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【マッチ&ニッチ商売論】不器用なラガーマン+仕事漬けのテレビマン=「一点突破」の仕事人

【マッチ&ニッチ商売論】不器用なラガーマン+仕事漬けのテレビマン=「一点突破」の仕事人

会社を辞めて独立する。やるだけならば簡単だ。しかし、戦略も展望もないまま独立すると、仕事が全くなかったり、
安い請負作業で使い捨てられかねない。独立するならば、ニッチでも確かな収入と自由があるビジネスを創り出したい。
ポイントは「組み合わせる」こと。異なる二つの切り口をうまく合わせれば、唯一無二の存在になれる。
サラリーマン経験も活かし、組み合わせで成功した起業家たちの物語を追う。

 予約が取りにくい人気整体院と売り切れ必至のサンドイッチ店を掛け持ちで経営しているエネルギッシュな男性が愛知県にいる。元テレビ局員の鈴木章生さん(38歳)だ。JR岡崎駅近くのビルを訪ねると、整体院とサンドイッチ店が横並びで入居していた。
「整体院の隣の店が退去してテナントが空いた時に、パン屋で長く働いていた母が『隣でパン屋をやりたい』と言ってきたので親孝行のつもりで借りてしまいました。契約した後で、店が狭すぎてパンを焼く機械を入れられないことが判明(笑)。困っていたら妻が『パンが焼けないならサンドイッチはどうか』と提案してくれてサンドイッチ屋になりました。僕は食べることは大好きですが、飲食店ではバイトすらしたことありません。個人的にはむしろカレーが好きです」
左.月に1回は鈴木さん発案の新作が登場する。自分が食べて楽しいものを作るのが基本。鈴木さんお気に入りの定番商品は「タマゴサンド」 右.「すずや」はテレビでも人気店として取り上げられた。市内のショッピングモールや企業にも定期的に出店している

左.月に1回は鈴木さん発案の新作が登場する。自分が食べて楽しいものを作るのが基本。鈴木さんお気に入りの定番商品は「タマゴサンド」
右.「すずや」はテレビでも人気店として取り上げられた。市内のショッピングモールや企業にも定期的に出店している

 人懐こい笑顔を浮かべながらしゃべりまくる鈴木さん。行き当たりばったりのように聞こえるが、その声には自信が漲っており、実際に店は繁盛している。
「整体院と同じ感覚で始めたんです。うちの整体院は“整体”しかメニューがありません。だからお店でもサンドイッチしか売らない。母とスタッフはクッキーや他のスイーツなども売りたかったようですがすべて却下しました(笑)。多角的な売り方を僕は知らないからです。『あれもこれもおいしいものを売っています』ではコンビニには勝てないと考えました。『手作り』という一点突破で、1つの商品を愚直に売るならいける、と」
 強大なライバルに正面衝突するのではなく、視点を変えて一点突破の活路を見出し、必要な努力を惜しまない――。鈴木さんは高校と大学生活を捧げたラグビーでこの信念が固まったと振り返る。
 高校時代はケガで完全燃焼ができなかった鈴木さんは、一般入試枠での入学者にもチャンスがある慶応大学の体育会ラグビー部を志した。一浪の末、入学したが、ラグビー部では運動能力の圧倒的な差を見せつけられた。
「100人以上の部員がいて、僕のポジションであるプロップ(スクラムの支柱となる役割)にも同級生に高校日本代表クラスが3~4人もいました。練習で少しぐらい良いところを見せても絶対に試合には出られないレベルだったんです。そこで僕は『ケガをしない。常にフィールドにいる』ことを目指しました。プロップはぶつかり合いが基本なのでどんな人でも必ずと言っていいほどケガをするからです。上の人たちがケガをしたら僕が上がり、彼らが戻ってきたら下がる。またケガをしたら僕が上がる、ということを繰り返していて、4年生の最後には試合メンバーに滑り込むことができました」
 ケガをしないという一点に絞って努力を続けることで鈴木さんは「五軍以下」からはい上がって一軍のユニフォームを勝ち取ったのだ。一方では、ベンチャー起業家を多数輩出していることで知られるSFC(慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス)での出会いもあった。
「ノートに絵を落書きしていたら、ホームページ制作の学生ベンチャーをやっていた友だちが面白がってイラストを描くバイトをくれました。『こんなことでも飯が食えるんだな』と感じましたね」
 このときの鮮烈な驚きは、後にテレビ局を辞める際に鈴木さんの背中を押してくれた。学生時代に様々な「すごい人」に会っておくことは人生の幅を広くするのかもしれない。
 大学卒業後は社会人ラグビーの道もあったが、「ラグビーは大学で出し切った」と感じていた鈴木さんは愛知県に戻って東海テレビに入社。昔からテレビが大好きであり、バラエティ番組を自由に作りたいと思ったからだ。
「配属はスポーツ部でした(笑)。ラグビーをするのは好きでしたが当初スポーツ全般には興味も知識もなく、かなり困りました。でも、4年間あらゆるスポーツの取材を通じ、知識ではなく人間関係を作ることで何とかしのぎました」
 この4年間は「朝から朝まで」働いていた鈴木さんは、今度は東京に転勤になった。広告代理店を相手にCM枠を販売する営業デスクだ。仕事自体は楽しく人にも恵まれたが、テレビ業界の経営や習慣に疑問を感じることもあり、8年間の会社員生活に見切りをつけた。当時、30歳にして年収は1000万円を超えていたという。収入やステータスを捨てることに不安はなかったのだろうか。
「大学時代の仲間の影響が大きいです。みんな『お金はあるもんだ』と心底思っている真のお金持ちでした(笑)。しかもイイ奴ばかり。彼らは社会でもすごく活躍しています。その中では僕なんて雑草みたいな感じなんです。会社の人たちには『うちを辞めるヤツなんてほとんどいないぞ』と優しく引き留めてもらいましたが、会社の中で前例がないことは僕には関係ありません。妻も東京での子育てに限界を感じていたので、会社を辞めて愛知に帰ることには賛成でした」
 雑草という自己認識は卑下ではない。「一点突破」を忘れない限りはどこでも稼いで家族を養えるという自信なのだ。
鈴木さんによる無痛施術を体験。体のゆがみを整えるのが基本なので、ボキボキすることはない

鈴木さんによる無痛施術を体験。体のゆがみを整えるのが基本なので、ボキボキすることはない

 鈴木さんが選んだのは整体院の開業だ。東京での会社員生活を1年間は続けつつ、土日に名古屋の「師匠」の元に通って整体の実技を習った。さらに、実家の仏間を使って無料の整体を始めた。
「無料ということもありますが、遠くからも来てくれるお客さんもいて、『もしかしていけるかも』と思いましたね。半年後に開業したとき、半分以上のお客さんは続けてくれました」
 鈴木さんの施術料金は1回5000円と決して安くないが、開業6ヶ月目には月間のべ400人もの顧客を得た。単純計算で月商200万円である。9割以上がリピーターという人気で、現在に至るまで予約が取りにくい状況が続いている。
「当時、サラリーマンからの転職としては前代未聞の業績だったらしくて整体学校の人たちにはびっくりされました。でも、僕は早い段階から整体の本質はカウンセリングなのだと感じていました。といっても面談をするのではありません。チラシやホームページの文章内容から施術に至るまで一貫して、「癒し」ではなく「問題解決」に焦点を合わせています。例えば、痛みを本気で治したい人が『ここならきっと良くなる』という希望を持つことができて、根本的に問題解決できることを目的にしています。だから『揉んでくれさえすればいい』という人はうちには向いていないので来ないで下さいと明言しています。僕はゴッドハンドではないので、良くなりたいという気持ちのないお客さんを神様のように治すことはできません」
体験者の感想を貼り出すことは「カウンセリング」の一環だ。自分もこのように回復していくというイメージが重要

体験者の感想を貼り出すことは「カウンセリング」の一環だ。自分もこのように回復していくというイメージが重要

 整体院の開業も「カウンセリング」という一点突破で成功させた。ラグビーだけでなく、猛烈に働いたテレビマン時代の経験も大いに生きている。営業部では、「どうやったらCMを買いたいお客様にテレビという媒体の価値が伝わるか」を考え抜くことを学んだ。それが今はケアや施術の大切さを伝えることに活かされている。
「スポーツ部のときは、言ってほしいセリフをカメラの前でいかに選手自身の口から言ってもらうかというのがインタビューでした。『ホームラン王になりたいです』が野球選手本人のセリフでなければ映像になりませんから。整体の秘訣も、目の前のお客さんに『良くなりました』と言ってもらうために何をどうすればいいのかを逆算で考えることです」
 整体院とサンドイッチ店の2つを経営するには経費もかかる。自分自身の「給料」は会社員時代より低く、貯金も多くはない。それでも鈴木さんの表情はやたらに明るく伸びやかだ。家族と過ごす時間もサラリーマン時代より取れるようになり、子どもが通う豊かな自然の中にある共同保育園のNPO運営理事としても活動しているという。
 物事に全身でぶつかりながらも、その本質を冷静に見極め、猛進する。鈴木さんのような人を「大丈夫」というのだと強く感じた。


0プロフィール鈴木章生(すずき・あきお)
1977年愛知県岡崎市生まれ。慶応義塾大学総合政策学部卒業後、東海テレビ放送株式会社(フジテレビ系列)に入社。2007年に退社し、翌年「岡崎整体院 セルフケアサポート」(現在の名称)を開業。2011年には「手作りサンドイッチのお店 すずや」を開店。妻との間に子ども3人。株式会社ノーサイド代表取締役

独立後データ(独立前を100とする)
◎収入………70
◎支出………70
◎睡眠時間…200
◎通勤時間…5
◎自由時間…500

文|大宮冬洋

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