受け、ヨーロッパも大幅な削減を打ち出してきています。また、米国のオバマ大統領も積極的に参加する意思を表明していますので、今後、炭素市場取引価格の高騰が懸念されますね。削減目標の達成のコストが上がることを意味しますから重要なことです。その意味でも12月のCOP15は環境立国を掲げる日本にとって注目すべき会議です。 まるっと覚えるとリスペクトされるかも?! キーワード 温室効果ガス：GHG（Greenhouse Gases）の和訳。地球を取り巻く気体のうち、エネルギーを蓄えやすい二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素（亜酸化窒素）、代替フロンなどを総称する言葉。自然吸収量を超えた排出によって大気中に増加し、地球温暖化の原因となる。 IPCC：Intergovernmental Panel on Climate Change。気候変動に関する政府間パネルの略称。映画「不都合な真実」で話題を呼んだゴア元米副大統領と同時に07年ノーベル平和賞を受賞。 国際連合気候変動枠組条約（United Nations Framework Convention on Climate Change、略称 UNFCCC）：「地球温暖化防止条約」とも呼ばれる。92年の国連環境開発会議で採択された。大気中の温室効果ガスの濃度を人為的影響を与えない範囲で安定化させることを目的とし、気候変動への取り組みの原則を定めている。現在、米国を含む193カ国およびEUが批准・承認している。 COP：気候変動枠組条約締約国会議（Conference of Parties）の略称。先進国に削減目標を課す議定書を作成することを決定するベルリンマンデートを採択したCOP1（95年ベルリン開催）、ベルリンマンデートの定めにより数値化された削減目標を含む京都議定書を採択したCOP3（97年京都開催）、京都議定書に定められた諸制度を実施するために必要な運用ルールをマラケシュ合意として採択したCOP7（02年マラケシュ開催）など。09年12月にはコペンハーゲンでCOP15が開催され、京都議定書以降の温室効果ガス削減目標などが話し合われる。 京都議定書：97 年COP3にて採択、05年2月発効。08年～12年の先進国の温室効果ガス排出量削減目標を法的拘束力を伴うものとして定めた。具体的には、二酸化炭素 とそれに換算したほか5種の温室効果ガスにつき、90年比で日本6%、米国7%、EU8%削減するとした。09年11月現在、189カ国およびEUが批 准・承認している。米国は批准していない。目標達成のために柔軟性を高める市場メカニズムとして、CDM、ETS、JI（Joint Implementation　共同実施）を定めた。 CDM：クリー ン開発メカニズム（Clean [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/0130_1_original.png"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/0130_1.jpg" width="260" height="169" class="alignleft size-full wp-image-2113" /></a></p>
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<p><strong>温暖化の仕組み</strong></p>
<p>地球温暖化の原因は、大気中の温室効果ガスの濃度が増加することです。ポイントは地球上の物質の量は大きくは変 わらないという点。地球というのは閉鎖空間なので、隕石が落ちてきたりしない限り地球上の物質量は増えません。またロケットを飛ばしてどんどん物質を捨てない限り、物質量は減りません。<br />
様々な物質は地球上で循環しています。そのうちの一つが炭素で、酸素と結び付いて二酸化炭素となって大気中に放出されます。そして植物などに吸収され炭素となり、長い時間を経て石炭や石油などに変化します。人の体にも炭素が含まれています。<br />
地球の表層面では炭素のほとんどが海に含まれています。陸上では土地や動植物に含まれます。大気中の炭素量は、全体から見るとわずかです。大気中の炭素が自然に吸収される量が年間31億トン。そして石油やガスなどを燃やすことで人為的に排出される炭素量が年間で63億トン。つまり差し引き年間32億トンが毎年大気中に残って増えているということになりますね。図1を見てください。</p>
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<p>通常、大気中に含まれる炭素量は多くありませんので、それが少し変化するだけでも気候に大きな変化を与えます。 また、温暖化によって海水温が上がると海洋中の二酸化炭素が空気中にどんどん排出されてしまいます。たとえば、冷えているビールは炭酸を含んでいて美味しいですが、温かいビールはあっという間に炭酸が抜けて美味しくなくなってしまいますね。それと同じです。そしてそれが温暖化に拍車をかけることになります。<br />
IPCCでは専門家が科学的見地から気候変動について検証、評価を行っています。そして大気中の炭素量の増加の原因は人為的なものであることは間違いないと発表しました。<br />
このように、温暖化は炭素の循環と大気中の炭素が増えることで進行していきます。このまま温暖化が進むと気候が変化し（1）砂漠化（2）大気循環のパ ターン変動による干ばつ、洪水、熱波、台風などの異常気象多発  （3）海面上昇（4）氷河後退による水資源への影響（5）気候の亜熱帯化による感染症の増加などが起こると予想されています。炭素の循環について理解しておきましょう。</p>
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<p><!--end div#kiji_box2--> <!--kiji_box3--></p>
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<p><strong>温暖化対策は「緩和」と「適応」なし</strong></p>
<p>ただし、今アクションを起こしてもその効果が現れるのは100年から200年先と言われています。この時間軸の長さが気候変動問題の難しさの一つですね。 　92年の国連環境開発会議（リオサミット）ではリオ宣言が採択されました。その中で、たとえ不確実性が残っても積極的に対策を講じ、予防していこうという「予防原則」という考え方が採択されています。<br />
気候変動対策は大きく2つ。（1）「緩和」温室効果ガスを削減すること（2）「適応」今後の温室効果ガス増加に向けて備えをすること。現在の日本では緩和対策が前面に出ていますね。頻繁に耳にする「マイナス6%」も排出の削減ですから緩和の一つです。<br />
近年、台風が大型化し、発生地域が北に移動しています。この8月には日本近海でも台風が発生しましたし、10月には大型台風が日本列島を縦断して大きな被害を与えたのは記憶に新しいところですね。そろそろ、日本でも気候変動への適応を検討しなければならないでしょう。「緩和策で発生量を削減しつつ、適応策で備えをする」。いずれもコストがかかりますから簡単には進みませんが、対策の基本はここにあります。</p>
<p><a href="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2009/03/0130_2_original.gif"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/0130_2.jpg" width="260" height="260" class="alignleft size-full wp-image-2114" /></a></p>
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<p><strong>京都議定書　ポスト京都　COP15</strong></p>
<p>97年に京都でCOP3が開催され、京都議定書が採択されました。その中で「08年から12年の5年間平均で、90年比、先進国全体で排出量5.2%削減」という数値目標を設定されました。日本は6%、EUは8%の削減目標です。枠組条約の締約国である米国にも7%という目標値が課せられましたが、アメリカは国内の反対で議定書を批准しませんでした。<br />
この目標達成のための柔軟措置として、京都メカニズムが定められました。内容は排出量取引（ETS）、クリーン開発メカニズム（CDM）、共同実施 （JI）で、他国の排出削減量を自国のものとしてカウントする方法を定めたものです。他国から排出量を購入するということはコストがかかります。しかし国内で大幅に炭素排出量を削減するということは、国内の設備投資や生産量の削減による経済の停滞などにもつながりますから、これも経済コストなのです。どちらを選択するか、各国に委ねられていますが、いずれもコストを考えることが重要です。</p>
<div id="attachment_2115" class="wp-caption alignright" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/0130_3.jpg" width="260" height="219" class="size-full wp-image-2115 " /><p class="wp-caption-text">気候変動に係る国際的な取り組み【全体像】</p></div>
<p>また、京都議定書には途上国の削減目標はありません。途上国はマクロな地球環境よりも目の前の生活向上を優先しがちです。しかし気候変動の影響を真っ先 に、そして甚大な被害を受けるのは貧困層をはじめとする途上国の人々です。また、途上国の経済成長によって温室効果ガスの排出が増加すると気候変動につながります。気候変動への備え、貧困削減や経済成長と温室効果ガスの排出抑制の両立、つまり「低炭素な開発」というこれまで先進国が経験してきたこととは異なる開発が必要です。途上国にとっての気候変動問題は、環境問題というよりもむしろ「開発問題」であることも心に留めておきましょう。<br />
現在、13年以降の次期枠組（ポスト京都）の話し合いが進んでいます。主要なテーマの一つは、途上国の計測・報告・検証可能な（MRV  Measurable,Reportable,Verifiable）削減活動です。次期枠組はこの12月にコペンハーゲンで開催されるCOP15で話し合われ、合意の上、採択される予定です。ニュースなどでも取り上げられますから是非注目してください。</p>
<div id="attachment_2116" class="wp-caption alignleft" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/0130_4.jpg" width="260" height="314" class="size-full wp-image-2116 " /><p class="wp-caption-text">気候変動対策室 室長代理　須藤智徳氏</p></div>
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<p><strong>クォーターインパクト、鳩山政権「マイナス25%」</strong></p>
<p>COP15に向けた日本の動きも少し知っておきたいですね。<br />
鳩山由紀夫首相は今年9月の国連気候変動首脳会合で演説し、20年の中期目標として90年比25%のCO2削減を表明しました。麻生太郎元首相が05年比マイナス15%という20年までの中期目標を表明していましたが、これは90年比の数字に換算するとマイナス8%となります。こう考えてみると25%という数字の大きさがわかると思います。<br />
日本の積極的な数値設定に影響を受け、ヨーロッパも大幅な削減を打ち出してきています。また、米国のオバマ大統領も積極的に参加する意思を表明していますので、今後、炭素市場取引価格の高騰が懸念されますね。削減目標の達成のコストが上がることを意味しますから重要なことです。その意味でも12月のCOP15は環境立国を掲げる日本にとって注目すべき会議です。</p>
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<p><strong>まるっと覚えるとリスペクトされるかも?! キーワード</strong></p>
<p><span style="color: #019fe8"><strong>温室効果ガス</strong></span>：GHG（Greenhouse Gases）の和訳。地球を取り巻く気体のうち、エネルギーを蓄えやすい二酸化炭素、メタン、一酸化二窒素（亜酸化窒素）、代替フロンなどを総称する言葉。自然吸収量を超えた排出によって大気中に増加し、地球温暖化の原因となる。</p>
<p><span style="color: #019fe8"><strong>IPCC</strong></span>：Intergovernmental Panel on Climate Change。気候変動に関する政府間パネルの略称。映画「不都合な真実」で話題を呼んだゴア元米副大統領と同時に07年ノーベル平和賞を受賞。</p>
<p><strong><span style="color: #019fe8">国際連合気候変動枠組条約（United Nations Framework Convention on Climate Change、略称</span></strong></p>
<p><strong><span style="color: #019fe8"> </span><span style="color: #019fe8">UNFCCC）</span></strong>：「地球温暖化防止条約」とも呼ばれる。92年の国連環境開発会議で採択された。大気中の温室効果ガスの濃度を人為的影響を与えない範囲で安定化させることを目的とし、気候変動への取り組みの原則を定めている。現在、米国を含む193カ国およびEUが批准・承認している。</p>
<p><span style="color: #019fe8"><strong>COP</strong></span>：気候変動枠組条約締約国会議（Conference of Parties）の略称。先進国に削減目標を課す議定書を作成することを決定するベルリンマンデートを採択したCOP1（95年ベルリン開催）、ベルリンマンデートの定めにより数値化された削減目標を含む京都議定書を採択したCOP3（97年京都開催）、京都議定書に定められた諸制度を実施するために必要な運用ルールをマラケシュ合意として採択したCOP7（02年マラケシュ開催）など。09年12月にはコペンハーゲンでCOP15が開催され、京都議定書以降の温室効果ガス削減目標などが話し合われる。</p>
<p><span style="color: #019fe8"><strong>京都議定書</strong></span>：97 年COP3にて採択、05年2月発効。08年～12年の先進国の温室効果ガス排出量削減目標を法的拘束力を伴うものとして定めた。具体的には、二酸化炭素 とそれに換算したほか5種の温室効果ガスにつき、90年比で日本6%、米国7%、EU8%削減するとした。09年11月現在、189カ国およびEUが批 准・承認している。米国は批准していない。目標達成のために柔軟性を高める市場メカニズムとして、CDM、ETS、JI（Joint  Implementation　共同実施）を定めた。</p>
<p><span style="color: #019fe8"><strong>CDM</strong></span>：クリー ン開発メカニズム（Clean Development  Mechanism）の略称。先進国の政府や企業が途上国で温室効果ガスを削減、または吸収を増加させる事業を行い、途上国の開発に貢献するとともに、削減分をクレジットとして先進国の削減量に加算できる仕組み。</p>
<p><span style="color: #019fe8"><strong>ETS</strong></span>：排出量取引（Emission Trading Scheme）の略称。6種の温室効果ガス排出量を取引する制度。排出量の枠を超えた国が、枠内に収めた国や企業から余剰枠を買い取ることで自国の削減量に加算する。</p>
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		<title>世界の生活を支えるJICAの環境管理活動</title>
		<link>http://www.buaiso.net/business/international/2075/</link>
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		<pubDate>Sun, 25 Oct 2009 10:48:59 +0000</pubDate>
		<dc:creator>YK</dc:creator>
				<category><![CDATA[国際]]></category>

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		<description><![CDATA[美しい島国サモアのごみ問題 南太平洋に浮かぶサモア諸島。小学生のころ多くの人が歌ったであろう、青い空と青い海に囲まれた常夏の島であ る。サモアには※１SPREP（Secretariat of the Pacif ic Regional Environment Programme）の本部が置かれ、また南洋諸島諸国の中心地としての役割も果たしている。JICAの地球環境を守る活動は、この周辺地域の生活を力強く支えている。 美しい海に囲まれた美しい島国は、概して特有の課題を抱えている。人口が少なく国土が狭く産業資源が限られ、経済基盤が脆弱であること。国土が散在し、電気・水道・教育・医療などの社会サービスを全国に広げるのが難しいこと。海に囲まれ気候変動の影響を受けやすいこと。そして、ライフスタイルの変化に伴い、小さな国土での処理能力を超えた量と質のごみが発生していることなどが挙げられる。 もともと自然の恵みで生活していた島国では、ごみを処理する必要はなかった。限られた人材や財源を、より重要度の高い問題に投入してきたのである。 廃棄物はすべて「オープンダンピングサイト」と呼ばれる野積みの投棄場に捨てられる。しかし、ごみには医療廃棄物が含まれ感染のリスクがあり、ごみ山からメタンガスが発生して発火の危険もある中、貧困層がごみをあさり、またごみから出る汚水が地下水や海岸を汚染する。 廃棄物は小さな島国にとって大きな問題となった。土地が狭く埋立地を確保できない。海洋で分断されトラックで輸送できない。外から多くのモノが入り、出 口がない一方通行であるためその場で朽ち果てる。リサイクルに際しても収集して輸送するコストが高い。これらは沖縄の離島が抱える問題と共通する。違いはある。沖縄には地域振興のための補助金が出るため、高価な焼却場を持つことが可能だが、大洋州の島々にはそれがない。 「福岡方式」をサモアへ サモアでごみ問題が深刻化したのは90年代以降である。市場経済化と都市化が進み、生活雑貨や食料品の輸入が増え、プラスチックやビニール袋など自然に返らないごみが溢れ始めた。ごみ投棄場は不衛生で危険な状態となった。 日本は、00年の※2太平洋・島サミットにおいて「宮崎イニシアティブ」を発表し、環境問題の一環として大洋州地域の廃棄物対策に取り組む姿勢を明らかにした。JICAは無償資金協力でサモアにSPREP教育・訓練センターを建設し、専門家を派遣して域内の人材を集めて研修を行った。この研修所は今でも 域内の会議などに有効に使われている。 00年12月、JICA国際協力専門員の天野史郎氏は専門家としてサモアに赴任した。前職で、アメリカでの廃棄物処理に携わってきた天野氏は、その奥深さに興味をもったという。「廃棄物管理は衛生工学・土木工学などの技術分野とともに、環境教育や経済学など幅広い分野に関係しています」。サモア赴任後の最初の現場がタファイガタ処分場である。「はじめはあまりのひどさに途方に暮れました」。 SPREPに配属された天野氏は、まずサモアの廃棄物担当者に研修を行うとともに、事例を積み上げる作業を行った。「まずは危険な状態にあったサモアのタファイガタ処分場の構造改善を4カ月かけて行いました。ごみの分解を促進する、『福岡方式』と呼ばれる準好気性埋立構造を大洋州で初めて取り入れ、その運営管理も教えました」。 福岡方式とは処分場から汚水を速やかに排水し、同時に自然の空気を取り入れてごみの分解を促進する技術である。日本では処分場の標準的な構造として普及 している。構造が簡単であること、維持管理に高い技術を必要としないこと、竹やドラム缶など現地の資材や廃材が利用でき高価な材料を必要としないことなどが大きな特徴である。ごみの分解をできるだけ早くする方式であるため、汚水の水質が他と比べて良く、悪臭もない。 技術協力の目的は人づくり ごみの収集方法も改善した。「00年当時、ごみ収集は首都周辺だけで行われていました。サモアは大きく二つの島に分かれており、収集方法にも工夫が必要なのです。時間がかかりましたが、昨年からはサモア全土でごみ収集が行われるようになりました。また廃棄物処理に必要な予算も確保できるようになりました。現在、00年と比較して約3倍の予算が付いています」。一方で島民の意識を変える活動もJICAは行っている。「ボランティアとともに生ごみをコンポスト化するなどリサイクル活動を積極的に行いました。処分場の容量には限界があります。ごみを減らす技術が島国には特に必要なのです」。 このサモアでのJICAのプロジェクトは広域の十数カ国を対象としており、効果が現れにくいとされていた。しかし現在では、タファイガタ処分場の改善、ごみ収集全島実施、リサイクルの徹底など、大洋州のごみ処理技術導入のモデルケースとなっている。 周辺国のスタッフを集めた研修も行った。「彼らに改善提案を作ってもらい、各自国に帰って実現するのです。そのフォローアップも重要な任務の一つでした。技術協力の目的は人づくりです。将来、彼らが独自に設計・運営できるようにすることが大切ですね」。 サモアでは、タファイガタで学んだ研修員が技術指導を行い、隣のサバイイ島に自主財源で最終処分場を建設した。またミクロネシア連邦のコスラエ州でも、元研修員と青年海外協力隊員が草の根無償資金協力により準好気性埋立構造を導入した処分場改善を成功させている。サモアでの技術協力は本来の目的を達したと言えるだろう。今後彼らがどのように運営していくか、それをフォローしていくのが次の課題となる。 問題もある。せっかく育てた人材が先進国などへ流出してしまうのだ。また廃棄物処理の仕事は概して人気がなく、人材を集めにくい。賽ノ河原に小石を積むような思いを抱えながらも、JICAは根気良く人材育成に取り組んでいる。 周辺地域への広がり 減量化と再資源化 タファイガタの成功例を他の島国に普及するため、JICAは06年に「太平洋廃棄物管理プロジェクト」を開始した。サモアを拠点に、バヌアツやパラオ、フィジーなどに福岡方式の導入など様々な技術指導を行っている。 パラオは環境資源を守ることに非常に熱心な国である。ダイビングスポットとして人気が高く、世界中から多くの観光客が訪れる。これらホテルやダイブショップが立ち並ぶ市街地のすぐ裏にごみ処分場があるのだ。「以前は訪れたダイバーがブログで『ホテルの窓からごみだらけの場所が見えた。臭かった』などと書き込みをしたこともありました」。サモアの方式に倣ってこのパラオの処分場にも福岡方式が適用され、悪臭は消え、きれいに生まれ変わった。「処分場が 市街地にあったため、その変化はかなりインパクトがありました。ごみをきちんと処理しなければならないという意識が高まったようです」。 大洋州地域の核でもあり国力のあるフィジーでは、ごみの減量化、再資源化に焦点を当てたプロジェクトを行っている。フィジーはコンポスト以外のリサイク ルを行うことができる大洋州唯一の国でもある。「小さな電炉があるので、スクラップメタルを溶かす鉄のリサイクルを行っています。都市が大きいためごみの量も多く、最終処分場を改善する要望もありますが、まずは上流を改善してごみを減らすことに注力しています」。このフィジーの取り組みは日本のある自治体から多くを学んだものである。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="attachment_2079" class="wp-caption alignleft" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/0119_1.jpg" width="260" height="173" class="size-full wp-image-2079 " /><p class="wp-caption-text">美しい海に囲まれたサモア</p></div>
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<p><strong>美しい島国サモアのごみ問題</strong></p>
<p>南太平洋に浮かぶサモア諸島。小学生のころ多くの人が歌ったであろう、青い空と青い海に囲まれた常夏の島であ る。サモアには※１SPREP（Secretariat of the Pacif ic Regional Environment  Programme）の本部が置かれ、また南洋諸島諸国の中心地としての役割も果たしている。JICAの地球環境を守る活動は、この周辺地域の生活を力強く支えている。<br />
美しい海に囲まれた美しい島国は、概して特有の課題を抱えている。人口が少なく国土が狭く産業資源が限られ、経済基盤が脆弱であること。国土が散在し、電気・水道・教育・医療などの社会サービスを全国に広げるのが難しいこと。海に囲まれ気候変動の影響を受けやすいこと。そして、ライフスタイルの変化に伴い、小さな国土での処理能力を超えた量と質のごみが発生していることなどが挙げられる。</p>
<p><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/0119_2.jpg" width="260" height="390" class="alignright size-full wp-image-2080" /> もともと自然の恵みで生活していた島国では、ごみを処理する必要はなかった。限られた人材や財源を、より重要度の高い問題に投入してきたのである。<br />
廃棄物はすべて「オープンダンピングサイト」と呼ばれる野積みの投棄場に捨てられる。しかし、ごみには医療廃棄物が含まれ感染のリスクがあり、ごみ山からメタンガスが発生して発火の危険もある中、貧困層がごみをあさり、またごみから出る汚水が地下水や海岸を汚染する。<br />
廃棄物は小さな島国にとって大きな問題となった。土地が狭く埋立地を確保できない。海洋で分断されトラックで輸送できない。外から多くのモノが入り、出 口がない一方通行であるためその場で朽ち果てる。リサイクルに際しても収集して輸送するコストが高い。これらは沖縄の離島が抱える問題と共通する。違いはある。沖縄には地域振興のための補助金が出るため、高価な焼却場を持つことが可能だが、大洋州の島々にはそれがない。</p>
<div id="attachment_2081" class="wp-caption alignleft" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/0119_3.jpg" width="260" height="195" class="size-full wp-image-2081 " /><p class="wp-caption-text">福岡方式の導入で生まれ変わったサモアのタファイガタ処分場。林に囲まれた緑の処分場からは悪臭が消えた</p></div>
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<p><strong>「福岡方式」をサモアへ</strong></p>
<p>サモアでごみ問題が深刻化したのは90年代以降である。市場経済化と都市化が進み、生活雑貨や食料品の輸入が増え、プラスチックやビニール袋など自然に返らないごみが溢れ始めた。ごみ投棄場は不衛生で危険な状態となった。 日本は、00年の※2太平洋・島サミットにおいて「宮崎イニシアティブ」を発表し、環境問題の一環として大洋州地域の廃棄物対策に取り組む姿勢を明らかにした。JICAは無償資金協力でサモアにSPREP教育・訓練センターを建設し、専門家を派遣して域内の人材を集めて研修を行った。この研修所は今でも 域内の会議などに有効に使われている。 00年12月、JICA国際協力専門員の天野史郎氏は専門家としてサモアに赴任した。前職で、アメリカでの廃棄物処理に携わってきた天野氏は、その奥深さに興味をもったという。「廃棄物管理は衛生工学・土木工学などの技術分野とともに、環境教育や経済学など幅広い分野に関係しています」。サモア赴任後の最初の現場がタファイガタ処分場である。「はじめはあまりのひどさに途方に暮れました」。</p>
<div id="attachment_2082" class="wp-caption alignright" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/0119_4.jpg" width="260" height="173" class="size-full wp-image-2082 " /><p class="wp-caption-text">タファイガタ処分場で構造改革の指導を行う天野氏（中央） </p></div>
<p>SPREPに配属された天野氏は、まずサモアの廃棄物担当者に研修を行うとともに、事例を積み上げる作業を行った。「まずは危険な状態にあったサモアのタファイガタ処分場の構造改善を4カ月かけて行いました。ごみの分解を促進する、『福岡方式』と呼ばれる準好気性埋立構造を大洋州で初めて取り入れ、その運営管理も教えました」。<br />
福岡方式とは処分場から汚水を速やかに排水し、同時に自然の空気を取り入れてごみの分解を促進する技術である。日本では処分場の標準的な構造として普及 している。構造が簡単であること、維持管理に高い技術を必要としないこと、竹やドラム缶など現地の資材や廃材が利用でき高価な材料を必要としないことなどが大きな特徴である。ごみの分解をできるだけ早くする方式であるため、汚水の水質が他と比べて良く、悪臭もない。</p>
<div id="attachment_2083" class="wp-caption alignleft" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/0119_5.jpg" width="260" height="173" class="size-full wp-image-2083 " /><p class="wp-caption-text">JICA国際協力専門員　天野史郎氏</p></div>
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<p><strong>技術協力の目的は人づくり</strong></p>
<p>ごみの収集方法も改善した。「00年当時、ごみ収集は首都周辺だけで行われていました。サモアは大きく二つの島に分かれており、収集方法にも工夫が必要なのです。時間がかかりましたが、昨年からはサモア全土でごみ収集が行われるようになりました。また廃棄物処理に必要な予算も確保できるようになりました。現在、00年と比較して約3倍の予算が付いています」。一方で島民の意識を変える活動もJICAは行っている。「ボランティアとともに生ごみをコンポスト化するなどリサイクル活動を積極的に行いました。処分場の容量には限界があります。ごみを減らす技術が島国には特に必要なのです」。<br />
このサモアでのJICAのプロジェクトは広域の十数カ国を対象としており、効果が現れにくいとされていた。しかし現在では、タファイガタ処分場の改善、ごみ収集全島実施、リサイクルの徹底など、大洋州のごみ処理技術導入のモデルケースとなっている。<br />
周辺国のスタッフを集めた研修も行った。「彼らに改善提案を作ってもらい、各自国に帰って実現するのです。そのフォローアップも重要な任務の一つでした。技術協力の目的は人づくりです。将来、彼らが独自に設計・運営できるようにすることが大切ですね」。</p>
<p><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/0119_6.jpg" width="260" height="173" class="alignright size-full wp-image-2084" /> サモアでは、タファイガタで学んだ研修員が技術指導を行い、隣のサバイイ島に自主財源で最終処分場を建設した。またミクロネシア連邦のコスラエ州でも、元研修員と青年海外協力隊員が草の根無償資金協力により準好気性埋立構造を導入した処分場改善を成功させている。サモアでの技術協力は本来の目的を達したと言えるだろう。今後彼らがどのように運営していくか、それをフォローしていくのが次の課題となる。<br />
問題もある。せっかく育てた人材が先進国などへ流出してしまうのだ。また廃棄物処理の仕事は概して人気がなく、人材を集めにくい。賽ノ河原に小石を積むような思いを抱えながらも、JICAは根気良く人材育成に取り組んでいる。</p>
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<p><strong>周辺地域への広がり<br />
減量化と再資源化</strong></p>
<p>タファイガタの成功例を他の島国に普及するため、JICAは06年に「太平洋廃棄物管理プロジェクト」を開始した。サモアを拠点に、バヌアツやパラオ、フィジーなどに福岡方式の導入など様々な技術指導を行っている。<br />
パラオは環境資源を守ることに非常に熱心な国である。ダイビングスポットとして人気が高く、世界中から多くの観光客が訪れる。これらホテルやダイブショップが立ち並ぶ市街地のすぐ裏にごみ処分場があるのだ。「以前は訪れたダイバーがブログで『ホテルの窓からごみだらけの場所が見えた。臭かった』などと書き込みをしたこともありました」。サモアの方式に倣ってこのパラオの処分場にも福岡方式が適用され、悪臭は消え、きれいに生まれ変わった。「処分場が 市街地にあったため、その変化はかなりインパクトがありました。ごみをきちんと処理しなければならないという意識が高まったようです」。<br />
大洋州地域の核でもあり国力のあるフィジーでは、ごみの減量化、再資源化に焦点を当てたプロジェクトを行っている。フィジーはコンポスト以外のリサイク ルを行うことができる大洋州唯一の国でもある。「小さな電炉があるので、スクラップメタルを溶かす鉄のリサイクルを行っています。都市が大きいためごみの量も多く、最終処分場を改善する要望もありますが、まずは上流を改善してごみを減らすことに注力しています」。このフィジーの取り組みは日本のある自治体から多くを学んだものである。</p>
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		<title>世界の生活を支えるJICAの都市・地域開発</title>
		<link>http://www.buaiso.net/business/international/2050/</link>
		<comments>http://www.buaiso.net/business/international/2050/#comments</comments>
		<pubDate>Fri, 25 Sep 2009 10:29:36 +0000</pubDate>
		<dc:creator>YK</dc:creator>
				<category><![CDATA[国際]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.buaiso.net/?p=2050</guid>
		<description><![CDATA[都市とは経済を回す原動力 都市とは途上国にとって社会経済文化の中心であり、経済を回す原動力である。人間が生活するための場所を整える必要があり、急激に都市化が進むことによる歪みの解決も、開発から遅れた地域の問題を解決するための都市計画作りも、いずれも都市開発の活動に含まれる。 発展著しい開発途上国においては、発展に伴って次々発生する問題に対処する必要がある。ゴミ処理、水質汚濁、洪水など、様々なトラブルシューティングが必要だ。日本における都市開発と異なり、途上国におけるそれは、計画と実際、需要と供給のギャップを埋める作業が多く求められる。 開発の遅れた地域においては、長期的な計画を設定して実行しつつ、同時に現在目の前で生活している人のインフラを急いで整える必要がある。 発展著しいメコン地域 近年メコン川流域の国々の成長が著しい。カンボジア、タイ、ベトナム、ミャンマー、ラオスの近年の経済成長率（07年）は4.8％（タイ）～10.2％（カンボジア）と軒並み高い数値を示す。JICAは地域の発展のために、長期的計画のもと多くの援助を行ってきた。 JICAは地域の成長を牽引する経済インフラの整備に力を入れてきた。ヒト・モノ・カネの自由な流れを推進するため、国をまたいだ「経済回廊」の実現を目指している。 東西経済回廊はベトナムのダナンからラオス、タイを経てミャンマーに続く約1450キロの道路である。タイとラオスをつなぐ第2メコン国際橋など JICAの支援によるものが多く含まれる。06年12月に完成したこの国際橋により、バンコクからハノイまで海上ルートで約2週間費やしていた輸送が陸路で約3日に短縮された。 これと併せ、バンコクとプノンペン、ホーチミンを結ぶ南部経済回廊と、中国雲南省とバンコク、ハノイをつなぐ南北経済回廊が整備された。この3本の経済回廊の完成により、輸送時間の短縮とコスト削減、開発が遅れた内陸部の農村開発や、回廊周辺地域の開発の進展が期待されている。 衝撃的だったスーダン・ジュバ 国際協力専門員の石渡幹夫氏は、世界各地で都市開発にかかわってきた。南スーダンの中心であるジュバには JICAが06年から援助を行っている。「長くこの仕事をやってきましたが衝撃的な光景でした。足掛け50年間内戦状態だったためすべてが壊れていたのです。都市のサービスが何もありませんでした。水道がない、舗装道路がない、電気は自家発電。21世紀にこのような街があることが衝撃でした」。 平和構築としての作業も含むこの地域の都市施設について計画を策定した。まず水道を引き、道路や橋を直す計画を作るとともに、街中を流れるナイル川に港 を造った。「街から外に出る道路が壊滅していました。橋は落ち、地雷が埋まっており、道路が使えません。川に港を造ることで物資を輸送できるようにしまし た。比較的発展している北部スーダンからナイル川を経由して運ぶのです」。 10年先、20年先を見据えての計画とともに、現在困っている都市の最低限のサービスを整える手助けが必要となる。アフガニスタンのカブール同様、戦争で壊滅状態となった都市の最初の立ち上げである。「今後人口が増えて街が広がることなどを想定して計画を立てます。ジュバはいずれ南部スーダンの経済中心都市として成長が見込まれています。現在、北と比べて南スーダンは立ち遅れていますが、もし南スーダンが独立すれば、国を支える首都として機能していくはずです」。 スマトラ沖大地震の復旧 スリランカ、モルディブの実例 壊れた都市機能を直し次の災害に備える支援も行う。スマトラ沖大地震後にはインド洋周辺国が支援対象国となった。 モルディブでは、ほぼ毎年高潮の被害があったマーレ島に、大地震の前にJICAの援助で堤防が建設されていた。この援助が全島民の命を津波から守った。一方、他の島々ではこの津波により多くの子供が亡くなり、地震後には様々な防災支援が行われた。 スリランカでは、津波を契機に防災の役所、防災省ができた。「それまで小さな役所はありましたが、ほぼゼロから立ち上げた状態だったので、人材のトレー ニングを重点的に行いました。専門員が現地で指導し、また現地スタッフを日本に呼んで防災教育をしました」。地震、台風など災害の多い日本ならではのノウ ハウの積み上げは、世界に大いに貢献しているのだ。 洪水の予備警報のシステムを整備し、大雨洪水警報をを出して逃げる訓練もしている。「津波観測データは太平洋の観測センター送信する予定ですが、現在は暫定的に日本の気象庁が観測・データ送信しています。24時間交代で見張って観測して、地震があるとFAXを送るという地味な作業ですがほとんど知られていません」。 防災分野における日本の技術は世界でも圧倒的に高いという。季節ごとの災害の経験がそのノウハウをさらに高めている。「日本人は災害対策の大切さが身にしみて分かります。欧米で水というと井戸を掘るものだと思っていますが、日本人には、水がないのも困るがありすぎるのも困るという治水の感覚が根付いてい ます。都市化が進むと洪水が起きやすくなりますので、日本の技術を大いに生かすべき分野だと思いますね」。 主に支援対象国となるアジアとアフリカ諸国だが、地域によって支援内容は異なる。「アフリカだと洪水対策よりもインフラの整備が重要視されます。アジアは土地が低いところが多く、どこも洪水問題を抱えていますね。渋滞・道路交通問題は共通の問題です」。 JICAならではの援助 都市・道路交通問題は世界銀行やアジア開発銀行などの国際機関も積極的に行っている分野の一つだ。「JICAの特色は中長期的に物事を考えるところだと思います。10年、20年先を見据えた計画を立てて着実に実施するという実行力がJICAにはあります。日本の技術者は非常にレベルが高いのです。造った堤防が壊れにくいなど信頼度が高いですね。日本は技術的な裏打ちがきちんとあるところが決定的に違う点だと思います」。 国際機関と比較して長年の信頼感がJICAに対してあるという。特にアジアではそれが顕著だ。「国際機関勤務時代と比べ、私自身は同じ人間なのに相手が非常に真剣で、反応や受け止め方が全く違います。JICAという看板の大きさを常に感じています」。 またJICAの支援は基本的に相手の自主性に任せる。しかし国際機関は途上国との付き合い方が全く違うという。「例えば水道を引く時も、国際機関は水道料金を上げなさいという条件をつけます。それは資金を回収し、持続するシステムを作るためであり、それを含めて援助だという考え方なのですが、もちろん相手はそれを嫌がります。国際機関はその条件を満たさないと援助を止める場合すらあります。しかしJICAは相手の自主性に任せます。いい悪いという問題で はなく考え方の違いですね」。 遠い将来のJICAの姿 現在、日本のGDPは世界2位である。一方、ゴールドマンサックス発表のネクストイレブンに列する新興国などは、一時の勢いが弱まったようではあるが、伸びている。例えば2050年にインドネシアが日本と匹敵する国力レベルになった時、JICAはどのような活動を行っていくのだろうか。 「一つはアフリカなど開発から遅れた地域を変えていく必要があると思います。発展しているであろうアジア諸国については、JICAという枠組みだけでなく、お互いに技術交流して学ぶことは常にあると思います」。 現在と付き合い方は変わる。「例えば気候変動において、オランダやアメリカとお互いに技術交流して大雨対策について勉強し合っています。今後大変な問題になるであろう事柄について、技術者が意見交換します。アジア諸国が成長するとお互いに学び合う部分が出てきて、今までは上から下だった付き合いが、技術交流という横のつながりが続くと思います」。 相手が発展するとJICAの役割がなくなるわけではないのだ。「間違いなく今までのやり方とは変わると思います。タイやマレーシアなど発展を遂げた国では現在すでにJICAの援助自体が減っています。日本が進んでいる分野を指導するくらいで、付き合い方が随分変わっています」。 電化製品などのプロダクトとして日本製品は優秀であり、その技術力は世界で優位にあった。しかし、商売としての技術だけでなく、技術協力分野においても日本が国際社会でリーダーシップをとっていくとすれば、日本人として非常に嬉しい。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div id="attachment_2068" class="wp-caption alignleft" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/jica3_1-1.jpg" width="260" height="173" class="size-full wp-image-2068 " /><p class="wp-caption-text">円借款で整備された第2メコン国際橋。日本企業のほか、タイ・ラオス両国の企業や技術者が工事に参加した</p></div>
<div>
<p><strong>都市とは経済を回す原動力</strong></p>
<p>都市とは途上国にとって社会経済文化の中心であり、経済を回す原動力である。人間が生活するための場所を整える必要があり、急激に都市化が進むことによる歪みの解決も、開発から遅れた地域の問題を解決するための都市計画作りも、いずれも都市開発の活動に含まれる。<br />
発展著しい開発途上国においては、発展に伴って次々発生する問題に対処する必要がある。ゴミ処理、水質汚濁、洪水など、様々なトラブルシューティングが必要だ。日本における都市開発と異なり、途上国におけるそれは、計画と実際、需要と供給のギャップを埋める作業が多く求められる。<br />
開発の遅れた地域においては、長期的な計画を設定して実行しつつ、同時に現在目の前で生活している人のインフラを急いで整える必要がある。</p>
<div id="attachment_2069" class="wp-caption alignright" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/jica3_1-2.jpg" width="260" height="173" class="size-full wp-image-2069 " /><p class="wp-caption-text">ラオス日本センターでパソコンを学ぶ修行僧。メコン地域諸国はかつて社会主義体制下にあったため、市場経済発展を担う人材育成が急務だ</p></div>
<div>
<p><strong>発展著しいメコン地域</strong></p>
<p>近年メコン川流域の国々の成長が著しい。カンボジア、タイ、ベトナム、ミャンマー、ラオスの近年の経済成長率（07年）は4.8％（タイ）～10.2％（カンボジア）と軒並み高い数値を示す。JICAは地域の発展のために、長期的計画のもと多くの援助を行ってきた。<br />
JICAは地域の成長を牽引する経済インフラの整備に力を入れてきた。ヒト・モノ・カネの自由な流れを推進するため、国をまたいだ「経済回廊」の実現を目指している。<br />
東西経済回廊はベトナムのダナンからラオス、タイを経てミャンマーに続く約1450キロの道路である。タイとラオスをつなぐ第2メコン国際橋など JICAの支援によるものが多く含まれる。06年12月に完成したこの国際橋により、バンコクからハノイまで海上ルートで約2週間費やしていた輸送が陸路で約3日に短縮された。<br />
これと併せ、バンコクとプノンペン、ホーチミンを結ぶ南部経済回廊と、中国雲南省とバンコク、ハノイをつなぐ南北経済回廊が整備された。この3本の経済回廊の完成により、輸送時間の短縮とコスト削減、開発が遅れた内陸部の農村開発や、回廊周辺地域の開発の進展が期待されている。</p>
<div id="attachment_2070" class="wp-caption alignleft" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/jica3_1-3.jpg" width="260" height="173" class="size-full wp-image-2070 " /><p class="wp-caption-text">南部スーダン・ジュバのナイル川流域。不衛生な水の利用でコレラなどが蔓延するため、JICAは安全な水の確保のための都市給水計画を進めている </p></div>
<div>
<p><strong>衝撃的だったスーダン・ジュバ</strong></p>
<p>国際協力専門員の石渡幹夫氏は、世界各地で都市開発にかかわってきた。南スーダンの中心であるジュバには JICAが06年から援助を行っている。「長くこの仕事をやってきましたが衝撃的な光景でした。足掛け50年間内戦状態だったためすべてが壊れていたのです。都市のサービスが何もありませんでした。水道がない、舗装道路がない、電気は自家発電。21世紀にこのような街があることが衝撃でした」。<br />
平和構築としての作業も含むこの地域の都市施設について計画を策定した。まず水道を引き、道路や橋を直す計画を作るとともに、街中を流れるナイル川に港 を造った。「街から外に出る道路が壊滅していました。橋は落ち、地雷が埋まっており、道路が使えません。川に港を造ることで物資を輸送できるようにしまし た。比較的発展している北部スーダンからナイル川を経由して運ぶのです」。<br />
10年先、20年先を見据えての計画とともに、現在困っている都市の最低限のサービスを整える手助けが必要となる。アフガニスタンのカブール同様、戦争で壊滅状態となった都市の最初の立ち上げである。「今後人口が増えて街が広がることなどを想定して計画を立てます。ジュバはいずれ南部スーダンの経済中心都市として成長が見込まれています。現在、北と比べて南スーダンは立ち遅れていますが、もし南スーダンが独立すれば、国を支える首都として機能していくはずです」。</p>
<div>
<div>
<p><strong>スマトラ沖大地震の復旧<br />
スリランカ、モルディブの実例</strong></p>
<p>壊れた都市機能を直し次の災害に備える支援も行う。スマトラ沖大地震後にはインド洋周辺国が支援対象国となった。<br />
モルディブでは、ほぼ毎年高潮の被害があったマーレ島に、大地震の前にJICAの援助で堤防が建設されていた。この援助が全島民の命を津波から守った。一方、他の島々ではこの津波により多くの子供が亡くなり、地震後には様々な防災支援が行われた。<br />
スリランカでは、津波を契機に防災の役所、防災省ができた。「それまで小さな役所はありましたが、ほぼゼロから立ち上げた状態だったので、人材のトレー ニングを重点的に行いました。専門員が現地で指導し、また現地スタッフを日本に呼んで防災教育をしました」。地震、台風など災害の多い日本ならではのノウ ハウの積み上げは、世界に大いに貢献しているのだ。<br />
洪水の予備警報のシステムを整備し、大雨洪水警報をを出して逃げる訓練もしている。「津波観測データは太平洋の観測センター送信する予定ですが、現在は暫定的に日本の気象庁が観測・データ送信しています。24時間交代で見張って観測して、地震があるとFAXを送るという地味な作業ですがほとんど知られていません」。<br />
防災分野における日本の技術は世界でも圧倒的に高いという。季節ごとの災害の経験がそのノウハウをさらに高めている。「日本人は災害対策の大切さが身にしみて分かります。欧米で水というと井戸を掘るものだと思っていますが、日本人には、水がないのも困るがありすぎるのも困るという治水の感覚が根付いてい ます。都市化が進むと洪水が起きやすくなりますので、日本の技術を大いに生かすべき分野だと思いますね」。<br />
主に支援対象国となるアジアとアフリカ諸国だが、地域によって支援内容は異なる。「アフリカだと洪水対策よりもインフラの整備が重要視されます。アジアは土地が低いところが多く、どこも洪水問題を抱えていますね。渋滞・道路交通問題は共通の問題です」。</p>
<div id="attachment_2071" class="wp-caption alignleft" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/jica3_2-1.jpg" width="260" height="195" class="size-full wp-image-2071 " /><p class="wp-caption-text">モルディブの小学校で防災教育活動を行う石渡氏（後列左から2番目）</p></div>
<div>
<p><strong>JICAならではの援助</strong></p>
<p>都市・道路交通問題は世界銀行やアジア開発銀行などの国際機関も積極的に行っている分野の一つだ。「JICAの特色は中長期的に物事を考えるところだと思います。10年、20年先を見据えた計画を立てて着実に実施するという実行力がJICAにはあります。日本の技術者は非常にレベルが高いのです。造った堤防が壊れにくいなど信頼度が高いですね。日本は技術的な裏打ちがきちんとあるところが決定的に違う点だと思います」。<br />
国際機関と比較して長年の信頼感がJICAに対してあるという。特にアジアではそれが顕著だ。「国際機関勤務時代と比べ、私自身は同じ人間なのに相手が非常に真剣で、反応や受け止め方が全く違います。JICAという看板の大きさを常に感じています」。<br />
またJICAの支援は基本的に相手の自主性に任せる。しかし国際機関は途上国との付き合い方が全く違うという。「例えば水道を引く時も、国際機関は水道料金を上げなさいという条件をつけます。それは資金を回収し、持続するシステムを作るためであり、それを含めて援助だという考え方なのですが、もちろん相手はそれを嫌がります。国際機関はその条件を満たさないと援助を止める場合すらあります。しかしJICAは相手の自主性に任せます。いい悪いという問題で はなく考え方の違いですね」。</p>
<div class="kiji clearfix">
<div id="attachment_2072" class="wp-caption alignright" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/jica3_2-2.jpg" width="260" height="195" class="size-full wp-image-2072 " /><p class="wp-caption-text">フィリピンでは人口の3割を占めるとも言われる貧困層が川沿いや水上に暮らす。彼らの生命のためにも洪水対策は絶対に必要だ </p></div>
<p><strong>遠い将来のJICAの姿</strong></p>
<p>現在、日本のGDPは世界2位である。一方、ゴールドマンサックス発表のネクストイレブンに列する新興国などは、一時の勢いが弱まったようではあるが、伸びている。例えば2050年にインドネシアが日本と匹敵する国力レベルになった時、JICAはどのような活動を行っていくのだろうか。<br />
「一つはアフリカなど開発から遅れた地域を変えていく必要があると思います。発展しているであろうアジア諸国については、JICAという枠組みだけでなく、お互いに技術交流して学ぶことは常にあると思います」。<br />
現在と付き合い方は変わる。「例えば気候変動において、オランダやアメリカとお互いに技術交流して大雨対策について勉強し合っています。今後大変な問題になるであろう事柄について、技術者が意見交換します。アジア諸国が成長するとお互いに学び合う部分が出てきて、今までは上から下だった付き合いが、技術交流という横のつながりが続くと思います」。<br />
相手が発展するとJICAの役割がなくなるわけではないのだ。「間違いなく今までのやり方とは変わると思います。タイやマレーシアなど発展を遂げた国では現在すでにJICAの援助自体が減っています。日本が進んでいる分野を指導するくらいで、付き合い方が随分変わっています」。<br />
電化製品などのプロダクトとして日本製品は優秀であり、その技術力は世界で優位にあった。しかし、商売としての技術だけでなく、技術協力分野においても日本が国際社会でリーダーシップをとっていくとすれば、日本人として非常に嬉しい。</p>
</div>
</div>
</div>
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</div>
]]></content:encoded>
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		<title>JICAのアフガニスタン活動レポート</title>
		<link>http://www.buaiso.net/business/international/1081/</link>
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		<pubDate>Tue, 02 Jun 2009 08:59:39 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.horio</dc:creator>
				<category><![CDATA[国際]]></category>

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		<description><![CDATA[2001年のタリバン政権崩壊後、カルザイ政権のもとで各国のドナーが入り、復興への機運が高まった。JICAは02年カブールに事務所を設立。現在南アジア部南アジア第三課企画役の三井祐子さんは、04年から09年の間カブール事務所に駐在した。平和構築には様々な活動が含まれる。「インフラ整備、国境管理などすべてのプロジェクトを包含してアフガニスタンの平和につながる活動と考えています」。 女性の自立、農業開発、新カブール構想 「現在アフガニスタンでは、インフラ整備、農業農村開発、教育医療などの基礎生活分野などが特に望まれています」。三井さんは駐在初年度はジェンダー活動に従事した。「女性の生活向上を促す女性省の人材育成にもあたりました。内戦、タリバン政権時代、とアフガニスタンには女性抑圧の歴史があります。70年当時は女性が普通に社会進出していましたが、この30年、女性がお金を稼ぐことはできませんでした。稼ぐ手段が欲しいという要望を聞き、継続して彼らが稼げるシステムを与えました。具体的には、カンダハル、カブール、バーミヤンで、牛の生育を教えたのです」。まず牛とワクチンをJICAが与え、成育し、乳を絞り、ミルクやバターを売って稼ぐ。牛を増やし、村で牛をもらえなかった人にあげる。当初は個人でミルクなどを売っていたが、協同組合を作り、より高値で売れるようにした。自立できる金額ではないが、自由になるお金ができたことは大きな意味を持つ。 JICAは国の成長段階により機動的にプロジェクトを変えている。計画から実行までが非常に速い印象を受ける。「01年にタリバン政権が崩壊した時、必要なものをすぐ作るシステムを作りました。通常なら1年かかるところを3カ月で着工できるようにして、基礎インフラを整備したのです。03年になると人材育成の必要が出てきたので、アフガニスタン政府の人材育成に、現在も力を注いでいます。一方でインフラ整備はまだまだ必要なので、カブール首都圏開発を同時に進めています。そのアプローチで面白いのは、地方の農業インフラと都市部の運輸生活インフラを同時に進める、面的アプローチをとっているところです。JICAの活動地域が限られるため、できる限り広く被益者が広がるように、そしてそれができたらなるべく他の地域にも広げるよう心がけています。安全が許せばその成果を別の安全な地域に広げます。例えば東部のパキスタン国境地帯で行ったプロジェクトを応用し、北部農業地帯で農業開発プロジェクトを進めています」。 警備と日常生活 アフガニスタンでは職員の安全確保も重要だ。「JICA職員はいくつかのゲストハウスにまとまって住んでいます。JICA事務所、ゲストハウスとも高い塀と武装した警備員に24時間守られていますが、普段活動をしていて、アフガニスタン人から敵意のある態度を示されたことは一度もありません。現地の人はJICAをよく知っているのです。現地で日本が歓迎され、特別視されている感覚はいつもありました」。日本はアフガニスタン人を一人も殺していないことを彼らはよく知っているという。 現在、外出は会社と住居とプロジェクトサイトのみに限られる。個人の希望での移動はできない。「05年当初は出歩くことができましたが、治安の悪化とともに厳しくなりました。07年に理事長が訪問した際に泊まったセレナホテルがその１カ月後に襲撃され、立ち入り禁止になりました。唯一のケーキが食べられるホテルだったんです（笑）。週末にセレナホテルでビュッフェを食べるのがみんなの唯一の楽しみでした」。05年当時は国連の警備のある7つの指定レストランに出入りができたが、現在、出入りが許可されているレストランはない。 誰でも気軽に植物を楽しめる 「一番怖かったのは、08年のインド大使館への自爆テロです。60人が亡くなりました。300メートル離れた宿舎にいましたが、爆風で大揺れし、ガラスが飛び散るかと思いました。今でも窓際に立つのが習慣的に怖いですし、散ったガラスが当たらないよう必ずカーテンを閉めます。何かあっても絶対窓から外を覗かないの が鉄則です。防弾フィルムは貼られていますが、撃たれる危険があるからです」。 国際協力活動の奥は深い。ブアイソー世代がまずできることは、日本が世界でこのような活動をしていることを認識し、それを誇りに思うことかもしれない。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="kiji clearfix"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/no26_national_main.jpg" alt="JICAのアフガニスタン活動レポート" width="260" height="185" class="alignright size-full wp-image-1082" /></p>
<p>2001年のタリバン政権崩壊後、カルザイ政権のもとで各国のドナーが入り、復興への機運が高まった。JICAは02年カブールに事務所を設立。現在南アジア部南アジア第三課企画役の三井祐子さんは、04年から09年の間カブール事務所に駐在した。平和構築には様々な活動が含まれる。「インフラ整備、国境管理などすべてのプロジェクトを包含してアフガニスタンの平和につながる活動と考えています」。</p>
</div>
<div class="kiji clearfix">
<div id="attachment_1083" class="wp-caption alignleft" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/no26_national_01.jpg" alt="50万人規模都市カブールに400万人以上が住む。インフラが不足している" width="260" height="173" class="size-full wp-image-1083" /><p class="wp-caption-text">50万人規模都市カブールに400万人以上が住む。インフラが不足している</p></div>
<h4>女性の自立、農業開発、新カブール構想</h4>
<p>「現在アフガニスタンでは、インフラ整備、農業農村開発、教育医療などの基礎生活分野などが特に望まれています」。三井さんは駐在初年度はジェンダー活動に従事した。「女性の生活向上を促す女性省の人材育成にもあたりました。内戦、タリバン政権時代、とアフガニスタンには女性抑圧の歴史があります。70年当時は女性が普通に社会進出していましたが、この30年、女性がお金を稼ぐことはできませんでした。稼ぐ手段が欲しいという要望を聞き、継続して彼らが稼げるシステムを与えました。具体的には、カンダハル、カブール、バーミヤンで、牛の生育を教えたのです」。まず牛とワクチンをJICAが与え、成育し、乳を絞り、ミルクやバターを売って稼ぐ。牛を増やし、村で牛をもらえなかった人にあげる。当初は個人でミルクなどを売っていたが、協同組合を作り、より高値で売れるようにした。自立できる金額ではないが、自由になるお金ができたことは大きな意味を持つ。</p>
</div>
<div class="kiji clearfix">
<div id="attachment_1084" class="wp-caption alignright" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/no26_national_02.jpg" alt="JICAが建設した学校で学ぶ。将来のアフガニスタンは彼らの手にある" width="260" height="195" class="size-full wp-image-1084" /><p class="wp-caption-text">JICAが建設した学校で学ぶ。将来のアフガニスタンは彼らの手にある</p></div>
<p>JICAは国の成長段階により機動的にプロジェクトを変えている。計画から実行までが非常に速い印象を受ける。「01年にタリバン政権が崩壊した時、必要なものをすぐ作るシステムを作りました。通常なら1年かかるところを3カ月で着工できるようにして、基礎インフラを整備したのです。03年になると人材育成の必要が出てきたので、アフガニスタン政府の人材育成に、現在も力を注いでいます。一方でインフラ整備はまだまだ必要なので、カブール首都圏開発を同時に進めています。そのアプローチで面白いのは、地方の農業インフラと都市部の運輸生活インフラを同時に進める、面的アプローチをとっているところです。JICAの活動地域が限られるため、できる限り広く被益者が広がるように、そしてそれができたらなるべく他の地域にも広げるよう心がけています。安全が許せばその成果を別の安全な地域に広げます。例えば東部のパキスタン国境地帯で行ったプロジェクトを応用し、北部農業地帯で農業開発プロジェクトを進めています」。</p>
</div>
<div class="kiji clearfix">
<div id="attachment_1085" class="wp-caption alignleft" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/no26_national_03.jpg" alt="JICAが建設した学校" width="260" height="195" class="size-full wp-image-1085" /><p class="wp-caption-text">JICAが建設した学校</p></div>
<h4>警備と日常生活</h4>
<p>アフガニスタンでは職員の安全確保も重要だ。「JICA職員はいくつかのゲストハウスにまとまって住んでいます。JICA事務所、ゲストハウスとも高い塀と武装した警備員に24時間守られていますが、普段活動をしていて、アフガニスタン人から敵意のある態度を示されたことは一度もありません。現地の人はJICAをよく知っているのです。現地で日本が歓迎され、特別視されている感覚はいつもありました」。日本はアフガニスタン人を一人も殺していないことを彼らはよく知っているという。</p>
</div>
<div class="kiji clearfix"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/no26_national_04.jpg" alt="JICAのアフガニスタン活動レポート" width="260" height="173" class="alignright size-full wp-image-1086" /></p>
<p>現在、外出は会社と住居とプロジェクトサイトのみに限られる。個人の希望での移動はできない。「05年当初は出歩くことができましたが、治安の悪化とともに厳しくなりました。07年に理事長が訪問した際に泊まったセレナホテルがその１カ月後に襲撃され、立ち入り禁止になりました。唯一のケーキが食べられるホテルだったんです（笑）。週末にセレナホテルでビュッフェを食べるのがみんなの唯一の楽しみでした」。05年当時は国連の警備のある7つの指定レストランに出入りができたが、現在、出入りが許可されているレストランはない。</p>
</div>
<div class="kiji clearfix">
<div id="attachment_1087" class="wp-caption alignleft" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/no26_national_05.jpg" alt="南アジア部南アジア第三課企画役　三井祐子氏" width="260" height="334" class="size-full wp-image-1087" /><p class="wp-caption-text">南アジア部南アジア第三課企画役　三井祐子氏</p></div>
<h4>誰でも気軽に植物を楽しめる</h4>
<p>「一番怖かったのは、08年のインド大使館への自爆テロです。60人が亡くなりました。300メートル離れた宿舎にいましたが、爆風で大揺れし、ガラスが飛び散るかと思いました。今でも窓際に立つのが習慣的に怖いですし、散ったガラスが当たらないよう必ずカーテンを閉めます。何かあっても絶対窓から外を覗かないの が鉄則です。防弾フィルムは貼られていますが、撃たれる危険があるからです」。<br />
国際協力活動の奥は深い。ブアイソー世代がまずできることは、日本が世界でこのような活動をしていることを認識し、それを誇りに思うことかもしれない。</p>
</div>
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		<title>世界の発展と平和に貢献するJICAの平和構築活動</title>
		<link>http://www.buaiso.net/business/international/1366/</link>
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		<pubDate>Mon, 25 May 2009 10:51:28 +0000</pubDate>
		<dc:creator>k.horio</dc:creator>
				<category><![CDATA[国際]]></category>

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		<description><![CDATA[JICAは紛争地帯には派遣しないというのが90年代の印象だった。しかし現在、アフガニスタンには約60～70名のJICA関係者が駐在し、イラクにも事務所を構えるほか、スリランカ、スーダン、ボスニア・ヘルツェゴビナやコソボでも積極的に活動を行っている。 　イラクのサマワへの陸上自衛隊派遣や海上自衛隊のインド洋での給油活動に対して、議論が噴出した。しかし、JICAが過去7年間にわたり数千人の文民を紛争地域のアフガニスタンに派遣していることは、知られていない。「参議院外交・防衛委員会で、JICAの活動を参考人として説明した際、議員たちはこんなにやっていたのかと驚いていました。それほど認識されていないのです。イラクのサマワ派遣の自衛隊員には日額数万円の危険手当が支給されますが、JICA職員には通常の海外生活手当のみです」（力石寿郎JICA広報室長） 　平和構築活動を行う現場では、職員の身に危険が及ぶ可能性が高い。「コソボやボスニアでは、ようやく街中を歩くことができるようになりましたが、アフガニスタンでは逆に危険度が増し、現在は職場と宿舎以外、出歩くことが許されません。かなりの閉塞状態とプレッシャーの中での仕事です」。 日本の援助でアジアは躍進 　世界の主要各国はODAを拠出しているが、日本は特に途上国に感謝されているという。「日本人の技術協力のやり方は欧米とは全く違います。例えば稲作の技術協力で、欧米の専門家は室内で手法を指示します。エンジニアやドクターは泥にまみれることをプライドが許しません。しかし日本人は、博士で大学教授であるような高い地位の人が自ら田んぼに入ります。日本人に教わると実力が上がるという声が高いのです」。 　近年のアジア発展にはJICAの功績が大きい。「日本のODAの大半はアジア向けのものです。数十年前、民間投資を呼ぶために道路・電気・水道のほか、人材育成の環境も整えました。欧米は、日本の利益のための援助だと批判していました。しかし数十年後、アジアの発展は目覚ましいものとなりました」。 　対照的なのがアフリカだ。70年代初頭、アフリカは順調に発展すると言われていた。60年代の世界銀行のレポートには「東南アジアは希望を見出せない地域」とまで書かれた。しかし30年後、アジア諸国は次々とテイクオフ寸前まで発展し、アフリカは浮上できずにいる。欧米諸国が援助していたアフリカと、日本が援助していたアジアとの差だ。 日本の実績を誇るべき 「日本は徹底したマンツーマン方式で援助を行います。また日本は過去37万人の研修生を受け入れてきました。70年代に研修生だった若者たちは、現在母国で高い地位についています。大使が会えなくても、JICAの所長ならすぐ会ってくれる（笑）、そんなところにも彼らのJICAへの思いが表れています。日本人は日本の功績を知ったほうがいいし、誇るべきだと思いますね」。 　他国の紛争が広がれば自国への危険も増す。平和構築とは自国の安全保障を守ることでもある。相手国のインフラが整い、自国企業の進出が可能になれば、自国の経済利益は増大する。日本の安全と経済的利益は、アジア諸国への過去の援助活動の成果でもある。そして相手国の日本への好意的な見方にもつながる。迷った時には日本の味方になるという意識が多くの途上国にあるという。「知らないのは日本人だけです」。 10年後を見据えた活動 　援助活動は短期間で成果が表れるものではない。過去の日本の援助活動も、将来を見通し、10年後にどうなるか、という視点で行われてきた。最近、特に欧米諸国のドナー（援助機関）は、長くても3年で効果を測定し、引き揚げてしまうという。 　進行中の10年後を見据えた事業のひとつに、カブール首都圏開発がある。「アフガニスタンの首都カブールの都市計画は、内戦前の1978年に策定されましたが、その計画は20%しか実施されていないと言われています。また、カブールはもともと人口50万人程度の都市でしたが、現在の人口は400万人。そこでカブールの中心地から北に約30km離れた地域（デジャブ）に新都市を作ると同時に既存都市の再開発を行う首都圏開発マスタープランを作っています。 　道路、水、電気に加え、雇用を生み出す産業等の計画策定を支援しました。一部の国からは、アフガニスタンで新都市構想なんて無理だと大いに馬鹿にされました。夢のような話だと。しかし、治安が良くなっても、人々の生活が豊かになっていなければ、本当の意味で平和とはいえない。やらなくてはという使命感がありました」。 　新しいスタンダードに向かって、国の様々なものが発展していく。「JICAの支援に基づく新都市のマスター プランは今年3月にアフガニスタンの閣議承認を得ました。カルザイ大統領をはじめ、関係大臣および民間 企業から我々の支援に対して賛辞が寄せられました。調査に基づく具体的な計画が提示されたことで、欧米 諸国からも注目が集まり始めています。やはり必要なことだったとみんなやっと理解したようです」。]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<div class="kiji clearfix"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/no26_national_main.jpg" alt="世界の発展と平和に貢献するJICAの平和構築活動" title="世界の発展と平和に貢献するJICAの平和構築活動" width="260" height="185" class="alignright size-full wp-image-1082" /></p>
<p>JICAは紛争地帯には派遣しないというのが90年代の印象だった。しかし現在、アフガニスタンには約60～70名のJICA関係者が駐在し、イラクにも事務所を構えるほか、スリランカ、スーダン、ボスニア・ヘルツェゴビナやコソボでも積極的に活動を行っている。</p>
</div>
<div class="kiji clearfix"><div id="attachment_1367" class="wp-caption alignleft" style="width: 270px"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/no26_national_jica_01.jpg" alt="力石寿郎氏。広報室長。76年入職。企画課長、カンボジア事務所長、中東・欧州部長などを経て08年から現職" title="JICAの平和構築活動" width="260" height="369" class="size-full wp-image-1367" /><p class="wp-caption-text">力石寿郎氏。広報室長。76年入職。企画課長、カンボジア事務所長、中東・欧州部長などを経て08年から現職</p></div></p>
<p>　イラクのサマワへの陸上自衛隊派遣や海上自衛隊のインド洋での給油活動に対して、議論が噴出した。しかし、JICAが過去7年間にわたり数千人の文民を紛争地域のアフガニスタンに派遣していることは、知られていない。「参議院外交・防衛委員会で、JICAの活動を参考人として説明した際、議員たちはこんなにやっていたのかと驚いていました。それほど認識されていないのです。イラクのサマワ派遣の自衛隊員には日額数万円の危険手当が支給されますが、JICA職員には通常の海外生活手当のみです」（力石寿郎JICA広報室長）<br />
　平和構築活動を行う現場では、職員の身に危険が及ぶ可能性が高い。「コソボやボスニアでは、ようやく街中を歩くことができるようになりましたが、アフガニスタンでは逆に危険度が増し、現在は職場と宿舎以外、出歩くことが許されません。かなりの閉塞状態とプレッシャーの中での仕事です」。</p>
</div>
<div class="kiji clearfix"><div id="attachment_1368" class="wp-caption alignright" style="width: 270px"><a href="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/no26_national_jica_02.jpg"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/no26_national_jica_02-300x182.jpg" alt="【平和構築支援の時間的推移】 " title="JICAの平和構築活動" width="260" class="size-medium wp-image-1368" /></a><p class="wp-caption-text">【平和構築支援の時間的推移】 民族対立を原因とする紛争の完全和解のためにJICAは共同プロジェクトを提供する。「ボスニア・ヘルツェゴビナでは農業やIT協力をフックに、民族協働で稼ぐ仕組みが成果をあげました」（力石氏）。ユニークで素晴らしい試みは知られていない</p></div></p>
<h4>日本の援助でアジアは躍進</h4>
<p>　世界の主要各国はODAを拠出しているが、日本は特に途上国に感謝されているという。「日本人の技術協力のやり方は欧米とは全く違います。例えば稲作の技術協力で、欧米の専門家は室内で手法を指示します。エンジニアやドクターは泥にまみれることをプライドが許しません。しかし日本人は、博士で大学教授であるような高い地位の人が自ら田んぼに入ります。日本人に教わると実力が上がるという声が高いのです」。<br />
　近年のアジア発展にはJICAの功績が大きい。「日本のODAの大半はアジア向けのものです。数十年前、民間投資を呼ぶために道路・電気・水道のほか、人材育成の環境も整えました。欧米は、日本の利益のための援助だと批判していました。しかし数十年後、アジアの発展は目覚ましいものとなりました」。<br />
　対照的なのがアフリカだ。70年代初頭、アフリカは順調に発展すると言われていた。60年代の世界銀行のレポートには「東南アジアは希望を見出せない地域」とまで書かれた。しかし30年後、アジア諸国は次々とテイクオフ寸前まで発展し、アフリカは浮上できずにいる。欧米諸国が援助していたアフリカと、日本が援助していたアジアとの差だ。</p>
</div>
<div class="kiji clearfix"><div id="attachment_1369" class="wp-caption alignleft" style="width: 270px"><a href="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/no26_national_jica_03.jpg"><img src="http://www.buaiso.net/wp-content/uploads/2010/09/no26_national_jica_03-300x150.jpg" alt="【主要援助国のODA実績】" title="JICAの平和構築活動" width="260" class="size-medium wp-image-1369" /></a><p class="wp-caption-text">【主要援助国のODA実績】GNI（Gross National Income＝国民総所得。国民が1年間に生み出した財・サービスの付加価値合計）比で日本のODAは0.17%。つまり1万円稼ぐ国が援助するのは17円。ノルウェーやスウェーデンはGNI比1%以上。世界第2の経済大国の実状だ</p></div></p>
<h4>日本の実績を誇るべき</h4>
<p>「日本は徹底したマンツーマン方式で援助を行います。また日本は過去37万人の研修生を受け入れてきました。70年代に研修生だった若者たちは、現在母国で高い地位についています。大使が会えなくても、JICAの所長ならすぐ会ってくれる（笑）、そんなところにも彼らのJICAへの思いが表れています。日本人は日本の功績を知ったほうがいいし、誇るべきだと思いますね」。<br />
　他国の紛争が広がれば自国への危険も増す。平和構築とは自国の安全保障を守ることでもある。相手国のインフラが整い、自国企業の進出が可能になれば、自国の経済利益は増大する。日本の安全と経済的利益は、アジア諸国への過去の援助活動の成果でもある。そして相手国の日本への好意的な見方にもつながる。迷った時には日本の味方になるという意識が多くの途上国にあるという。「知らないのは日本人だけです」。</p>
</div>
<div class="kiji clearfix">
<h4>10年後を見据えた活動</h4>
<p>　援助活動は短期間で成果が表れるものではない。過去の日本の援助活動も、将来を見通し、10年後にどうなるか、という視点で行われてきた。最近、特に欧米諸国のドナー（援助機関）は、長くても3年で効果を測定し、引き揚げてしまうという。<br />
　進行中の10年後を見据えた事業のひとつに、カブール首都圏開発がある。「アフガニスタンの首都カブールの都市計画は、内戦前の1978年に策定されましたが、その計画は20%しか実施されていないと言われています。また、カブールはもともと人口50万人程度の都市でしたが、現在の人口は400万人。そこでカブールの中心地から北に約30km離れた地域（デジャブ）に新都市を作ると同時に既存都市の再開発を行う首都圏開発マスタープランを作っています。<br />
　道路、水、電気に加え、雇用を生み出す産業等の計画策定を支援しました。一部の国からは、アフガニスタンで新都市構想なんて無理だと大いに馬鹿にされました。夢のような話だと。しかし、治安が良くなっても、人々の生活が豊かになっていなければ、本当の意味で平和とはいえない。やらなくてはという使命感がありました」。<br />
　新しいスタンダードに向かって、国の様々なものが発展していく。「JICAの支援に基づく新都市のマスター プランは今年3月にアフガニスタンの閣議承認を得ました。カルザイ大統領をはじめ、関係大臣および民間 企業から我々の支援に対して賛辞が寄せられました。調査に基づく具体的な計画が提示されたことで、欧米 諸国からも注目が集まり始めています。やはり必要なことだったとみんなやっと理解したようです」。</p>
</div>
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