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P&Gに見るワーク・ライフ・バランス

ダイバーシティ担当マネージャー 牧野 光氏

ダイバーシティ(多様性)

最近よく耳にする「ワーク・ライフ・バランス」。内閣府男女共同参画局が2008年2月に発行した「仕事と生活 の調和(ワーク・ライフ・バランス)の実現に向けて」と題する報告書によると、仕事、家庭、地域活動、趣味、健康を、自分の希望するバランスで実現できる 状態を意味するという。神戸市の六甲アイランドに本社を置くプロクター・アンド・ギャンブル・ジャパン株式会社(以下、P&G)は女性の活躍度ランキング にも頻繁に登場し、ワーク・ライフ・バランスの取り組みにおいて先進的な例として扱われることが多い。
P&G米国本社の設立は1837年。起業当初より個の尊重を理念としている。「お金とビル、ブランドを取り上げられても、社員さえいれば、10年ですべ てを元通りに再建できる」とは1948年にリチャード・R・デュプリー会長(当時)の述べた言葉であり「人材こそが会社の財産」とのメッセージを明確に伝 えている。

互いを尊重することで個々の強みが生きる

P&Gダイバーシティ担当マネージャーであり、内閣府「仕事と生活の調和に関する専門調査会」専門委員も務める 牧野光氏は語る。「P&Gではすべての個性を尊重するという企業理念を具現化するために社員それぞれの長所、経験をどう活かしてもらうか、採用段階から重 視しています」。ダイバーシティとは多様性を受容し尊重することである。日本においては女性活用を促進する用語として使われることが多いが、本来は性別だ けでなく、人種、宗教、経歴などすべての違いを指す。
「世界の消費者に受け入れられるより良い商品を作るためには、多様性のある社員が様々な考えを持ち寄る必要があります。性別、人種、経験、宗教、年齢、技 能など、あらゆる多様性をイノベーションに活かしていきます。互いの違いを尊重しあうことで個々の強みが生きてくるのです。企業としてより良いものを作る ために多様性は不可欠なものです」。ダイバーシティの実際の運用は難しい。なぜなら所属する個が多様であるほど衝突が起きやすいからだ。バックグラウンド が違えば理解の仕方が変わってくる。そのため多様性のある組織をまとめ上げてより良い方向性を打ち出すには、そのマネージャーに高い素養が要求される。 「マネージャーにはコミュニケーション能力と信頼関係の構築力が必須となります。それぞれの相手に合った方法でコミュニケーションを図って信頼関係を結 び、相手に合わせたリーダーシップを発揮しなくてはならないからです。マネージャー自身が多様性を生かす技能を持つ必要があります」。

多様性と成果主義と人事評価

多様性のある組織では人事評価が難しい。評価軸が多岐にわたるうえ、その判断基準も多様化するからだ。そのため 一般的には成果主義とダイバーシティは両立が非常に難しいものとされている。成果主義では目に見える形での評価が必要とされるため、売り上げなどの客観的 数値で人事評価がなされることが多い。しかし、ダイバーシティの進んだ組織では個々の役割が非常に多様化しており、その評価基準を客観化することが難しい のだ。 P&Gでは人事育成方針の一つに成果主義をうたっている。「それぞれが上司と面談をして、業務目標の設定とそのために行うべきアクションプランの 落とし込みを行い、優先順位を付けます。そして3カ月毎にディスカッションを行い、どこまでできたか、修正が必要か、などを判断して評価していくので す」。目標設定の出発点となるのは企業としての経営方針と目標だ。P&Gでは1年の企業の経営目標がわかりやすい形で全社員に伝えられる。それを元に各部 署のアクションプランを設定し、そして個人のワークプランに落とし込んでいくのである。

部署間での業務の助け合いもスムーズに

育児や介護などで短時間勤務を選択する社員もまた、その多様性の中に含まれる一つの要素にすぎない。上司との ディスカッションで各人のアクションプランの優先順位付けが行われるのだ。そのプランをきちんと行っていれば公平に評価される。それだけのことだ。ディス カッションにより上司が部下の状況を把握しているため部署内、部署間での業務の助け合いもスムーズに行われる。女性も男性も育児休暇を取得し、9割以上が 職場復帰する。制度を活用しながら社員それぞれが自分で選択した生活のバランスを取っている。

ベターワーク・ベラーライフ

P&G社内では「ワーク・ライフ・バランス」という言葉は使わない。「仕事と生活はバランスを取るもの ではなく影響し合うものと考えていますね。ですから『ベターワーク・ベターライフ』。両方の充実を図ることが大切との考え方です。生活が充実していれば仕 事への意欲も高まります。結果的に生産性も高まるのです」。牧野氏自身、様々な優先順位を時によって変化させてきたという。「例えば仕事を覚えたての時な どは長時間仕事をする時期もありました。自分の中で会社員、友達、夫、息子、親、地域役員など、いろいろな役割があって、それをどうマネージしていくのか は自分自身が決めるべきことです」。
一般的に、短時間勤務の実際の運用面で周囲の社員との間で様々な問題が生じることが多い。「短時間勤務で他の人より早く帰る時に『すみません』と謝りな がら帰る人がいますが、おかしいですよね。早く帰って休めるわけじゃない。育児・介護など、次の仕事が待っているのです」。確かにその通りなのだが職場の 全員がそれを理解するのは難しいように思える。「いつも遅くまで働いて家に帰るとゆっくり休める人は、ほかの人も家に帰ると休めると思うのでしょうね。 『お先に』と気持ちよく早く帰ることでまた気持ち良く出社して働ける。それがベターワーク・ベターライフであり、会社・個人双方にメリットがあります」。

互いを尊重することで個々の強みが生きる

企業理念を全社員に伝えるだけでなく、募集時にも説明し、共感する人材を採用している。採用段階からの徹底があ るから社内のダイバーシティ活用の考えも定着する。同じようなバックグラウンドの人を採用して画一的な教育を施し、その上でダイバーシティを推進するのは 難しい。男女雇用均等法が施行されて四半世紀。いま日本企業ではダイバーシティを進める動きが随所で見られるが、その本格的実現には時間がかかりそうだ。 P&Gでは均等法施行前から採用段階でも社内でもダイバーシティ推進が徹底していたからこそ、様々な賞を受賞するほどに組織風土に定着しているの だろう。

メンター・アワード

P&Gがダイバーシティの徹底を図るにあたり、多様な人が働きやすいようにと様々な支援プログラムが設けられて いる。メンタープログラムもその一つだ。メンター(mentor)は、ギリシア神話に登場する賢者「メントール」が語源とされ、良き助言者、指導者、顧問 という意味を持つ。指示や命令によらず、対話による気づきとメンターからの役割モデルを示しながらの助言によるメンティー(助言を受ける人)自身による自 発的・自律的な成長を促すのが狙いだ。最近注目されるコーチングではコーチが知識や経験を持たない分野でも支援するが、メンターは自身が持つ知識や経験に 基づく指導を行う。
働く間に迷うことは多い。様々な悩みを抱えた時、身近にその分野に長けた相談相手がいることは心強い。上司との間には利害関係が生じることも多いため、 別分野の人に相談できる機会は貴重だ。「育児休暇から復帰した経験を持つ先輩と、興味がある別分野の事業の先輩と、など複数のメンターを持つことも多いで す。自分で『この人に』と思ったら直接頼みに行きます。頼まれると責任も感じますが名誉にも思いますね」。海外でメンタープログラムの良さを体験した社員 たちが自らメンターとなったり、社内トレーニングをすることで日本でも制度として定着したという。人材育成ビジョンと連動した全社的・自発的なメンタープ ログラムを長年実施した功績が認められ、09年2月にはワーキングウーマン・パワーアップ会議主催のメンター・アワード2009を受賞した。

会社としてイノベーションを起こしてより良い製品を作るために、個々の社員の強みを生かす。その方法としてのダイバーシティ活用であり、ベターワーク・ ベターライフの徹底なのだ。それがP&Gが長く続けてきたことであり、いま多くの企業が目指そうとしている姿の一つの見本でもある。


企業data

プロクター・&ギャンブル・ジャパン株式会社

兵庫県神戸市東灘区向洋町中1-17

jp.pg.com/

text:羽田祥子

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