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【マッチ&ニッチ商売論】食+デザイン=フードデザイナー

その手があったか! 脱サラ起業家たちの

【マッチ&ニッチ商売論】食+デザイン=フードデザイナー

会社を辞めて独立する。やるだけならば簡単だ。しかし、戦略も展望もないまま独立すると、仕事が全くなかったり、
安い請負作業で使い捨てられかねない。独立するならば、ニッチでも確かな収入と自由があるビジネスを創り出したい。
ポイントは「組み合わせる」こと。異なる二つの切り口をうまく合わせれば、唯一無二の存在になれる。
サラリーマン経験も活かし、組み合わせで成功した起業家たちの物語を追う。

 浅草、上野、谷中を抱える東京都台東区。江戸情緒を残す下町として年間4000万人もの観光客を受け入れる一方で、住宅地の中に職人たちが腕を振るう町工場が点在している。巨大な商業施設やオフィスビルは少ないが、歴史と技術が蓄積した地域である。
台東区にあるアトリエ。小沢さん主催の料理教室やインドの生活道具の展示販売会なども随時開かれている

台東区にあるアトリエ。小沢さん主催の料理教室やインドの生活道具の展示販売会なども随時開かれている

 2012年12月。この台東区に業務用キッチンと大きなテーブルがあるアトリエが開かれた。フードデザイナー「モコメシ」こと小沢朋子さん(33歳)が、ケータリングの仕込みをしたり、料理教室などのイベントを開いたり、雑誌の撮影などを行う拠点だ。
 新しい機材やインテリアが並んでいるのに、手触りが良く温かな空間である。古いビルの1階を改装したこと、台東区という場所が持つ雰囲気などが影響しているのだろう。
 大学院を出てからは、老舗の有名インテリアデザイン事務所で働いていた小沢さん。10年間で1名しか採用しないような狭き門だったが4年で退職を決めた。2010年5月のことだ。かねてから興味があったケータリングの仕事を本格化させるためだ。
「インテリアデザイナーとしてはぺーぺーのまま辞めてしまいました。修業を全うしたわけではありません」
 小沢さんは謙遜するが、大学院でも専門的に学び、事務所の一員とはいえプロとして4年間インテリアデザインの実務に就いた経験は、独立後も大いに活きている。
木製プロダクトを作るブランドの新店舗オープニングレセプション。「実際にクライアントが製作しているトレイやペン立てを使い、フードを盛りつけました」

木製プロダクトを作るブランドの新店舗オープニングレセプション。「実際にクライアントが製作しているトレイやペン立てを使い、フードを盛りつけました」

 例えば、台東区のクリエイターたちによる合同展示会。小沢さんは木材・家具店の工房で開催するオープニングパーティの演出とケータリングを依頼された。地元でものづくりをしている人たちであることを強調するにはどうすればいいか。考えた末、その店の端材(余った木材)を組み上げたディスプレイに、区内の老舗惣菜店や味噌店の食材を使った料理を並べた。
 参加者からは「料理人にはとても真似できない」との評価を受けた。しかし、小沢さんは自分をアーティストだとは思っていない。あくまでも職人気質のデザイナーであり、顧客の要望を丁寧に聞き取ったうえで料理と演出方法を提案し、「食べるシチュエーションをデザイン」しているのだ。
 評判は口コミで広まり、デザイン専門学校の300人規模の式典を3年連続で受注するまでになった。アシスタント1名の他、最大10名までのチームメンバーでケータリングを行っている。
2012年12月に行なわれた結婚パーティー。「新郎新婦から参列者へのクリスマスプレゼント」がテーマ。ディスプレイはプレゼントの箱をイメージ。メイン料理の七面鳥の丸焼きに新郎新婦が入刀した

2012年12月に行なわれた結婚パーティー。「新郎新婦から参列者へのクリスマスプレゼント」がテーマ。ディスプレイはプレゼントの箱をイメージ。メイン料理の七面鳥の丸焼きに新郎新婦が入刀した

「最近多いのはウェディングです。ホテルや式場ではなく、お気に入りの場所でオリジナルの式をやりたい人が増えているのでしょう。年8件ぐらい受けているかな。希望を聞いて、メニューからディスプレイまでをご提案しています。結婚式の現場経験が増えるにつれ、会場選びなど式全体の進行の相談をされることもあります。『ウェディングプランナーではありませんよ』とあらかじめ伝えたうえで、お応えできる範囲でご協力しています」
 顧客の要望に柔軟に対応し、食べ始めから食べ終わりまでを視野に入れた遊び心のある食事を提供する。ただし、無理をしたり出しゃばったりはしない。小沢さんのバランス感覚と会社員経験がにじみ出ている。
「料金は15万円+交通費からお受けしていて、人数でいうと30人以上になることが多いです。ケータリングは、交通費などもかかってしまいますので、少人数だとどうしても一人あたりの金額が高くなってしまいます。あまりに割高になってしまう場合は、お客様のためにならないので、もっと小回りのきく方法でケータリングをされている方や、現場に近い方をご紹介することもあります」
 いま、ケータリングに関しては「忙しさほぼMAX」状態だという小沢さん。では、人をさらに雇い、システマティックに業務を遂行するケータリング会社を目指すのか。小沢さんは別の方角を向いている。
「ケータリングは基本的に受け仕事なので、2ヶ月後に何をしているのかがわかりません。今のところは注文が途切れずにやって来られているけれど、不安は常に感じています。自分から仕掛けていく仕事をやってバランスを取りたいです」
 料理研究家の場合は、料理教室の他に各種ショップ向けの商品開発などが「仕掛けていく仕事」として一般的だ。最近では、万能調味料「エジプト塩」がヒット商品として知られている。
「いいなとは思いますが、自分がジャムでも作るのかといえばその気にならない。迷い中です」
 多いときには月1回ペースで開催して、人気を集めていた料理教室も10月現在はお休み中だ。ただし、再開するときの方向性は見えている。以前に開催した「モコメシの作り放題」という料理イベントがヒントになった。農家に新鮮な野菜をたくさん持って来てもらい、参加者が何を作ってもいいというイベントだった。初心者は小沢さんに相談してもいいし、レシピを見てもOK。自家製のベーコンを持ち込んで野菜と合わせた料理を作った上級者もいた。
「私が一方的に教えるのではなく、(参加者と)一緒にやる方向がいいのだなと思っています。いま考えているのは『モコメシと習う料理教室』。和食のプロなどに私が生徒代表として質問しながら料理を習ったら面白そうですね」
毎年1か月滞在しているインドの街中にて。「すべてがカラフルです!」

毎年1か月滞在しているインドの街中にて。「すべてがカラフルです!」

 料理教室の他に、小沢さんが前のめりで「仕掛けている」仕事がある。インドの実験器具メーカーが製造し、現地では汎用品のコップとして普及している「VISION GLASS」の販売である。
 スパイスを使った料理を得意とする小沢さんは、独立後の4年間は仕入れも兼ねて毎年インドに1ヶ月も滞在してきた。ただし、熱烈なインド好きというわけではなく、比較的日本から近くて行きやすい国に「通い続けたら何が起こるか」というユニークな実験だった。
「2011年にこのコップに出会い、自宅用に購入して、夫と2年間、日常生活で毎日使ってみました。ビーカーやフラスコと同じ製法で作っているので、熱と衝撃に強くて、率直なフォルムは美しい。ビーカーを作る途中でできて、『はい、コップ』と言い切ってしまう潔さと諦めはすごくインド的。定番商品はこういうものだと思うんです。2013年春に日本への輸入を決め、製造元のBOROSIL社にメールを送りました。インドに通い始めたときは、自分がまさか物売りになるとは思っていませんでしたけど……」
耐熱性に優れ、そのままご飯も炊けるVISION GLASS。サイズも使い方も様々だ。小沢さんたちが日本における輸入販売元

耐熱性に優れ、そのままご飯も炊けるVISION GLASS。サイズも使い方も様々だ。小沢さんたちが日本における輸入販売元

 現在は、VISION GLASSの日本における公式の輸入販売元として事業を立ち上げ、専属のPRスタッフとともに卸売りやネット通販で販売している。パンフレットやフリーペーパーも発行し、VISION GLASSを使ったイベントも開催。「自分たちがこのコップをどういう風に気に入っているか」という視点でブランディングを行っている。
「私自身が作っている商品ではないのがいいなと思っています。パンフレットの巻末にはモコメシの紹介が載っていますが、そろそろ外そうと思っています。日本国内でも定番商品になるまで、一生をかけて売っていきたいです」
 空間演出も手掛けるケータリング、自らも参加者になる料理教室、そしてインド製コップの輸入販売。「食」と「デザイン」を組み合わせた事業群の真ん中には、小沢さんの性格と生き方が貫かれていると感じる。自分だけが主役になるのではなく、仕事を「お金を稼ぐ手段」と割り切るのでもない。自分たちが手ごたえを感じられる範囲で、楽しみながらチャレンジし、試行錯誤を重ねていく。この姿勢がアトリエにも漂う温かな手触りに通じ、ファンの心をつかみ続けているのだ。


1小沢朋子

1981年宮城県生まれ。東京都育ち。早稲田大学理工学部卒、千葉大学大学院工業意匠科修了。インテリアデザイン会社勤務を経て、2010年にフードデザイナー「モコメシ」として独立。各種イベントで演出も含めた料理提供の他、雑誌へのレシピ提供、メニュー開発、専門学校講師も行っている。

独立後データ(独立前を100とする)
◎収入………150
◎支出………150
◎睡眠時間…130
◎通勤時間…10
◎自由時間…200

文|大宮冬洋

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