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~in their own ways 彼らの選択~「ヤンゴンの小さな日本語学校から始まる夢」Another Story・代表 宮脇利夫

~in their own ways 彼らの選択~「ヤンゴンの小さな日本語学校から始まる夢」Another Story・代表 宮脇利夫

ソニーに勤務時代、開発チームを率いマネジメントを担当することになったことをきっかけに、「どんな製品も、どんな技術も行き着くところは人の力」だと気づく。そして彼は退職後、「人の持つ可能性を引き出すこと」を仕事にし、新たな挑戦の場として、東南アジアの国・ミャンマーを選ぶ。

 ある人は「アジア最後のフロンティア」と言い、またある人は「投資するなら今しかない」と言う。東南アジアの国、ミャンマーの話だ。今、世界から熱い視線が注がれているこの国の中心地ヤンゴンに昨年10月、小さな日本語学校が開校した。設立したのはかつてソニーのエンジニアだった宮脇利夫だ。
「単純に儲けようと思ったら、たぶん違うことやったほうがいいでしょうね」。帰国のわずかな隙を縫ってインタビューに応じてくれた宮脇は笑いながらそう話す。
 経済成長を目指すミャンマーの人々にとって日本は“お金持ちの国”。宮脇の学校にも「日本で働きたい」「日本の会社に就職したい」という目的で通う生徒も少なからずいる。もし単純に利益のみを追うなら、彼、彼女らを日本、日本企業へつなぐことに注力すれば良いかもしれない。だが宮脇はそんなブローカー的立場とは一線を画す。
 宮脇がこの国で教育というビジネスを始めたのは、「礼儀正しく勤勉で、気遣いがあって、根気強い、『日本人に通じる国民性』を見た」から。だからこそ「知識を備えることで、ただ使われるのではなく、日本企業からいろんなことを吸収して自分の将来、この国の未来につなげてほしい。教えたいのは語学だけじゃない」のだと言う。

自分自身が描く未来に向かって

ミャンマーの中心地・ヤンゴンにある日本語学校。現在15名ほどの生徒がここで学ぶ。宮脇自らが講師となり、日本語の基礎、会話をベースに、各人の夢や将来目標に正面から向き合う。 anotherstory.asia

ミャンマーの中心地・ヤンゴンにある日本語学校。現在15名ほどの生徒がここで学ぶ。宮脇自らが講師となり、日本語の基礎、会話をベースに、各人の夢や将来目標に正面から向き合う。
anotherstory.asia

 そもそもエンジニアだった宮脇が、教育という分野に向かうきっかけは、メーカー時代、開発チームを率いマネジメントに関わるようになったことから。
「チームの士気を上げ、いかに良いものをつくるか。考えれば考えるほどに最後は個々人の働きやすさ、能力を引き出すことに行き着く。つまりは『最後は人』であることに気づいた」という宮脇は個性学を学び、開発陣を率いる。ソニー退職後は「人の持つ可能性を引き出す仕事」を次のステージとする。そして2014年、新たな活動の場として選んだのがミャンマーだった。
「日本の会社で働いてお金を貯め、いつかは自分のお店を持ちたい」。そんな一人の生徒の漠とした夢に宮脇は「どんなお店?」「お客さんのターゲットは?」「じゃあ必要なものは何?」と真剣に向き合い、話をする。
「叶わない夢ではなく、やろうと思えば自分たちで起業だってできる。未来は自分自身で変えられるってことを伝えたい」からだ。
 一国の経済成長という視点から見たら、宮脇のやろうとしていることは、大きな湖面に小さな石を投げ込む程度のことかもしれない。事実「家の前のゴミ置場が、ゴミ収集前にそれを漁った人々できれいになる」というのも、今、この国の現実のひとつだ。けれどたとえ最初は小さな波紋だとしても、少しずつ何かが変わる。そう宮脇は信じる。
「外資に頼らず、自分の力で雇用を生み出すような人が一人、また一人と出てくれば、この国は必ず良い方向に向かう。それは日本にもきっとプラスになるはずだから」と。
 屋号の〈Another Story〉には、過去に捉われず、それぞれがストーリーを描く未来へと進む、という思いが込められている。
「大変じゃないか」。ミャンマーに拠点を移してから、友人、知人からいく度も問われた。その度に宮脇はこんな風に答える。
「楽じゃないよ。でもこの国には未来を描ける。ところで日本こそ大丈夫なのか?」
(文中敬称略)


宮脇利夫(Another Story・代表)

バンド活動、オーディオ好きの影響から日本大学理工学部電子工学科へ進学。卒業後は「世の中をあっと言わせる製品に関わりたい」とソニーに入社。プロオーディオ機器の開発のほか、台湾現地法人でのプロジェクトマネジメントなどに関わる。2010年ソニーを退社。2014年から拠点をミャンマーに移し、同10月に日本語学校を開校。

文・写真|佐藤 久

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